第6話:ハプニング発生中!!
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開始の合図と同時に多くの生徒が即座に【制限解除】をして「珍獣の森」に入った。それはアランフットも例外ではなく、緋色の輝く粒子を散らしながら森に突入する。
「絶対にお前には負けないぞ……」
そう呟いて、フェイもその後を追った。
***
「うわっ!気持ち悪ぃ!!」
アランフットの目の前に現れた巨大な蜘蛛に悲鳴を上げた。
少し背の高い木とほとんど同じ大きさの巨大な蜘蛛。白色の身体に紫色の縞模様で、木の幹を四本使った巨大な巣を張り、関節の音なのか口から発する音なのか、ギチギチと奇妙な音を鳴らす巨大な蜘蛛だ。
「ギチギチチチ!」
その蜘蛛は巣をゆっくりと這いながら、複数の眼でアランフットのことを見つけると嬉しそうに一層大きく鳴いた。
「家にこんなのいたら死ぬな……」
現実で遭遇したら即卒倒することは想像に難くない。
「ここは「珍獣の森」だ」という冷静な判断と、試験下にあるというアドレナリンで今は目の前の蜘蛛を倒すことしか考えられないことは幸いだった。
気絶などしようものなら、一瞬にしてアランフットの身体は蜘蛛の粘糸に絡め捕られるだろう。気を抜くことはできない。
「そんじゃあ早速……」
アランフットが腰に据えられた七星剣に手を伸ばすと、それに導かれるように緋色の粒子がその刀身に纏わりついていく。風は薄く鋭く研ぎ澄まされた状態で既に七星剣の刀身を覆っていた。
修業の末にアランフットが身に付けた業。〈妖精術:風刃〉は任意の時にノーモーションで発動できるようになった。
つまり〈妖精術:風刃〉は常時発動型に至った。七星剣の攻撃力は格段に上がり、剣を振れば斬撃が、〈風刃〉が飛ぶ。そんな状態を好きなだけ続けられるようになった。
アランフットは七星剣で巨大な蜘蛛を切り伏せようとしたのだが、その思惑が叶うことはなかった。
察知した違和感にアランフットは声を漏らした。
「んっ!?」
「おらあああ!!」
アランフットから見れば蜘蛛の向こう側から、死ぬ以外の未来がない哀れな蜘蛛さんからすれば死角の腹側から、その叫び声は聞こえた。
「《雷魔法:雷槍》!!」
アランフットからはその声しか聞こえず、何が起きているのかはわからない。
だが突然「ギギッ!?」と蜘蛛が声を上げたかと思うと、背中から青白く光る槍が突き出てきたのをアランフットは見た。
その接触部から蜘蛛の全身に電流が走る。
巨大な蜘蛛は「ギ、ギギ……」と苦しそうな呻き声を上げ、数多ある瞳には涙が浮かんでいるようにも見える。
「蜘蛛さん……」
憐れに思えたアランフットは何を考えたのか、咄嗟に蜘蛛に手を伸ばしかけたが――
ボカンッ
無慈悲にも巨大な蜘蛛の身体は爆散した。
盆を覆したかのように、巨大な蜘蛛の緑色の体液がアランフットに降り注ぐ。
「見たかアランフット!お前より先に倒してやったぞ!」
そこには仁王立ちをしたフェイがいた。
「てめぇこの野郎!俺の獲物をよくも!……それにこれはちょっとかわいそうだ」
「何を言っているんだ?このバケモノを可哀想だなんて」
アランフットはフェイの声を聞きながら自身に降りかかった巨大蜘蛛の体液を振り払う。
「ったく、気持ちわりぃ液体もお前のせいで……こんなに……」
「なんだよ、俺がせっかく倒して……」
お互いにその違和感に気が付いた。
いやに視線を感じる。フェイからすれば突然現れた視線。アランフットからすればそれはつい先ほどまで感じていた視線だった。
今までの人生のどこでも感じたことのない、一つの個体から複数の視線を向けられているような特殊な視線。爆散した巨大な蜘蛛から感じていた視線。
「ギ……ギギギ……」
「……ギチギチ」
「ギチチチ」
だがそれは一個体から向けられている視線ではなかった。
複数の個体から複数の視線が向けられている状態。つまり――
「こいつら!増えてやがる!!」
「体液から……どんどん復活してる……」
増殖珍蟲・ギガントホワイトスパイダー。
自身の体液から次の個体を産み出す。その数に限りはあるものの限界まで見た者はいない。傷つければ半永久的に増え続ける奇妙な珍虫。
それが今アランフットとフェイが対峙している珍獣だ。
「ギギギギ!」
「ギチギチ!!」
「チチチ!」
小さくはあるが大量に増えた、地面を覆い尽くすほどの数まで増殖したホワイトスパイダー(ギガントではない)は、獲物を見つけ興奮の声を上げている。
今にも二人に襲い掛かろうと涎を垂らして粘液も分泌している。
「おい、やべぇぞ……」
「な、なんだ?こ、腰抜けアランフットは、に、逃げるのか?」
「そんなこと言ったって……」
二人がもう一度蜘蛛に目をやると、瞳を赤く獰猛に光らせた珍獣たちは空を舞い、まさに今二人に襲い掛かろうとしていた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」」
あまりの恐怖に涙を浮かべながら抱き合った二人の叫び声が「珍獣の森」にこだまする。
○○○
「ん?」
シュナイトは微かに聞こえてきた叫び声に顔を上げた。
「今なにか聞こえなかった?」
「そう?気のせいじゃない?」
次から次へと表れる多種多様な珍獣を倒すことにしか目がないラミは何も聞こえていないようだった。
だがサリエリはシュナイトの聴覚を肯定した。
「確かに聞こえたわね。各方面でも色々と始まっているみたいね」
「それにしても……」と、サリエリは心底呆れたようにため息をついた。
「あんたたちって本当にむちゃくちゃと言うか、規格外と言うか……国王様たちを長年近くで見続けたあたしでも驚くなんて、やっぱり相当おかしいわよ。血統をも超える何かがないとそんなことにはならないわよ」
「それは明らかに意志の力だろうね。僕らは強くならなければならないと激しく願い続けた。故の力だよ」
「そうね。まあ、私の場合は生まれ持った才能の方が要因としては大きそうだけどね。天才って呼んでもいいのよ?」
「そうは言ってもね……」
サリエリは二人の顔を一瞥し、また目の前に広がる光景に目を戻した。
「この数はないでしょうよ……」
彼ら三人の目の前に広がるのは夥しい数の珍獣の死骸。三人が立つ地面はそれらの傷口から溢れ出た体液が混ざり合ったもので埋め尽くされている。
そのほとんどがシュナイトとラミによって瞬殺されたものだった。
「ちなみに珍獣には正確には死という概念はないらしいよ。またいつか同じように復活するらしいから、動物愛護の観点からは問題ないんじゃないかな」
「いや一応問題はあると思うけど……そういう問題でもないし……まあいいや!」
サリエリは彼らについて深く理解することを出会った時から諦めていた。
人間の内に根本的な何かや根源的な何かがあると思い込み、その相手を理解するためにそれを探ろうとするのは愚かな行為だ。
人がどれほどの善意を内面に隠し持っていたとしても実際には悪行を働いていればその人は悪人になる。逆にどんな悪意を内に秘めていたとしても善行をしていればその人は善人なのだ。
人間の真の姿を発見することも評価することも他人がすべきことではない。その人を見てその瞬間に感じたことが自分にとってその人の真の姿なのだ。それ以上でもなければそれ以下でもない。
勝手な推測の内で期待も失望もしない。自分の見たものを等身大で受け止める。それがサリエリの処世術である。
「ふんっ、あたしだってこのくらいできるからいいわよ」
そう言って歩き出したサリエリを、シュナイトとラミは顔を見合わせてから慌てて追いかけた。
○○○
「ウマート、そちらはどうだ?」
「うむ……特に問題はない。この調子でいけばすぐに中央に辿り着くだろう」
相変わらずシクルとウマートは一緒に行動していた。信頼が深い二人ならば「珍獣の森」という未知の土地でもうまく切り抜けていけるだろうという判断だった。
協力するとはいえ、中央に着いた時点で残り一人しか受け付けていないという状態であれば、お互い手加減なしで戦うという暗黙の了解もあった。
それは他の協力関係にも言えることだ。
「おい!ウマート!」
木の上から辺りを探索していたシクルは、右手に中央の塔が僅かに見えることを発見した。
「もうこの森の随分深くまで来ていたみたいだ。中央の塔が目視できる」
「そうか……」
「どうした?もう少し珍獣を倒してから行くか?」
「いや、なんでもない。塔に向かおう」
ウマートはなにか考えあり気に見えたが、シクルの質問に答えることはなかった。
見かねたシクルは木の枝から飛び降り、ウマートの肩を叩く。
「お前はいつも一人で抱え込みすぎだ。たまには主人である俺に話してもいいんだぞ」
「……正確にはお前の従者ではないがな」
「ぐっ……確かに私は次男だがな」
悔しそうな表情を浮かべるシクルに、微かに頬を緩めたウマートは「だが……」と、声を発しかけるが、それはシクルの叫び声によって掻き消された。
「あーー!!なぜ塔がこんなにも近くにやってきている!?!?」
シクルが指さす方向には先ほどまで僅かに見えていたはずの塔が、視界の半分を埋め尽くすほどの大きさになっていた。二人はまだ一歩も移動していないのに。
「……移動式か?」
「なわけないだろう!見ていろっ!」
不思議な光景にシクルは顎に手を当て首を傾げるが、状況を理解できたウマートは即座に《魔法》を発動した。
「《水魔法:水状斬撃》!!」
掌に瞬時に《浮遊魔力》を集め、水を生成してからそれを斬撃にして飛ばす。水の斬撃は勢いよく塔に向かって飛んで行き、石造りの建物を少しだけ傷つけた。
その光景を見ているシクルの頭には終始「?」が浮かんでいた。急に近づいてきた塔。急に《魔法》を放つウマート。一体何をしているんだという気持ちだった。
「見てみろ……」
シクルがまだ理解していないことに呆れながら、ウマートは顎で目の前の塔を指した。
「んっ……どういうことだ……」
シクルが塔に目を向けると、なぜか塔は左右に揺れ靄のようになっていた。石造りであることを考えれば在り得ない動きだ。
「セデュースだよ……」
「……そういうことか」
試験が始まる前にコレジオ一行が手玉に取られた珍獣。町民から教わったセデュースの恐ろしい習性。自身の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。あのまま気付かずに近づいていれば今頃珍獣の胃の中だ。
「ありがとうウマート」
シクルは素直に感謝を伝えるが、ウマートは無言の首肯で応対した。目はその空間の揺らぎから離さない。いつどのように敵が動いたとしても対応できるように。
『バレちゃしかたねぇな』
低く唸るような声が静かに響いた。それが目の前の珍獣から発された音であると判断するは容易だ。徐々に姿を現すセデュース。くっきりと表れた修羅の顔に、怒りにより一層深く皺が刻まれていた。
『俺の森が騒がしいと思ったら、同胞を好き勝手に切りやがって。相応の対応をしてもいいってことだよな?』
「我々はここに訓練に来た。そちらに何も連絡はなかったのか?」
『お前は今日までお前らが珍獣と呼ぶ存在が言葉を話せると知っていたか?』
「い、いや……」
『連絡なんてあるわけないだろう。これはお前たち人間からの宣戦布告と見た。各員全力でお前たち人間を叩い潰す!』
ビュォと強く生暖かい風が森を吹き抜ける。辺りからは幾重にも重なる雄叫びが上がり始めた。
『俺らも本気で戦う。お前らも本気で来い』
そう言うとセデュースの姿はまた揺らめき、そして消えた。
「シクル……この珍獣は……」
「ああ、今までのどの珍獣よりも強い。気を抜くなよ」
二人は【制限解除】をして身構える。
○○○
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
間髪なく襲い来るホワイトスパイダーに、アランフットとフェイの二人は全力疾走で逃げ回っていた。だがどこまで走ろうとも地面一帯はホワイトスパイダーによって埋め尽くされている。
加えて先程のセデュースの指令により、ホワイトスパイダーの獰猛さも活発になっている。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
虫が苦手なフェイの叫び声が響く。目を開けばホワイトスパイダーの海。目を閉じればホワイトスパイダーの放つギチギチ音のASMR。どちらにせよ地獄のような体験だ。それにホワイトスパイダーは積極的にフェイに襲い掛かって来る。近づいて来るとなるともう何が何だか分からなくなり、故に叫ぶしかない。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うっせんだよお前は!!だまってろ!!」
我慢の限界に達したアランフットは怒鳴る。
ただでさえ油断ならない場面で気が張り詰めているのに、叫び声をいちいち耳元で発されるとストレスが半端ではない。「大体よぉ」とアランフットはフェイの首根っこに手を伸ばす。
「引っ付くんじゃねェ!!前が見えねェんだよ!!」
フェイはホワイトスパイダーへのあまりの恐怖心からアランフットに抱き着いていた。しかも最悪なことに、自身の腹にアランフットの頭を抱え込むような体勢でだ。
むしろなぜ今までその状況でアランフットは森の中を全力で駆け巡れていたのか、それは誰にも分らない。
「泣くんじゃねェよ!小さい蜘蛛じゃねェかよ」
「だって……だって……」
「はぁ……」
アランフットは泣きじゃくるフェイを見て頭を抱えた。
ただでさえ友だちがいないアランフット。今まで関わってきた人と言えば、同い年の数少ない友人か、圧倒的に、それは人間の再興到達年齢を優に超えているくらい年上の生物しかいない。
年下もほとんど会話したことのないシュナイトの弟ショナイトくらいしか身近にいたことがない。
フェイの扱いにはほとほと困っていた。自分に敵対心を抱いているとはいえ敵ではない。
いまこのホワイトスパイダーの海に放って自分だけ逃げだす選択肢がないでもないが、そこまで非道になれるほどアランフットも悪魔ではない。
「仕方ねェなぁ」とアランフットは頭を掻き毟った。
「いいかフェイ。今から俺はこの小さい蜘蛛を一瞬で殺す」
「……そんなことできるのか?」
「できる。ただ一つ条件がある。この条件を飲まないならお前を蜘蛛の群れに投げ飛ばす」
「い、いやだ。いやだいやだ。助けてくれよアランフット」
涙と鼻水でびしょ濡れの顔をアランフットの顔に押し付け必死に懇願するフェイ。四回生とはいえ学年一の優秀者が聞いて呆れる。アランフットはため息をつくことしかできない。
「いいか。俺が倒したら今後俺に突っかかって来るのはやめろ。それに俺はいなかったとはいえコレジオの先輩だ。シュナとかラミみたいに俺のこともアランフットさんと呼べ」
「わかった。わかったよアランフットさん!だから早く!早くやっつけてよ!!」
「まったく……」
アランフットは服にしがみつく厄介な虫を引きはがし、木の下に座らせた。
そしてゆっくりとホワイトスパイダーが覆う地面に足を踏み入れる。
ホワイトスパイダーは自ら進んで来る獲物に警戒し、踏まれないように移動しながらもその退路を断つためにぐるっと獲物を囲んだ。
アランフットは白い地面の中央に立っていた。
「珍獣の森」は木が生い茂っている。故に日の光が地面まで届くのは風で木々揺れた時の一瞬の現象なのが常だ。しかし今のアランフットの頭上からは日の光が降り注ぎ、アランフットはその光を一身に受けていた。
その姿は、アランフットに救済を求めたフェイの目にはどう映っているのか。潤み輝く彼の目を見れば、それは言葉にするまでもないだろう。
「あと敬語な」
アランフットはそう言って静かに【制限解除】をした。
最近は就活で忙しいです(忙しくはないかも)。
この小説を投稿し始めたのはたしか大学受験の年。精神的にやばくなりそうな時にしか小説は書けないのかも。
逆に書き始めたら精神的にやばいってことか??




