第16話 リリカの休日
ヴァイスが情報屋に依頼を頼んでから数日が経ったある日、リリカは一人で街の中心街へとやってきていた。ヴァイスが今日は休みにするから好きなように行動していいとリリカに言ったからだった。リリカは特にしたいことなどなかったが、ヴァイスにお金を渡されて好きなものを買って来るといいと言って送り出されたので、その善意を無下にする訳にもいかず、とりあえず街の中心部へとやってきた。
リリカは自分の服でも買おうと服屋へと向かった。リリカの服は一通りはヴァイスが揃えていたが、お世辞にもセンスがいいとは言えず、リリカから見てもなんだかちぐはぐした服が多かった。リリカは服屋を探して、辺りを歩き回った。
隣がエルフ族の領域ということでこの街にもエルフはそれなりにいたが、リリカのような少女が一人で歩いているのは珍しく、リリカの存在は否が応でも周りの視線を集めた。
――しかし、中にはあまり『良くない』視線もあった。三人の若い獣人たちが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら遠くからリリカを見ていたのだった。三人はリリカの行く手を遮るようにリリカの前に立つと、リリカに声をかけた。
「ねぇねぇ、君かわいいねぇ! 暇してるなら俺らと遊ばない?」
「俺らさぁ、この街には詳しいからさぁ、買い物するのならいいお店教えてあげるよ?」
「一人でいたら変なやつに付きまとわれるかもよ? 俺らと一緒に行こうよ」
若い獣人たちはそう口々にリリカに声をかける。リリカはその獣人たちの勢いに恐怖を感じ後ずさった。
「い……いい……」
リリカは勇気を振り絞って拒否の言葉を口にする。しかし、獣人たちを諦めさせるには今のリリカはあまりに無力だった。
「まぁまぁいいからさぁ。じゃ行こっか」
そう言うと獣人の一人がリリカの腕を掴む。リリカは「い……いや……っ」と小さな声で叫んだ。
「――その手を放しなさい。その子が嫌がってるでしょうが!」
不意に獣人たちの後ろから声がした。そこには銀髪が特徴的な一人の女性が立っていた。スタイルがよく、リリカから見れば美人なお姉さんといった風貌だった。
「ああん、なんだぁねえちゃん? ねえちゃんも俺らと遊びたいってか?」
「このねえちゃん、よく見たら相当イカしてるじゃねーか。超俺のタイプだわ」
そう言って獣人たちはニタニタと笑った。
「あー、ほんと面倒くさいわね。こういうときは一発入れるのが一番だわ」
女はそう言うと、正面のリリカの腕を掴んでいる獣人の腹に思いっきり蹴りを入れる。
「ごっ……」
相当な威力だったのか、獣人はリリカの腕を放しその場でうずくまる。さらに女は、呆気にとられていた他の獣人二人の顔面にも疾風の如き勢いでハイキックを繰り出した。
「ぐはっ……」
「ごほっ……」
蹴りをまともに食らった二人はその場に倒れる。
「く……そ……て……めぇ……」
うずくまっていた獣人がそううめくと、女はニヤリと笑ってうずくまっていた獣人の顎を蹴り上げた。獣人は後方へと吹っ飛び、意識を失う。リリカはあまりの突然の出来事にただ呆然としていた。
「大丈夫? 昼間とはいえ、あなたのようなエルフの少女が獣人の街を一人で歩くなんてあまり感心しないわね」
そう言って女は身をかがませ、微笑んだ。
「私の名前はエスティナ。あなたの名前は?」
「……リ……リ……カ」
リリカはそう自分の名前を答えた。エスティナと名乗ったその女は、お忍びで街に買い物に来ていた聖女エスティナ・マリアドールその人だった。
リリカがエスティナに自分が服屋を探している途中だったことを告げると、エスティナは奇遇なことに自分もそうだと答えた。エスティナはリリカに一緒に服屋に行こうと告げた。リリカは一瞬ためらったが、エスティナは自分を助けてくれた人間だし、悪い人ではなさそうだと判断してエスティナの提案を受け入れることにした。
リリカとエスティナは近くにあった服屋を見つけ、そこに入ると服の買い物を楽しんだ。しかし、エスティナの服のセンスはヴァイス以上に悪く、リリカはエスティナのおすすめを断るのに苦労した。エスティナは「えー、絶対これ似合うよー」と言ってフリフリの派手な服を勧めてくるが、こんなのを着て街を歩いたら前より多くの変な人に絡まれること間違いなしだとリリカは思った。
服の買い物が終わった後は、二人は喫茶店で軽くお茶を飲むことにした。
「……それで今のご主人様に買われたと。なんて言ったらいいかわからないけど、今まで大変だったのね」
話の流れでリリカがエスティナに自分が奴隷であることに言及すると、エスティナがしんみりとした口調で言った。
「今のご主人様は優しい人?」
「……う……ん」
リリカはそう答えた。少し変なところがあったり、ときどき悪い顔をして笑うこともあるけれど、ご主人様はいい人だとリリカは思った。それに実験のためとは言え、自分の手や足を再生してくれた。今、こうして自分の足で外に出られるのも全てはご主人様のおかげだった。リリカはヴァイスに対して感謝してもしきれないほどの恩を感じていた。
「……そう、それはよかったわね。もし今後、虐待とかそういう目にあったら必ず教会を頼るのよ。きっと助けになってくれるから」
エスティナはそう言って紅茶のカップに口をつける。
「……エスティナ……さんは……なぜ……この街……に?」
リリカがそう言った。エスティナはその言葉を聞いて、紅茶を少し噴き出す。
「ッ!! え、えーと、ちょ、ちょっとした用があってね。な、なんて言えばいいのかしら? お、お使いというかお手伝いみたいな?」
エスティナは焦った様子でそう言った。リリカはそれを見て色々と察したのか、エスティナがこの街に滞在する理由についてそれ以上聞くことはなかった。リリカはその後もエスティナと他愛のない会話を楽しんだ。
しばらく喫茶店で過ごした後は、エスティナがそろそろ時間だということでリリカはそこでエスティナと別れることになった。
「今日は楽しかったわ、リリカ。機会があったら、またどこかで会いましょう。あなたのご主人様によろしく言っておいてね。それじゃあまた!」
エスティナはそう言って去っていった。リリカもまたエスティナと会えればと思った。
買い物は済んだし、特に他に用事もないのでリリカは宿へと戻ることにした。
――しかし、リリカが人気のない路地を歩いているときにそれは起こった。
「あ……ぐ……」
突然、リリカは左手を押さえてうずくまった。
(左手が……熱い……。何か……来る……!!)
リリカは自分の内側から何かが左手に向かっていくような感覚を持った。
「う……あ……ああっ!!」
リリカが声を抑えつつもそう叫ぶと、リリカの左手の手のひらが横に裂けた。そして、そこに何やら『口』のようなものができた。内部には多くの牙のようなものも生えており、噛まれたらただでは済まなそうだとリリカは思った。口はぱくぱくと閉じたり開いたりしている。
「なに……これ……」
リリカは信じられないといった顔をして自分の左手を見た。……それはどう見ても口だった。自分の手に口ができているのだ。リリカはヴァイスの言っていた寄生生物という言葉を思い出していた。もしかしたらこれは自分が寄生生物になったせいなのかもしれないとリリカは思った。リリカは周りに見られないように左手をポケットの中へと入れ、家路を急いだ。
宿に着き、泊まっている部屋に行くと、既にそこにはヴァイスがいた。リリカはすぐにヴァイスに自分に起きた症状について話した。
「なるほど、それで左手がこういう状態になったと……」
「は……い……」
ヴァイスはそう言って楽しそうにリリカの左手を観察する。相変わらずリリカの左手のひらでは口のようなものがパクパクと閉じたり開いたりしている。
「まぁ寄生生物としての変異で間違いないだろう。普通は変異は自分で操れるのだが、リリカが操れていないところを見ると、さすがは半寄生状態といったところだな」
ヴァイスはそう言って肩をすくめる。
「…………」
リリカは泣きそうな顔をしながらヴァイスを見る。
「そのうち消えるかもしれないし、消えないかもしれない。半寄生状態だと何が起こるかは予測不可能だ」
ヴァイスはそう言ってテーブルの上に置いてあったりんごを取ると、リリカの左手の口の中へと突っ込んだ。リリカの左手の口はムシャムシャとりんごを咀嚼した。
「~~~~っ!!」
左手から伝わってくるなんともいえない感覚にリリカは身悶える。ヴァイスはそれを見て楽しそうに笑っていた。リリカはエスティナとの会話を思い出し、もしかしたらご主人さまはそんなにいい人ではないかもしれないと思った。
「痛みがあるわけでもないようだし、まぁ様子見だな。よかったじゃないか、もう一個口ができて。使い方によっては便利だと思うぞ」
ヴァイスはそう言ってワードローブから手袋を取り出しリリカへ渡した。リリカは全然よくないしそんなに便利でもないと思いながら、手袋を受け取った。
「ただ、絶対に周りに見られないように、これからは手袋を付けることを忘れるなよ」
「……は……い」
リリカはそう答えた。リリカは自分が半分寄生生物であることを再認識した。ただ左手がこんなことになっても不思議とリリカはあまり嫌悪感を抱かなかった。少し困るなぁぐらいの感覚だった。そしてそれが既に寄生生物がリリカの精神に影響を与えていることの証拠でもあった。寄生生物に同化された生物はそれを拒否することはなく、受け入れるように変わっていくのだ。
リリカは他にもヴァイスに自分が獣人たちに絡まれ、見知らぬ女の人に助けられたことを言った。エスティナは訳ありのようだったので、リリカはエスティナの名前は口にしなかった。すると、ヴァイスはただ「そうか、それは大変だったな」と言っただけで特に興味を示さなかった。
ヴァイスはリリカの安全については全く心配していなかった。なぜなら、リリカは全部ではないとはいえ半分は寄生生物だ。もし、本当にリリカの身が危なくなったときにはリリカの寄生生物の部分がリリカを絶対に守るという確信があった。そして、その寄生生物の力がどれほどのものかはヴァイスが最もよく知っているのだった。




