第12話:二人の後継
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衣服に付着した壁の破片を細かく零しながら、アランフットは床に座り込んだ。一体何度蹴られ何度壁にぶつけられるのだと、半ば諦めたようにため息をつく。
敵を一人減らしたと思ったらすぐに一人新手が加わる。
プラズを仕留め終わり国王と対峙した際は隙を見て逃げだそうと考えていたが、どうやら敵も一筋縄ではいかないらしい。
国王を敵に回すということは国中の人間が敵になるということはわかっていた。敵が次から次へと表れることは予想はできていたことだが、実際に遭遇するとなかなかに萎えるシチュエーションだ。
アランフットは邪魔が無ければ倒せたはずのプラズの姿を探したが、彼は既に四眷属の二人に介抱されていた。今から仕留めることは不可能に近いだろう。
「めんどくせぇなぁ……」
ここまで面倒くさい状況になったのは全てあの女性の所為だ。アランフットは改めて鋭い眼光を飛ばしてくるサリエリと呼ばれた女性を見た。
アランフットは彼女に奇妙な違和感を感じ取っていた。
一つ目の違和感はその見た目だ。
エッダに「さん付け」で呼ばれているにも関わらず、その風貌はアランフットの年齢と相違ない。ソイに似たような、幼女感すらある容貌。黒髪おかっぱで大きな花が三つあしらわれた黒い和服を着ていた。
しかしそれに負けず劣らずの二つ目の違和感がその圧倒的強者感だった。国内最強の四眷属とも引けを取らないほどの風格を持っているように感じるのだ。
プラズが触れた者全てを傷付けるような雰囲気を持っているとすれば、サリエリは触れる前に腕を切り取られるような、それ程圧倒的な力をアランフットは感じ取っていた。
一般人でこんな人間が存在して良いはずがない。いや、この場に居る時点で一般人ではないことは確定しているが、四眷属ではない人間が四眷属よりも強いなんてことがあっていいのだろうか。
アランフットは緊張した面持ちで敵側の動向を見守っていた。
「お久しぶりですサリエリさん。お変わりないようで」
「当たり前だ。……それにしても四眷属ともあろう者たちがなんという体たらくだ。まったく」
エッダはサリエリの身長に合わせて腰を折り曲げたが、サリエリに頭を叩かれる。「いてっ」と顔を顰めたものの怯まずに話しを続けた。
「それよりサリエリさんはなぜこんなところに?」
「それはわしから説明しよう」
エッダの問いには国王が答えた。
「お前たちも知らないことだが、サリエリには代々国王の護衛を務めてもらっている」
「……と言いますと?我々四眷属も国王の最強の護衛という立場であると思いますが……」
「馬鹿を言え。お前は自分が寝ているときに国王様のことを護衛できるのか?できないだろう?だからあたしがいるんだ。あたしは四六時中国王様の側にいるからな。この役職は到底四眷属には務まらんのよ」
鼻の穴を膨らませて語るサリエリを見ずに、エッダは国王の顔を見て答えを求める。
「サリエリはわしの先々代から護衛を務めている」
「えっ……」
サリエリには四眷属としての矜持を傷つけられ、国王は俄かには信じ難いことを言う。エッダは困惑した表情を浮かべた。
四眷属とサリエリの思い出と言えば、プラズ、エッダ、レティシアが四眷属になったばかりの頃(リリーはプラズより前から四眷属を務めている)、修業という名の一方的な暴力を受けさせられたこと以外ない。
その時に植え付けられた恐怖から「サリエリさん」と呼んでいるだけで、その素性など詳細な情報は一切持ち合わせていなかった。
「あいつは四眷属よりも強いってことか。またややこしいのが出てきたな」
アランフットはその会話から、彼女の立場は四眷属に匹敵するほどのものであることを知る。だが外見から想像できる年齢はアランフットより上だとはとても思えない。だから彼らの話に信憑性を見出せない。見た目が思考の全てを混乱させる。
だが国王の言う通り本当に先々代の国王の時から仕えているとするならば、実際は――
「めちゃくちゃばばあじゃねぇか……」
アランフットは思わず呟いた。
国王から悪魔だと言われ迫害されている自分も自分でわけのわからない存在だという自覚はあるが、それを凌ぐ勢いでわけのわからない娘だ。
「そんなわけわからないやつに俺は負けたのか……」
普通の人間では有り得ないような年齢の人物ときた。そんな人間らしからぬ者に剣を受け止められ、そして蹴り飛ばされるとは。或いは人間ではないから強いのか。
どう足掻いても理解のできない環境にアランフットは頭を抱えた。
「聞こえているぞ小僧!!言っとくがな!!あたしはまだ十歳だからな!!」
サリエリは目を大きく見開いて唾を飛ばす。見え透いた嘘をつくサリエリにアランフットも噛みつく。
「うそつけ!!そんな子供にエッダさんが敬語を使うはずねーだろ!」
「本当だ!国王様の《魔法》でいつもは違う空間に住んでるんだ!!」
「そんな嘘に騙されるかっ!!」
お互い鋭い視線を交わし火花を散らす。子どものような喧嘩をし始めた二人を国王が静かに制した。
「真実だ、アランフット。サリエリは国王に代々引き継がれる《魔法》が作り出す異空間に住んでいる。そこはこちらとは時間の流れ方が違う。こいつが生まれた時代はわしが生まれるよりも前だが、年齢はお前とそう変わらん」
「へ、へー……」
「ほれみろ!ばーかばーか!!」
突拍子もない話だが、国王が大真面目に語っていることを考慮すると事実として受け入れることの方が正しいように思える。アランフットはとりあえず頷いておく。サリエリの嘘を暴こうとしていたが、それは失敗に終わってしまったようだ。
(「どうにかして逃げなきゃな……」)
サリエリの登場でアランフットの戦意は完全に消失していた。国王と四眷属が相手であっても勝ち目は薄いという判断だったが、そこにサリエリが加わった今勝ち目は希薄過ぎて見出だすことができない。
アランフットは緊張感のない会話をしている間にも、隙を見て逃げ出すことを考えていた。
そんなアランフットに国王はこれまでとは段違いに穏やかなトーンで語り掛ける。
「アランフットよ、なぜわしが丁寧にこんな話をしているかわかるか?」
「ん~……いや、わからん」
「今サリエリが就いている役職にお前を就けたいと思っていたからだ。お前がもし了承するのならば先ほどのプラズとの戦闘は水に流そう。お前の強さは十分にわかった。サリエリから引き継いでも申し分ない」
アランフットの眉間に皺を寄せた。
「それはさ、従ったら異空間に飛ばされて隔離されるし、そっちの都合でこき使われるってことだろ?この前も言ったけどそれが嫌だからこんな状況になってるんだよ」
アランフットの発言を受け、国王は顎をなぞりながら思案顔を浮かべる。
「わしらが作る異空間にいればこちらの世界に干渉することはない。したがってお前が世界を滅ぼすということも無くなるのだ。そうしてもらえばお前を殺さずに済む」
「いやだね。俺は下落民だとか悪魔だとか、そうやって勝手に枠を決められて生きてきたけど、そういうのが生きる上ですごい邪魔なんだよ。俺は俺だ。俺が俺であると自信を持って言うには、自分の欲望に忠実に生きるしかない。俺は自由に生きたい。今はそれだなんだ。そこだけは絶対に譲れない!」
「そうか……それは残念だ。お前はまだ若い。その命、無駄にする必要などないというのに……」
ピリッと、空間に刺激的な何かが走った。その瞬間、国王の纏う雰囲気が変わったのはその場にいる誰もが理解できた。
「サリエリ、あいつを始末しろ」
「へいへい!でもあの小僧は弱そうだからあんまり戦う気にならないんだよなぁ」
問答がなくとも初めから答えは出ていたようなものだが、国王はアランフットを殺すことを命命じた。
その効力は絶対で、国王の口から直接下されたのであればアランフットはもはや死亡の一途を辿るしかない。
命令を受けたサリエリは面倒くさそうに首を鳴らしながら前に歩み出た。
「これは普通にやばいな」
アランフットにはもう戦えるような体力は残っていない。プラズとの戦闘でのかなり疲弊したうえ、最後にプラズを抑えつけた謎の力によってごっそりと体力を持っていかれていた。
そしてわけのわからない話しを聞かされ頭も疲弊している。戦っていた時より疲労を感じる。
加えてアランフットの肌感覚でサリエリには全く勝てる気はしなかった。アランフットは敵に背を向け無様な姿を晒すことも厭わないが、彼らから逃げ切るだけの体力すらなさそうだ。
そして一概に「逃げる」と言っても具体的に逃げる場所が決まっているわけではない。目下の目標は「王都」から出ることだが、それで安心しジンヤパ王国内に居座ればいずれ見つかってしまうだろう。
ならば国外に出るしかないがどの国が安全なのかもわからなければ、そもそもどのような国があるのかもアランフットは知らなかった。
実はアランフットはかなり絶望的な状況にいる。
(「もしもーし!主人!聞こえますか?」)
「ソイか!?」
突然頭に響いた可愛らしい声にアランフットは顔を明るくして応答した。
この頭に響く声はとても心地よいもので、やはりあの声(窮地に響く声)は異常なんだとアランフットは肝に銘じておく。
(「頭の中で話してください。声に出さなくても聞こえます。私は主人の意識に直接話しかけてるので」)
(「わかった」)
目を閉じるアランフット。
(「今お困りじゃありませんか?疲れてるな~って」)
(「おお!よくわかったな」)
タイミングよくソイが話けて来たことにアランフットは一縷の望みを見出した。もしかしたらソイの言う母様とやらが助けてくれるかもしれない。
母様がどれほど強力な人物なのかはわからないが、ソイの異端性を考慮すると母様も相当に異常な人物に違いない。そこに期待するのも悪くない。
(「……怒りませんか?」)
(「は?」)
ソイの意図の読めない質問にアランフットは多少の怒りを感じる。今は一刻を争う。アランフットは今すぐ死んでしまうのかもしれないのだ。速やかに要件を済ませ助けを求めたい。
(「なぜ主人がこんなに疲れているのか、その理由を説明しても怒りませんか?」)
(「怒らない怒らない。なんでもいいから早く助けて。時間がない」)
(「なぜ主人がそんなにも疲れているかというとですね、私がこの『世界』に顕現しているからなんですよ!」)
また意味の分からないことを言いやがって、とアランフットは腹立たしさを怒気を含んだため息を勢いよく吐きだす。
(「もっとわかりやすく!」)
(「つまり私がずっと主人の体力を奪い続けているってことですっ!!」)
瞬間的な理解はできない。アランフットは聞き間違いの可能性に賭けてもう一度問う。
(「それはつまりどういうことだ?」)
(「私が主人の体力を奪っています。かなり前から」)
情状酌量の余地はないだろう。今までの苦労の全てがソイの顕現によるものかもしれない。新たな力が手に入ったかもしれないとはいえ、ソイがいなければ苦しい思いをせずに勝てたかもしれない。
(「っざけんじゃねぇぞ!!!!」)
(「ふえぇ……怒らないって言ったじゃないですか!うそつきっ!!」)
(「逆ギレすんなよ……」)
向こう側で頬を紅潮させ怒っているソイの顔が思い浮かび、アランフットは呆れた声を出す。
だがこんな時に無闇に話しかけてくるほどソイが愚鈍でないことはアランフットにはわかっていた。
(「で?解決策があるんだろ?」)
(「ありますあります。ありまくりですよ」)
ソイは食い気味に返答する。アランフットが頼りにしてくるという状況がなんとも心地よい。強制的に契約を結ばされてしまった今、アランフットが自分の思い通りになる機会など滅多にないのだ。
(「気になりますか?教えてあげてもいいんですけど、ちゃんとお願いしてもらえないとどうしようか迷っちゃうなぁ……」)
(「いいから早く言えよ」)
(「はい。ごめんない。今すぐ【制限解除】をしてください。とにかく集中して自然力を取り込むんです。自然力は人間には毒になりますが、主人にとっては元気の源にしかなりませんから。と母様が言っています」)
その言葉でアランフットはいつの間にか自身の【制限解除】が解けていることに気が付く。壁にぶつかった衝撃で力が緩み解けていたのだ。
では、一体なぜソイがこの『世界』に顕現する時、アランフットに疲労が蓄積されるのか。
概念体がこの『世界』に顕現する時には自然力を消費する。ソイの場合、アランフットと契約しているためアランフットが溜めた自然力を顕現するために使用することになる。
もう一つ重要な要素としてアランフットは【制限解除】をしていない時でも量は僅かだが自然力を吸収して生活している。
つまりアランフットが【制限解除】していない状態でもソイがこの『世界』に顕現することは一応可能となっている。だがそれは、ただでさえ少ない自然力をソイが勝手に消費するということになる。
人間力と呼ばれる《純魔力》ではなく、自然力で肉体を維持しているアランフットは、自然力を消費されるとそれに伴い体力も消費されてしまう。
【制限解除】をしていれば自然力を多く吸収できるためソイの顕現に使う体力は少なくなるが、通常時にソイが顕現すれば少ない自然力を目一杯使われてしまうためアランフットに疲労が溜まっていく、というシステムだ。
このような理由でプラズとの戦闘で疲弊していたアランフット動きは更に悪くなっているのだ。
(「つまりお前は俺に従っているくせに邪魔してたんだな」)
(「いや~ははは。母様に呼ばれちゃいまして……」)
(「ふ~ん……お前、後でおぼえとけよ」)
アランフットの凄んだ声にソイは震える。
(「ふえぇ……私は今から母様とそっちに向かうのでそれまで耐えといてくださいね」)
(「わかった。……って、お前はすぐにこっちに来れんだろ!」)
(「いやぁ色々と事情がありまして」)
(「はぁ……まあいいや」)
ソイとの通信を無理やり切断し、アランフットは眼を開ける。サリエリは床に座り退屈そうに欠伸をしていた。
そしてアランフットが意識を自分に向けていることに気が付くとおおむろに立ち上がった。
「やっっっっと終わったのか?」
「なんだ。わざわざ待っててくれたのか」
「国王様が待てって言うからだよ。あの人変なところで甘いんだよね」
「その余裕、きっと後悔するぜ」
その行動自体に意味はないが、気合を入れるためにアランフットは額の【制限】に触れる。
「【制限解除】!!」
渦巻きのように緋色に輝く粒子が一気に拡散する。サリエリは自分の顔の近くまで飛んできたその粒子を心底嫌そうな顔をして避けた。
「すぅぅはぁぁ」
アランフットは深呼吸と同時に、一気に取り入れられる自然力を大量に吸収する。自然力が全身に巡るのを感じる。全身がじんわりと温まっていき疲労が癒されていくのも感じられた。
アランフットはここまでの戦闘で一つ学んでいた。
自然力吸収の速度より自然力放出の速度が上回ると、先ほどまでの戦闘のように体力が削られてしまう。戦闘という緊張下にいると無意識に余計な自然力を放出してしまっていたようだ、と。とにかく落ち着くことが大切だとアランフットは自分に言い聞かせる。
アランフットは自分を見るサリエリの眼をしっかりと睨み返す。
「仕方ねェ。戦うか」
「お!やっと戦う気になったか!!」
【制限解除】をして自然力を吸収したことにより体力面は快復した。そしてソイたちが助けに来てくれるということで精神面も安定した。
あと少し、あと少しだけ抵抗するくらいはアランフットにもできるだろう。
戦闘の準備は整った。
……………
「ではいきましょうか母様」
「そうね。さすがに四眷属ほどの実力がある二人と戦うのはアランちゃんも大変でしょう」
「さっき主人にも言われましたが、あっちに一気に移動したほうがよくないですか?」
「そんなことしたら彼の本気が見れないじゃない。……そんなことより」
「え……な、なんですか?そんな眼で私を見て」
「もう主人なんて呼んじゃって!すっかりアランちゃんに懐いているじゃないっ!!」
「う、うるさいです!!もう母様の言うこと聞く必要はないのにこうやって隣にいるだけでも感謝してください!!」
「はいはい。もうっ!かわいいわねっ!!」
「んきゃー!!」
とびつかれて身体全身をモフられるソイは悲しみの悲鳴を上げた。
〇〇〇
強者同士の戦闘になるほど、質の高い戦闘になればなるほど、より頭を使い賢く戦うことが要求される。一瞬の判断、一瞬の動きが勝負を左右する。何も考えず、何も探らず、迂闊に手を出すことは命取りになる。
そのため戦いの初めは互いの手の内の探りあいから始まる。
それはアランフットとサリエリの戦闘とて例外ではない。
国王の最後の砦として長い間仕え続けていたサリエリ。現国王にその器を認められサリエリの後継者に選ばれたアランフット。この二人の潜在的な能力はそう変わらない。
勝負を左右するのは戦況を見る目。
その点サリエリはアランフットよりも多くの戦闘経験を積んでいるため有利に見える。しかしアランフットも初めての「本気」の戦闘で、それも四眷属相手に、勝利に手を掛けるほどには戦いの才能がある。
相手の攻撃を上手く防ぎ、先に決定打を当てられるかが勝利を掴むカギになる。
アランフットは右手を掲げ叫ぶ。
「七星剣!!」
「さあ来い!!」
アランフットは七星剣を手に取り安易な考えでその一歩を踏み出そうとした。
だが動かなかった。動けなくなってしまった。
(「こ、殺される」)
ごくりと生唾を飲み込み、額から顔へと垂れてきた汗を感じる。
今アランフットは一歩踏み込んだのちに〈妖精術:鈴音〉を使ってサリエリの背後に移動しようと考えていた。プラズにも効いた一手。サリエリにも有効だとアランフットは判断した。
だが確実に通用するという短絡的で安直な予想は簡単に打ち砕かれた。
サリエリの前方には微塵の隙もない。
正面から挑んだとしてもすべての攻撃が捌かれてしまうであろうことは戦闘経験の少ないアランフットにも簡単に分かった。
だがそれは罠だった。
前方に注意が向けば後方が隙になるという思考はおかしいものではない。あえて隙を見せ、その隙をついて背後から攻撃を仕掛けようとするアランフットを攻撃しようというのがサリエリの作戦だ。
アランフットは敵の思考など読まず先例を踏襲しただけであったが、図らずとも敵の思惑通りに動いてしまうところだった。
「っぶねェ」
だがアランフットは天性の勘で立ち止まった。サリエリの背後に跳んだ瞬間、一瞬で腹を貫かれるイメージが見えてしまったのだ。
「すごいすごい!よく立ち止まったね」
「隙はあるけど隙がねェやつだな」
「よし!じゃあ次はあたしの番だな!!」
サリエリは正面からゆっくりとアランフットに向かって真っすぐに歩いてくる。普通に道を歩く速度よりもゆっくりと、おおむろに。
「お前……さすがに舐めすぎだろ!!」
少しだけ苛立ちを感じたアランフットだったが、相手が時間を与えてくれるのであればそれを有効活用しない手はない。次にどう動こうか考える。その時間がある程、サリエリの歩く速度はゆっくりだ。
サリエリがアランフットの許に辿り着くまでには数秒かかるだろう。だが急に速度を上げて動く可能性もある。アランフットはすぐに次の手を決めなければならない。
「よぉし!!」
そこでアランフットが思いついた案は、斜め上方向に跳びその過程で〈妖精術:風刃〉をサリエリに放ち、天井を蹴ってアランフットの放った技を防いでいるサリエリの背後に着地し、そして攻撃を与える、というものだ。
「くそっ」
しかし、いざ「動こう」と思いサリエリを見るとアランフットの身体はどうしても硬直してしまう。
一切隙のないその動きと殺気に揺れたサリエリの瞳を見ると自分が何をしても結局死んでしまうような錯覚を覚える。
蛇に睨まれた蛙のように足が竦んでしまう。息をすることすらままならなくなる。
結局アランフットはじりじりと少しずつサリエリの殺気から逃れるために後ずさりすることしかできない。合計一歩にも満たないほど後退するとすぐに凹んだ壁に背がついてしまった。
「はあ……はあ……」
アランフットの呼吸は次第に荒くなっていく。
動こうとしても動けない。身体が小刻みに震える。不用意に少しでもサリエリに近づいたら瞬殺される未来がアランフットには見えていた。
動けないとなると、動かなくても攻撃を当てることができなければいけない。
そう思考の転換ができたのがアランフットの異常性だ。殺気に障られたのも関わらず、冷静に判断し戦意を失わない能力は残っていた。
(「〈妖精術〉で風を纏うことしか考えてなかったけど、自然力を風にしてそのまま飛ばすこともできたりするもんかな」)
そう考えたアランフットはなんとなく右腕を上げた。
そして自然力の流れを意識し、何かを投げつけるようにサリエリに向かって腕を振る。その腕に導かれ確かに透明な風が発生した。
「んん!!なになに!」
ビュオッ、と大層な音は鳴ったが、それは本当にただ風が吹いただけで、それが相手の行動に影響を与えるほどのものにはならなかった。
「なんにもないのか……」
その中をサリエリは涼しい顔をして悠々と歩いている。
今までは何かに纏わせることで風に形を与えていたが(それが〈妖精術〉の本領)、風だけで形を作る作業はアランフットの想像の何倍も難しい。今のアランフットの実力では実現不可能の技術だった。
「ごめん。やっぱりこれめんどくさいわ」
「えっ?」
サリエリはゆっくりと歩きアランフットへ近づくという行為を放棄した。誰かに頼まれた行動ではない。アランフットが何か仕掛けてくると思い警戒しての動きだった。
だが一度目以降仕掛けてくる様子がない。サリエリは痺れを切らし自ら動いた。
サリエリは先ほどアランフットの七星剣を受け止めた細く鋭く尖った長い針を手に取った。その数八本。両手の指の間に挟んでそれらを構えていた。
その恐ろしく尖った武器を見たアランフットは上ずった声でサリエリに問う。
「ちょっとサリエリさん!!それをどうするつもりですか?」
「ん?投げるのよ、普通に」
「そ、それは危ないんじゃないか……なっ!」
アランフットの言葉を最後まで聞かず、サリエリは目にもとまらぬ速さでその武器を投げつけた。
「うわっ!!」
針は空気と擦れた高い摩擦音を発しながら、頬ギリギリで顔を横に動かせなくなるように二本、両手の手のひらに一本ずつ、そして左右の太ももすれすれの動かすことができないほどギリギリのところに両側二本ずつ、それぞれ刺さった。
一本も回避することのできなかったアランフットは壁に大の字で縫い付けられてしまう。
「秘技:鉄串・大文字縫い!!成功!!」
「いてェェェ!!!」
奇妙なポーズでサリエリは技の成功への喜びを表す。
「そらっ!これでもう動けないよ。あたしの勝ちだね!」
サリエリは遂にアランフットの目の前にやってきた。手を伸ばせばすぐに触れられる距離。もうアランフットの命はサリエリの気分次第ですぐに消える。
「結局何もできずに終わりか……」
「抵抗しないの?」
アランフットはいよいよ抵抗を辞めた。そんな彼を見て不思議そうに首をかしげるサリエリ。
アランフットが動きたくても動けないことに全く気が付いていないのだ。
サリエリはアランフットの力を過信している。仮に自分よりは弱くとも、さすがに自分相手に手も足も出せないような実力とは思ってもいなかった。
それもそうだろう。国王からその力を危険視され命を狙われているのがアランフットだ。そして四眷属の内の一人を倒している。そんな人物に自分が快勝できると思えるはずも無かった。
一対一ならば四眷属に負けない実力を持つサリエリは、自分の力を過少評価しアランフットの力を過大評価していた。
「逃げたとしてもすぐにやられることはわかってる」
アランフットは悔しそうにサリエリを睨む。
「そーなの?」
「お前には全く隙がない。今の俺にお前を出し抜くことはできないよ」
「そーなん?」
全く理解をする気も無さそうな少女に呆れ、アランフットは目を閉じ俯きがちに小さく首を振った。顔の横に刺さる針の所為でほぼ動かせないが。
「向かい合った時、お互い動いた後の先の動きがなんとなく予想できるだろ?その時点で俺はもうお前に負けていた」
「へーすごーい」
「なんなんだよお前!気の抜けた声出しやがって!!」
眼を上げると、やや頬を紅潮させ鼻の穴を膨らませたサリエリがそこにいた。アランフットの顔は引き攣る。
人命を掌で弄ぶのが楽しくて興奮しているのだと感じた。「趣味の悪い奴だな」とアランフットは思いつつ――
「殺すなら早く殺せ」
自身にとどめを刺すことを要求した。
勝てないことはわかった。この結論は何をどう足掻いても変わらないだろう。プラズの相手ですら一杯一杯だった自分が、サリエリにまで勝ち国王から逃げ切る可能性など微塵もない。助けさえあれば話は別だが到着が遅い。遅すぎる。
だがサリエリの返答は意外なものだった。
「あんたって……近くで見たら意外に……」
ガラガラガラガラガラ
突如、「玉座の間」の天井の中央付近の一部が轟音と共に崩れ落ちた。
「なにが起きた!!」
突然の現象にエッダは驚きの声を上げ国王の顔を見る。国王は今までのどの表情よりも険しく厳しい顔で天井を睨みつけていた。
「ちょっとー!なんで普通に入らないんですか!」
「あなたは本当に馬鹿ね。こういうのは目立った方がいいのよ。特にこれから我が家に迎え入れる可愛い息子が誘惑されてる時はね!!」
天井から崩れ落ちる瓦礫と共に、二つの影が大きな声で騒ぎながら「玉座の間」の中へと降り立った。
影の正体は大きな耳と尻尾を持った可愛らしい少女と背の高い一人の女性。やっと助けが来たことを悟ったアランフットは喜びのあまり声を上げた。目の前のサリエリのことを忘れ、命すら放棄しようとしたことも忘れている。
「ソイ!!と……」
「ふふふ、ケレスよ。よろしくアランちゃん。あなたを助けに来たわ」
突如現れた女性は静かな佇まいで、誰よりも静かな雰囲気で、ただ国王よりも圧倒的な威圧感を放っていた。
「ケレス……さん」
アランフットが名前を復唱している短い時間でケレスとソイはアランフットの目前へと移動し、アランフットの命を握っていたサリエリを牽制する。
「ぐっ……」
「賢い判断をしなさい。今すぐ」
その見切れぬ動きに後ずさりしたサリエリは、一瞬交戦を考えたが、瞬時にケレスの実力を推し量り、自分一人では排除できない障害と判断し国王の元へと戻った。
「すいません国王様、あいつは私には……」
「よい。いい判断だ。あいつは別格。わしですら危うい」
一時危機は去ったと判断し、ソイはすぐさまアランフットに話しかける。
「主人、この人が話に何度も登場していた母様です」
「ああ、見た瞬間にわかった」
「何度もって!ソイちゃんったらそんなにお話してたの?私恥ずかしいわ」
「ごめんなさいね。こういう気持ち悪い人なんですよ」
背を向けたまま頬に手を当て腰をくねくねさせるケレスを見て、ソイは呆れ顔でアランフットに耳打ちする。
だがアランフットはソイの言うその気持ち悪さには目がいかず、目の前に立つケレスという女性の圧倒的な強者感に驚愕し吐き気にも近いような感覚を味わっていた。
アランフットは今まで散々相対する人間の強さに驚愕してきた。国王にもプラズにもサリエリにも、初めて見た際には自分では敵うはずもないと、自分の感情とは裏腹にそう思わされてしまうような実力差を感じ取ってきた。
しかしケレスはその過去を嘲笑うかのように君臨していた。
国王に入学式で向けられた威圧感やプラズが放っていた威圧感、また先程まで肌で感じていたサリエリの殺気とも種類が違う。
だがそれを凌駕する恐ろしさがケレスにはあった。
ケレスは人間ではない。比喩ではない。根本的に自分とは異なる何かだとアランフットは直感する。ソイに近い何かだ。
「おしいわアランちゃん。私は概念体ではないわよ。どちらかと言うと人間に近い存在なのよ、こう見えて」
「この人は本当にやべェな」
「だからやばい人なんですよ。あんまり深く考えない方がいいですよ。考えたって理解できませんから」
アランフットの感想は一切口に出していない。それを顔も見ず、アランフットの姿すら視界に入れずに返答したケレスに、アランフットは思わずそう呟いた。
騒がしくなってきた空間にカンッ、と乾いた音が響いた。どこから現れたのか、国王が手に持った王笏の端を床に叩きつけた音だ。
国王は立ち上がり敵意の熱が籠った眼をケレスに向けた。
「やはり来たか、ケレスよ。随分と遅かったじゃないか。恐れをなして逃げたのかと思ったぞ」
「あらあら。今の今までアランちゃんを殺せなかったというのに随分と余裕なのねフィフティ。私の登場であなたの勝ち目は一切無くなったというのに」
国王は面倒くさそうに顎髭を撫でる。
「返す言葉も無いということかしら?前にも話したけれど私の計画にはアランちゃんが必要なの。手を引いてくれないかしら」
「わしらの目的は一緒だ。だがやり方が正反対とは困ったものよな。お主のやり方も理解はできる。が、賛同はせん。わしはわしのやり方を貫くまでだ」
「っそう……まあ最終的にこうなることはわかっていたわ。アランちゃんは力尽くでも連れていく。覚悟なさい」
ケレスと国王が激しい気迫を衝突させながら話している隙に、ソイは楽しそうに大きな尻尾を揺らしながらアランフットの掌に刺さった針を抜いて介抱していた。
「いてて」
「大丈夫です。大丈夫です」
ソイはなにやら鼻歌を歌いながらアランフットに刺さった針を抜いていく。そして何の警告もなく掌に刺さった針も豪快に抜いた。
「えいっ!」
「い゛っでェ!!!てめェぶっとばすぞ!!」
「ふぇぇ、助けてあげてるんだから感謝してくださいよまったく。自然力を吸収してください。すぐ治りますから」
「……ほんとだすげー」
意識的に自然力を身体に循環させると、煙のようなものを上げてみるみるうちに傷が塞がっていく。その様を見てアランフットは感嘆の声を上げた。
「自然力は人間のいろいろな能力を引き上げますから。治癒能力も格段に上がっています。それでもって普通の人間に出るはずの拒絶反応が出ないんですから、主人の能力は反則級ですよ」
チートと呼ばれても相違ない能力を持つアランフットだが、彼が最強ではないというのがなんとも現実の厳しいところだ。
現にアランフットはサリエリ相手に手も足も出なかった。ポテンシャルだけではどうにもならないこともある。現実は甘くない。アランフットは痛感した。
充分に睨み合いをしたケレスは笑顔で国王に手を振った。
「またねフィフティ。アランちゃんはもらっていくわ」
「笑わせるな。次などない!」
国王はケレスの言葉を鼻で笑い飛ばす。王笏の端で床を二度たたき《魔法》を発動させた。
「力尽くで奪われたのなら諦めもつこう。せいぜいわしが殺すまでに上に上がって来い」
「うわあぁぁぁぁ!」
自分が立つ足元の床が光り動き始めたのをアランフットは感じ取った。
その場から離れる間も無く、床は盛り上がり、アランフットはそのまま天井を突き破り空高くへと持ち上げられていった。
それを追いかけるように国王も自身が立っている場を玉座ごと盛り上げアランフットの後を追う。
「お前らはそこにいる女を足止めしておけ!!」
「ソイ!あなたはアランちゃんを追いなさい!」
「わかりました!」
ソイは煙のようなものを燻らせ姿を消した。
玉座のない「玉座の間」には、四眷属の三人とサリエリとケレスが残った。
四人は国王の指示に従いケレスを四方から取り囲む。
彼らの真剣な面持ちを見てケレスは不敵な笑みを零し、妖艶に腕を組み顎に手をあてた。
「さてさて、あなたたちごときで私を止められるのかしら?」
手始めにケレスは自分の後ろにいたリリーとレティシアを振り返らずに、一歩も動かずに、身体も一切動かさずに吹き飛ばし、気絶させる。声を上げる暇すら与えない。
その尋常ではない強さにエッダは思わず声を漏らした。
「しゅ、瞬殺……」
「ふふふ。遠慮せずお二人でかかってきなさいな。弱いんだから力を合わせなくちゃ勝てないわよ」
「やってやりますよ!」
矜持を傷つけられてはエッダも黙ってはいられない。
四眷属とは国内最強の国王の側近でなくてはならない。サリエリの登場で四眷属という役職の危機を悟った今、その力の誇示のためにもケレスを倒さなくてはなるまい。
と、そういう意気込みがあったのかエッダは一歩前に進み出たが、すぐにサリエリがその動きを制した。
「いやエッダは下がってていい。あたしがやる」
「あらおちびちゃん、あなたのことは結構昔から知ってるわよ。でもあなたじゃ決して私には敵わない。悪いことは言わないわ。エッダとやらと協力して戦ってみなさい」
「国王様はお前を足止めをしろとあたしたちに命じたの。足止めするぐらいならあたしにだってできる」
ケレスは微かに笑うと両手を広げた。
「じゃあいいわ。好きにやってみなさい。私はここから一歩も動かない。足止めは成功よ。アランちゃんもすぐにやられないでしょう。私が飽きるまではあなたの相手をしてあげるわ」
○○○
季節の割には冷たい、肌を突き刺すような風を受けながらアランフットと国王は対峙していた。
両者共に足場がほとんどない。
アランフットは肩幅分の足場しかなく、国王も玉座と肩幅分の足場しかない。ここでまともに戦うのは不可能に近い。
どれだけ優れた遠距離攻撃を放つことができるかで勝負は決まってしまうだろう。
「俺って確か飛べるよな……」
アランフットは仕方なく宙に浮いてみようと考えていた。思い返せば〈妖精術〉で一番最初に現れた能力は「空を飛ぶ」というものだった。シュナイトの話によれば空を飛べるというのは相当珍しい能力で使える人は滅多にいないらしい。
ならばいくら最強の国王と言えども多少は通用するだろうと考えたのだった。
唯一の懸念はあの日以来飛んだことがないという点である。その時飛んだのも自分の意志ではない。うまくコントロールができない可能性がある。
だがそんな心配も虚しく、アランフットの考えを国王は見透かしていた。
「そんなに気負うなアランフット。足場なら今作ってやる」
国王が指を鳴らすと、アランフットの足場と国王の足場が動き出し一気に面積を広げる。
「うおおおお!!」
決して心地よくはない揺れがしばらく続き、揺れが収まったかと思うと大きな平地が出来上がっていた。その大きさは「大内裏」全体を陰に入れてしまうほど。戦闘には一切困らない大きさだ。
アランフットが足場の揺れにバランスを奪われないように気張っているうちにとんでもないもが出来上がっていたようだ。
アランフットはその偉業に驚き、端まで駆け、思わず国王が作り出したフィールドの下を覗き込んだ。
「えっ……すげェ」
不思議なことに二人が立っている場所を支えているものは何もなかった。この広大な土地が完全に空中に浮かんでいるのだ。
「驚いたか?《魔法》ではこういうこともできるんだ」
「あんたの《魔法》って……」
「《土魔法》だ。だが、ただの《土魔法》だとは思わないほうがいい。こんなことを言ったところで魔力を感知できないお前に違いは理解できないだろうがな」
なんとか反論をしようとアランフットは口を開きかけたが特に妙案は浮かばず、渋い顔をして出るはずもなかった言葉を飲み込んだ。そして話を変える。
「……あんた、あのケレスって人知ってんのか?」
「まあな。お前がこの国に現れた時より奴はわしに接触してきた。お前を私に渡せとな」
「なんでまた俺が?あんたからは迫害されたのにケレスさんには欲しがられるって」
「ケレスと話したことは無いのか?」
「今日初めて見た……」
国王は大きなため息を吐いた。ケレスの計画を知る国王は、ケレスの誘いをアランフットが断ることで事態が更に拗れることを憂えた。
「簡単に言うとな、ケレスはお前がこの世界を救うと考えているらしい。わしとは逆でな」
「どーいうことだ?」
話の規模がまたもや大きくなってきた。アランフットの頭の中は“?”でいっぱいだ。自分が何かしら世界の趨勢に干渉するとは簡単に受け入れられるような話ではない。
「お前がこの世界の滅亡に少なからずかかわっていることは確実だ。わしはお前自身がこの世界を滅ぼすと、奴はお前が世界の滅亡のきっかけにはなるがそれを治めるのがお前だと考えている」
「俺が世界を救う……と考えている……」
自分すら救えない人間が世界など救えるのだろうか。アランフットは甚だ疑問だ。そして人様のために世界を救おうなどと考えるほどお人好しでもない。
「馬鹿馬鹿しい話だ。わしはそんな小さな可能性に賭けるつもりは毛頭ない。お前が存在することで世界が滅亡の危機に瀕することはわかっているのだ。ならばその元凶を潰せば問題なかろう」
「んじゃ、もっと前に俺のこと殺しておけばよかったのに……」
「さすがに確信がないまま国民を殺したりはせん。すぐに殺したりすればケレスが他の国民を皆殺しにする可能性もあったしな。だがついさっき確信を得た。お前は危険人物だ。ジンヤパ王国五十代目国王として、今からは本気で殺しに行く。奴がこちらに来る前にな」
国王は無駄に装飾のついた重たいマントを脱ぎ棄てた。と同時に、ふわっと煙が上がりソイがアランフットの側に現れる。
「主人まだ生きてますか?」
「ああ、まだ大丈夫だ。一旦姿を消しといてくれないか?全力でやってみたい」
アランフットはソイの手助けは必要ないと考えた。今ならケレスが助けてくれる――気もする。
今この余裕のある環境でいずれ倒す、いつか倒さなくてはいけない「最強」を体感しておくのも悪くはない。アランフットがこれから生き続けるにあたり、必ず障害になる相手だ。
「わかりました。危ないと思ったら勝手に助太刀しますからね」
そう言って登場時と同様にしてソイは消えた。国王は不思議そうにアランフットに問う。
「よかったのか?仲間を頼らなくて」
「ああ。何となく戦い方のコツは掴んだ気がするし、ケレスさんがいるから俺が逃げられる可能性も上がった。少しぐらい無理をして戦っても大丈夫そうだからな」
「そうか……わしは手を抜かないぞ」
「望むところだ」
両者構える。
「【制限解除】!!七星剣!!」
「《土魔法:黄金之剣」
国王は冠を手に取りそれを剣に変形させる。
アランフットは七星剣に今までとは比にならない量の風を集めていた。
(「剣に纏わせるのなんて、そのまま飛ばすのに比べたら相当楽だな」)
自然力自体の扱いの難しさを体感したアランフットには、〈妖精術〉は非常に簡単なもののように思えた。
「《妖精術:嵐斬》」
「これは凄いな……」
アランフットの剣には嵐のようにうねり狂った風が取り巻いていた。
その剣をアランフットは気合の籠った声と共に一振り。数など数えきれない程、重なり合っていて一つ一つが見分けられない程、大量の風の刃が国王をめがけて飛んで行く。
〈妖精術:風刃〉の上位互換のこの技。一つ一つの刃に込められている自然力の量も、その威力も〈妖精術:風刃〉とは比にならない。
〈妖精術:風刃〉はプラズ相手にも多少は通用した技だった。それをはるかに凌ぐ〈妖精術:嵐斬〉ならば確実に国王にもダメージを与えられると、アランフットだけは思っていた。
「たしかに凄い……が、甘い」
「えっ……」
「《土魔法:流鉄》」
国王の背後にどこからともなく鉄の塊が現れる。否、それは塊ではなかった。小さく細かい無数の剣が集まって塊のように見えているだけのものだった。
国王が手で進路を示すと、その無数の剣は大きな流れとなってうねり、迫りくる風の刃を悉く掻き消していく。
そしてそのままアランフットのもとへ直進する。
「おわっ!!」
上手く迎え撃つタイミングがなかったためアランフットは咄嗟に上空へ跳び上がる。
運よく攻撃は当ること無く下方へと進んでいった。当たったら一溜まりも無かったであろう攻撃を無傷で回避できたことにアランフットは胸を撫でおろした。
そして宙に浮いたそのまま、《土魔法:流鉄》の軌道を軽い気持ちで見下ろした時、絶句する。
「おい……なんて威力だ」
アランフットへの直撃を逃した鉄の流れは国王が作り出した地面を跡形もなく消し去り、そのまま下へと落ちていっていた。おそらく「玉座の間」へと流れ込んでいるだろう。
アランフットが立っていた場所のみ綺麗に穴が開いている。当っていれば骨の欠片さえ残すことは許されなかっただろう。
「《純魔力》というものを聞いたことがあるか?」
「う~~ん……聞いたことあるようなないような……」
国王から難しい単語が出てきたがどこか聞き覚えがある。嫌なイメージだ。アランフットはこめかみに指を当て記憶を掘り返す。
自分の人生の中で難しい単語を言ってきて嫌なイメージを残す。そんなことを可能とする人物はアランフットの人生で今のところ一人しかいない。眼鏡をかけた冷たい表情の女性の顔がぼんやりと浮かんできた。何度も殴られ何度も冷たい目線を投げつけられたあの恐ろしい女性の顔が。
「あっ!!たしかレース先生が最後の手段って言ってた気がする!強い威力の代わりに代償は大きいみたいな」
「そう、それが《純魔力》だ。人間力とも称される人間の根本を成す力。その絶対数は個人で決まっていて減ることはあっても増えることはない。だが《純魔力》を使った《魔法》は《浮遊魔力》を使った《魔法》の数十倍の威力が出るという。そんな力を無限に使える人物がいるとしたら、その人物はなんと呼ばれると思う?」
「めちゃくちゃ強いから……最強とか」
「そうだ。だからわしはこの国で一番強い。“最強”なのだ」
「なに言ってんだ?」
アランフットは首を傾げた。目の前のお爺さんはとてもおかしいことを言っているに違いないのだ。
だが国王はダメ押しでアランフットにもわかりやすく絶望を与える。
「《純魔力》が無限に使える。それがわしの、わしたちジンヤパ王国国王の能力だ」
よくある主人公最強チート系ではないのですよ。