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第3話 寄生生物

 ヴァイスは禁域の森へと足を踏み入れた。禁域の森は昼でも薄暗く、鬱屈としていてまるで侵入者を闇へと誘い込んでいるかのようだった。ヴァイスは森の中を慎重に進んでいく。今、ヴァイスにとって必要なのは、これから住む場所と飲み水を確保するための水場だった。


 幸いなことに、しばらく歩くとヴァイスは洞窟が掘れそうな岩壁を見つけることができた。


「ここなら森の入り口からも遠くないし、ちょうどいいか……」


 ヴァイスはそう呟くと、岩壁に手を当て錬成陣を展開する。


「……錬成開始」


 すると、岩壁の一部が砂へと変わり、崩れだした。ヴァイスは錬金術によって岩石を砂へと錬成したのだった。


「よし、あとはこの砂を掻き出すだけだ」


 ヴァイスは今度は少し離れた場所の地面に手を置き、錬成をした。錬成によって現れたのは数体の土でできた人型のゴーレムだった。さらにヴァイスは周りの木から木製のシャベルを錬成する。ヴァイスはそのシャベルをゴーレムに渡すと、岩壁の砂を掘り出すように指示をした。ゴーレムは言われたとおりに作業をし始める。


 ゴーレムが砂の掘り出し作業に勤しんでいる間、ヴァイスは少し周りを探索した。しかし、残念なことにヴァイスが目的としていた水場はみつけることができなかった。


「仕方ない、井戸を掘るか……」


 ヴァイスは岩壁の元へと戻り、井戸を掘る位置をチェックし始めた。井戸を掘る位置を決めると、ヴァイスは地面へと手を置き錬成をする。すると、ヴァイスが手を置いた部分からヘビの形をした土のゴーレムが現れる。ヘビのゴーレムはちょうど自身が穴から這い出るように動き出した。あとに残ったのはヘビのゴーレムが這い出した深いたて穴だけだった。


 ヴァイスは穴の内側の土の壁の部分を頑丈な岩へ錬成する。しばらく待つと、穴の底から水がじわじわと湧き出してきた。


「当たりだな……」


 さらにヴァイスは木を錬成し、井戸の枠や組み上げ用のつるべを錬成した。これらの設置は土のゴーレムが行い、またたく間に井戸は完成した。


 しばらく経つと、洞窟の掘削作業も終わったので、ヴァイスは木を錬成して家具の素材となる木材を洞窟内に運び始めた。ヴァイスは土のゴーレムと協力して木の椅子やテーブル、扉などを作った。釘などの部品は土壌から金属成分を抽出し、錬成することで調達した。さらにヴァイスは魔物が住居に侵入してくるのを防ぐために、周囲に石でできた壁を錬成した。


「……よし、これで一応住処は完成だな」


 ヴァイスは自身の新居を見て言った。こうして禁域の森での新たな生活が始まった。



 禁域の森は凶悪な魔物の跋扈する危険な森ではあるが、それは森の奥深くの話で森の入り口付近の魔物は大したことはなかった。ヴァイスは自身の食糧とするために定期的に魔物を狩るようになった。食用には適さない魔物も錬金術の実験材料として利用するために必要であれば狩った。特にゴブリンなどは楽に狩れて運ぶのも容易なため、実験材料としては最適であった。


 ヴァイスは今日も外で仕留めたゴブリンを土のゴーレムに運ばせて家へと帰ってきた。手始めにヴァイスは持ってきたゴブリンの死体をいくつかの大きな肉塊へと錬成する。さらにヴァイスはそのうちの一つの塊を取って、別の特別な錬成陣が描かれたテーブルの上へと置く。そして、その肉塊の上に別の魔物の骨や特殊な植物の根など各種材料を置いた。


「……錬成開始」


 ヴァイスがそう呟くと、錬成陣が光り輝き、中央に置かれた材料が融合し始めて別の物体へと変わっていった。そうしてできた物体はブヨブヨとした生肉の塊のようなもので、前と後ろには手足のようなものが生えている。前には頭のようなものも見えるが、目や鼻、口などはなかった。物体はよろよろと立ち上がろうとするが、結局立ち上がることはできず、そのまま動かなくなった。


「……くそっ、また失敗か!」


 そう言ってヴァイスはバンッと机を叩く。もう何度目の失敗かわからなかった。ヴァイスは禁域の森に来てからというもの、自分の駒となって動く新たな魔物を錬金術によって生み出そうとしてきたが、今までのところ全く成功した試しがなかったのだ。ヴァイスは自分の役に立つ魔物どころか、自力で動くことができる生物ですら錬成に成功してはいなかった。


「……いや、落ち着け。俺はかつて王国最高と評された錬金術師だ。今までにもたくさんうまくいかないことはあった。それでも諦めることなく、何度も試行錯誤することで最後には成功してきたじゃないか……。まだまだこれからだ……」


 ヴァイスはそう自分に言い聞かせるように言うと、動かなくなった肉塊を専用のゴミ穴の中へと捨てた。



 その後もヴァイスの実験は失敗続きだった。


――しかし、ある日、ヴァイスに転機が訪れる。いつものようにヴァイスが魔物の狩りから帰ってくると、ヴァイスは実験に失敗した肉塊のゴミ穴で何やら奇妙なことが起こっていることを発見したのだ。昨日、実験の後で捨てた肉塊が他の肉塊と癒着していたのだった。さらに癒着された方の肉塊は癒着された部分が癒着した方の肉塊の色に変わっていた。


(これは……どういうことだ?)


 ヴァイスはゴミ穴の中からその癒着した二つの肉塊を取り出し、詳細な分析を始めた。その結果、問題の肉塊は他の肉塊の細胞を自身と同種のものへと変異させ、同化させていたことがわかったのだった。


(……どうなっている? 昨日、再生細胞の因子を取り込んだせいか?)


 ヴァイスはそう考えた。というのも昨夜の実験でヴァイスは初めて再生細胞の因子を錬成に取り込んでいたからだ。再生細胞の因子は、かつてヴァイスが人体用の生体部品の研究に取り組んでいたときに発見した因子の一つで、生体部品の錬成には欠かせないものだった。


 通常、再生細胞の因子を取り込んだ肉塊は自身が他の生体組織に合わせて変化する性質を持つ。つまり、生体部品の場合では人間の生体組織に合わせて自身を変化させ、手や足などになるのだ。しかし、この肉塊は逆で相手側の生体組織を侵蝕して同化させ、自身と同じようになるよう変化させていたのだ。この場合、変化するのは相手側であって自分側ではない。


 ヴァイスがさらに分析を進めると、再生細胞の因子が魔物の因子と相互作用して新しい因子となっていたことがわかった。そして、この新しい因子が他の肉塊を同化させる能力をもたらしていることが判明したのである。


(他の生体組織を侵蝕し同化させる能力か……おもしろい……)


 このとき、ヴァイスは研究の方向性を大きく変えることにした。魔物それ自体を一から生み出すのはやめて、他の魔物に寄生し自身と同化させてその魔物を支配する生物――すなわち【寄生生物】を生み出そうと考えたのである。そして、ヴァイスはその寄生生物を人間相手にも使おうと考えていた。



 それからの研究の進行は速かった。ヴァイスは自身の持つすべての英知を使って寄生生物の錬成に取り組んだ。ヴァイスは何度失敗しても諦めずに錬成を続けた。ひたすら試行錯誤して錬成する毎日。そして、それを続けること数ヶ月、ヴァイスは遂に『それ』の錬成に成功した。


――それは小さな尺取り虫のような形をした寄生生物であった。それは体を曲げたり伸ばしたりしながら、ヴァイスの方に向かって器用に進んでくる。ヴァイスはそれをつまみ上げると自分の手のひらの上に乗せる。すると、それは嬉しそうにその場でちょこちょこと動いた。その寄生生物は明らかにヴァイスのことを認識していた。


 ヴァイスは寄生生物の錬成の際には必ず自身の細胞も混ぜ、自分への絶対服従の因子を組み込んでいた。そのため、すべての寄生生物は本能的にヴァイスを認識し、神のように崇拝するようになるのだった。この寄生生物が嬉しそうに動いているのも本能的に自分に愛着があるからだろうとヴァイスは思った。


「それじゃあ、お前の力を見せてもらおうか」


 ヴァイスは尺取り虫のような寄生生物を小さな瓶に入れると、さっそく魔物を使って実験するために外へと出た。


 少し周りを探索すると、ヴァイスはちょうどいいことに一匹のゴブリンが木によりかかって昼寝をしているのを発見した。ヴァイスはゴブリンに気付かれないように背後の方から近づくと、寄生生物の入った瓶の蓋を開け、寄生生物をそっと地面に放つ。すると寄生生物は体を曲げたり伸ばしたりして少しずつゴブリンの方へと近づいていった。寄生生物はゴブリンが寄りかかっている木を登ると、そこからゴブリンの肩、首へと移動していく。


――そして、寄生生物はゴブリンの耳まで達すると、耳の穴から内部へと侵入していった。寄生生物は耳の奥深くまで来ると、急激に細胞分裂を繰り返して増殖し、周りのゴブリンの細胞組織にへばりついて自身と同化させていった。少しすると、異変に気づいたのかゴブリンが目を覚ました。


「グ…………ギャ…………ギャアアア!! ギャアアア!!」


 ゴブリンは充血した目を見開くと、叫び声を上げながら身体を震わせてその場に倒れた。ゴブリンの身体はビクンビクンと激しく痙攣している。ゴブリンの体内では寄生生物がその根を急速にゴブリンの身体全体に張り巡らし、ゴブリンを同じ寄生生物へと変えていた。


「ガ…………ギ…………ア…………ア」


 ゴブリンはそう呻き声を発すると、そのまま動かなくなった。


――それから少し経つと、ゴブリンはすっと立ち上がり、キョロキョロと周りを見渡す。ゴブリンはヴァイスの姿を見つけると、ニッと笑ってヴァイスの元へと駆け寄ってきた。駆け寄ってきたゴブリンの目は、ゴブリンが以前とは違う何かになったことを示すように爛々した光を宿していた。


「くく、どうやら成功したようだな」


 ヴァイスはそう言ってゴブリンの頭を撫でる。ゴブリンはされるがままで何の抵抗もしなかった。その後、ヴァイスはゴブリンと一緒に家へと戻った。ゴブリンの身体を詳しく調べてみると、ゴブリンは完全に寄生生物と化しているがわかった。ゴブリンは寄生生物に操られているというわけではなく、ゴブリンそのものが寄生生物へと変化していたのだ。ヴァイスは自分に従うゴブリンを見て呟く。


「あとは寄生生物になった後に、自分の身体を変異させることができる能力だな。そのためにはより多くの魔物の因子が必要となるか……」


 ヴァイスが求めていたのは、魔物や人間に同化した後、身体を変異させてより強くなることができるような寄生生物だった。現状では、目の前のゴブリンは普通のゴブリンのままで身体を変異させる能力は身につけていなかった。


 ヴァイスは自身の理想の寄生生物を生み出すためにさらに実験を重ねた。魔物と同化してその魔物の因子を吸収した寄生生物を再度分解して肉塊に戻す。そして、その肉塊を使って新しく寄生生物を錬成する。錬成した寄生生物を使ってさらに新たな魔物と同化させる。ヴァイスはこの工程を繰り返すことで、寄生生物によりたくさんの魔物の因子を取り込んでいった。


――そして遂に寄生生物は自身の身体を変異させることができるようになった。ヴァイスはこの最新のタイプの寄生生物を解析し、他の材料からも錬成できるようにした。これによってヴァイスは寄生生物を量産することができるようになったのだった。


――ヴァイスは特殊な溶液が入った瓶の中で動くアメーバのような寄生生物を見てニヤリと笑う。ようやくこれで全てを始めることができるとヴァイスは思った。自分を追放した聖女三姉妹を寄生生物へと変え、教会を支配下に置き、王国すらもその手中に収める――それがヴァイスの計画だった。そして今、遂にその計画を実行へと移す時が来たのだ。ヴァイスは高揚感を覚え、身を震わせた。ヴァイスが禁域の森に追放されておよそ1年の月日が経った頃であった。


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