第4話:共同訓練を開催するにあたって
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「なんだお前ら今日はやけに騒がしいな」
始業の鐘と同時にレースが教室に姿を現し、普段の殺伐とした雰囲気とは違い話し声で溢れている教室に驚きの声を上げた。
それもそのはず。五年ぶりにアランフットが帰ってきたとなれば思い出話に花が咲く。関係値はシュナイトとラミ以外の人間は一日から三日だけだが。
「アランフットかっ!!」
騒々しさの原因を突き止めたレースは懐かしい顔を見つけ若干顔を綻ばせた。
「よく帰ってきたな。お前の活躍は聞いているぞ」
「お久しぶりです先生。これからもよろしくお願いします」
「あの生意気だったクソガキがこんなにも真っ当に育っていて私は嬉しいぞ。……見るに、いなかった期間相当優秀な師に出会ったようだな。この教室の誰よりも異質な、ある意味嫌な雰囲気が全身から溢れ出ている。……強くなったな」
「いやぁそれほどでもありますけどねぇ」
レースがアランフットから感じ取った異質さは古くから身体に刻み込まれている天使・悪魔としての特性が原因であろう。アランフットの悪魔としての力(自然力を扱う能力やその他もろもろ)はこの五年で格段に向上した。それを本来感じ取れる存在ではないはずのレースが(天使側)が感じ取るというのは、一重にレースの戦闘への才能が研ぎ澄まされているからであろう。さすがは四眷属一歩手前まで迫った人間だ。
アランフットのおちゃらけた返答を鼻で笑ったレースは、生徒全員に着席を促した。
「さて、まずはお前たちに重大な告知がある。誰もが喜ぶであろう報告だ。アランフットもいい時期に帰ってきたな。特にお前は喜ぶだろう」
レースは生徒たちの喜ぶ顔が見たいのだが、少なくともアランフット、シュナイト、ラミの三人はこれから言われるであろうことを知っている。
「一月後!ナイヤチ王国と!!共同訓練を開催する!!!」
「えーー!!すごーい!!」
柄にもなく拳を上げて大声でレースは発表したが、歓声を上げたのはサリエリ一人だけだった。
「……なんだお前ら、嬉しくないのか?」
予想外の反応にレースは困惑する。今朝仕入れた情報をいち早く生徒に報告して喜ばせようと画策していたが失敗に終わったことを悟る。
「シュナが教えてくれたから俺らはもう知ってたんだよ」
「な?」と、アランフットはシュナイトとラミと顔を見合わせ、二人も頷く。
「私も無論知っていた。なんたって私は貴族の中でも最高位のラワジフ家の次男だからな」
ウマートもそれに続き頷く。
「あたしは知らなかったぞ!レース先生!あたしは知らなかったからすごく嬉しいぞ!」
サリエリはレースを慰めようと必死にアピールするが、レースは聞いていない。
「そうか、お前らは貴族だもんな。平民の私よりも先に情報が回って当然か……くそっ忌々しい。コレジオでは私の方が立場は上だというのに……」
「漏れてる漏れてる」
レースの恨み言を垂れ流しているが、アランフット以外誰も気にしている様子はない。この程度は日常茶飯事なのだ。
「まあいい。そういうことだ。……そうだあと一つ言っておくことがある。今回の共同訓練に参加するのは各宮のコレジオの四回生以上の七人から八人と聞いている。その選抜をしなければならない。六回生だからといって必ず出られるわけではないから覚悟しておけよ」
「その選抜はいつやるんですか~」
「明日だ」
「「「「「「明日!?!?」」」」」」
あまりに急な発表に生徒は驚きの声を上げた。
「いくら何でも急ではないですか?」
「お前は馬鹿か、シュナイト。これほどまでに楽しそうな行事は早くやってなんぼのものだろう」
レースは普段は無表情で冷たい人間だが、学校行事やお祭りごとは全力で楽しむタイプだ。表情が変わらないため楽しんでるようには見えないが。
「そうだぞシュナ!早くみんなと戦いたいだろ!」
「それはアランだけなんだよ。僕らはいつも会ってるから」
「どうしたシュナイト。貴様には何か恐れる理由があるのか?もしや選抜に選ばれない可能性を憂慮しているのではあるまいな?」
「別にそういうわけじゃないけど少し気持ちが追い付かなかっただけさ。どうせ僕が一番強いんだ。いつでもいいさ」
男性陣はお互いを睨み合いバチバチと火花を散らす。
その様子を見ていたレースは手を叩いた。
「この話はもう終わりにするぞ。今日は普通に授業をする日だからな」
その言葉を聞いた生徒たちは大人しく席に座りレースの言葉に耳を傾ける。
「さてと、今日は……アランフット、お前はどうするんだ?コレジオでまともに勉強していないお前が六回生の内容を理解できるとは思えないが」
「え、えーと……頑張ります」
その日の授業は聞いたことのない単語の応酬で、よくわからない話を続けるレースを見ながら始めは一生懸命に理解しようとしたがやがてパンクし、アランフットは頭から煙を上げる。さすがに五年のブランクは簡単に埋められるようなものではなかったようだ。
いつの間にかアランフットの意識は深い夢の中へと誘われていた。
○○○
しばらくしてアランフットはラミによって起こされた。既に授業は終わっていて、教室に残っている生徒はシュナイトとラミだけになっていた。
「アラン、私たちはそろそろ帰るけど、あなたはどうする?」
「……ああ、俺も久しぶりに家に帰るよ」
掠れた声でアランフットは返事をした。
『人間界』に戻って来てからまだ自宅を見ていない。木造のボロ屋が五年の時を経てどれほど風化しているのか不安だ。格好つけて二条の高級住宅居住の権利をはねのけた手前、やっぱり住まわせてくださいとは言えない。自宅がとても住めるような状態でなかった場合アランフットは路頭に迷うことになる。
「じゃあ僕たちは帰るよ。また明日コレジオで」
「じゃーねーアラン」
そう言い残して二人は教室を後にした。
アランフットはおおむろに席から立ち上がり、大きく背伸びをした。思わず声を漏らしながら体の凝り固まった部位をほぐす。
「なんでそんなに爆睡できるんですか」
「まったくもう」と呆れ顔でソイが顕現する。
「あの女性があんなに一生懸命に話していて、子供たちもあんなに熱心に授業に参加している環境の中で、自分の主があそこまで無様な姿で寝ているなんて恥ずかしくて、わたくしはおちおち顕現もできませんよ」
「ソイは授業聞いてたのか?」
「ええ。久しぶりの雰囲気はなかなか面白かったですよ」
「ならよかった。知識面での助けはお前に頼ることにするよ。試験の時は頼んだ」
カンニングの代行を自分にさせようとしていることに気が付いたソイは、己の主に蔑んだ目を向けた。
「でも主人、あなた本当にこれからの生き方を考えないと大変ですよ。他の皆さんは四眷属になるために頑張ってるみたいですけど、主人に知力がないなら、コレジオを卒業したらどうやって生きていくんですか」
「とりあえずエッダをぶっ殺したら枠が一つ空くんだ。そこに俺が入ればいいだけの話だろ?」
「確かにそうですけど、主人が四眷属を目指す意味はなんですか?あれは国王の犬ですよ。たしかに王族貴族以外の平民が就ける最も誉れ高い職業ではあるんでしょうけど、主人がなる意味はないですよ」
「言われてみればたしかにそうだな……でも十二協会を潰すために動くとしたらやっぱり四眷属が妥当な気もするけどな」
「どうしてです?」
「十二協会の奴らはいろんな国にいるんだろ?」
「はい。母様はそう言ってましたね」
「なら国を自由に行き来できる立場のほうがいいし、いざ戦うとなったら大規模に兵力を動かせる立場のほうがいい。最悪の場合を考えて敵がエッダみたいなやつばっかりだと仮定すると、国の上層部まで食い込んでる可能性も高い。戦うってなると戦争になっちゃうことだって考えとかなきゃいけない」
「なるほど……わかりました」
ソイは引き下がった。
「ここから何も起こらなかった場合はそのように動きましょう。でも主人気を付けてくださいね。何も起こらないなんてことは絶対ありませんから」
やや凄んだ顔で話すソイの頭をアランフットは笑って撫でた。
「大丈夫だ。このまま生きてたらあいつらに殺されちゃうんだ。死ぬくらいなら全力で生き延びて、生き延びた先で自分が求めるものの答えが何なのかを探るよ。その覚悟はもう出来てる」
微かに瞳に宿る光が弱まったことをソイは見逃さなかった。アランフットは戸惑っている。そのことをソイは見逃しはしない。
それは別段咎めることではない。アランフットは十二協会に対して何か恨みがあるわけでもなければ因縁もない。ただ国王に殺されかけたところをケレスとソイに助けられ、その二人が望むことを成し遂げようとしているだけだ。
今のアランフットはあまりにも受け身だ。生きる目的を、人生の目的を、他人から与えられたものにしてしまっている。
己の中に在る渇望は「自由になること」、ただそれだけ。しかしそれ自体も実態は何か、何故それを求めるのか、五年間という短い期間で答えに辿り着くことは無かった。ケレス自身はその答えを、出所を知っているような素振りを見せたがアランフットに教えることはなかった。
アランフットは人生に迷っている。だが焦ることではないことをソイは知っている。ゆっくりじっくり答えを探していけばいい。皆誰しもそうやって人生を歩んでいく。
アランフットの場合は大きな困難が降りかかることは確定している。その時に自身の生きる道を改めて導き出せばいい。ソイはその手助けをしてやればいい。
そのことをわかっているからこそ、ソイは改めて問題提起をし、アランフットに悩ませる時間を与えた。
もうソイは待つだけだ。アランフットが能動的に生きる道を決めることを。そしてアランフットにその契機となる厄災が降り注ぐことを。
そんなことを思いながらソイはアランフットの手を取った。
「さっ!主人!わたくしは「北宮」を見て回りたいです!」
「たしかに帰ってきてからまだゆっくり見てないな!よっしゃ行くか!!」
パチンと指をならしたアランフットはソイを小脇に抱え、急いで教室を後にした。
○○○
アランフットは玄武大路に出て、色々と物色を始めた。思えば「北宮」をじっくりと見物をしたことはほとんどなかった。
というのも幼い頃は精神的に余裕がなく、建造物が所狭しと詰まっている「北宮」に窮屈さを感じ、長居しようとはとても思えなかったのだ。
現在のアランフットはかつてよりは落ち着きを払ってる。ゆっくり見物するくらいは余裕である。
それに加えて今はソイという話し相手もいる。幼い頃は目的地に移動するためだけに歩いていた玄武大路も、話し相手がいればそれだけで楽しいイベントになる。
アランフットから見ればソイは友達も同然だ。
「おい!あそこに饅頭屋なんてのがあるぞ!」
「本当ですね!でもあっちのたい焼き屋さんも気になります!」
「食いてぇけど……金がない……」
五条辺りからは大衆向けの飲食店も増え、所々に露店なども出ている。アランフットとソイは涎を垂らしながら魅力的な菓子を見て回るが、それを買う金がないため手は出せない。食欲ともどかしさで言葉では表しきれない感情が渦巻くが、こればかりは仕方がない。耐えるしかないのだ。その分別はつく。
「なんか、視線を感じるな」
アランフットは不意にそう言葉を漏らした。奇異の目を向けられている気がしてならない。
かつてのアランフットは下落民として「北宮」を歩き、その時も軽蔑の目や奇異の目を向けられていた。だがそれは侮蔑の込められた「物珍しいものを見た」といった感情が込められており、その悪意をひしひしと感じ取っていた。
だが今向けられている目線には悪意は感じられない。ただ「変な人を見た」といった純粋な困惑を感じる。
「そりゃそうですよ。主人は一人で大声で話してるように周りからは見えてるんですから」
「なんでだよ!!お前がいるじゃん」
「あの、忘れないでほしいんですけど、わたくしは概念体ですよ。普通の人間が見えるわけないじゃないですか」
今のソイは『人間界』に完全顕現しているわけではない。少量の自然力を使って『人間界』に少しだけ姿を表しているだけで、人間に見えるように存在しているわけではない。
「存在としては幽霊みたいなものですよ」とソイは言う。
見える者には見える。見えない者には見えない。知っている者は知っている。知らない者は知らない。まさに概念体そのものとしてのソイの在り方だ。
ラミやシュナイトならば見えるかもしれないが、その二人ですら確信は持てない以上、他の人類がソイを視認できるはずもない。
故にアランフットは国の英雄としてではなく、一人で会話する完全なる奇人として人々の目には映っていた。
「そういうことは早く言えよ!」
アランフットにはもはやソイが完全権限しているのかしていないのかの区別がつかない。
以前は【制限解除】をしてからソイを顕現させなければ加速度的に疲労が溜まっていくというリスクがあったが、五年の修行を経て常時の自然力吸収量、消費効率が上がっているためいつでもソイを顕現させられる。
ソイが『人間界』に顕現していようといまいと、その時に感じられる差異がアランフットにはもうほとんど存在しない。
「俺が強くなり過ぎた故の弊害か……」とアランフットが呟くが、「それは違います」とすぐさまソイが否定する。
「主人が鈍感すぎるだけですよ」
「あ?悪口か?」
「そうですよ!主人は鈍感で鈍げで鈍根で鈍重で鈍足で鈍物で鈍臭い愚鈍な鈍太郎ですよ!!」
「よぉしぶっ殺してやるからこっちに来なさい」
「いやですよーだっ!」
アランフットはこめかみに血管を浮かべながら指の関節を鳴らす。取って付けたような笑顔が逆にアランフットの怒りを表している。
だがソイはそんな様子に怯むこともなく舌を出してアランフットを挑発した。
「悔しかったら捕まえてみなさーい。鈍行 主人ベロベロベー」
「おいっ!待てこのクソ野郎!!」
アランフットは周囲の状況に意識を向けることなく走り出した。自身に向けられる奇怪の目など気にするような素振りも見せずに、大声で喚き散らしながらアランフットにしか見えていないソイを追いかけまわす。
ソイも挑発的に建物の屋根に乗りアランフットの頭上から尻尾を振って見せていたかと思うと次の瞬間には地面に立ってあっかんべーをしたり、アランフットの近くにいたかと思うと一気に遠くまで移動していたりと、自身の主を本格的に翻弄しようと必死だ。
彼らを動かす原動力は何か。一体何が彼らをしょうもない争いに駆り立てるのか。
それはただ、なんとなく「気に食わない」ということだけだ。特にこれと言って具体的に嫌な部分は見つからない。でもなんとなく腹立たしい。別に何かをされたわけでもない。でもなんとなくうざい。
二人は根っからの、生理的な何かが、先天的なもので、犬猿の仲なのかもしれない。
「【制限解除】……」
二人の争いは始めは笑いごとで済ませるような簡単な争いだったが、次第にヒートアップしていく。遂には【制限解除】にまで手を出し、アランフットの周囲には緋色の光輝く粒子が漂い始めた。
そして遠く離れた位置で尻尾を振り挑発するソイとの距離を一気に縮めようとするが――
「きゃっ」
小さな悲鳴と共に、アランフットの身体には何かとぶつかった衝撃が走った。
「まずいっ」と思いながら、すぐに誰かと衝突したことを悟る。周りから向けられる目を気にしなくなったとはいえ、自身が周りに向ける目を失ったつもりはなかった。どちらかと言えばより注意深く周囲に意識を割き、誰にも邪魔されずに最短でソイに追いつけるように常に動いていた。
だからアランフットには誰かとぶつかったという事実の方が身体への衝撃よりも衝撃で、その驚愕が故に衝突の相手への謝罪が思うように出てこなかった。
そしてそれがその相手の不興を買ったようだ。
「あのさあ、君からぶつかって来ておいてそれで黙り込むって人としてどうかしてると思わない?私はどうかしてると思うよ」
「ご、ごめ……」
アランフットはすぐに自分の非を謝ろうとするが、目の前の女性はそれを手で遮った。
「あー謝罪はいいよ。どうせごめんだろう?ごめんなさいじゃなくてごめんだろう?君と私は同年代だろうに見た目で年下だって判断しただろう?そんな見る目のない君の謝罪なんか聞く気もないし食べる気もないよ」
「それにほら」と、怒りの真っただ中にいるであろう女性は細く長い指で足元を指した。
「私の氷菓が地面に落ちた。だから私は謝られたって君のことを許さないし、初めて見た君の評価も地に落ちている」
「ごめんなさい……」
「謝罪はいらないって。どうせまた君とは会うことになるんだ。アランフット・クローネ君」
「……なんで俺の名前を?」
アランフットには目の前にいる人物に見覚えはない。初めて会ったはずだ。
雪のように白い髪に透き通るような肌。儚げな雰囲気ではあるが、月のような存在感もある。仮に会ったことがあったとしても、こんな人物をアランフットが忘れるはずもない。
アランフットの前に立つ女性は何か思うところがあったのか、少し口角を上げた。
「まずは君は有名だから。それはこの街での話でもあるし、私たちの間の話でもある。そして私の名前がディアナだから。この意味は……わかるでしょう?」
その名前を聞いた途端、アランフットは自身が総毛立つのを感じながら瞬時に距離を取った。
「なんでお前がここにいるんだ!!!!!」
それは決して聞きたくはない名前だった。なによりもここでは絶対に聞いてはいけない名前だった。聞くはずもない名前だった。
「安心して。今は何もしないわ。共同訓練で会いましょ」
「待てっ!お前は今ここで始末する!!」
「無駄だからやめた方がいいと思うけど、どうせやるならここじゃなくて……」
「移動したほうがいいんじゃない?」と、ディアナはそう提案しようとしたが、敵意に支配されたアランフットはもう止まらなかった。
「【制限解除】!!」
幅広い道を覆い尽くすように緋色の粒子が拡散し、異常を察知した住民たちは悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
ディアナという名前をアランフットは知っている。『物自体界』にいる時から幾度となくケレスから聞かされた。ケレス、ユピテル同様、異界の神の名を冠せられた十二人がアランフットの大きな敵となると。
そのうちの一人がディアナだった。数少ない居場所の割れている十二協会の構成員の一人。ナイヤチ共和国にいるはずだからと高を括っていた。まさか「北宮」のような敵地ど真ん中に単騎で来るとは考えも及ばなかった。
故にアランフットは焦った。この勝負は「心の準備が出来ていませんでした」で負けを正当化できるものではない。負ければ世界が終わる。世界が終われば皆が死ぬ。いつでも戦え、いつでも最速で倒せるような準備を怠るべきではなかった。
だが好機だとも思った。ここで十二協会の一人を倒せば勢いが生まれる。覚悟も決まれば心も安らぐ。今ここで倒せることにはメリットしかなかった。
「一般人がこんなにいるのに急に暴れ出すなんて、なにが英雄よ!」
「悪魔め……」と憎まし気に呟くディアナの声はアランフットには届かない。
「お前みたいな悪者は!今ここでぶっ殺す!!」
アランフットも同様にディアナへ強い憎しみが募っていた。何故初対面の相手にそこまでの激情を抱けるのか、アランフットには知る由もない。
五年前にアランフットたちを襲った狂人プルート。彼もまた十二協会の一員であり、そのことはアランフットもケレスからの話で知っている。しかし覚えているのは「昔変な奴がいた」ということだけで、何が起きたのかは全く覚えていない。
それは神である玄武によって行われた記憶改変によるものだが、アランフットのプルートへの憎しみが消えたわけではない。むしろ激しい憎しみだけを持ち、プルートには、或いは十二協会の人たちには絶対に負けられない、負けたら恐ろしいことが起きるという感覚だけが研ぎ澄まされて残っていた。
そのことをアランフットは今実感した。
「〈妖精術:嵐斬〉!!」
七星剣を掴み、その刀身に自然力を集中させる。花緑青色の風が唸るような音を発しながら七星剣を取り囲む。
「うらあぁぁぁ!!!」
「だから無駄なんだって」
アランフットは勢いよく七星剣を振り下ろそうとしたがそれは叶わず、ディアナの術中に嵌ってしまう。
「《氷結魔法:氷雪月下・道》」
ディアナの立つ位置からアランフットの立つ位置まで一瞬で白い道ができたかと思うと、アランフットが剣を振り下ろすよりも速くその道の上を滑るようにディアナが移動し、アランフットの腹に手を置いた。
「《氷結魔法:氷雪月下・花》」
ディアナの触れるアランフットの身体から花びらのように氷の結晶が咲き、その美しさに見惚れる暇もなくアランフットの身体は凍りついた。文字通り身体の芯が凍ってしまったかのように。
「う、動けねぇ……」
吐く息は白い。
「今は戦う気はないんだよ。また今度相手をしてあげるから今は引いてくれる?」
「うるせェ!!」
ディアナはアランフットの耳元で冷たい声でそう言った。
だがアランフットはその言葉に従う気は無い。更に自然力を取り込み自らの身体を縛る《魔法》を弾こうとする。辺りにはより一層の緋色の粒子が舞う。
世界の脅威だと聞かされていた相手が話の通じないただのガキだということに拍子抜けしたのか、ただ面倒くさくなったのか、その様子を見たディアナはため息をついた。
「何度も言うけど私は今君と戦う気は無いんだ。諦めてくれよ。君は私が《魔法》を解除するまで動けそうにないんだろう?君は負けたんだ。実質勝った私が勝負はお預けにしようって言ってあげてるんだ。私の行為を有難く受け取っておいた方がいいんじゃない?」
「うるせェな!俺はお前を今倒してェんだよ!こんなとこまで来やがって!舐めやがって!俺の友だちに手を出したりしたらただじゃおかねェぞ!!」
「はあ」とディアナは小さく息を吐いた。
「別に私は今殺してもいいんだよ?」
そう言ってディアナは細く鋭い眼光をアランフットに飛ばした。「ぐっ……」とアランフットは言葉に詰まる。実際アランフットは身動きが取れないし手も足も出ない。本気で殺しに来られたらあまりにも呆気なくアランフットは絶命する。その状況判断はできていた。だが負けを認めることはできなかった。
アランフットの視界にはソイがいた。だが彼女は何をするでもなく静かに事の成り行きを見守っていた。アランフットは助けを求め思念を飛ばすが、助けに入る気はなさそうだ。
「君は聞き訳がなさすぎる。私は君と戦う気は無いと言った。君の友だちに手を出すだなんて考えもしてなかったよ。今日はただ君を見に来ただけさ。最近帰ってきたらしいからどんな子なのかってね。リーダーが気を付けろ気を付けろうるさいし、プルートは僕以外が殺すことは許さないだのなんだの言ってるし、みんなが気にかけてる君は一体どれほどのものか見に来ただけなんだよ。だから許して。私はこの後少し用事を済ませたらすぐ帰るから。また会おう。絶対に会えるよ。だって私が君を誰よりも早く殺すからね。楽しみにしててね」
アランフットの口から紡がれる言葉は無い。ただディアナが話すのを見ているだけだった。
どうやったらこの縛りから抜け出せるのか、どうやったら目の前の女の口を塞ぐことができるのか、どうやったらディアナを殺すことができるのか。そんなことを考えながら。
だがアランフットには活路を見出だすことは全くできなかった。
「そこで何をしているっ!!」
そこに野太い声が響いた。懐かしい声だ。
「我が名はプラズ・アングリ。都内で暴れることは許さんぞ!」
「ちっ、めんどくさい奴が来ちゃったな」
ディアナはその声の主の顔を見てすぐに逃げる仕草を見せたが、それを見逃すプラズではなかった。
「逃げるとは怪しい奴め!!成敗してくれるっ!!」
右拳を力強く握ったプラズは叫ぶ。
「《火炎魔法:業火爆裂拳》!!」
その右拳を振ると同様の形をした火炎の拳が徐々にその形を大きくしながら飛んでいく。
アランフットとディアナの視界は迫り来る真っ赤な光に包まれた。その様子を見たディアナは脇の家の屋根に飛び乗り、最後にアランフットにこう告げた。
「あっ!共同訓練には絶対に参加してね!私はナイヤチ共和国の代表で出るから!」
それだけ言い残してディアナは姿を消した。そしてアランフットの全身は業火に包まれた。
***
幸いにしてアランフットの身体を凍結させていた《魔法》はプラズの技によって溶かされた。豪快に笑いながら近づいて来るプラズにアランフットは不満の目を向けた。
「がはは、久しいなアランフット」
「……なんで俺のことまで燃やすんだよ」
「そんなもん勢いだ。我はあの女子を狙ったのだ。その先にいるお前が悪い」
「むちゃくちゃだよ……」
「そんなことより」とプラズはしげしげとアランフットの身体を見つめた。
「お前……しばらく見ないうちに相当強くなったな。また手合わせでもどうだ。我はお前に負けたあの日より鍛錬を怠りはしなかった。さあ、今すぐ我と戦おうっ!!」
「いや、遠慮しときます」
プラズの熱量にはさすがのアランフットも引き気味だ。
「それにしてもお前とは我が「北宮」に帰って来る機会に丁度会うことが多いな。数奇な運命の元で結ばれているのかもな」
「ということで手合わせでもしようか」と懲りずに誘ってくるプラズには構わずアランフットは疑問を口にする。
「帰って来たって、どこかに行ってたのか?」
「ん?ああ。最近はまた情勢が慌ただしいからな、「西宮」にいたんだがどうもナイヤチの民がこちらに侵入していると小耳に挟んでな。怪しい奴を追いかけてたらここまで来たというわけだ」
「それってさ……」
アランフットは世界の情勢を知らない。ジンヤパ王国から出たことも無ければ(正確には『物自体界』に行っているがあれは『人間界』ではないため国外ではなく世界外である)外国人も見たことがない。だからナイヤチ共和国の人がどのような人物か知らない。
だがたった一人、それも直前まで、アランフットはナイヤチ共和国の人間と一緒にいた。不自然にもジンヤパ王国の王都にまで侵入していた怪しさ満点のあの女を忘れられるはずもない。
「さっきいた女、あれナイヤチ共和国の人だけど追いかけなくていいのか?」
「なにぃぃぃぃぃぃ!!!!」
プラズの顔からは急に汗が吹き出し、焦ったようにアランフットの身体を揺さぶった。
「そいつはどこに行った!どこに向かって行った!答えろ!!」
「痛い痛い!!あっちだよ!上っていったよ!」
アランフットはぶっきらぼうに「大内裏」のある方向に指を向けた。
(ちなみに「大内裏」の方へ北上することを上る、逆に「北宮」から出るように南下することを下るという。今後出てくるかわからない無駄設定である。)
「わかった!また会おうアランフット!そしてその時は手合わせをするぞ!」
大声でそう言ったプラズは影も形もないディアナの姿を追って急いで走り去った。
そこまでしてようやくソイはアランフットの側に近寄った。
「災難でしたね主人」
「おい……なんで助けてくれなかったんだよ」
怒気を孕んだ声をソイにかけるアランフット。普段ならばおどけて怯えた様子を見せるソイだったが、今は真っすぐにアランフットの瞳を見つめていた。
「あなたは一人で戦わなくちゃいけないんですよ。私に、そして母様に頼りすぎです。いつでも助けてもらえると思っている。一度も本気を出したことがないとはいえ、わたくしより強い主人が叶わない相手に本気を出す気がないわたくしが勝てると思いますか?」
「二人で協力すれば勝てるかもしれないだろ!」
「甘えたことを言わないでください!この世界は天使に支配された世界ですよ!主人がどんなに正しい言い分を持っていたとしても、世界中の人間から見た時の敵は十二協会ではなく悪魔である主人なんですよ!あなたは世界でたった一人なんです。一人で世界と戦うんです。それを自覚してください。わたくしを使役して戦うのはいいですけど、わたくしの意志では十二協会とは戦いませんから」
頬を膨らませたままソイは姿を消した。
アランフットは気づき始めていた。もう楽しい時間は終わったのだということを。
この五年間、特に何にも怯えることなく、ただ自身が成長していることを実感しながら楽しく過ごしていた。いわば夢のような期間だった。だがアランフットはもう『人間界』に帰ってきた。現実に戻った。
「怖いなぁ……」
アランフットは小さくそう呟いた。
全く読み直してないので変なところあったらすみません。一区切りついたらまたぜんぶ読み直して書き直します。




