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For freedom―悪魔の力を宿した男―  作者: シロ/クロ
第1章:Provocation To this Kingdom
12/28

第8話:悪魔

ついに作者激推しキャラ登場!!

感想・ブックマーク等よろしくお願いします。

 早朝。鳥たちもまだ静かに羽を休めているほどの早朝。太陽もあと少し出てきそうにない、深夜と区別がつかない程の早朝。

 空気が少しだけ清々しさを帯び始めた程度の、誰も気づかない変化しかない、それ程の早朝。


 悍ましい威圧感を感じ取ったアランフットは、まだ微睡(まどろみ)の中にあった目を鮮烈に覚まし、飛び起きた。

 このまま睡眠を続けていれば死んでしまうと本能レベルで理解したのだ。


「まさか……国王が来ているのか?」


 アランフットには思い当たる節がないわけでもない。

 昨日の【制限解除(リミッターリリース)】の件はおそらく国王の耳にも入っている。それについて何かアクションを起こしてくるというのは考えられないことではない。だがしかし国王が直接出向くとも考えにくい。


 しかしそれに近い何かが迫ってきているという事実が恐ろしいことには変わりない。入学式の時のように苦しい思いをすることはもう御免だった。


 アランフットは家の(といっても小屋のようなものだが)木製の壁に背中を着け、外の様子を覗き込むように気配を探った。猛々しいそれは確実にアランフットの家に近づいてきている。


「でも国王ではなさそうだな」


 国王から感じ取っていた威圧感は上から押し潰されてしまうようで、すぐには死にはしないがいつかは死んでしまうだろうと、この人に逆らえば簡単に殺されてしまうのだろうと思わされるようなものだった。

 だが今近づいてくる者は違う。この威圧感は首に手を掛けられているかのような息苦しさをアランフットに感じさせていた。言い換えればすぐにでも死んでしまいそうな感覚を味合わせるものだった。つまり殺気がダダ漏れだ。


「誰だかわかんねぇけど、バケモンが来る……」


 迫る生命の危機にアランフットは急いで家の外に飛び出した。とにかく身の安全を確保することが最優先だ。アランフットは近くの木によじ登って姿を隠し、しばらく様子を見ることにした。

 本当に死ぬような案件であればすぐさま逃げ出さなければならない。幸いアランフットには【制限解除(リミッターリリース)】という新たな手段が手札に加わっていた。多少は強気な心持ちだ。


「ほんとにこんな所に住んでんだろうなぁ!エッダ」


 アランフットが木の上で息を潜めて間もなく、威圧の正体が家の目の前までやって来た。アランフットの国王ではないという予想は大当たり。やって来たのは二人の男だった。

 一人はコレジオの生徒なら誰でも知っている四眷属が一人エッダ・ディライト。だがもう一人はアランフットには全く見覚えのない巨漢だった。


 ただでさえ長身のエッダより頭一つ大きく、横幅はエッダの三倍はあるのではないかと思うほどがっしりとした体型。短く切りそろえられた銀髪と浅黒い肌は同じ人間だと信じられない程だった。アランフットのような子供ならば片手で握りつぶされてしまいそうだ。


 その巨漢はアランフットの家の前で立ち止まり驚きの声を上げた。


「おいおい、ほんとにここかよ。きったねぇ家だな。もっといいとこに住まわしてやれよ、ガキなんだから。冗談きついぜ?」


「僕は知ったことではないよ。国王様と貴族の御方たちが決めたんだ。それよりも早くさが……」


「おらぁ!いるかぁ!!」


 エッダに話を最後まで聞かず、巨漢はアランフットの家の扉を乱暴に蹴り開け、ズカズカと中に入って行く。それに続いてエッダも家の中へと入って行った。防犯のぼの字もないような家にアランフットは小さく鼻から息を漏らした。


 そしてアランフットは悟った。二人は自分を良い理由で探してはいないと。見つかれば必ず面倒くさいことになると。


 幸い家の窓は開いていたため、辛うじて二人の会話はアランフットが隠れている場所まで聞こえる。


「おいエッダ、ガキがどこにもいねぇじゃねぇーかよ!我が直々に出向いてやったというのに!!」


「僕に言われても困るよ。僕だって国王に言われるままに来たんだから……」


「ったく久しぶりに帰ってきたと思えば早速ガキのお守りとは……。国王様もやってくれるぜ」


「お守り」という言葉にアランフットは眉を顰める。

 普通ならば「お守り」とは、それを被る者には基本恩恵しかない。しかしそれが国王からの命令となれば穏やかな話しではなさそうだ。国王自ら下落民に「お守り」とは絶対に穏やかではない。理不尽に離れさせておいて自らそれを近づけて「お守り」とは絶対に穏やかではない。

 アランフットの中での危険信号は大騒ぎだ。


「アランフットを王城に連れて行けばいいだけの話なんだろう?」


「そうだ。ただ乱暴な手はなるべく使うなよ。彼はまだ子供だ」


「こちらに従わない場合は大逆罪で地下牢獄行きだろ?その場合は手を下してもいい。簡単な話しだ」


 エッダはため息をつきながら頭を振る。


「わかっているのならいちいち質問しないでくれよ。面倒くさいんだ」


「最悪手を出していいのか念のため確認しとかないと国王様に怒られちまうんだから仕方ねーだろ。我を制御するのはお前の役目だ」


「そんな偉そうに言われてもね……。僕は君のお守りなんかしたくないぞ」


「るっせーよ!我だってお前などにあやされたくないわい!」


 アランフットは動いた。


 どうやら二人は自分を拘束しに来たらしい。そうとなれば国王側の理由が何であれ従う意思はない。下落民だろうが何だろうが文句はないが、自分の生活をこれ以上侵害されるなら話は別だ。

 だがそれでも理由ぐらいは聞いてもいいと思った。国王が自分に何がしたいのか、自分が何をされる可能性があるのか、そのぐらい聞く余地はある。場合によって自分がどう動くのかも考えやすい。

 こんな僻地にやってきて成果なしに帰ることになったら彼らが少し不憫だとアランフットは思った。


 この甘さが後に王都全体を巻き込む大事件に繋がるとも知らずに。



「俺になんか用ですか?」


 アランフットは木の上から飛び降り、家から出て周囲を探索し始めた二人の目の前に着地した。

 突然現れた少年の姿にエッダは眉一つ動かさない。最初から居場所が分かっていたかのように。対して巨漢はとても驚いた様子で大きく眼を見開いて手を叩いた。


「おい見たかよエッダ!こいつ我らが来るのを察知して木の上に潜んでやがった!猿みたいな奴だな!」


「うるさいな。君が殺気丸出しで歩くから逃げられたんだよ」


 肩をバシバシと叩かれてエッダはうんざりとした表情を浮かべた。


「エッダさんこの人は?」


 アランフットはエッダと親し気な男の正体が気になっていた。どうにもただ者ではない風格はあった。エッダとこのように対等に話せる人材も少なかろう。


「ああ彼はね……」


「我が名はプラズ・アングリ。四眷属だ。我のことを知らないとは生意気なガキだな」


 プラズは鋭い犬歯をむき出しにして名乗る。


「この人も四眷属……」


 アランフットは多少の尊敬の目をプラズに向けた。この人物もエッダと並ぶ国内最強戦力を担う一角なのだ。

 その反応を見たプラズは嬉しそうに笑顔でアランフットの頭をワシワシと掻き撫でる。アランフットが四眷属という言葉で素直に驚いたのが嬉しかったのだ。


 そのプラズの手をはねのけアランフットは二人に質問する。アランフットを国王の元に連行しようとしているのはわかっている。だがその理由が知りたかった。


「で、何の用ですか?こんな朝早くから。俺は無理やり起こされてまだ眠いんですけど」


「ごめんね。僕は君がまだぐっすり寝ているであろう時間を狙いたかったんだけどね。このバカが寝坊する上に殺気だだ漏れで歩くから……」


 いつの間にか日の出を迎え辺りはすっかり明るくなっていた。プラズの頭上を飛んでいた小鳥が糞を落すが、プラズは素早くかわしエッダに怒号を飛ばす。


「バカとは何だ!我は蟻ん子一匹見逃さないように集中していただけだ」


「それをバカと言わずして何と言うんだ。相手は人間で、しかも家で寝ている気配を察知した状態で歩き始めた。君の殺気で彼が起きてしまい、結果気配を消された。君の失態以外何物でもない」


「ああん?なんだ?じゃあ我のせいだって言うのか?お前は」


「今そう言ったよな?ほらな、君はバカだ。人の話すらまともに聞けない」


 ギャーギャーと言い争う二人にアランフットは少し苛立ちを感じ始めていた。


「だ!か!ら!一体何の用なんですか!」


 アランフットは早いところ理由を聞きだしてもう一度眠りたい。


「……ああすまないね。単刀直入に言うと君を国王の監視下に置くことが決定した。先日の強大な力を危険だと判断したんだ。それで……」


 遂には身体を掴んできたプラズの顔を押しのけ、プラズは事情を説明する。


「は?」


 監視下に置くという言葉にアランフットは反応した。監視下に置くということはつまりアランフットの行動が著しく制限されてしまうということになりかねない。


「なんだい?」


「力が強すぎるから俺を王城へ連れて行くんですか?」


「そうだね。君の力は野放しにしておくといずれこの国の脅威になってしまうらしい。納得してくれるなら、このまま大人しく王城まで着いて来てもらおうと思っている。まあこれは国王様の命令だから拒めるような話でもないんだけどね」


 監視下に置かれようと、寝床が変わるくらいの変化であれば百歩譲って良しとできる。アランフットの今までの生活が残されているのであればまだ交渉の余地はある。


「コレジオには行けるのか?友達には会えるんだよな?」


「うーん……」


 アランフットの答えずらいエッダは腕を組み眉間に皺を寄せた。


「国王様は君の存在をなかったことにしたいんだ。それは命を奪うということではなく、世間的にだけでも君の存在を抹消したいということで。兎に角君の存在があまりよろしくないみたいだね」


「……なんで俺がそんな目に……。俺が何かしましたか?」


 存在すら否定される、そんなことがあっていいのだろうか。


「んー……言うなれば、君が君として生まれてきてしまったことがいけなかったのかな」


 やっぱり俺が悪魔だからか――という言葉をアランフットは飲み込んだ。


「そんなの納得できるわけがな……」


「ごーちゃごちゃうるせーなこのガキは!とっとと連れて行くぞ!」


 痺れを切らしたプラズはそう言ってアランフットの頭を鷲掴みにした。そのまま王城まで引きずって持っていこうと考えていた。その力はとても強く、子供一人の力ではとても抜け出せるようなものではなかった。


 だがアランフットとて、ただで連行される気はない。抵抗する術は持っているのだ。

 突如として緋色の輝く粒子がアランフットを取り囲んだ。


「プラズ!離れろっ!」


「【制限解除(リミッターリリース)】」


 エッダの忠告も間に合わず、プラズに頭を掴まれた状態のままアランフットは【制限解除(リミッターリリース)】をした。

 木々を根から揺らすような爆風が吹き荒れる。プラズへ至近距離での【制限解除(リミッターリリース)】だった。


 だがそんな風にはビクともしなかったプラズは犬歯むき出し、闘志むき出しの声で叫ぶ。


「おいおいエッダ!これは叛逆とみなしていいんじゃねぇか?」


「そうだな……」


 エッダは頷いた。手荒な手段は取りたくなかったのだが、アランフットに従う意思がないのならば仕方がない。


「だが手加減してやれよ」


「はっ!こんなガキは生身でも楽勝よ」


 プラズはアランフットの頭から手を離し、上半身の服を脱ぎ捨てる。露わになった浅黒い肌の上には無数の白い筋が走っていた。それがかつて受けたであろう傷の跡であることを推し量るのに時間はいらなかった。

 傷の一つや二つは男にとって箔が付くものかもしれないが、ここまでの数になると痛々しくて見ていられない。


 エッダは顔を顰めた。プラズが自慢げにその傷を見せびらかすのが気に食わない。

 戦闘には如何に自分は傷つかず相手を華麗に倒せるかが必要だとエッダは考えている。大してプラズはどれだけ傷つこうとも倒れず相手を倒すかを戦闘の美学としている節がある。

 常より対立が多い二人だが、戦闘スタイルも大きく異なるのだ。


 アランフットはプラズが自分の肉体に惚れ惚れとしているその隙に、彼の手が届かない位置まで距離を取った。

 一瞥した限りでは対峙する男に攻撃を与えられるほどの隙は無い。あくまで自然体の構えを崩さないプラズだが、その猛獣に迂闊に近づけば簡単に喉笛を噛み千切られてしまうだろう。


「クソガキっ!」


「うっせー!俺は絶対に着いていかないぞ!!」


「せっかく【制限解除リミッターリリース】したんだ!我に攻撃を当ててみろ!我々に抵抗しても無駄だということをわからせてやる!!」


 生身の身体剥き出しで両手を広げるプラズ。アランフットの攻撃など効きやしないと高を括っているのは明らかだった。アランフットは舌を鳴らした。


「……俺を舐めるなよ」


「七星剣」と小さく唱えると七星剣がアランフットの手の中に現れる。と同時に七星剣は花緑青色の風に包まれていった。


 アランフットこそ「負けるはずがない」と高を括っていた。プラズを、四眷属という存在を甘く見すぎていた。

 そしてまた、自分が国王からその力を認められたただ一人の人間だと勘違いしていた。仮にコレジオの中で、初心者の集まりの中で一番になったかもしれない。だがそれはこの国で一番だということを指してはいない。


 井の中の蛙大海を知らず。まさに今のアランフットは井戸の中の蛙だ。


「うおおおお」


 少しだけ宙に浮くアランフットが雄叫びと共に、一気に距離を詰め剣を振り下ろしてもプラズは動かなかった。剣が迫って来るというのに全く怖気付かず、じっと剣を睨んでいた。


 だがアランフットが七星剣を振り下ろしプラズの頭に当たるすんでのところ。アランフットがプラズに剣を当てることを少し躊躇したその瞬間、プラズはアランフットの視界から消えた。

 すっと火が消え煙だけがその場に残っているかのように、砂埃だけがその場に残りプラズの姿は一瞬の揺らめきの後消えた。


「っえ……」


 余りの速さに思わず声を漏らすアランフット。プラズが移動したのはわかった。だが全くその動きを追うことはできない。

 眼を動かしその姿を探す余裕もなく、すぐにその衝撃によってプラズの居場所を理解した。背後からの手刀がアランフットの首に炸裂した。

 衝撃の強さこそあれ、動き自体は洗練されたもので、アランフットは大した痛みを感じずただ瞼が重たくなっていくのを感じ取っていた。


「ぐっ……」


「まだまだだなクソガキ。大人しく捕まっとけ。……ここでのことは国王には言わないでおいてやるからよ」


 返答することはできない。いつの間にか【制限解除(リミッターリリース)】も解かれ、アランフットは自分の身体を支えることができなくなり地面に倒れ込んだ。


「君が持てよ。僕は手を出していないからな。これでこの子が死んでいたら君のせいだからな」


「わーってるよ!いちいちうっせーんだよお前は!そもそもこの程度で死ぬわけがないだろ!」


「っく……」


 アランフットの視界はだんだんと暗くなり、遂には意識を失った。



 ○○○



 身体の半身には冷たく硬い感触。手首にもまた冷たく硬い感触。

 眼を開けるとアランフットは薄暗い場所にいた。手首には手錠がかかっており身体は横たわっている。


「ここは……」


 アランフットは現状を把握するために目を動かし、自身の置かれている環境に目を向ける。


 三方は石壁、目の前には金属の柵がある。殺風景な場所だ。これを見て歓迎されていると勘違いするほどおめでたい考え方はできない。閉じ込められていることは明らかだ。


 牢獄と言われれば、それ自体を見たことがあるわけではないが、納得できてしまうような場所にアランフットは置かれていた。


「ここがあの地下牢獄か」


 アランフットがそう判断することも難しいことではなかった。


 王城の地下牢はどのような基準でそこに連行されるのか決まってはいない。

 しかし、子供が親から叱られる時「そんなに悪い子だと地下牢に連れていかれるよ!」と脅されるように、懲罰の象徴として国民には認識されている。実際にアランフットもシュナイトの家でラミの父親に怒られるときによく言われていた。国民の多くはその存在を信じていない。皆レトリックだと思っている。


 だがこれは実際に存在した。仮にアランフットが処刑されるとなれば最期にこう言うだろう。「地下牢獄は、実在する!!!」と。


 牢屋に入れられた者は国王の魔力が注ぎ込まれた手錠や足枷をつけられる。アランフットの場合手錠だけで済んでいるが、それでも自由に身動きできないことには変わりない。国内最強と謳われる国王が作った物を自力で破壊できる者は数少ない。


 それに加えて地下牢の出口は王城へ繋がっている。例え地下牢を抜け出せたとしても王城を誰からも見つからずに抜け出すことはできない。易守不落の地下牢獄。ジンヤパ王国創建以来国の存続を揺るがすような大犯罪者を収監してきた牢獄。


 そんな場所に今、アランフットは捕らえられている。


「俺がここにいるってことは、あのおっさん国王にチクったのかよ」


 プラズはアランフットが反抗したことを国王には言わないと言ったが、ここに閉じ込められているということはアランフットがしたことは国王にバレているということに違いない。



「最悪の気分だ……」


 アランフットは痛む頭を抑えながら上半身を起こした。この頭痛は何が原因なのか。

 プラズの手刀がまだ尾を引いているのかもしれない。或いはこの場に連れて来られた時牢の中に放り込まれて頭を打ち付けたのかもしれない。そうなると運んだのはプラズの可能性が高い。この頭痛はプラズが原因の可能性が高すぎる。


「あんにゃろめ」


 アランフットはため息をついた。


 そしてアランフットは両手首を繋ぎ合わせる冷たく黒い道具に目を落した。

 嫌な気配を漂わせるそれにはただただ不快感しか感じないが、どんなに激しく動かしてみても取り外せる兆しは見えなかった。それは国王の力には勝つことができず、支配下から逃れられないことを意味している。


「いつまで俺はここにいりゃぁいいんだ……」


 アランフットは自力では到底地下牢を抜け出すことができないということを悟った。



 コツコツコツコツコツ


 しばらくして、不愉快な音にアランフットの耳元に届き、顔を顰める。複数の足音がだだっ広い地下牢の壁に反響している。誰かがアランフットに近づいているようだ。


 だがその音が聞こえたはいいものの、なかなかアランフットの元へは到着しない。この状態で会いに来るのは国王かもしくはその関係者しかありえない。良くない知らせが届くに決まっている状態で焦らされるというのは存外嫌な気分を味合わせるものだった。


「気分はどうだいアランフット君」


 ようやく足音がアランフットのいる柵の前で止まると、聞いたことのある声が頭上から降りかかる。アランフットは顔を上げない。今ここで顔を上げれば、圧倒的に見下されているこの状況でアランフットの精神は狂い、まともに生きていくことはできなくなってしまうだろう。


「……最悪ですよ」


「まあ無理もない。ここは少し冷えるし、身体の自由もきかないだろう」


「エッダ、無駄話はいい」


 横から入り込んできた久しぶりに聞いた憎たらしい声にアランフットは吐き気を覚える。できれば聞きたくない声だった。声を聞くだけであの日の苦痛が蘇ってしまう。


「失礼しました。アランフット君顔を上げなさい。国王様が直々にいらっしゃったんだぞ」


 その言葉に従う義理は無かった。牢獄に入れられている時点でアランフットは罪人か、それと同等の立場にあるということだ。悪であるアランフットが正義に耳を貸すはずもない。


 アランフットが現状の屈辱に耐えるには頭を垂れ、思い切り歯を食いしばる他ない。


「まあよい」と国王はアランフットに話しかける。


「入学式以来だな、アランフット・クローネ」


「お前……俺をこんなところに閉じ込めさせやがって」


「おいクソガキ!国王様になんて口を……」


「黙れプラズ、わしが話しているのだ」


「す、すんません」


 国王への敬意だけは絶対視しているプラズは語気を強めアランフットににじり寄ろうとするが、国王に怒られ尻尾を巻いて退散する。


 アランフットは眼球だけ動かして柵の外にいる人間を確かめた。

 国王とエッダとプラズ。そして知らない女性が二人。おそらく四眷属の四人と国王が自分を興味本位で見にきているのだろうと判断する。何かの見せ物にでもされているような状況に、アランフットは反吐が出るような気分だ。


 そのような態度を取るアランフットを意にも介さず、国王は話を続ける。


「お前がこのまま外で暮らし続けるとこの世界を、この国を滅ぼしかねないのでな。すまないが拘束させてもらった」


「心にもないことを……」


 国王は薄っぺらい謝罪を口にしたが、その程度の言葉でアランフットが懐柔されることはない。


「つまりだ、お前はもう二度と外の世界で暮らすことはない。それはお前にとって最も苦しいことだろう?」


「当たり前だ」


「そんなお前に一つ提案がある。奴隷としてわしの手足となって働かせてやろう。それならば、来るべき時まではお前を生かしておくと約束しよう。お前の強くなるであろう才能だけは認める。その才能を見込んだ提案だ」


 アランフットは鼻を鳴らす。冗談も大概にして欲しい。


「奴隷?んなもんなるわけないだろ」


「拒めば死ぬまでこの牢獄にいることになる。日の目を見ることは二度とないぞ?」


「お前に使われるのも、こんな所にずっといるのも嫌だ」


 その二択にアランフットが求める道はなかった。ならば従う余地はない。自分の生きる道は自分で決める。その権利すら認められないというのならば、アランフットは最悪の手段を取ることすら厭わないだろう。


「まだ十歳だ。現実をありのままに受け入れることなど不可能だろう。だがお前ならばわかるはずだ。なぜこのような状況になっているのかを。長い人生で理不尽な壁にぶつかること誰にでもある。お前はそれが今だった。それだけの話だ。一週間時間をやろう。それまでにどちらを選ぶか決めておくことだ」


「待て!!」


 そう言って国王が四眷属を引き連れて去ろうとしたところをアランフットは柵に齧り付いて引き留める。

 あまりの勢いに「きゃっ」と女性の一人が悲鳴を上げる。そして汚物を見るような目でアランフットを見下ろすが、今はそんなことには構わない。


 国王はアランフットの正体を知っている。だがアランフットは自分が本当は何者なのかを知らない。今ここで聞かなければ本当に自分が求めている答えは導き出せないのかもしれない。


「……俺は悪魔らしい。その意味をあんたは知ってるのか?」


 国王は目を細めた。


「ほう……。てっきりわしはお前があちらから来た刺客なのだと思っていたが……」


「あちら?俺は生まれも育ちもこの国だぞ……たぶん。父さんも母さんもいないからわからないけど」


「今この『世界』には天使しか存在しない。そこに悪魔がいると『世界』が破滅する」


 国王の話は突拍子もなく、アランフットだけではなく四眷属すら戸惑いの表情を浮かべていた。


「えっ?何の話を……」


「お前がこの世界に存在すると起きてしまう未来の最悪のシナリオだ」


 アランフットはそんな話がしたいわけではない。


「そんなことじゃなくて何で俺が悪魔なのか聞いてんだよ!」


「ではお前は悪魔ではないのか?」


「それは……」


 アランフットは返答に詰まる。否定することだってできたはずだ。だが『影』に出会ったあの日、『影』にお前は悪魔だと言われそれに納得してしまう自分がいた。頭では違うと否定できても身体が、魂が、それを肯定してしまう。

 アランフットが自分では認識できない何かがそれを肯定してしまっていた。


「自分が一番よくわかっているはずだ」


 そう言い残して国王と四眷属はアランフットの視界から消えていった。


「くそっ!」


 アランフットは握りしめた拳で硬い地面を殴りつけた。


 今やアランフットは身体的な自由を失った。国王の奴隷になってしまえばもはやアランフットの身体はアランフットのものと言えない。獄中生活を選び取ったとしても何らかの工作によって短い生涯になってしまうことも考えられる。

 どちらを選んでもアランフットがアランフットとして存在する時間は残り少ない可能性が高いのだろう。


「なんで俺が悪魔なんだ。悪魔じゃなけりゃ俺はみんなと一緒にいて自由に生活できたのかよ……」


 己の口から自然と零れた「自由」という言葉にアランフットははっとする。


「自由ってなんだ……なんで俺はこんなにまで自由を求めてるんだ。どうなったら俺は満足できる……」


 思い返せば今までの人生、確かに狂っていた。辺境の地に追いやられ理不尽な差別を受け、それでもなお平然と楽しく生きていける人間が自分以外にいるのか。孤独という苦しみが、誰にも邪魔されなくて楽しいなどという感情に劣るはずがない。


 アランフットは最初から狂っていた。誰にも縛られない自由さえあれば、呪縛から解放されればそれでいいという思考がアランフットの中に強く根付いていた。


「意味が……わかんねェ……」


 アランフットは己の己にも律することのできない心境に涙を流した。

 何かが、本当にどうしようもない何かが、アランフットの身体を動かそうとするのだ。



 一概に自由と言ってもそれが何を指すのかは曖昧で、その範疇は人それぞれである。ある程度の規律が存在する自由も有れば、完全なる無法地帯のような自由もある。

 誰かが自由を行使すれば誰かが不自由になる。何も気にせず自由を行使できるとすれば、それは完全支配を実行できている組織の長ぐらいかもしれない。


 だが長が全てにおいて自由を行使すれば、部下を不自由にしなければならない。不自由な部下には鬱憤が溜まる。人間だれしも多少の自由を求めるもの。それでもなお、自分の行動を改めずその部下を従わせ続けるとすれば、反対意見も出てくるだろう。そういう者を抑えつけるには圧倒的な力の行使による恐怖支配しか手は無いのかもしれない。


 だからそれは何も頭脳的な支配でなくてもいい。単純に最も強い者が組織を率いれば良い。叛逆する部下は力でねじ伏せれば良い。一人の謀反を見せしめに力で押さえつければ、植え付けられた恐怖によって対抗勢力は出にくくなる。反乱軍のようなものが集団で襲ってこようとも圧倒的な力が有ればそれすらも抑え込める。


 現にジンヤパ王国の支配体制はどうだろう。約千年前から続く王制は国王の圧倒的な力があったから成り立っているものではないのか。

 実際国王は国内最強と言われている。ではその国王を倒したら新たな王として通用するのではないか。


 全ては自由のために。


 誰にも気を使わない、何にも邪魔されない自分だけの楽園のために。


 全ては自分のために。


「あいつのこと……殺すか」


 不敵な笑みを浮かべてアランフットは呟いた。その悪魔的な思考にアランフットは妙に納得してしまった。


「ははははは。なるほど確かに俺は悪魔なのかもしれない。こんな考え方、普通の人間には生まれないのかな」


「いいえ、あなたの思考は恐ろしく人間的ですよ。人間なんて結局最後には自分のことしか考えられないんですから」


 突然思考の邪魔をしてきた声に驚き、咄嗟に顔を上げアランフットは周囲に目を向けた。だが柵の外にも、もちろんのこと内側にもどこにも声を発したような人影はない。


「誰だ!」


 アランフットは姿の見えない人物に向かって叫ぶ。


わたくしの名は……」


「どこにいんだ!」


「……もしかして見えていないのですか?」


「全く見えねェよ!喧嘩売ってんのか!」


 気が立っているアランフットは辺りを見渡しながら怒気を孕んだ声で叫ぶ。


「ふえぇ……この人は何でこんなおっかないんですか。母様(ははさま)は出てこないし……」


「早く姿を見せろ!」


「やれやれ。〈妖精術〉を使うのに自然力はまだ上手く扱えないなんて……ほらこれで見えますよ」


 そよ風が吹き、柵の外に一人の人間のようなものが現れる。人間のようなもの。つまり人間ではない。アランフットはその姿に目を剥いた。

 最初は不気味なものを見てしまったという悪い意味で。


「私の名はソイ。以後お見知り置きを」


 それは獣の、それも狐のような耳と大きな尾を持った銀髪金眼の美少女。怯えた目で尻尾を抱えながらアランフットに話しかける異形そのものだった。

 いい意味でそこにいる生物にアランフットは目を剥いた。


「……妖怪だ」


 アランフットは輝く目でそう呟いた。

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