表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
For freedom―悪魔の力を宿した男―  作者: シロ/クロ
第1章:Provocation To this Kingdom
10/28

第6話:魔法適正調査

感想・ブックマーク等よろしくお願いします。

 プルート襲撃から一夜明け、何事もなく生徒たちはいつも通りコレジオの校舎に集まり、授業を始まるのを待っていた。


「あれってやっぱりエッダさんがやったの?」


「じゃねーのかな。俺は何も覚えてないんだよ」


「不審者はどうなったの?」


「僕もあんまり覚えてなくてね……」


 教室の雑談は昨日の出来事で持ち切りだった。なにせ守護山の一角が破壊されたのだ。神話の時代から存在するものが崩れるなど滅多にあることではない。大人ならばその不幸の前兆のようなものに恐怖するだろうが、子どもたちにはそこに恐怖心ではなく好奇心を感じてしまっていた。

 シュナイトの周りにもラミの周りにも、あろうことかアランフットの周りにも、教室の生徒たちは集まってどうにか話を聞き出そうとしていた。


 だが三人に話せることは無かった。本当に記憶がない。神のなせる業によって行われた記憶改竄に太刀打ちできる人間は存在しないのだから仕方のないことだ。


 結局鐘が鳴り、レースが教室に入って来ると生徒は渋々自席に戻って行った。



「今日はお前たちの《魔法》の属性を調べる授業だ」


 レースは開口一番そう言った。生徒たちからは歓声が上がる。

 コレジオで最も楽しい授業の一つである魔法適正調査。長い人生を共に歩むこととなる《魔法》の属性を自分で発見する授業である。


 この授業がなぜ楽しいと言われるか。それはただただ気楽であるからだ。この後の授業は血反吐を吐くほどの修業が待ち受けているかもしれない。何度心を折られるかわからない。

 だが、今は生徒たちはそんなことは夢にも思わない。輝かしい未来に向けた希望に満ち溢れている。

 無邪気に過ごせる数少ない授業。希望で胸を膨らませ、息を吸って吐けばそれでいいだけの授業。


 故に、魔法適正調査はコレジオの授業の中でも最も楽しい授業として有名なのだ。



「だがその前に《魔法》についてもう少し話さなくてはいけないことがある」


 そう言ってレースは面倒くさいと言わんばかりに短く大きく息を吐いた。バリバリの戦闘派であるレースは煩雑な説明が大嫌いだ。

 ではなぜそのような人物が教師などという役に就いたのか。周囲からの推薦があるはずもない彼女は、自らの志願によって教師となった。その理由は如何に。


「《魔法》を発動する時、基本的には空気中に無限に存在する《浮遊魔力フロート》を各々の属性に変化させる。変化させる感覚はもう身についていると思う。説明は省くぞ。俗に言う《魔法》の強い弱いの基準となるのはこの《浮遊魔力フロート》の使用量で決まる。ちなみに昨日お前らが戦った魔獣。あれは最小限の《浮遊魔力フロート》を使った《魔法》だ。……なんだラミ」


 レースは話の途中で手を高く挙げたラミに目を向けた。


「つまり最小限の《浮遊魔力(フロート)》を使った場合、昨日の魔獣の強さの序列通り、火属性が一番弱くて雷属性が一番強いと言うことでしょうか?」


 痛いところをついてくるな、とレースは苦い顔をした。


「……そうだな。あまりお前たちのやる気を削ぎたくないから言わないようにしようと思ってたんだが、まあいい。

 確かにラミの言った通り、あの怪物の強さが各属性の優劣を示している。だが案ずるな。属性で劣っていたとしても結局《魔法》の強さは《浮遊魔力フロート》の使用量だ。火属性でも《浮遊魔力(フロート)》の使用量が多ければ雷属性にも勝てる。さて、ここで疑問になるのが日頃お前たちが家でも目にしているであろう火が水に消される光景。これはどういうことになる?ラミ、わかるか?」


 《魔法》は説明されたからと言って使えるようになる類のものではない。呼吸をするのと変わらない。使えることが当たり前なのだ。呼吸の仕方をいちいち説明されても訳が分からないだろうし、教えてもらったところで呼吸が上達するわけでもない。《魔法》の説明もそれと同じだ。


 したがってこの話についてくることができるのはラミしかいないとレースは判断し、ラミと対話するように授業を進める。


「単純に考えれば火を消す水の方が構成している《浮遊魔力フロート》の量が多いということだと思います」


「けど……」とラミは語尾を濁した。ラミには引っ掛かることがあった。レースはその高度な思考が垣間見れたことに嬉しそうに笑い、ラミの言葉を促した。


「言ってみろ」


「私の家……というかアルミネ家では井戸の水を、つまり自然に既に存在している水を多く使っています。あれは《魔法》なんでしょうか?どんな《火魔法》でも井戸の水をかければ消えます。とするとあの水はすごい《魔法》なのかも……」


 レースは嬉しそうに頷いた。


「素晴らしいぞラミ。お前の思考力や発想力は一級品だ。誇っていい」


 ラミははにかんだ後、小さく縮こまった。


「「王都」の土地は恵まれている。地下水も豊富で「北宮」から出れば川もある。多くの家庭は自然水を利用しているものと思う。だがその水は《魔法》ではなくただの水だ。理由はわからないが普通に存在している水だ。

 この水に《火魔法》は敵わない。これに理由などない。不可能だと覚えていればいい。火の場合もそうだ。《魔法》を使わないでも火を起こせることを知っているか?その自然の火は生半可な《水魔法》で消すことはできない。もちろんそれなりの《浮遊魔力フロート》を使えば話は別だが。だから家庭で使うような《火魔法》ならば少量の自然水で事足りるというわけだ」



 長々と難しい話をするレースをアランフットは恨めしそうに見ていた。早く《魔法》を使ってみたい。こんな面倒くさい説明を聞きたいわけじゃないのだ。


「……なんだその眼は」


 アランフットの視線に気がついたレースはアランフットを睨みつけた。


「説明が長いよ」


「はあ……まあ待て。まだ重要な説明をしていない」


 まだ説明が続くことに絶望したアランフットは机に突っ伏した。レースはそんなアランフットに構うことなく説明を続ける。


「話の続きだが、自然に存在しているものの方が《魔法》よりも強い。だから《火魔法》を使う者は自然に発生している火を使うと簡単により強力な《魔法》を発動することができる。これは《水魔法》に関しても同じことが言える。自分の戦いに適した場所を探すというのも戦闘において重要になってくる。このことは各々しっかりと覚えていくように。

 しかし《土魔法》と《雷魔法》は少し変わってくる。《土魔法》は《浮遊魔力フロート》から土を作り出すことはできるが効率が悪い。なにせ私たちは日々自然の土の上で生活しているからな。自然発生的な火や水は手に入りにくくとも土はほぼ確実に手に入る。だから《土魔法》を使う者は《浮遊魔力フロート》で土を発生させる修行ではなく、《浮遊魔力フロート》で土を動かす修行を中心に行う。

 最後の《雷魔法》は残念ながらよくわかっていない。圧倒的に使用者の数が少ないからな。だが《雷魔法》を使う者は大抵天才と呼ばれる人間だ。何か具体的な指示がなくとも《魔法》を使いこなしてしまえるだろうからあまり心配しなくていい」


 アランフットだけではなく、他の生徒たちもそろそろレースの長い説明に飽き飽きし始めていた。発動許可が降りればいつでもできる状態なのに、と。焦らされ焦らされ焦らされている状態がむず痒い。

 だがレースの説明はまだ続く。


「さあ最後に最も重要な説明だ。《魔法》を発動させる魔力は《浮遊魔力フロート》の他に実はもう一つある。それが《純魔力テフラ》だ。この《純魔力(テフラ)》は人間の生命の根幹。この《純魔力(テフラ)》が枯渇したとき人間は死ぬ。人間力ともいえる重要な力だ。

 重要なことは、《純魔力(テフラ)》を使った《魔法》は《浮遊魔力(フロート)》を使ったものより遥かに威力が大きいということだ。《純魔力(テフラ)》は日々蓄積されていく。が、だからといって安易に使うのは禁止だ。使う量を誤れば一瞬で死ぬ。だから使うのは本当に最後の最後、死に瀕したときに敵から逃げるためだけに使え。それ以外での使用は許されない、と肝に銘じておくように」


 そうしてレースは大きく息を吐いた。


「これで説明は終わりだ。早速魔法適正を調べていく」


 その言葉を聞き生徒は一斉に席を立ちあがった。



 ○○○



 生徒たちは校舎の横にある大きな広場へと移動した。以前アランフットとシクルが決闘した場所だ。


「席順で一人ずつ前に出て私の前で人差し指に力を込めろ。昨日の授業で触れてない属性がある者はいるか?……いないな。よし、ではシクルは前に」


 昨日の魔獣討伐訓練は生徒が《魔法》の各属性に触れることを目的としていた。一度《魔法》に触れておけば、何となしに自分の中で《魔法》発動の感覚が掴めると同時に、勘の良い者は己の魔法適正に気づく。


 シクルは浮かない顔をして前へ歩み出た。平時の自信に満ち溢れたシクルとは大違いだった。


「シクル君頑張れ〜」


 日頃のシクルなら軽く反応しそうなものだが、今はルーテの声援が耳に入らないほど身体が強張っていた。


「どうしたシクル。お前らしくもない」


 若干の違和感を感じたレースはシクルに声をかけた。何も臆することは無いだろうに、とレースは至極不思議そうだ。


「一族に恥じないような結果を出さなければ……」


 シクルには貴族ならではのプレッシャーがかかっていた。

 個人の技量により《魔法》の格差はなくなる。だが、それでもやはり扱える属性により人に与える印象は変わる。コレジオでの《魔法》発動は貴族の威光を一般人に見せられるかどうかも懸かっている。絶対に失敗はできない。


「何となく自分の属性を自覚しているだろう?」


「はい……」


「ならあとは努力の蓄積だ。属性を気にすることはない。私だって使うのは《水魔法》だが四眷属の候補ぐらいにはなったんだ」


 どんっと胸を叩き私を信じろとレースはシクルを鼓舞する。シクルは黙って頷きその激励に応える。今更うだうだと考えても意味がないことはシクルにもわかっていた。ぶっつけ本番の一発勝負。そこで結果を出せれば良いだけの話だ。


「……よし」


 シクルは目を閉じ深く息を吐いて強張った身体を解す。そして右手の人差し指を顔の前で立てた。意識を集中させ空気中に漂う《浮遊魔力フロート》を指先に集める。


 本来見えないはずの《浮遊魔力フロート》の流れ。だが凄まじい量の《浮遊魔力フロート》がシクルの指先に一気に集中したため、その流れが見えているような錯覚をレースは覚えた。


「こ、これは……」


 この凄さはレースのような熟練者にはわかる。四眷属に今のシクルを見せても、その《浮遊魔力(フロート)》収集能力には目を見張るだろう。

 レースはシクルが見せたあまりの才能に冷や汗を掻くが、静かに見届けようと口を噤んだ。


「はあああ!」


 シクルは《浮遊魔力フロート》を凝縮させ、一気に己の属性の塊へと変化させる。雷のような一瞬の閃光が辺りを包み、その場の者は思わず目を閉じた。


 次に皆が目を開けた時にシクルの指先に現れていたのは大きな土の塊。シクルの魔法適性は《土魔法》だった。


 異常なのはその顕現した塊の大きさ。

 人の顔よりも十回りほど大きな塊だった。大して顔を近づけていなかったレースが身を退け反らせるほどの大きさだ。


「……まあまあだな」


 と言葉を漏らすシクル。感覚的にはもう少し大きく顕現させることができると思っていた。

 そんなことを言いつつも、シクルは満足気な表情を浮かべてた。少なくとも一族の名に泥を塗ることは免れた。

 土の塊を消し、完全には抜き切ることのできていなかった肩の力を抜く。


 レースは「よくやった」とシクルの肩を叩きながら褒めちぎる。


「なかなかやるなシクル。特に《浮遊魔力フロート》を集める才能は私が今まで見てきた生徒の中でもずば抜けている。あとは修行あるのみだな」


「ありがとう……ございます」


 シクルは一般人に応対するようにレースの言葉に反応しそうになったが、しっかりと丁寧語に直して応えた。そしてゆっくりと自席の場所に戻り地面に座る。


 続く生徒たちも続々と魔法適性の調査を終えてゆく。ルーテは《火魔法》、ウマートとユナは《水魔法》の適性を示した。


 そして次に続くのはラミ。


「ラミは前へ」


「はい!」


 レースに名前を呼ばれ、ラミは元気よく返事をして前へ出る。ラミの登場と共にその場の雰囲気はまた一段と緊張感を帯びた。


 昨日の事件の当事者の一人。記憶がないとはいえ、何かしらの関与はあるに違いないと誰もが思っている。

 生徒からの期待値は高い。


 それに加えレースもまた賢いラミにはかなりの期待を寄せていた。


 それらの期待と、それを感じ取ったラミの双方が織りなす緊張感だ。


「属性は分かっているか?」


「たぶん火だと思います。《火魔法》に触れた時、なんだかこう……身体の芯が熱くなった気がします」


「わかっているならいい。やってみろ」


「はい……」


 ラミは大きく深呼吸をして震える身体、はやる心を落ち着かせる。ラミには確かな自信があった。具体的な証拠はないのだが、確実に《火魔法》を使いこなせる自信はあった。


「じゃあやります!」


 ラミは右手の人差し指を立て、《浮遊魔力フロート》の動きに意識を巡らせる。


 ある者は言う。《魔法》を発動する時コツを掴むまでは渦巻きを意識すればやりやすいと。《浮遊魔力(フロート)》の流れを大きな渦巻きとして、その収束点を自分の指先にすれば《浮遊魔力フロート》の流れを感じつつ集中することができる。


 《浮遊魔力フロート》を集めることさえできれば、《魔法》の発動自体は身体に刻み込まれた方法で簡単に成すことができる。


 シクルはそれを尋常ではない規模でやってのけた。だから《魔法》の扱いに長けているレースはその物凄さに驚くことができた。


「ん……」


 だが、ラミは少し違っていた。

 レースはラミが《浮遊魔力(フロート)》を集めているときは何も感じることができなかった。確かに少しずつ《浮遊魔力フロート》は集まっているようだが、渦巻きのような大きな流れを感じない。


 レースはそのラミが見せた技術が残念でならなかった。自分が担当する学年に非常に聡明な少女がいると知った時の喜びは計り知れない。

 レースの要求に応えられる頭脳を持った子供に出会えた。加えて戦闘の素質さえあれば、レースが叶えることの出来なかった「四眷族になる」という夢を叶えてくれるのではないかと考えていた。


 だが《魔法》を扱う才能がないのなら話は別だ。この程度の技術であれば生きていくには何ら問題はないが、四眷属にはとても向かない。

 修行を積み技術を向上させたとしても、天才と凡人の差は埋められない。レースはエッダを追い越すことはおろか、追いつくことさえできなかった。


「残念だ」とレースが言葉を零しそうになったが、レースの感想は全く的外れであった。



「はっ!」


 短い掛け声と共に、ラミは力を込め《浮遊魔力フロート》を《火魔法》へと変化させる。


 シクルの時ですらその規模は予想外の展開だった。まさかこんなことが起ころうと誰が予想できただろうか。


 最初はラミの人差し指の先に一つだけ、それだけでも凡人と比べれば少し大きめの炎が現れた。その結果を見たレースは「なかなかやるじゃないか」とラミに声を掛けようとした。それだけでも十分な結果だったからだ。

 だが、次の瞬間――



 ボボボボボボボボボ



 広場一帯、コレジオの生徒たちが集まっている大きな敷地一帯に、ラミの指先に現れたものと同じ炎の塊が大量に発生した。


「ええっ!!」


 発動した本人ですらこの反応。全く狙ったわけではない。本人が全くの無意識であるのに、まして他の生徒が事前に察知できるはずがなかった。


 生徒たちは一気に阿鼻叫喚の大混乱に陥った。ある者は地面に蹲り、ある者は自らの《魔法》でその炎を掻き消し、ある者は好奇心から触れ火傷し叫んだりと。


「ラミ!!早く消せ!!」


「……やばいやばい」


 レースに怒鳴られてからやや遅れて事の重大性に気が付いたラミは、慌てて自分が発動した《魔法》を消す。

 炎はその場に温めた空気だけを残しふわっと一瞬で姿を消した。幸いなことに大きな怪我をした者はいなかった。



 一般的に《浮遊魔力フロート》は「砂」、《魔法》は「石」に例えられる。「砂」が凝縮して「石」ができるプロセスが《魔法》の属性変換のそれと一致するからだ。

 各属性で同じ規模(威力ではない)の《魔法》を発動する時、《浮遊魔力フロート》を凝縮する量が最も少なくて済む、つまり燃費が良いのが《火魔法》と言われる。


 だからラミが今やって見せたことは理論上無理な話ではないし、実際にできる者もジンヤパ王国内にたくさんいるだろう。

 だが考慮しなければならないのは、発動までの時間、本人の体力の消耗具合、そして何より今初めて《魔法》を放ったということ。


 発動までの時間、つまり《浮遊魔力フロート》を集めていた時間は他の生徒とほぼ同じ。大体指先にはほとんど集まっていない。

 本人は現状に対して困った顔をしてやや青ざめているが、体力の消耗は感じさせない。


 指先に《浮遊魔力フロート》を集めるだけでも初心者には一苦労。それを無意識とはいえ遠隔地に《浮遊魔力フロート》を凝縮させて《魔法》を発動して見せた。これはコレジオでも三回生の授業内容だ。


 意識的でないにせよ、やったこと自体は天才的なものであった。誰が何と言おうとラミが今見せたことは天才と呼ばれるべき人間がやってのける偉業だった。これを見てその評価に首を振る者は自らの愚かさを証明するようなものだ。


 レースはラミに近づき言葉を絞り出した。


「……素晴らしい。少し危険だったが、お前は天才だ。誰もが認める天才だ。これから修業に励んでこの国を牽引していってくれ」


「あ、ありがとうございます」


 レースは素直に称賛した。やはりラミはレースの期待に応えられる存在だったのだと満足気にラミの肩を叩いた。


 だがその褒められたラミは少し浮かない顔をして待機場所へと戻って来た。

 何か思うところがある様子だった。そのラミにアランフットは声を掛けようと喉元まで言葉が出てきたが、やはり言葉するのはやめようと口を噤んだ。

 まだ自分は終えていない。とにかく自分の番が来るまで集中しなくてはと。


 ラミのちょっとしたハプニングの後は特に問題なく適正調査は進んだ。多くの生徒が無難に魔法適正調査を終わらせた。


 残るはシュナイトとアランフットの二人のみとなる。


「次はシュナイトだ」


 レースは名前を呼ばれシュナイトは前へ歩み出る。


「お前は大丈夫か?」


「はい。感覚自体は無いのですが、触れてない属性があるのでおそらくそれかと」


「発動の感覚はわかるか?」


「はい」


 シュナイトは頷き、「あの……」と質問をする。


「《魔法》を出すのは指先じゃないとだめですか?」


「指先が一番やりやすいと思うが、別の場所がいいならそれでも良いぞ。ただしラミのやつはだめだ。危ない」


 ははは、と二人は笑う。


「わかってます。あくまで僕の目の前に。先生は少し離れてください」


「よし、じゃあやってみろ」



 シュナイトは左手を人差し指と中指を立てた状態で静かに宙に掲げた。


 その様子をその場にいる者は固唾を飲んで見守る。


 ラミと同様にシュナイトもあの場にいた。彼にかかる期待もまたそれなりにあった。それにシュナイトはシクルのラワジフ家に続く、二番目の地位を持つアルミネ家の長男。持って然るべき力を持っているはずだと誰もが期待していた。


 シュナイトは掲げたその手をゆっくりと上から下へ移動させ地面につける。片膝を立てしゃがんだ体勢となったシュナイトはそのままゆっくりと立ち上がった。「ふぅ」と一息つくが、しかしまだ何も起こっていない。


 場は奇妙な沈黙に包まれていた。シュナイトが指を地面に着け、誰も何もしない時間が二秒ほど経った。


 やはり一度触れていない属性に触れてからの方がいいのではないか。レースがそう提案しようと口を開きかけたその時――



 バリバリバリバリバリ



 空気を引き裂くような轟音と共に弾ける閃光がシュナイトの指の軌跡を導線として発現した。その属性に冠された名前の通り、まさしく小さな雷だった。

 何かが焦げたような臭いが漂う空気の中、言葉を発する者はいなかった。


 シュナイトの魔法適正は雷だった。使用者が最も少ないこの属性。毎年現れるとは限らない属性だが、今年はシュナイトが選ばれたようだ。


 レースは感動に震えていた。

 これほど多くの才能に溢れる若者たちに自分教えを与えられるのは嬉しいことだ。自分の生徒が自分が叶えられなかった夢を叶えてくれるかもしれない。何としてでも彼らを立派に育てなくてはと覚悟を決めた瞬間でもあった。


「……今年は《雷魔法》が現れたようだな、エッダ」


「なんだ、気づいていたのか」


 物陰から四眷属のエッダが現れ、生徒からは驚きの声が上がる。


「僕も《雷魔法》を使うんだ。シュナイト君、分からないことがあったらいつでも聞いてくれ」


「ありがとうございます!」


 シュナイトは丁寧にお辞儀をしてアランフットの元へ駆け寄って来た。


「凄かったでしょ!」


 頬を上気させてアランフットに感想を求めるシュナイト。


「ああ、凄すぎる」


 アランフットはシュナイトの凄さを認めたうえで――


「だけど、俺の《魔法》もちゃんと見とけよ」


「うん!頑張って!」


 シュナイトの声に背中を押され、アランフットは不安を押し殺し前へ歩み出た。


 アランフットがいつも仲良くしているラミとシュナイトは、恐怖すら感じさせるほどの才能で《魔法》を発動させた。アランフットにかかる期待値も大きい。


 そんな期待にはアランフットはお構いなしだったが、目の前にはエッダがいる。皆からその存在の価値を認められている四眷属に見られているという状況は、案外アランフットを緊張させていた。


「アランフット、お前は大丈夫か?」


「何が?」


 レースの決まった問いかけの意味がアランフットにはわからなかった。


「己の適性を自覚しているか?」


「それがあんまりよく分からなくて」


 本当に理解していない。


「……まあ大丈夫だ。あくまで《魔法》は感覚で出せるものだからな。やればできるだろ。《浮遊魔力フロート》に意識を巡らせて指先に集めろ」


「よし!」


 レースの指示に従いアランフットは右手の人差し指を立て意識を集中する。


「はああああ」



 ○○○



 正直なところ、初めからアランフットには意味がわからなかった。


 《魔法》は感覚だ。《魔法》に触れればコツが掴める。


 そんなことを言われてもアランフットには全く体感できないものだった。

 何もかもが想像上の話で、まるで自分が気が付いて指摘するのを待っているかのように、皆が嘘をついているのだとすれば或いは気が楽だったのかもしれない。だが、話はいたって真剣で、誰もが真実を語っていた。


 たくさん倒した火属性、水属性、土属性の魔獣に触れてみても何も感じなかった。一緒に行動していた三人には内緒で試しに一度戦ってみた雷属性の魔獣でもそれは同じだった。


 だから皆がその何かを掴んでいることが恐ろしく、そしてアランフットをひどく焦らせた。せめて何かが何なのかぐらいは掴みたかったが、手が届くことはなかった。手を伸ばすことすらできなかった。


 今回の授業、各々巧拙はあるが皆《浮遊魔力フロート》を指先に集められている。だがアランフットにはそもそも《浮遊魔力フロート》を感じるという段階から無理難題だった。


 何を言っているのか理解できなかった。もちろん言語的な意味は理解できる。だが身体がそれを理解していない。

 《浮遊魔力フロート》の存在は理解できる。だが体感できない。だからこうなることは最初からわかっていた。


「おい、真面目にやれ」


 《魔法》が発動しないアランフットにレースが掛けた最初の言葉はそれだった。


「はあっ」


 レースの言葉は無視し、もう一度アランフットは知覚できないものに意識を巡らせ、何とか指先に集まるように力を込めた。

 もしかしたら自分が鈍感で、単に感知できていないだけで実は《浮遊魔力(フロート)》は集まってました――なんて状況を少しだけ期待しながら。


 額に汗を浮かべるほどアランフットは集中しているが、何も出てくれないというのが厳しい現実だった。


「ああそうか。まだ触れてない属性があるのか。何に触れてない?」


「全部……触った……」


 レースは困った奴だと言うように肩をすくめ、各属性を扱える者を自分のもとへ呼んだ。


「シクル、ラミ、シュナイト、前に来い。大丈夫もう一度全部の属性に触れればできるようになる」


 レースは駆け寄って来た三人に事情を説明し、三人にもう一度指先に《魔法》を発動させた。ラミだけには厳重に忠告して。


「さあ触れてみろ」


 アランフットはシクルの土を握り潰し、ラミの炎を掻き消し、シュナイトの雷で痺れ、レースの水で手を湿らせた。


 そしてもう一度指先に全神経を集中して《浮遊魔力(フロート)》を集めようとする。先程と何ら変わりない己の中の感覚を叱咤しながら。


 もう声は出さない。気合を入れる意味がない。


 何となく予想はできる。どうせ《魔法》なんか出せやしない。先日あの『影』に言われたばかりではないか。お前は悪魔なんだと。要は他の人間とは違うのだ。


「なぜ出ない。お前はふざけているのか?」


 不測の事態にレースは苛つきを隠せない。《魔法》が出せないなど人間にはありえないことなのだ。


 アランフットが何度試そうと、指先から何かが現れることは無かった。


 ジンヤパ王国では十歳になるまで安全面から子供の《魔法》使用は禁止されている。つまりコレジオに入る前の子供ですら《魔法》を発動させることはできる。扱うことはできなくとも発動させること自体は造作も無いはずなのだ。


 アランフットは何も答えられない。自分は真面目に取り組んだ。全力を出した。その結果がこれだ。ならばもうできることは無かろう。


「……」


「何か言え!」


「……ふざけてないです」


「じゃあなぜ出ない!!」


 なぜ出ないのか。そんなことはアランフットにもわからない。

 出ないのではない。出せないのだ。

 常人はできるのに自分はできない。一般人と自分の違い。アランフットに心当たりは一つしかなかった。


「……俺が……悪魔だからか?」


「アラン……」


 ラミは自嘲気味に笑うアランフットを心配そうに見つめた。今のアランフットは触れるもの全てを傷つけ自分すらも殺してしまうような、そんな危ない雰囲気を纏っていた。

 対してもう一人の親友であるシュナイトはアランフットの発言に顔を曇らせる。


(「アランは自分が悪魔だと思っているのか……」)


 アランフットはシュナイトに天使と悪魔の存在の話はしたが、自分が悪魔であるということは伝えていない。シュナイトはアランフットの発言に違和感を覚えた。


「どうしたアランフット。お前らしくもない」


 シクルはアランフットの肩を揺さぶる。いつもの陽気なアランフットの姿はなくなっていた。その手は勢いよくアランフットに払われる。


「触んな」


「一体どうしたんだ」


「気安く話しかけるな。何でもできる貴族様よ」


 今のアランフットは最悪だった。完全に八つ当たりだ。アランフットには周りの人物が《魔法》が発動できない自分を蔑んでいるようにしか見えていなかったのだ。

 シクルはひどくショックを受けた顔で残念そうに低い声で言い放った。


「……そうか。貴様とは高め合える仲だと思ったんだがな。どうやら貴族と下落民では到底分かり合えないようだな」


「……最初からお前なんて求めてねェよ」


「ではさよならだ。《魔法》も出せない落ちこぼれ下落民君」


 シクルは最後にもう一度アランフットの顔を見てから自分のいた場所へと戻って行った。


「アランフット君は《魔法》が出ないのかい?」


「……はい」


 誰もアランフットにかける言葉が見つからない中、そこへエッダが近づいて来る。エッダはなにやら事情が分かっているようにアランフットに話しかける。


「たまにいるよそういう人。大丈夫!いずれ使えるようになる。しばらくは《浮遊魔力フロート》を探る練習をするといいよ」


「……わかりました」


 うんうんと頷き、エッダはレースの方を向く。


「レースもそれでいいでしょ?」


「ああ……私では手に負えない」


「じゃあシュナイト君とアランフット君の《魔法》の訓練は僕が担当するよ」


「頼んだ」


 話が決まったところでレースは三人に指示を出した。


「さあお前たちは元の場所に戻れ」


 そう促されて三人は黙って戻った。周りから囁かれる悪意ある言葉には全く耳を貸さずに。


「今日はこれで授業を終わりにする!各々両親に自分の《魔法》のことをしっかり報告するように!」


 レースの言葉で唐突に授業は終わりを迎え、生徒たちは初めて《魔法》を扱った興奮の余韻に浸ることなく強引に帰宅を促された。

 才能有りと認められた三人、才能無しと認知されたアランフット。誰一人気持ち良くないまま最高に楽しい授業は終わりを告げた。



 ……………



「ねえねえ母様ははさま、あれは《魔法》が出ないってことでいいのですか?エッダのおっさんは出せるようになるって言ってますけど……」


「あの嘘つきの言うことは信用しなくて良いわ」


「思ったよりも母様落ち着いてますね。喜びで狂ったように笑い転げるかと思っていました」


「私だって抑えているのよ。そうしないとわざわざ隠れている意味がないじゃない。本当は高らかに笑いたいわよ」


「まあこれで条件は揃ったわけですし、気長に待つことができますね」


「そうね。妖精を自ら寄せ付けるほどの自然力。《陽魔法》が使えない。人間力が皆無。そして額に現れた不自然な【制限リミッター】。アランちゃんは確実に悪魔側で決定ね」


「もちろん母様の後継者にするんですよね?」


「まあ後継者と言うよりは弟子に近いわね。私の全てを叩き込む最強の弟子。そして私の理想を叶える最高の男」


「えっ!そしたらわたくしはお役御免ですか?」


「ソイちゃんは本当に馬鹿ね。次はアランちゃんに仕えてしっかりと働くのよ。……そもそもあなたの立場は弟子ではなく奴隷。この『世界』で堂々と生きていける意味を考えなさい」


「ふえぇ……」


「ふふ。彼が私たちの元へ来る時は近いわ」

今回はあまりうまく話しが作れませんでした。精進します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ