第13話:最強の力
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第一章クライマックスです。
「くそっ!なんでっ!!」
「ほらほら、もっと頑張りなさい」
サリエリはケレスに懸命に攻撃を仕掛けていくが、その身体に触れることすらできていなかった。何度も何度も攻撃を加えようとするのだが、サリエリには見えない力によって身体も武器も《魔法》も何もかもが弾かれてしまう。
足止めをするという目的は達成できているものの、サリエリが止めているのではなくケレスが自ら止まっているというのが現状だった。
相手がその気になれば自分などは一瞬でこの世から消え去るだろう。生きているのではなく生かされている。異様な緊張感に口内が次第に乾いていくのをサリエリは感じ取っていた。
「あの阿呆は何をしているのかしら」
不意に何かが風を切る奇妙な音を聞き、ケレスは上方を見上げた。
それはケレスが初めて見せた隙だった。「今しかない!!」そう思ったサリエリは武器を手に取り距離を詰めようとする。
「離れなさい!!」
「くっ……」
動く気配を察知したケレスは殺気を込めた目でサリエリを睨む。サリエリはその眼力だけで吹き飛ばされてしまいそうな錯覚を受けた。そのあまりの気迫に蛇に睨まれた蛙のようにサリエリの足は床に縫い付けられた。
それはアランフットがサリエリから感じ取ったものの比ではない。サリエリは実際に足も呼吸も止まった。息の根まで止まりかけた。
だが結果的にサリエリはケレスに命を助けてもらったことになったのだと、次の瞬間には悟っていた。
上方から聞こえていた奇妙な音は徐々に大きくなり、ついには「玉座の間」の天井を突き破ってその正体を現す。それは国王がアランフットに向けて放った《土魔法:流鉄》の流れ弾だった。国王はアランフットに回避されることまで予測し、事前にケレスへも攻撃できるように仕向けていたのだ。
鋼色の無数の小さな剣が犇めき大きな一つの流れとなってケレスに迫ってきていた。
彼女の見せた隙に釣られ近づいていればサリエリも同時に攻撃に受け、ひとたまりもなかったであろう。
「やってくれるわね、あいつも」
だがケレスは頭上に迫る無数の剣を見ても一歩も動こうとしなかった。ただ少し笑っただけ。
敵であるサリエリが「避けて!」と思わず声をかけてしまいたくなるほど、ケレスは諦めて立ち尽くしているようにも見えた。
だが《土魔法:流鉄》はケレスに当たることはなかった。
ケレスの頭二つ分上で何かによって全て弾かれた。けたたましい音を鳴らしながら、無数だった小さな剣を全て弾き飛ばされ消え去った。
それがケレスの能力によるものだと判断するのは容易だが、実際にどのような方法でそれを成し遂げているのかは皆目見当もつかない。
サリエリはその信じ難い出来事を呆然と見守る事しかできなかった。
「何が起きたの……」
「私はこう見えてしっかり約束は守るタイプなのよ。言ったでしょう?一歩も動かないって」
ケレスは花緑青色の長い髪を片手でかきあげる。造作も無いという雰囲気を出して格好つけているが、ソイから言わせれば「結構無理をしてますよあの人」という状態だ。
「あなたが私に攻撃を当てられない理由は簡単よ。今見せた力……それを使っているから。決してあなたには理解できない力よ。だけどまだ時間はあるわ。解決策を模索しなさい。もう少し遊んであげるから。ほらほら、早く立ちなさい」
サリエリはいつの間にか自分が床に腰を付いていたことに気が付く。ケレスの殺気と見たことのない見えない力に怖気づいてしまったのだろうか。だがサリエリは頭を振って恐怖心を思考の端に追いやる。
自分にどうにかできるような相手ではないことはわかった。だがどうやらもう少し遊ばれなければいけないようだ。国王の命令に背いていなければ最早何でも良いだろう。サリエリは覚悟を決め、重たい腰を上げた。
○○○
「《純魔力》を無限に使うかぁ」
「想像もつかんだろう?」
国王は困惑するアランフットを見て楽しそうに笑った。
国王が戦場に出ていたのも随分前のことだ。能力を開示して相手が絶望する顔を見るのも久しぶりの事だった。アランフットの場合は絶望したのではなく、理解ができなかっただけだが。
「お前は今からその力で死ぬんだ」
国王は後方へ振り返り玉座に手を置いた。そして《魔法》を発動する。
玉座はみるみるうちにそれを変形させ、国王が片手に持っていた《黄金之剣》と対を成すもう一つの剣を作り出した。
「《土魔法:金色之双剣》という技だ。これを出すのは久方ぶりだ。腰をやらなければいいのだがな……」
もう一度振り返った国王と目が合ったアランフットは、剣が一本増えただけという変化の中で、国王の戦闘力が格段に上がっているのを感じ取った。
だがアランフットはそれに恐れ慄くのではなく笑った。
「くくくっ」
国王の力の向上に高揚感を覚えたのだ。
ケレスという後ろ盾ができた今、彼女が本当に助けに来てくれたらの話だが、死ぬ一歩手前までは国王と戦うことができる。
絶対に敵わないことを悟り己の進む道筋を変える原因となった男と、もはや逃げる以外生き残る術はないと悟らせた男と一戦交えるにもかかわらず、なぜか興奮している自分がいることをアランフットは自覚していた。
「笑みを見せるとはずいぶん余裕だな」
「今の俺の力で最強にどこまで対抗できるのか試せるからな」
「試す、か……そんな甘ったれた考え方ではすぐにお前は地面に這いつくばることになるぞ」
そういうと国王は双剣を顔の前で交差させ素早く振った。
ヒュッ、という音と同時に、巨大な斬撃が空中に浮遊しているアランフットに向かって飛んでいく。
回避する余裕がなかったアランフットは七星剣でその斬撃を受け止める。
衝突したそれらは火花を散らして鬩ぎ合った。そのあまりの威力に、アランフットは歯を食いしばり、七星剣を握る手に力を込める。
「うおおおお!!」
なんとかアランフットはその斬撃を叩き斬ることに成功する。国王が放った斬撃は七星剣との接点から分裂しアランフットの後方へ飛んでいき、後方一帯に広がっていた雲を全て消し去った。アランフットは震える手を見つめた。
「なんて力を込めてんだじじい!!殺す気かっ!!」
「休んでいる暇はないぞ!!」
国王は既に次なる《魔法》の発動に移っていた。
「《土魔法:金塊弾》」
国王は手に持った双剣の片割れ《黄金之剣》をアランフットに向けて投げつける。その剣は空中で細かく広い範囲に分裂し弾丸のようになってアランフットへ飛んでいく。
「やべェやべェ、殺意が強すぎるだろ!!」
アランフットはすぐに七星剣に風を纏わせ〈妖精術:風纏剣〉を発動する。
そして国王の《魔法》に対応するべく剣の強度を上げる。先端に向かうにつれて細く鋭くすることによって切れ味を格段に上げた状態だ。
アランフットはその剣で国王の《純魔力》が込められた《金塊弾》に応戦する。だが広範囲に渡る国王の《魔法》のほとんどはアランフットに当たることなく後方へ流れていってしまった。
実際に撃ち落としたのは、アランフットの身体に触れる可能性があった弾丸の数は十にも満たなかっただろう。その倍以上の数が後方へ流れていった。
「なんだ、大した事ないな」
拍子抜けだった。最強最強と謳われている割には存外大したことは無い。少し強い程度の感想しか抱けないのが現状だった。
だが、改めて国王の姿を目で追ったアランフットは驚愕する。
「っえ……嘘だろ」
国王の姿がそこにない。戦闘中相手を見失うなどあってはならないことだ。死角からの攻撃となれば避けることができるはずもない。すぐにその姿を見つけねばなるまい。
しかし探すまでもなく、最悪の形でアランフットは国王の立ち位置を把握することになる。
「危機感が足りんぞ」
国王の声は背後から聞こえた。
いつの間にか国王は宙に浮くアランフットの背後へと移動していた。足場を《土魔法》で作り出し空中に滞在すること可能としている。
金塊がアランフットにあたらずに後方に流れていたのも国王の作戦の内だった。《金塊弾》はアランフットの視界から外れた時からもう一度集まり、《黄金之剣》の形を徐々に取り戻していた。そして元の形に戻った瞬間に国王がアランフットの背後に回りその剣を手に取ったのだ。
アランフットがそのことに気が付いた時はもう遅かった。国王は容赦なく双剣をアランフットに向けて振り下ろした。
間一髪反応したアランフットは身体を反転させ七星剣を横に持ち、何とか国王の剣を受け止める。しかし勢いを相殺することまではできず、国王の双剣に押されアランフットの身体は高速で地面に叩きつけられた。
「かはっ……」
背中から叩きつけられたアランフットは血を吐きながら横になる。国王は地面に降り立ち、身動きが取れないアランフットを見下ろした。
「どうした、もう終わりかアランフット。わしに逆らったと思えばでかい口を叩くだけの子供。大きな力を持っているからと期待してみればその力を使いこなすこともできない。お前には失望したよ」
図星だ。確かにアランフットは自分の能力を活かしきれていないのだろう。そんなことはアランフットが一番よくわかっていた。
「もしやお前はわしから逃げ出しケレスのもとで修業すればいずれわしに勝てると思ってないか?」
「あんたはいつか越えなきゃいけない壁だとは思ってるよ……」
「お前が世間では俗に言う天才であることは認めよう。だがな、世界には天才など大量に存在する。多くの天才は己が持つ天才性を生かすことができずに中途半端な天才として人生を終える。己の天才性を最大限活かせる真の天才は限りなく少ないのだよ」
国王はアランフットの腹を踏みつける。アランフットは唸り声を上げ必死に抵抗するが、それを退かすことすらできなかった。
「お前はどうだ?今地面に這いつくばっている姿はどうだ?わかるか?天才の凡才が天才の天才にはどう抗っても勝てないのだ。お前が今ここから逃げ出そうとお前には何も成すことはできない。今日の戦闘中、お前は何度心が揺れ動いた?その程度の意志で自分の身体を動かせるのか?他人の力を頼ってわしという現実から目を背けることしか考えていない。今戦っているのもちょっとした試みでやっているだけ。そんな貧弱な意志で「自由」などという大層なものを手に入れられるとでも思っているのか?そもそも他人に頼る時点でお前は他人に囚われているではないか。それでいて自由だなんだと言うのなら臍で茶が沸いてしまうわ」
アランフットを踏みつける国王の力は強くなり、アランフットの抵抗も大きくなる。
「お前は弱い。とんでもなく弱い。何もかもが弱い。その程度では自由など到底手に入らん。今すぐにその下らない夢を諦めろ」
その言葉を聞くとアランフットは醜く抵抗することを止め、身体の動きを止めた。
「今からお前は生物に唯一平等に割り振られた死を享受することになる。己の死に様すら自由に決められないとは不憫な奴よ」
「……うるせェなぁ」
恐ろしく冷たい緋の光を目に宿し、アランフットは国王の脚を払いのけ立ち上がった。辺り一帯には光り輝く緋色の粒子が慌ただしく動き回る。
国王が爆風が吹いたのを認識した時にはアランフットの姿は視認できなくなっていた。
その動き自体に国王は驚かない。アランフットの移動速度は初めから驚くべき程速かった。それがわかっていれば次の攻撃に備えれば良いだけの話だ。
「ごふっ……」
だがその暇もなく、骨を震わせる重たい衝撃が横腹に走り、国王は呻き声を上げた。アランフットの脚が腹に深くめり込んでいる。
国王は地面に膝を着いた。その姿を見下ろしアランフットは唾を吐いた。
「確かに俺は弱い。だけど今は道半ば、いやまだ始まったばかりだ。俺は真の自由っていう自分でもよくわからないものを手に入れたい。そのためなら他人を利用するし、邪魔する奴がいるなら容赦なく排除する」
結局まだ自分が最期に望んでいるものはわからない。
ならば死ぬその時まで、自分が求めるものを求め続ければいい。
アランフットはそう結論付けた。それこそが自由ということなのかもしれないと。
「だって仕方ないだろ?人間の全てが自由なんてことはあり得ないんだ。自分以外の誰かが存在するだけでそいつとの関係で何かしらの縛りが生まれる。あんたの言う他人に囚われない自由になるとすれば……この世界の全ての人間を殺して俺が唯一の人間になるしかないんじゃないか?別にそれでもいいんだけどさ」
「大層な絵空事を語っている間にすまないが、お前はわしにも囚われている」
アランフットの足元の地面はうねりをあげ、みるみるアランフットの身体に絡まった。国王はアランフットに気づかれぬよう静かに《魔法》を発動していた。
アランフットが国王の《魔法》に対応できない理由は、国王の特殊体質に拠るものとアランフットの特殊体質に拠るものが大きい。多くの場合《魔法》を発動するためには多少なりとも時間を使ううえ、それなりの実力者の前では魔力を扱うことでその動きを感知され、何らかの《魔法》発動の予兆は読まれてしまう。
しかし国王の場合、《純魔力》を使い最速で《魔法》を発動するため、魔力の動きを感知したとしても対応できるまでの時間が少ない。加えてアランフットは自分の性質と相反する魔力を感知することができない。
そのような理由で、アランフットは悉く国王の《魔法》を防げない。
「くそっ!!」
一切の身動きは封じられ、力を込められなくなったアランフットの手からは七星剣が滑り落ち姿を消す。
その後すぐに【制限解除】も解け、呆気なくアランフットはこの戦闘における最大の窮地に陥ってしまう。
(「ばかー!なんですかー!!かっこつけて語ってるからですよー!!」)
どこからか、ソイが大声で喚いているのが聞こえてきた。
〇〇〇
アランフットを捕えたのは《土魔法:岩冥固牢》という《魔法》。下半身を完全に覆い込み、腰から上は螺旋状に巻きつき首から下、腕の先までを縛り上げる。拘束に特化した頑丈な《魔法》だ。
「いやはや、お前には攻撃を与える隙はあっても空中にいられては捕える隙はなかったからな。言葉で挑発すればなんとかなると思えばまんまと引っ掛かりおって。まだまだ子供で助かったよ」
「お、お前!!あんな酷いこと言っておいて、全部嘘だったのかよっ!!」
「嘘ではない。だがわしにはお前の未来にそこまでの興味がない。今ここで死ぬのだからな」
アランフットが何かを言い返すより早く、ソイが大声で文句を言いながら顕現する。
「なんで応答してくれないんですか!!主人が話している時に国王が不審な動きをしているから何度も注意したのにっ!」
「そんなやったことないことを急にやってくるなよ」
「確かに……」
まさか自分に非が有り攻められると思っていなかったソイは思わぬ反論に口を噤む。
だがよくよく考えてみると、ソイはアランフットと意識中の会話をしたことがある。「いや!やったことあるじゃないですか!!」と反論しようとしたが、発言権は国王に奪われる。
「悠長に話している暇はないぞアランフット。わしがお前を殺すというのは本当だ」
アランフットは苦し紛れに国王を睨む。せめて心が折れていないことだけでも誇示しようとして。
「せめてお前が一瞬で絶命できるような《魔法》で殺してやるとしよう。残りの時間せいぜい足掻いてみろ」
国王は両手に持った二つの剣をアランフットに向ける。
「《土魔法:断罪之鑓》」
《土魔法》によりその二つは混ざり合い変形を始めた。
宙に浮いたまま光を放ち変形を続けるそれは、魔力を感知できないアランフットにも凄まじい力が込められていることが分かる。
国王は《魔法》により簡易的な椅子を作り出し、そこに座り目を瞑る。じっと完成の時を待つ。完成したが最後、アランフットは絶命するだろう。
アランフットはいよいよ焦り始めた。
「おいおいおい、やばいぞ、本当にやばいぞ。あのおばさんはいつになったら助けてくれるんだよ」
すぐにケレスが助けに来ると思っていたが意外と遅い。本当に自分を助ける気があるのかと疑いの気持ちが生まれてしまう。
「うーん……どうやら母様も下で手こずっているようですね」
ソイは気配を探っているのか眼を閉じ顎に手を当てながらそう言った。
「えっじゃあどーすんだよ?俺このままじゃ死んじゃうよ?」
「じゃあほら!え~と……頭を使ってそこから抜け出せばいいんですよ!!」
ソイは妙案が浮かんだとばかりに爛々と金色の瞳を輝かせるが、何も言っていないのと同じ程度の言葉しか発していない。
「もうわかった。お前は黙ってろ」
使えないソイを黙らせ、アランフットは考えを巡らせる。どうしたら国王の攻撃を防げるのか。「鑓」と言っていたことから棒状のもので攻撃してくることはわかる。
「身体は全く動かせそうにない。なら、鑓が俺のところまで来ないようにすれば良いってことだな」
身体を守る方法として最初に思いついたのが、プラズや他の四眷属を封じ込めた技〈妖精術:暴風獄〉だった。あの技は内側に捕らえた者を封じ込める技だが、簡単に崩されては意味がないため外部からの攻撃に対する耐性もかなりある。
その〈妖精術:暴風獄〉を何重にも重ねたとすれば、いくら国王の攻撃といえど、そう簡単に破れられることはないだろう。
「【制限解除】」
【制限】を触らずとも発動できるアランフットの性質が功を奏した。身動きが取れない状況でも【制限解除】ができるということの意義は大きい。アランフットはより多くの自然力を集めるため深呼吸をし、身体の力を抜く。完全に脱力してもアランフットの身体はしっかりと支えられている。身動きが取れないということが功を奏した。
「〈妖精術:竜巻之陣〉!!」
アランフットは〈妖精術:暴風獄〉を自身の周囲に五つ発動し、それを連結させることで〈妖精術:竜巻之陣〉を完成させる。
轟音を上げアランフットを取り囲む白濁した風。その暴風に煽られ吹き飛ばされそうになったソイは耳を抑えながら大声で抗議した。もちろんソイはその中に入ることはできず締め出されている。
「ちょっとちょっとちょっと!なんでわたくしのことは入れてくれないんですか!!」
だがアランフットにその声が届くことはない。
その声を聞き、国王は片目を開けて愉快な見た目をした少女に話しかける。
「異形の者よ。もしわしの邪魔をするようならばお主もアランフットと同じように……」
「黙れ小童!生意気な口をききおって!」
ソイは目を剥いて国王を怒鳴りつける。怒りのあまり我を忘れ口調がわかってしまっていることにソイ自身は気づいていない。
「妾に話しかけるとはいい度胸だな。『わしの邪魔をする』だと?むしろお前が妾の邪魔をしてみろ。楽に死ねると思うなよ」
「ふはは、ケレスと一緒にいるからもしやとは思っていたが、やはりお主も特別か。ならば何も言うまい。だがアランフットのことは……諦めろ!」
国王は静かに冷たく言い放つ。それは今までにない程強力な威圧感だった。両目を開きその瞳でソイを捉える。
ソイは軽く鼻を鳴らし、アランフットと国王の両方から距離を取った。
「さあ、時間だ」
国王の顔の横には《純魔力》によって強固に練り上げられた鑓が浮いていた。それは人を殺すためだけに生み出された凶暴な武器。
鑓を手に取った国王は叫ぶ。
「我が名はフィフティ・ジンヤパ!五十代目国王の名において、世界に仇を成すアランフット・クローネを成敗する!!」
国王は《土魔法:断罪之鑓》にさらに《純魔力》を纏わせて硬度を上げる。
力は本来目に見るものではない。例外を除き魔力も自然力も目に見えるものではない。
だが例外も確かにある。今ここでその例外が起こった。
自然力や魔力を人間が見る方法は一つだけ存在する。自然力はもともと人間側が見るように作られていないため見るハードルはかなり上がるが、魔力と同じプロセスを経ることで理論上は見ることができるようになる。
その方法とは「目に見えるようになるまで溜める」という単純なものだ。密度が高ければ高い程、力は見やすくなる。
アランフットとソイは国王の右手に溜まる紫陽花色の魔力を見た。
正確にはソイは見て、アランフットは見たというより感じ取った。ソイは〈妖精術:竜巻之陣〉の外側にいるため視覚的に見ることができた。しかしアランフットは眼の前で渦巻く風によって視界は阻まれている。
自然力も魔力も目には見えなくとも何となくの気配を感じ取ることができる。感知という能力を得る者がいるほど、熟練者には当たり前の技術だ。だがアランフットは生まれつき《魔法》が扱えず、通常の魔力を感知することはできない。
その彼が感じ取ってしまうほど、色付きで見えてしまうほどの力が込められた濃い《純魔力》を国王が鑓に纏わせたのだ。その強度・威力は言うまでもない。
「ふんぬっ!!」
国王は上半身を捻り《土魔法:断罪之鑓》を投げつける。手首のしなりで強烈な回転をかけながら投げる。鑓は見えないはずのアランフットの心臓を狙って真っすぐに飛んで行った。
白濁した風の壁に火花を散らしながら衝突する。アランフットはいよいよ国王が攻撃を仕掛けてきたことを感じ取った。
「これを防げば終わる」
顔を引き締めて自然力の集中にさらなる力を込める。身体を全く動かせないことが、逆にアランフットの意識の集中を助けた。
〈妖精術:竜巻之陣〉に自然力を供給し続け、常に最も防御力が高い状態を維持するように努める。
「わしを甘く見すぎだ」
始めは鑓の攻撃にも引けを取らないように思われた防御壁だが、次第に国王が放った鑓は風の壁を抉っていく。
手から離れ時間が経つにも関わらず、その勢いは衰えを見せないどころか次第に回転が増している。
だがアランフットもみすみす攻撃を受ける気はない。助けが来るはずだと信じながらも、最後の最後まで自分の力で対抗するつもりだ。
アランフットは自身の周囲を囲っていた風の壁を徐々に前方に寄せ始めた。壁を分厚くして鑓の侵攻を防ごうというのだ。
緋色に輝く粒子の数が一段と増える。そしてアランフットの瞳が緋色に、毛先も緋色に変色を始める。
アランフットの正面に花緑青色の力が集まっているのをソイは見た。概念体的に捉えたのではなく、視覚から見た。国王にもそれは見えていることだろう。
「うおぉぉぉ!!」
アランフットの気迫とともに風の波が一気に前方に押し寄せる。その波は鑓を飲み込み沈静化を図る。
自然力と《純魔力》、自然力と人間力という相反する力の衝突。それも同等の純度での衝突となれば、そこで起こる現象はただ一つ。
消滅だ。
花緑青色と紫陽花色の光がさらさらと零れ落ちる。両者の技が同様にして消滅していく。
「なかなかやりおる。火事場の馬鹿力とは恐ろしいものよ」
「止まった……止まったぞ!!」
だがその全てが消滅する前に、鑓の勢いは殺された。光は消え、鑓はそのまま風の壁に飲み込まれようとしていた。
「はいはい終わりです。んじゃ、帰りましょーか!」
ソイは風の壁にめり込んだ鑓を引き抜こう近づき、その鑓に触れて破壊しようとした。
その瞬間、甲高い金属音と共に視界が白金の光に包まれる。ソイは全身の毛を逆立て国王を睨んだ。
「何を持って終わりと決めつける。異形の者よ」
その光の正体は国王の【最終状態】。
途轍もないエネルギー体となって場に君臨していた。
その凄まじい熱量の塊が素早い動きで鑓を引き抜き、側に居たソイの身体をその鑓によって弾き飛ばす。攻撃は胸を直撃し、小さな悲鳴を上げながらソイは地面に転がった。
ソイにとってそのダメージ自体は大したことはなかった。一体何が起きたのか、それを見極めるべくソイは急いで身体を起こし国王の姿を探す。
だがその姿を視認することはできなかった。唯一わかったのはアランフットが張っている壁の前が異常に明るいことだけだ。
「これが最後の攻撃だ!!」
国王はそう叫び、鑓をさらに変形させる。
壁を貫けるように先端をより細く鋭くし、そして二歩分跳び下がり先程と同様に鑓を投げる。
「くらぁぁぁ!!」
この勝負はすぐに決まった。
《土魔法:断罪之鑓》と〈妖精術:竜巻之陣〉の力が拮抗することなどなく、鑓は一瞬で風の壁を霧散させた。
(「死ぬ……」)
視界が晴れ国王が放つ光と自分を殺すべく迫る鑓を目にしたアランフットは、すぐに悟り、思わず目を閉じる。
自然と身体に力が入り衝撃に備える。
死んでも仕方ないと、そう思ってしまうほど、もう眼前に鑓が迫っていた。
バキバキバキバキバキ
だが想像したような衝撃が身体に走ることはなく、恐る恐る目を開けると暖かい影の庇護にアランフットは入っていた。
「残念、時間よフィフティ。アランちゃんはもらっていくわ」
「ぬかせ。今のわしから逃げられると思っているのか」
「そうね。眩しいからそれ、やめてくれるかしら。不快で仕方がないわ」
ケレスが約束通りアランフットの救出に来たようだ。
ようやくケレスが助けてくれたことにアランフットは安堵する。そうしてケレスの背中から少し顔を出して謎の光を見つめ、目を細めるのだった。
ネーミングセンスの無さはどうにかしたいです。格好いい魔法とか技名付けたいけど全く浮かんでこない……