久々の二人
視点がアイラから外れます。
少し時間を遡り、アイラとグリセリアが試着で盛り上がって、ノワールがその光景を眺めて楽しんでいた頃、シャロルとアリスはリビングで過ごしていた。
サブエル学院の廊下で初対面して以来、久々の二人である。
本来はメイドをしているシャロルが飲み物等を用意するのだが、グリセリア自作の超露出過激服を受け入れきれなかった事による興奮状態になってしまった事もあり、今回は代わりにアリスが紅茶を入れていた。
「落ち着きましたか?」
「はい…。お気遣いいただきありがとうございます。飲み物まで入れていただいて申し訳ありません…」
「いいえ。あのままでは場の空気が悪くなるように見えましたし、あなた自身も持たなそうだったので。
それにあなたとはもう一度向かい合って話がしたいと思っておりました」
「私とですか?」
「ええ。アストラントでお会いした時は、まともな会話もしませんでしたから」
「そういうことですか」
アリスはシャロルと初対面した時から、シャロルが何者なのか気になっていた。
当時は警備の面から警戒をしていたが、グレイシアに帰国してからも個人的に気になってしょうがなかった。
これはアリスが騎士であるが故の感覚からきているもので、全く隙を見せなかったシャロルを強者と断定し、どれ程の力を秘めているのかをずっと考えていたのだ。
「あなたを初めて見た時、最初はアイラ殿に付いてきた単なるメイドと思っていました。ですがアイラ殿が部屋に入られ再びあなたを見た時、まるで別人かのように思えました。
あなたが暗殺者でもある事を知って、ようやくその変わりように納得がいきましたが」
アリスから見たシャロルは一見すると普通のメイド。しかしアイラがいなくなった瞬間その雰囲気をガラリと変えたシャロルに内心驚いていた。
そしてそれはアリスに興味を惹かせる材料になっていた。
「別人とはちょっと言い過ぎのような…。確かにお嬢様が女王陛下のいる部屋に入られてから雰囲気を切り替えたのは事実です。
私はアイラお嬢様をお支えし、お守りする身。例え相手が女王陛下でありお嬢様のお知り合いだとしても、万が一何かが発生した時に瞬時にお嬢様をお守りしなくてはいけませんから。
場合によってはその相手を殺害しなくてはいけない可能性もあります。そのためには暗殺者としての状態に切り替えなくてはいけなかったので」
シャロルは常にアイラの事を最優先に考えている。アイラに害を及ぼす者、アイラを困らす者に対してはどんな相手だろうと殺す事を躊躇わない。
当時学院の廊下にいた時も、アイラに何か起きた場合に備えて戦闘モードに入っていた。つまりシャロルはアリスの警戒姿勢とは違い、アリスやグリセリアと戦う状態になっていたのである。
しかしそれは今はない。当時はグリセリアやアリスの事をほとんど知らなかったためにそういった状態になっていたのだ。
「しかし今まで状態の切り替えに気付かれる事はあの時まで一度もありませんでした。雰囲気が変わった事に気付き、あのように警戒されたのはアリスさんが初めてです。さすがは女王専属護衛騎士ですね」
「お褒め頂き光栄です。参考までにどのような獲物で戦うのか、お教えいただけますか?」
「良いですよ。これです」
本来暗殺者は人に武器を知られてはいけないのが鉄則だが、現在アリスとは仲間同士となった以上見せないのは失礼と判断したシャロルは、言われるまま武器を見せた。
「これは…、ナイフと糸…、ですか?」
「ナイフは普通のナイフです。糸の方は少し特殊な作りになっています。触れてみてください」
「では、失礼して…。い…っ…!」
特に警戒することなく普通に糸に触れたアリスは、触れた瞬間感じた激痛に慌てて手を引っ込めた。
「このように触れると痛みを伴う糸なのです。原料は普通の糸を特殊な結び方をして、結んでいる部分の隙間に様々な物を入れています。これ以上説明しますと話しているうちに頭が痛くなってきますのでご遠慮ください」
「そ、そうですか…。よくこのような物を開発して戦い方を習得しましたね。独学ですか?」
「いいえ。糸の作り方も使い方も隠密術も暗殺術も全て子供の頃にある方から教わりました。表向きは護身術の習得となっていますが、実際は殺し屋の育成ですね」
「その人物とは一体何者ですか?聞く限り暗殺業を営む者とお見受けしますが」
「申し訳ありませんが今は言う事が出来ません。私の師であるあの方がこの国でどういった扱いになっているのかまだ分かりませんので。なお、アイラお嬢様にも師が何者なのか教えておりません。教えるとしたらまずお嬢様に教えてからですね」
「そうですか。シャロルさんは本当にアイラ殿一筋なのですね」
「子供の頃からお仕えしていますので。アイラお嬢様への忠義は誰にも負けません」
「であれば、私の女王陛下への忠義の強さと勝負ですね」
「それは…、どうやって勝敗を決めるのですか?」
「どうやってって……、どう決めるんでしょうね」
二人は少し笑い合った。そこには初対面の時のような警戒し合う空気は一切なかった。
「ところでシャロル殿は女王陛下が自作された服が受け入れがたいようですが、服の構造が良くないのですか?それともアイラ殿が着る事がダメなのですか?」
「なんと言いますか…、アイラお嬢様が露出の多い服装を好んでらっしゃる事はお嬢様ご自身より聞かされてはいましたが、いざ目の前で見るとちょっと…」
「服の構造と言うより、そういった服を人が身に着けている事に慣れていないということですかね?
念のため申し上げておきますと、グレイシアや他の温暖な地域の国々では下着や水着等と同等の服装で街中を歩いている方々は多いですよ。アストラントは温暖な気候の中でも厚着な方です」
「そうなのですか?それは初耳でした…。そうなると、アイラお嬢様がこれから着るお洋服にも慣れておいた方が良さそうですね…」
「ええ。そうすることをおすすめします」
「きっとお嬢様は私が騒いだ事で気分を害されたはず。後で謝っておかないと…」
「女王陛下もアイラ殿も楽しそうでしたね」
「そうですね。あのお二方を見ていると、他とは確実に違う強い絆を感じます」
「私も同感です。前世の頃の話はある程度聞かされておりましたが、相当仲がよろしかったようですしね」
少しの間沈黙が流れ、アリスが口を開く。
「シャロル殿。女王陛下とアイラ殿が強い絆で結ばれている限り我々は同志です。これからはお互い協力し合いましょう」
「ええ。どうかよろしくお願い致します。アリスさん」
二人はお互いに紅茶の入ったティーカップで乾杯した。




