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For freedom―悪魔の力を宿した男―  作者: シロ/クロ
第1章:Provocation To this Kingdom
19/28

第15話:『ブラフマン』

感想・ブックマーク等よろしくお願いします。

 

「ものじたいかい……?」


 アランフットは初めて聞く言葉に首を傾げた。


 風が吹けば木の陰が揺れ光が散る。

 緑の青い香りと花の甘い香りが鼻孔をくすぐる。空の青を除けば一面緑。

 都会の喧騒もなければ田舎の泥臭さもない。

 まさに楽園と称するにふさわしい場所にアランフットは連れて来られた。


 不思議と身体の底から元気が湧いてくるようで、アランフットは質問しつつも思いっきり伸びをした。

 このまま寝転び目を閉じれば、数秒もせずに深い眠りに落ちるだろう。


「そう『物自体界』。『人間界』とはズレた別世界よ」


 同時にあくびが出て眼にうっすらと涙を浮かべているアランフットの顔を見て、ケレスは微笑みながらそう言った。


「立ち話もなんだから私の家に行きましょう」


 その言葉を聞いてアランフットは移動しようと足を動かそうとした。が、その必要はなかった。

 ケレスの「行く」なんて言葉は詐欺だと言われても彼女自身弁解できないほど、アランフットは一歩も動いていない。


「家が……いきなり目の前に……」


「違うわよアランちゃん、よく周りを見てごらんなさい」


 促されるまま辺りを見渡すアランフット。

 緑に囲まれていることは変わりない。だが明らかに景色は先ほどまでいた場所とは違っている。


「えっ……」


「そう。移動したのよ、一瞬で。いいえ、場所が切り替わったというべきかしら」


「そう、って言われても俺はそんなこと思ってないけど……」


「いちいち揚げ足取らないでくださいよ、めんどくさい」


 思えばソイが当たり前に顕現していることも不思議だった。

『物自体界』に入ったと同時にアランフットの【制限解除(リミッターリリース)】は解けていた。

 自然力の供給が困難になる通常時は二人ともが平然と存在していることができないはずなのだ。


 異常なまでの心地よさ。いきなり目の前の景色が切り替わる。ソイの自由顕現。

 どれをとってもアランフットには不可解なことばかりだった。


「ここは概念体の『世界』、つまり自然力の『世界』。アランちゃんの疑問はそれですべて説明できるわ」


 ケレスは楽しそうにテラスの椅子に座った。アランフットも促されるままケレスの向かい側に座る。


「ソイ!お茶!」


「ふえぇ、驚きました。わたくしより長生きしておいて他人(ひと)へのものの頼み方も知らないなんて」


「だってあなた人じゃないでしょ?」


「……お二人は気が合うようで羨ましいですねっ!!」


 結局ソイはぶつぶつ文句を言いながらもお茶を汲みに行った。

 ソイの発言からふと気になったことをアランフットは質問する。


「そういえばケレスさんって……何歳なんですか?」


「女性にそういうことを聞いちゃダメなのよ?」


「すみま……」


 ケレスという存在はアランフットにとって相当怖い。気に障るようなことしてしまえば一瞬で存在ごと消されるだろう。

 だから謝ろうとしたがすぐにケレスの言葉に遮られる。


「ざっと千歳ね」


「は?」


「多分千年ぐらい経ったんじゃないかしら、私が生まれてから」


 千年、その言葉の意味を理解できないわけではない。だがアランフットはケレスが言った言葉の意味がわからなかった。


「じょ、冗談はやめてくださいよ。いくらなんでも千年は生きられないでしょ」


「アランちゃんは私を人間だと思っているの?今までの私を見てそう判断しているなら、君は相当馬鹿だよ?」


「いや確かに自然力を使っていることはなんとなくわかってましたけど、まさかそんな桁外れな……」


「母様は年齢も含め何もかもが桁外れなんですよ」


 戻ってきたソイはそれぞれにお茶を配りながら言った。


「なんたって母様は神よりも偉い存在ですから」


 アランフットは眉を顰める。


「神……そんなもの本当に存在するのか?」


「ソイの言い方は少し語弊があるわ。私と神なんて比べてはいけないものよ。けれど神は実在するわ。アランちゃんは一度会ったことがあるはずだけれど……」


「いやそんな話初めて聞きました」


「ふむ……それじゃあ『あの亀』が何かしたのね」


 ケレスは茶を一口。口を潤してから再度口を開いた。


「アランちゃん、君には大した説明もせずにここに来てもらったけど、今から全てを話さなくてはいけないの。『世界』のこともアランちゃんの運命のことも」


「はい。それを待ってました」


 だが、アランフットには聞いておきたいことがある。


「ケレスさんとソイは俺の味方ってことで良いんですよね?」


 二人は顔を見合わせた。


「あなたちゃんとアランちゃんの信頼を獲得したんじゃないの?」


「母様が怪しいんじゃないですか?千年生きてるとか言うから」


「なによ、ソイちゃんだって似たようなものじゃない。あなたはな……」


「あああああ!聞こえませんんんんんんん!」


 ソイはケレスの言葉を聞きたくないだけではなく、アランフットにも聞こえないように大声を上げてケレスの言葉を掻き消す。

 アランフットは咳払いをして質問の答えを促した。


「味方と断言する難しいかもしれないわ。アランちゃんは私に助けられなければ死んでいた。私たちはアランちゃんに託さないと死んでしまう。何よりアランちゃんは私の最終目的を果たさないことにはアランちゃんが求める者は手に入らない」


「利害の一致」とケレスは言う。ケレスはアランフットが何を求めているのか知っているかのような口ぶりだった。

 ケレス曰く――


「アランちゃんのような子供は過去四人見てきた。みんな同じことを至上命題として生きていた」


 とのこと。

 その原因すら知っているようだった。


「一番適切な表現は、協力者ね。従うも従わないもあなたの自由。けれどあなたが一番求めている答えを私たちは出し続ける。まあ今ここから出て王国に帰るってことは認めないけれどね」


 アランフットは決めた。最終的に自分がどう動こうと、今はケレスたちに従うしかない。

 アランフットにはとにかく力が欠如している。ケレスやソイのように圧倒的な力を手に入れなければ何も始まらない。


「わかりました。しばらくはここで修業します」


「私の目的遂行を手伝ってくれるってことで良いのかしら?」


「俺が欲するものへの近道というのなら、手伝います」


「近道じゃなくて正規の道。そして手伝いじゃなくてアランちゃんが主役」


 ケレスは深く息を吐き、真っすぐにアランフットの目を見る。


「全人類の命を懸けた戦いになるわ。覚悟はいい?」


「はい」


「そう……覚悟はできているのね」


「……はい」


「私はできてないわ」


 雲行きがおかしくなってきた。

 ソイとの会話もしかり、アランフットが思っているよりケレスという人物は癖があるかもしれない。癖者(くせもの)だ。


「…………は?」


「私はできてないわ」


「いや同じことを二回言われましても……」


 ケレスはカップを置いて席を立あがり、机の周りをせわしなく歩き始めた。


「説明しなくてはいけないことが多すぎるの!アランちゃんは何も知らない。いいえ、人類は何も知らない。知らなさすぎる。『何も知らない』を『全部知っている』にするなんて、面倒くさいったらありゃしないわ!!」


 ぷんすかという擬音が聞こえてきそうな様子でなぜだか急に怒り出したケレス。

 ソイはあきれ顔でケレスをなだめた。


「諦めてくださいよ母様。こうなることは初めからわかっていたじゃないですか」


「そうだけどね……ねえアランちゃん、本当に私の話を聞いたら私の言う通りに動いてくれる?」


「助けてくれた恩は返します。俺を強くしてくれるならその恩も返します。俺が自由になるために必要とあらばいくらでも力を貸します。そういう感じです」


「ありがとう。……裏切ったら許さないからね」


 裏切ったら許さない、その言葉の重みは他の誰が言ってもケレスには敵わないだろう。

 許さないの度を越えて許してくれなさそうなケレスの言葉に、アランフットは背筋を伸ばした。


「じゃあゆっくり話すとしましょうか」



 ○○○



「何から話しましょう」とケレスはアランフットの向かい側に腰を下ろした。

 話さなければいけないのは『人間界』が劇的に変化した歴史。年数自体はケレスの物差しではさほど多くない。だが味は濃い。


「『人間界』の歴史が大きく動いたのは約千年前。ジンヤパ王国初代国王が現れた時。彼は突然『人間界』に現れた。今のジンヤパ王国がある元『地獄』に」


「『地獄』ですか……」


「そう。もっともそれは本物ではなくて、悪魔が居座るために作り出した疑似的なものではあるけれど」


「あの……悪魔とか天使とかって一体何なんですか?」


 アランフットは誰も知らなかったことを聞いてみようと思った。

 ケレスなら答えられると思ったのだ。


「悪魔っていうのは『地界』別名『地獄』に、天使っていうのは『天界』別名『天国』に住む連中のことよ。人間が『人間界』に住んでいるのと同じように彼らも各々別の世界に住んでいるの。本来は交わるはずのない存在だった。けれどある時なぜか同時に天使と悪魔が『人間界』に攻めてきたの。理由は知らないわ。でも平和だった『人間界』は一気に戦火に包まれた。けどねなぜ天使と悪魔が戦うのに人間が巻き込まれると思う?」


「それは……人間の目の前で戦ったからじゃないですか?戦いに巻き込まれることなんて普通にあると思うけど」


「ああ、言い忘れてたけれど彼らも概念体なのよ。彼らが他の『世界』で、というより『人間界』と『中界』で過ごすのは自然力が必要だった。ソイみたいにね」


「『中界』というのは……」


「『人間界』と対を成す『世界』ね。私は行ったことないけれどアランちゃんなら行けるんじゃないかしら。それはさておき、天使と悪魔は『人間界』に来た互いの存在を認識した。もちろん両者は争いになりかけたけどそこである問題が起きたの。彼らが『人間界』でぶつかり合ったら消滅することが判明したの。まあこれも理由はわからない。けれど彼らがそのままでは戦えないことは明らかだったの。そこで彼らが編み出した戦闘方法が、人間の身体に憑依することだった。人間の身体で戦えば肉体が死んだところで彼らの概念体としての存在は消えなかったの。これが人間が、人間社会全体が争いに巻き込まれた理由よ」


「なるほど……ではなぜ俺は悪魔なんですか?」


「そうね……ちょっと待って。時系列順に話すわ」


「はい」


「天使と悪魔は人間の身体を使って戦争を始めた。それはそれは長い闘いよ。老若男女問わず、全ての人が戦っていた。で、まあいろいろあったけれど、最終的には『人間界』で最も崇められていた神である四神が彼らを追い払ったの。でもここからが人間にとって最悪の展開だった。憑依された人間が死なないで憑依が解けたらそのまま能力と、ある意志が残ってしまったのよ。天使を殺す悪魔を殺すっていうね。そしてなぜかそれは子供や孫、子孫に継承されていったの」


 アランフットはずっと考えていた。

 なぜ自分は悪魔と言われるのか。なぜ国王は自分を殺そうとするのか。国王からの返答は得ていたものの、深く納得いくものではなかった。

 ケレスの俄かには信じられない話を聞きながらもずっと考えていた。


 そして今ケレスは答えを出すのに決定的な情報を話した。能力がそのまま残る、能力は遺伝したと。


「つまり《魔法》が天使の能力で俺は《魔法》が使えなくて〈妖精術〉が使えるから悪魔なのか」


「惜しいわ。確かに天使は《魔法》を使うけれど、〈妖精術〉は悪魔の能力ではないわ。それはアランちゃん自身の能力。ただ決定的な違いがもう一つあるわ」


「……何ですか?」


「【制限(リミッター)】よ」


「俺にだって【制限(リミッター)】はありますよ!」


 アランフットは抗議した。

 別に自分が悪魔だと言われるのが嫌なわけではない。ただ有るものが無いと、【制限(リミッター)】がないと言われるのは嫌だった。皆と違うことが嫌じゃないにしても、共通点の一つや二つは欲しい。


「ありますから見てくださいよ、ほらっ」


 そう言ってアランフットは前髪を上げてケレスに見せつけた。

 角がない丸型の【制限(リミッター)】を。


「天使の【制限(リミッター)】っていうのはね形は違っても必ず角があるの。三角四角って。アランちゃんのは丸。それは紛い物よ」


「そんな……」


 こほんとケレスは一つ咳払いをした。


「さて、ここからが本題よ。そうやって天使と悪魔がいなくなった後も人間たちは戦い続けて、ついに天使に憑依されていた人間側が悪魔側を全滅させた。本当に一人もいなくなったの。そこからほどなくして疑似的に再現された悪魔側の本拠地から一人の男が急に出てきたの。さっきも言ったけれどそれが後のジンヤパ王国初代国王ね。

 最初はその周りに住んでいた人たちは悪魔の生き残りが出てきたのだと思って倒そうと思ったけれど、よく見たら胸に【制限(リミッター)】があったの。よく見たらっていうのは、ほら今の国王も【制限解除(リミッターリリース)】をしたら光を出していたじゃない?あれと同じ状態だったからよく見えなかったらしいわ。で安心して周りの住人は彼に話しかけたの「なんでそんなところから出てきたんだ」って。でも彼は答えなかった。正確には答えられなかった。言葉が通じないのか耳が聞こえないのか、無反応だったのよ。それでも住民は仲間として彼を受け入れて世話をしてあげていたの。ずっと【制限解除(リミッターリリース)】をしている状態だったからそれの直し方とかね。言葉が通じないから意味ないけれど。


 そしたらある日その男が急に自分が出てきた『地獄』に向かって歩き出したの。そして普通の土地と『地獄』の境界線、あっ言い忘れてたけど『地獄』ってとても生命が生きていけるような環境じゃないのよ。だから明らかな境界線が見えるの。で、そこに着いたら地面に手をついて《土魔法》を発動した。それはもう強力な《土魔法》よ。一気に死んだ土地を回復させてしまうようなね。周りの住人はあまりにも要撃的な光景を見て興奮して話しかけたの。絶対に手を出せないと思っていた土地が改良されたんだからそれは大喜びよね。「今のはどういうことだ!!」「お前は何者なんだ!!」ってね。そしたら彼は頬を掻きながらこう言うの。「あれ?僕なんかやっちゃいました?」って」



 うひゃー疲れた、と言いながらケレスはお茶を一気に飲み干し、ソイにお代わりを要求する。

 アランフットは正直初代王の話に興味はなかった。ケレスがわざわざ話すことだから重要なことなんだろうということはわかるが、未だ自分が求めている答えは出てこない。



「能力が遺伝して、悪魔が全滅したなら、俺が悪魔の能力を持っているのはおかしくないですか?」


「大丈夫、今から話すわ。なんやかんやあって彼は国王になって、まあいろいろなことをするのだけれど今は関係ないから省略するわね。最後彼は死に際にあるものを作り出した。それが『ブラフマン』。この世全ての調停機関みたいなものね。

 何のために作り出されたかっていうと天使と悪魔がもう一度『人間界』に侵略するのを防ぐためね。まあ『人間界』を見えない何かが覆っていると考えればわかりやすいでしょう。そして彼は『ブラフマン』に天使と悪魔の侵攻を防ぐ役割と、それに加えて『人間界』に争いが起きないように人間を平等にすることを命令して死んでいった。『人間界』を守るっていう方は何とかうまくいったんだけど、人間を平等にするっていうのはなかなか難しくて、『ブラフマン』は能力に限界を決めたりとか、とんでもなく強い人をなるべく生み出さないようにっていう感じで動いてたの。


 でも長い年月を経て、初代王によって作り出された『ブラフマン』にも効力の限界が見えてきた。そこで『ブラフマン』が消滅した後にも『人間界』を監視しようってことで生み出されたのが私……と、あともう一人。私は自然力を司る、もう一人は人間力を司る。二人で役割を分担して『人間界』を見て回ったわ。私たちを生み出した後は『ブラフマン』はみるみる効力を失っていって、今は風前の灯状態。


 そんなある時事件が起きたの。とんでもない量の自然力を内包した子供が生まれてきたの。それはもう『世界』のバランスを崩してしまうほどのね。その時もう一人の彼は気づかなかったみたいだけれど自然力を司る私はすぐに気がついた。結構遠くにいたんだけどお構いなしで全速力でジンヤパ大国に向かったのよ。見た目は普通の男の子だった。だから私も油断していたの。この子なら何もせずとも大丈夫だと。でも悪魔はその子供を見逃さなかった。じっくり機会を狙っていたのね。『ブラフマン』の力がさらに弱まった一瞬を狙ってその子は悪魔に誘拐された。家族は皆殺しにされて。全力を挙げて探したのだけれど見つからなくてその子が帰ってきたのは三日後。まったくもって普通じゃない状態で帰ってきた」


「それが俺ですか……」


「っそ。だからアランちゃんは悪魔なの。国王の場合は何となく悪魔って呼んでいただけだと思うわ。自然力が使える人間全員が全員悪魔ってわけではないのよ」


「でも俺は本当に悪魔なんですね……。俺は連れ去られる前のアランフット・クローネとは別人なんですか?」


「いや同じ人よ。改造されたってことよ。その【制限リミッター】とかね。おそらく生まれた時にあったものは外されてより悪魔の力が還元しやすいようになっているはずよ」


 どうしようもないことをどうこう言っても意味がない。


「わかりました。じゃあ最後の質問です。ケレスさんの目的は何なんですか?」


「……このままいけば『ブラフマン』が消滅してまた天使と悪魔が攻めてくる。それに対抗して天使と悪魔を全て消滅させて欲しいの。他でもないアランちゃんに。奴らは『ブラフマン』がなくなったあと必ずまた『人間界』に攻めてくる。天使は人間を媒介にして悪魔はアランちゃんを媒介にして」


「俺を媒介?」


「そう。さっきを言ったけど天使も悪魔も『人間界』で顕現するためには自然力が必要なの。アランちゃんはソイを顕現させてるのと同じように悪魔も顕現させられる。天使は今の人間を使って顕現するってことよ」


「なんで悪魔は俺だけなんですか?」


「今生きている人間が全て天使の憑依体の子孫だからよ。この世界は比較的自然力が薄いの。だから天使も悪魔もうまく顕現できないっていう条件は同じだった。でもね、彼らはあくまで別の種族なのよ。悪魔は自然力の扱いに長けていて自然力を使って戦っていた。天使は人間力、つまり『人間界』に存在する魔力の扱いに長けていて魔力を使って戦っていた。その二つが『人間界』で戦えばどちらが有利かわかるでしょう?悪魔と天使が居なくなって人間同士で戦うことになってからはそれが顕著になったのよ。だから悪魔は全滅した。元から人間に自然力なんて扱えないしね」


 ケレスは立ち上がりアランフットの瞳を覗き込んだ。何かを懇願する少女のように。

 しかしケレスを心の底では恐れているアランフットには威嚇してくる不良にしか見えない。


「そこでね一つ発生する問題があるの」


「何ですか?天使悪魔が強すぎるとか?」


「いいえ、それ以前の問題」


 ケレスは席に座り目を閉じて大きく息を吐いた。そしてもう一度アランフットの目を見てはっきりと言った。


「敵がいるのよ」


 そんなことを言ったら自分以外の人間は全員敵ではないかとアランフットは言いたくなった。

 今さっきアランフット以外の人間は天使の憑依体の子孫だと言ったではないかと。


「今の人間には悪魔に対する明確な殺意は無いわ。なんったって戦っていたのはずいぶん前の話だからそんなことは身体が忘れてしまっているのね」


 ケレスはそう言った。全人類が敵というわけではないらしい。

 ケレスの言う明確な敵とは一体何なのか。


「……じゃあ敵って誰なんですか?」


「『ブラフマン』から生み出された私と対を成す存在、ユピテルよ」


 ケレスはアランフットから目を逸らし、立ち上がって外の景色を見ながらそう言った。


「彼は『人間界』では全知全能。まず勝ち目はない。それでもアランちゃんには彼を倒してほしい」


「なんでですか?ケレスさんとは仲間なんじゃないですか?」


「考え方の違いよ。私は生み出されたときに『人間界』を守るという使命の方を強く引き継いだ。だから人間に手を出すことなんて考えられない。なんとか天使と悪魔を追い払うことを考えていた。でもユピテルは人間を平等にするという使命の方を強く受け継いだ」


「それはいけないことなんですか?」


「彼は考え方が過激なのよ。彼は平等を生み出すために争いという概念が存在しなかった天使と悪魔が来る前の『人間界』に目を付けた。だから天使の能力を受け継ぐ今の人間は全て消し去るつもりよ」


 サラッと言ったがサラッと流せるようなことは言っていない。


「……そ、そんなことができるんですか?」


「今は無理ね。でもあなたが天使と悪魔を倒せるぐらい強くなってこの『物自体界』から出て『人間界』に行けば、能力調整を行っている『ブラフマン』はその不可に耐えきれなくて消えるわ」


「『ブラフマン』が消えたらどうなるんですか?」


「他の『世界』から守られないのと人間の能力の上限がなくなる。今までは強くなれる人は限られていたけれど誰でも強くなれる。アランちゃんなんて比にならないくらいね。そこでユピテルはさらなる力を手に入れて全人類を滅ぼすつもりよ」


「だからオレは生かされていたんですか?悪魔を呼び寄せる可能性があるのに生きていたっていうことは、その人の能力を上げるために……」


「それはたぶん違うわ。あなた一度命を狙われたことがあるし。遅かれ早かれ『ブラフマン』は消滅するから彼にとってアランちゃんは早めに消しておきたい人物みたいね。私との修業で強くなる前に。まあ彼は自然力には鈍感だから、アランちゃんが【制限解除(リミッターリリース)】を初めてするまではアランちゃんの存在に気づいていなかったみたいだけれど」


 ケレスはアランフットの方を振り返って言った。


「これで説明は終わり!何か忘れていることはある?」


 ケレスはソイに問いかけるが、彼女はあいにく夢の中。


「じゃあもう終わりにするわ。次はアランちゃんに会わせたい人、というか会いたがってる人がいるから着いてきて」


 手招きするケレスの顔にはニヤニヤした表情が張り付いている。

 アランフットは嫌な予感がするのだった。

どこにでもいる異世界転生チート主人公

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