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For freedom―悪魔の力を宿した男―  作者: シロ/クロ
第1章:Provocation To this Kingdom
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第3話①:コレジオ初日ガイダンス

感想・ブックマークなどよろしくお願いします。

 木々の隙間から零れる早朝の陽。小鳥の美しい囀りの中、アランフットは木製の剣を振り汗を流す。

 彼は二日前のあの快感が忘れられずにいた。黒い『影』を前にして握った妙に手に馴染んだ剣。あれを振る気持ち良さと言ったらない。


「はっ!……はっ!」


 アランフットはあの夜手に持った剣に既視感があった。

 あの日の出来事を思い返し、剣の形状を思い出した瞬間にどこかで見たことがあることは思い出したが、それがどこで見た物だったかはなかなか思い出せずにいた。

 そして昨日久しぶりに自宅に帰り、なんとなしに物置を探っていたところに答えは見つかった。


 それが今振っている木製の剣だった。これがなぜだかあの夜握った剣に非常に形が似ている。アランフットが昔、その棒を発見した時はそれが一体何なの理解ができなかったのだが、今ならわかる。

 運命めいたものを感じたアランフットはその剣を修練の相棒と決めた。今日が修業一日目だ。


「あー!!疲れたー!!」


 一通り身体の求めた動きを終えたアランフットは剣を放り出し、四肢を投げ出して地面に倒れこむ。額から流れ落ち、目に入りそうになった汗を手の甲で拭い空を仰いだ。


 そんなアランフットの側にはその姿を見守る父の姿はなく、朝食を用意してくれる母の姿もない。

 彼が生まれて間もない頃に両親は死んだ。国王からはそう聞かされていた。

 もちろん直接言われたわけもなく、あくまでアランフットがアルミネ家の従者に聞き、従者が家長シャナイトに伝え、シャナイトが国王に質問し、その逆の順路で答えが返ってきたという又聞きにも程がある過程を経ている。


 そこからどういう経緯でアランフットはこの辺境の地に連れて来られたのかは記憶に無い。お世辞にもログハウスとは呼べない汚い小屋を宛がわれ、一人寂しく暮らしていた。

 そんな暮らしが一生続くのかと思われたが、すぐにアルミネ家で勉強を見てもらうために通うようになり、シュナイトの勉学に明け暮れる日々やラミの仕事と勉強を両立する様を見て、アランフットは自分の生活に贅沢は言えないのだと悟った。


 アランフットはアルミネ家での強制学習イベント以外は、自分では全くやらない。

 家にいれば好きなだけ寝ることができるし、一度山奥に入れば刺激的な環境が整っている。彼にとっては、家できっちりかっちり過ごすより、そちらの方が余程性に合っていた。


 だからアランフットはシュナイトやラミ、また他の国民の生活を羨んだこともなければ、自分の境遇を恨めしく思ってもいない。

 自分が持っている環境を最大限活かし死守する。それがアランフットが幼いながら身に着けた考え方だった。


 そうして好き勝手に生きるアランフットは現に今も――


「すぴー……すぴー……」


 朝早く起きたからか、剣の鍛錬で疲弊したからか、アランフットはいつの間にか気持ちよさそうに眠っている。


 アランフットはこのどこもすぐに寝てしまう癖をラミにはいつも「風邪ひくでしょ!」と注意されていた。

 過去形だ。全く直る兆しも見えず、遂にはラミも諦めてしまった。


 春の優しく包み込むような風がアランフットの髪を揺らす。

 だが気持ちの良い時間も長くは続かず、風が「北宮」から微かな喧騒を運んでくる。アランフットはパチッと目を開けた。


「やべぇ!寝てた!」


 寝坊常習犯の常套句を一言を添え、アランフットは飛び起きる。


 元々は汗に濡れた服、今や乾いてしまった汚い服を着替え、急いで「北宮」に向かわなくてはならない。

 アランフットは家に駆けこみ一瞬で素っ裸になると、アルミネ家の従者が洗濯した綺麗な服を手に取りすぐに着る。

 そしてまたもやアルミネ家が用意したコレジオへの持ち物一式を手に取り急いで家の外へ飛び出した。


 登校初日から授業に遅れるのは避けたかった。始まり方が良くないと途中でろくでもないことになる。なんとなくアランフットはそんな風に考えていた。


 準備は整った。

「さあいよいよ走り出そう」と、足を一歩前に踏み出すその瞬間、余計な思考が頭をよぎり、前のめりになりながらもなんとか踏み留まったアランフットはそのまま背筋を伸ばして直立する。


「〈妖精術〉を使えば早く到着できるのでは?」


 以前〈妖精術〉を使った時は「百姓街」を越えるのは一瞬だった。さすればアランフットが「北宮」に入都する手続きをする羅城門にもすぐに到着するだろう。


「んぬぬぬぬ」


 アランフットは全身に力を込めた。

 あの時感じた感覚からして〈妖精術〉とは身体能力が格段に上がる能力なのだろう。空は飛べなくとも少なくとも足に翼が生えたかのような軽やかさで移動することは可能なはずだ。

 羅城門にある役所での手続きは多少時間を取られる。速く移動できることに越したことはない。


「んぬぬぬぬぬぬぬ」


 だがしかし〈妖精術〉は出ない。なかなか出ない。どうすれば使えるのかもわからず、きっかけすら掴めずにいた。


「はあー……歩いて行くしかないか」


 がっくりと肩を落とすアランフット。どうやら〈妖精術〉が出るまで試すよりは普通に移動したほうが早そうだ。アランフットは〈妖精術〉を諦め、重たい足を前へ突き出した。


 ***


「やはり〈妖精術〉は簡単には使えないようですね」


「力を解放する機会が来れば自ずと使えるようになるはずよ。その機に本物かどうか見定めましょう」


「はい……」



 ○○○



「おうクソガキ!今日からコレジオ始まんのか?」


 アランフットが入都の手続きをしていると、内側からぽってりとした中年太りの門番の男性がのそのそと近づいて来た。


「朝からうるせェなぁ」


 アランフットは耳をほじりながら面倒くさそうに対応する。

 差別されているアランフットにでも気さくに話しかけてくる人物は少ないながらいる。アルミネ家以外ではこの門番と数人。


 門番の名はジョン・レッグ。ジョンは数年前にまだ幼かった息子を病気で亡くしている。それからは子ども一人で暮らすアランフットを我が子とは言えないが、親戚の子どもくらいの感覚で気にかけていた。


「んな生意気なこと言わないでもっと可愛げを持て。今から変に大人びててもつまんねぇだけだぞ」


 ジョンはアランフットの頭を両手で乱暴に撫でながら笑顔で話しかける。生意気なのもまた可愛いのだ。


「そんなことより早く通してよ。遅刻しちゃうだろ」


「焦ったっていいこともねぇ。まあちょっと待っとけって。いいもん持ってきてやるからよ」


 そう言い残すとジョンは重そうに腹を片手で抑えながらノシノシと役所の中へと入っていった。

 その背中を見送りながら、アランフットはぐちゃぐちゃになってしまった髪を直しながら横目で通路の様子を見る。


「……ああもう!」


「百姓街」に住んでいるコレジオの生徒と思われる子供たちはどんどんアランフットの横を通り過ぎていく姿が目に入り、アランフットは腹立たし気に地面を蹴った。

 彼らはほぼ全員アランフットに奇異の眼を向けることを忘れないという徹底ぶり。基本的に他人のことは気にしないアランフットだが、今回に限っては待たされているという状況と相まって少し腹が立っていた。


「んだよっ!」


 偶然アランフットと目が合った自分より背の低い子供を思い切り睨んで怯ませていたところにジョンが帰って来る。


「ほい、お待たせさん」


 そう言って、なにやら紙切れをアランフットに差し出した。


「なにこれ」


「これはまあ証明書みたいなもんだな。今まではいちいち確認作業があったけどこれからはほぼ毎日コレジオに通うだろ?毎日確認作業があったらこっちもめんどくせぇからな。この紙を見せてくれればすぐに通すぞってやつだ」


「おお~」と目を輝かせるアランフット。まさかそんな画期的な制度があったとは。「もっと早く出しとけよ」とは思うが、過去の労力を今更振り返ったって仕方がない。


「ありがとうおっさん!!」


 アランフットはジョンの手から通行証を奪い取ると、手を振りながらコレジオに向けて駆けていく。自分を見てきた奴ら後ろから抜き去り全員を睨みつけるという徹底ぶり。ジョンはその背中を見送りながらポリポリと頭を掻いていた。


「なんだってあんな幼気な子供が差別なんてされているんだろうな……」



 ○○○



 アランフットは右京七条の中央付近に屹立するコレジオに無事到着した。コレジオの位置は学年が上がるごとに六条、五条、四条……と「北宮」の奥へと進んでいく。数の低い学年は「北宮」の外に出て授業を行う回数が多いため、より外側に位置している。


「ほおー、これがコレジオかぁ」


 アランフットはこれから一年間通うことになる建物を見上げ、感慨深げに息を漏らす。

 レンガ造りの建物は長年の歴史からか少し古びた印象も受けるが、それでもアランフットが住んでいる建物と比べれば立派なものだ。


「何をやっているんだい?」


 アランフットが第二の家になるかもしれない建物をじっと見つめていると、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「シュナ!……あれ、ラミは?」


 アランフットはいつもシュナイトの横にいるアホな少女の姿を探すが、今日は見当たらない。不思議なことがあるものだとアランフットは首を傾げた。


「先に行ってしまったよ。シクルよりも先に到着したいんだって」


「あー……気になってたんだけど、何でラミってシクルに嫌われてて、ラミもシクルのこと嫌ってんの?」


「そうだね……歩きながら話そうか」


 少し話が長くなることを見越したシュナイトは「遅刻しちゃうよ」と校舎に入ることを促す。そしてシュナイトは、教室に着くまでの廊下でアランフットに家庭的な事情を手短に説明する。


「シクルの家系は古来の体系にこだわる一族なんだ。だからやや女性差別的思考が残っている。ラミという人間を嫌っているわけじゃなくて、自分がいる組織の中にラミがいることを嫌がっているって感じかな。厄介なのは彼が貴族階級の一番上にいるってことなんだ。それと対抗する位置にあるのが僕の家なんだけどね。僕の家に仕えるラミだから目の敵にされているってこともあるかもしれない」


「へー……貴族もいろいろあるんだな。だけどわかった。俺もシクルは嫌いだ」


 アランフットは鼻から勢いよく息を吐きだした。

 アランフットにはお家間の力関係のことはよくわからないが、少なくともシクルが自分たちの仲間ではないことは理解した。友の敵は自分の敵。シクルには明確な敵意を持って接しようと、意味のない決意をするのだった。


 ゴーン


 二人が教室に着いたと同時にコレジオの始まりを告げる鐘が鳴る。二人が話しているうちに、思いの外到着時間はギリギリになっていたらしい。

 悪態をつくことが生きがいと言っても過言ではないシクルに話しかけられることもなく、二人は席に着くことができた。


 そしてすぐにガラガラと教室の扉を開け、一人の女性が教室へ入ってくる。


「皆揃っているな」


「げっ!」


 アランフットはその顔を見た瞬間に声を上げて立ち上がった。すらりと伸びた長い手足、短く切り揃えられた黒髪、鋭く光る目に丸眼鏡をかけた女性。入ってきた人物は、昨日の入学式開始前にシクルと取っ組み合いをしている際、アランフットのことを片手で吹っ飛ばした長身の女性だった。


「今年この学年を担任するレース・モノトだ。よろしく頼む」


 レースはじろりと教室を睨め回した。生徒一人ひとりの人間性を見透かすような冷たい目線だ。「最悪だ」とアランフットは上げた腰を下ろしながらシュナイトと顔を見合わせた。


「初めに断っておくが、ここにいる生徒は皆コレジオに入学することを国王が許可してくださった者たちだ。ここにいる間は生徒の間に上も下もない。貴族が上でなければ、平民が下でもない。皆平等に扱われると思え。差別がしたければ外に出てからにしろ。いいなシクル、アランフット」


 当然のように名指しの注意をされた二人はすぐに反抗の声を上げた。


「な、なぜ私が下落民と並べなれなければいけないのだ」


「俺はされてる側なんだから関係ないだろ!」


 レースはため息をつく。


「シクル……私はそれをやめろと言っているんだ」


「はっ!ざまあみろ!」


 すぐさまシクルを虚仮にするアランフット。


「お前もだ、アランフット。勉学が疎かになっていたとしても優遇はしないということだ」


「ははは。野蛮人にコレジオの授業が理解できるといいな」


 シクルも負けじと言い返す。


「んだと!!」


 アランフットは机を叩き立ち上がると、シクルもそれにつられて立ち上がる。

 二人は眼をひん剥き、睨み合い、火花を散らす。

 そして二人は引き寄せられるように自席を離れ段々と近づいていき、ついに教卓の前で二人は出会うと息がかかるほど顔を近づけ、互いを威嚇し合う。


 段々と二人の怒りのボルテージは上がっていく。

 自分より圧倒的に地位が低い人間に挑発され、それを受け流せるほどシクルは大人ではない。

 嫌いな人間に煽られて怒りを我慢できるほどアランフットはお人好しではない。

 限界が近づきいよいよ手が伸びそうになったその時――


「いい加減にしろ!」


「「いでぇ!!」」


 レースのげんこつが二人の頭に落ちる。あまりの痛さに目が飛び出た両者は頭を押さえた。


「早く座れ」


 毒気が抜かれた二人は涙目でレースを睨みつけ、もう一度お互いに睨みつけた後、煙を上げるたんこぶを抑えながらすごすごと自席へと退散する。


 他の生徒からの視線が刺さる。開始早々問題児宣告されたようなもの。悪目立ちの中でも最も質の悪い悪目立ち、暴力での悪目立ちは取り返しのつかないことになりそうだ。


 アランフットは下落民というのも相まって話しかけにくいランキング堂々の第一位にランクイン。

 果たして友人はできるのか。そんな不安がアランフットの脳裏をよぎる。


 席に着くなりアランフットは身をかがめてシュナイトに小声で話しかける。


「なあ、あの先生怖くない?」


「うーん……実力は確かなはずだよ。あの人四眷属に匹敵するぐらいの凄腕らしいし」


「聞こえているぞアランフット!」


 レースの怒号に思わず身を縮めるアランフット。シュナイトは何に納得したのか、うんうんと頷いている。アランフットが指摘されたことは気にかけていないようだ。


 アランフットは不満げな目でレースを見た。


 ジロリと睨まれる。咄嗟に目を逸らし、呟く。


「あの先生やだなぁ」


 アランフットは早くもこの後のコレジオ生活への嫌な予感がするのだった。



 ○○○



「いいかお前たち」


 レースはパチンと手を叩き、緩み始めた教室の空気を引き締めた。


 生徒たちはほぼ初対面だが他人への悪口は仲良くなるきっかけの一つらしく、どうやら共通の敵を見つけたクラスメイト達は段々と仲良くなり始めていた。


 だからこそレースは今一度クラスを落ち着かせ、次なる話題へと話を進める必要があった。


「今からお前たちには簡単に自己紹介をしてもらう。名前とあと一言、好きな食べ物でも将来の夢でも何でもいい。それを各々発表していけ。が、時間がないから手短に済ませろ」


 それもそのはず。

 今からはドキドキの自己紹介タイムだ。ここで学校人生を棒に振る者もいれば勝ち組へとその足を進める者もいる。コレジオ生活のなかでも最大級に重要なイベント。

 レースはあまり感情を表に出さないため冷徹な人物だと思われがちだが、意外と学校特有のイベントは大切にするタイプだ。コレジオの先生を自ら志願するほどだ。子どもたちへの愛は強い。


 横長の教室に並べられた縦五席、横八席の計四十席並べられた席に座っているのは三十九人。レースは自分の椅子に座り、後は勝手にやってくれと手で合図を出し司会の役職を投げ出す。


 自然と最前列の一番端に座っている人物、「仕方ない」と自ら立ち上がった目立ちたがり屋から順に自己紹介が始まった。


「私の名はシクル・ラワジフ。皆知っての通りラワジフ家はジンヤパ王国にて貴族階級の第一位。他と平等に扱われるのというのは心底心外であるが、これを機に皆には貴族というものを身近に感じてもらい、そしてその格の違いというものを知ってもらいたい。私もまた平民というものを知り知見を広めようと思う。そこの野蛮人から得るものは何もないだろうがな」


「へっ!お偉いお貴族様もこの野蛮人と同列ですってよ!俺と!お前!同じ!!」


「黙れ……」


 レースの冷徹な一言に委縮したアランフットはすぐに席に縮こまる。ふんっ、と偉そうに鼻息を吐いたシクルはすました顔で席に座った。


 するとその後ろに座る少年がのそのそと立ち上がる。


「僕はルーテ・ノノベと言います。んー夢は特にないかな。んー好きな食べ物は……んーと何でも好きなんだけどな。えーと……お肉かな。えへへ、どうぞよろしく」


 煮え切らない自己紹介をしたルーテは朗らかな笑顔を浮かべて席に座る。


「俺の名はウマート。将来は四眷属になる」


 一切の音を立てずに立ち上がったウマート。全くの無感情無表情で必要最低限のことを話し素早く席に着く。何人たりとも寄せ付けないような鋭さがある少年。実際にはシクルとルーテといつも一緒にいるのだが、自ら距離を詰めたいと思う人間は少ないだろう。


 その後ろに座る少女は恐る恐るといった感じで立ち上がった。


「わ、私の名前は、ユナ・ミカノ、で、です。る、ルーテとはいとこです。じょ、女子は二人しかいないけど、み、みんなに負けないように、頑張ります。よ、よろしくお願いします」


 ユナは周りの視線におどおどしながら恥ずかしそうに席に座る。「苦手なタイプだ」とアランフットは顔を顰める。アランフットは豪快で溌溂とした性格だ。その反対の煮え切らない態度を取る優柔不断な人間には苛つきを隠せない。ユナとの相性は悪そうだとアランフットは判断した。


「えーと……もう一人の女子です。名前はラミ・ケニス。夢は世界を旅して色々な人に出会うことです。よろしくお願いします」


 自身に満ち溢れた顔でラミは教室を見渡し一礼をして着席した。そのような夢があったことを知らなかったアランフットはシュナイトの顔を見る。シュナイトもアランフットと顔を見合わせたがすぐに首を傾げた。二人とも知らないラミの一面だった。



 その後も各々自己紹介が進んでいく。

 出生も夢も十人十色の自己紹介が始まり、アランフットは思いの外わくわくしていた。なにせシュナイトとラミと、申し訳程度に加えるショナイトしか同年代とは話したことがなかった。多数の同年代の子供が口々に話す空間というのはアランフットにとっては新鮮な環境だった。



 順調に自己紹介が終わり、いよいよ最後に教室に入ってきたシュナイトとアランフットの順番が回ってくる。


 シュナイトは目に少しかかった紺髪を首の動きで払い、立ち上がった。


「僕はシュナイト・アルミネ。ここではみんな平等に扱われるってさっき先生が言っていたけれど、僕の夢はまさにそれなんだ。この平等というものを全世界に広げたいと思っています。立場を越え、国を越え、皆が笑顔で話せる、そんな平等な世界を作るのが僕の夢です。六年後このメンバーで卒業できることを願っています。よろしくお願いします」


 壮大な夢を自信満々に語るシュナイトに、クラスからは自然と拍手が湧き上がった。その拍手にシュナイトは一礼を以て応え、席に座る。

 シュナイトを称える拍手が疎らになっていく空間に、爽やかな奴だと思いながらアランフットは立ち上がる。


「俺の名前はアランフット・クローネ。みんなも知っての通り俺はこの国で下落民として過ごしている。別にコレジオだからっていって無理やり俺と話さなくていい。……いや友達は欲しいんだけどさ、嫌われてるくらいなら関係を築くほどのことはないかなって。別に俺を軽蔑してくれていい。差別してくれていい。ただ俺はお前たちの上を行く。お前たちが俺を見なくたって上に立ち続ける。そして俺は誰にも邪魔されない俺の自由な世界を手に入れる。それが俺の夢……かな」


 アランフットは生徒全員と目が合うようにゆっくりと教室を見渡した。皆の視線はアランフットに集まっている。

 軽蔑の眼もあれば、恐怖の眼もある。だが今はそれでいいと思った。いつか必ず見返す時が来るのだから。


 アランフットの自己紹介が終わった後、教室には沈黙が流れてしまった。誰も何も発現しないのだ。今声を出せば悪魔に呪われると言わんばかりに。


 その沈黙が耳に痛い。アランフットは居心地が悪くなりすぐに席に座った。


 そうして全員の自己紹介が終わると座っていたレースは重そうに腰を上げた。

 寝ていたのではないかというほど眠たそうな瞳をしていることを鋭い生徒は見逃さなかったが、指摘すると確実に怒鳴られるため皆口を噤んだ。


「……やっと終わったか」


 否、掠れた声を出した瞬間、寝ていたことがすべての生徒の中で確信に変わる。

 だがレースはそんなことを気にするような人間でもない。自分が眠たかったら寝る。起きたかったら起きる。そういう人間だ。


「例年はコレジオの初日はこれくらいで終わりなんだが、私の教え方は実践で叩き込む形式が多くてな。言葉で教えるのはどうも苦手なんだ。そこで明日は早速外に出て実践演習をしようと思っている」


「「「「「「おおー!!」」」」」」


 教室全体から歓声が上がる。実戦演習、そして校外での活動。楽しいことをするに違いない。レースを見る生徒たちの瞳は期待の光に満ち溢れている。


「だがその前に絶対にしておかなければならない説明がある。それを今済ませてしまいたい。下校定時はもうすぐ過ぎるが、異論のある者はいるか?」


 レースは教室を見渡すが、反対する生徒はもちろんいない。餌をちらつかされてお手をしない犬畜生はいないのだ。座学を覚悟していた生徒たちの実践演習への期待は大きい。


「よし。今年はこの説明が一番面倒なんだがだが、一番基礎的な説明だ。集中して聞いておけよ」



 〇〇〇



 生徒たちのそわそわした空気の中、レースの説明は始まった。


「さて、皆もよく知るところであろうが、全人類は二つの力を上手く使い分けることでこの世界の動物の頂点に立ったと言われている。その二つの力が【制限(リミッター)】と《魔法》だ」


 人差し指の中指を立ててその数を強調する。この二つの異能はどんな人間であろうともこれからの生活を支える大きな柱となる。


「この二つの能力は軍事利用するだけでなく日常生活でも使われているな。【制限(リミッター)解除(リリース)】をして重い荷物を運んだり、《火魔法》を使って火を起こしたりと。もちろんこの二つが上手く扱える者は軍人になればいい。より上手く扱えるに越したことはないんだ。だが扱いが下手な者も悲観することはない。日常生活にそれほど高度な技術が求められることはないからな。適材適所という言葉を覚えておいて欲しい。

 何度も言うが【制限(リミッター)】や《魔法》の扱いが上手い者は軍人になれば良い。逆に下手な者は勉学に励み官吏になれば良い。突出したものがないと思うのならば家業を継げば良い。己が最も適した職に就く。これは誰もが無駄に傷つかずに社会が回る方法だ。自分の将来の適性を探していく。これもコレジオに通う大きな目的だということを覚えておいて欲しい」


 生徒たちはレースの話を聞きながらも顔を見合わせていた。いまいち捉えどころのない話に困惑している。

 コレジオ一回生はまだまだ幼い子供たちの集まりだ。入学早々に将来の道を示唆するのは少し早かったかもしれない。そう思ったレースは小さく息を吐いた。


「まあ将来のことを考えるにはまだ早いかもしれないな。ただこれからの授業で自分の適性を嫌でも見つけることになる。早めにある程度の諦めを持っといたほうが心にかかる負担は楽になるぞ」


 生徒のことは大好きだが、それは生徒に甘く接するということと同義ではない。

 意味がないことはしない、自分の能力へ変に期待を抱かせない。それが残酷な人生を目の当たりにし、人生に絶望した彼女のモットーだった。


「かく言う私は己の力に幻想を抱きすぎて絶望した側の人間だ。私の力ならば確実に四眷属になれるだろうと驕っていた。だが私には才能はなかった。器がなかった。いや、圧倒的な才能というものには努力など勝てるはずもなかったんだ。だから私は教師となって、せめて若者の力を底上げして未来の選択肢を増やしてやろうと思ったわけだ」


 レースは遠い目をして語っていたが、咳払いをしてすぐに話を聞く生徒たちを見据える。


「さて、ここからが本題だ。今日は【制限(リミッター)】の説明と【制限(リミッター)解除(リリース)】の説明、そして《魔法》の説明をしなければならない。まあこれらは生来の力だからな。言葉で教えるよりは身体で体験した方が分かりやすいんだが、決められた方針上、一応言葉で説明しとかなきゃいけないんだ」


 レースはやれやれと、面倒臭そうに鼻を鳴らした。


「まずは簡単な《魔法》の説明からだ。《魔法》の属性の種類は四つ。《火魔法》、《水魔法》、《土魔法》、《雷魔法》だ。……これ以上の説明は特にない。各々必ずどれかの一つ属性への適性がある。それを見つけるのが明日の授業だ。詳しい話は明日にしよう。次に【制限(リミッター)】の説明だ。……ちなみにシクルはどういう紋様だ?」


 レースは適当に、と言っても一番前に座っていて且つ面白そうな人物を狙って話を振る。指名されたシクルは手に力を込め、【制限(リミッター)】の紋様を手の甲に浮かび上がらせた。


「右十角だ」


「ほう!それは相当優秀だな。さすがは高級貴族といったところか。相当なものだな。ちなみに私は右八角だ」


 レースもまた同じように右手の甲に紋様を浮かばせ生徒に見せる。


「さて、ここで疑問に思う者が多くいるだろう。私は左手に紋様があるけどみんな右手にあるのかな、自分は最初から紋様が浮かび出ているけどみんなは消えているのかな、と。安心しろ。殆どの人間が左手にあるし、右手にあってもその数が七角を超えることは稀だ。そして修練を積めば【制限(リミッター)】の紋様を隠せるようになる」


「先生!!」


 アランフットは勢い良く手を挙げた。


「どうしたアランフット」


「俺は手に紋様がないんですけど」


 その言葉を聞いたレースはピクリと眉を動かしたが、シクルは失笑する。


「どうしたアランフット。【制限(リミッター)】は手の甲に現れる。それは常識だ。……まあたしかに下落民に常識を問うのは酷かもしれないがな」


「シクルにはきいてねぇよ。レース先生!どうなんですか?」


 問われたレースは顎に手を当て考える。


「具体的にはどこにあるんだ?」


「おでこ」


「ほう!お前もなかなか面白いものを持っているな」


 正気とは思えないアランフットの戯言に、まともに問答を続けるレースを見たシクルは慌てて問いかける。


「先生!本当にあいつのいうことを信じるんですか?」


「ああ。……あまり大きな声では言えないが、この国最強と謳われるお方も手の甲ではない場所に【制限(リミッター)】がある。だから有り得なくはない話だ。……そうだな、この学年には例年よりも優秀な人材が集まっているらしい。俄然興味が湧いてきた。一人ずつ自分の【制限(リミッター)】の位置と角数を言っていけ」


 レースが興奮のあまり叩いた机の音にぶるっ、と身体を震わせる生徒たち。渋々最前列一番端のシクルから順に各々の【制限(リミッター)】の角数を発表していく。


「右七角越えが五人、手の甲に顕現していない者が二人か。本当に恐ろしい学年になったものだ。……大丈夫、該当者でない者も私はしっかり教育していくつもりだ」


 またもやざわつき始めた教室を落ち着かせ、レースは話を続ける。


「一旦この話は置いておく。まずはそもそも【制限(リミッター)】とは何なのか説明していく。人間の身体は常に最高の動きをしているかと言えばそうではない。潜在能力100%の力を出して常に全力で動いてしまえばすぐに体力の限界が来て、おそらく人間は死ぬ」


 レースは再度右手の紋様を浮かび上がらせ生徒に見せつける。


「そこで普段我々の力を抑え込んでいるのがこの【制限(リミッター)】だ。いや、無理やり全力を引き出せるようにするのが【制限(リミッター)】と言うべきだな。我々はこの【制限(リミッター)】を【制限(リミッター)解除(リリース)】することで必要な時に本来自分が出せる力の一部を取り戻して使うことができる。【制限(リミッター)】の形は三角形〜十二角形までの十種類。この角数が多い程軍人としては優秀とされる。何となく数が多い方が凄いような気がすると思うが、まあそういうことだ」


 その話を聞き、アランフットは額にある【制限(リミッター)】に触れた。

 浮かない表情を浮かべる彼をシュナイトは横目で一瞥したが、すぐにレースの方を向き講義に集中する。


「【制限(リミッター)解除(リリース)】には段階があり、解除するごとに一つずつ角が消えていく。【制限(リミッター)】の角全てが消えた時、【最終(パーフェクト)状態(ステイト)】となり本来の自分の力の全て、つまりいわゆる「全力」を出せるようになる。だが人間は常に全力は出せないと言ったな。この【最終(パーフェクト)状態(ステイト)】は長時間維持すると身体に大きな負担がかかってしまう。【最終(パーフェクト)状態(ステイト)】をより長い時間維持するためには強靭な肉体と相応の体力が必要となる。コレジオではその修行をするのが主な内容だ」


 長い説明を淡々と話すレース。既に何人かの生徒は飽き始めているが、レースはお構いなしで話し続ける。


「角数が多いほうがなぜ優秀かというと、その人が引き出せる力の潜在量がより多くなるからだ。基本的に左三角から左十二角その次に右三角から右十二角の順で引き出せる力が多くなると考えて良い。だがこれは左三角が右十二角に完全に劣っているということを示してはいない。なぜかわかる人はいないか?」


「はいっ!」


 待ってましたとばかりにラミが自信満々に手を挙げる。レースは眼鏡をきらりと光らせラミを見た。


「おっ!ラミ・ケニスだったな。答えてみろ」


「はい。例えば左三角の人が右十二角の人と対決した時、先生がおっしゃった通りなら右十二角の人が【制限(リミッター)解除(リリース)】するのには相当な体力を使うし、おそらく時間もかかります。逆に左三角ならすぐに【最終(パーフェクト)状態(ステイト)】になることができ、先手で決定打を加えることができれば勝てると思います」


 ラミは一息で意見を発表し、大きく息を吐いた。レースは手を叩きながら頷く。


「素晴らしい考え方だ。大まかには正解と言えるだろう。だが、私の責任だが例えが悪かったな。さっきも引き合いに出したが右七角以上からは特別だ。はっきり言って角数の多さによって強さが決まる。ここは決して越えられない壁なんだ。つまり左三角が右十二角に勝つことは絶対にない。まあ、それもあくまで【制限(リミッター)】だけで戦った場合の話だがな」


 この世界には《魔法》もある。それを使えば戦闘における強弱は変わってくる。また、経験値の差も大いに戦闘力に関わってくる。

 戦場で戦ってきた人間と都市という平和ボケの温床でぬくぬくと過ごしてきた人間が戦った場合の勝敗は火を見るよりも明らかであろう。


 だがなんにせよ、ラミの答えは素晴らしいものであった。レースが賞賛の後もう一度拍手を送ると生徒たちも同調してラミに惜しみない拍手をする。思わぬ拍手喝采にラミは含羞の笑みを浮かべ席に座った。


「そう、戦い方にも色々あるんだ。《魔法》主体で戦う者もいれば、【制限(リミッター)】主体で戦う者もいる。そういう自分に合った戦い方を見つけるのもコレジオの大切な授業内容だな」


 不安げな表情を浮かべていた生徒が何人かいたのか、レースは慌ててフォローを入れる。生徒に甘くはしないが、理不尽な行いは決してしない。適材適所が大切。弱者には優しくあるべきだとレースは考えている。


「……ああ、心配するな。何も将来戦うためだけに授業をするのではない。この二つの力を上手く扱えるようになっていく過程で自分の適性を見つければいいんだ。戦い方を学べば軍人にならなくとも自分が戦闘に向いているのか向いていないのか知ることができる。それだけでも将来自分がどのような道に進めばいいのかわかるわけだ」


 レースは大きく息を吐いた。何となく雰囲気を察した生徒たちの空気も緩む。説明は終わりそうだ。


「さて、このくらいで説明を終わりにしよう。さらに詳しい話は実際に訓練する時にでもまたしようと思う。ただ今日した内容はコレジオで学んでいくのに本当に最も基礎的で重要な部分になる。決して忘れないようにな。各々今日はまっすぐ家に帰り、十分な休養をした上で明日の授業に臨んで欲しい。明日は楽しいが危険な訓練になる。死ぬことはないが、もしかしたら大怪我をする可能性だってある」


 レースは顎に手を当てなにやら考え込む。


「……そうだな。明日の内容を簡単に言えば……魔獣と戦う」

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