移動の馬車にて
今回の投稿より第五章開始です。
よろしくお願い致します。
グレイシア王都、フェルゼンへと向かう私達。
私はその間、窓から外の眺めを楽しむ……事は出来なかった。
何故かと言うと、馬車に乗った時からセリアがずっと私に寄り付いたまま離れないからだ。
「ん~、幸せ…」
「はいはい、それはようございましたね」
「なんかアイラ冷たい」
「セリア…、いい加減そろそろ離れて…。暑い…」
「離せば良いじゃん」
「離そうとしてもあんたが姿勢を変えてくっついてくるでしょうが!きりないのよ!」
「だって~。アイラの傍だと居心地良いんだもん」
「そう言いながらさらに密着してくるな!もう!」
「そう言いながらアイラだって受け止めてるじゃん」
「前世の名残よ」
私はセリアに離れろと言いつつも、寄り付いてきた時からずっとその行為を受け止めている。
なんだかんだでセリアの頭を撫でたりしている。
これはわざと受け入れているわけではなく、基本的に無意識だ。
私とセリアは前世でもこんな体勢でいた事が多かったため、完全に癖になっているのだ。
そしてその寄り付いた状態のまま、私とセリアは会話を続けている。
周りの同乗者は、みんなあ然としている。
「あ、そうだ。紹介がまだだったね。彼女は私の護衛騎士のアリスだよ」
セリアは隣にいた鎧姿の女性騎士を紹介する。
そういえば学院でセリアと再会した時、特別応対室の警備をしていたのが彼女だったな。
「グレイシア王国軍女王陛下専属護衛騎士のアリス・ヴァ―ミリオンと申します。よろしくお願い致します」
深々お辞儀する彼女は、前回見た時と変わらぬ姿。ホント、ドレス着せたら綺麗なんだろうけどなぁ。
「あなたとはお久しぶりですね。シャロルさん」
「ええ、お久しぶりです。アリスさん」
「あれ?シャロル、面識あったの?」
「はい。武術大会後でお嬢様が女王陛下と対談されている間、廊下で彼女と話しておりました」
なるほど。その時に面識持ったのか。
「そういえばアリス、対談終わってから言ってたよね?あのメイドは只者じゃないって」
「はい。今も思っています」
「あらあら?私を怪しみますか?私はアイラお嬢様のメイドでしかありませんよ」
セリアの思い付きの話題にアリスが肯定する。シャロルは微笑んで余裕な感じだ。
そういえばシャロルも警戒し合ってたって話してたっけ。
「通常のメイドでは感じない雰囲気をあなたからは感じます。メイド以外の何かがあるでしょう?」
「ねぇ、呼び方はアリス…で良いかしら?」
「はい。アリスで構いません。アイラ殿。なんでしょうか?」
「あなたがシャロルから感じてる感覚、多分シャロルの術のせいだと思うわ」
「術?」
「シャロルは隠密術と暗殺術を持っているの。暗殺者としての顔もあるのよ」
アリスは驚きの顔でシャロルを見る。シャロルはニコニコしている。
「なるほど。そういう事でしたか…」
「念のため申し上げておきますが、私は基本的に主であるアイラお嬢様の命令でしか隠密も暗殺もしません。グレイシアの方々を狙おうなど思っておりませんのでご安心ください」
納得していたアリスに、シャロルが警戒されないよう念を押す。
「メイドで裏じゃ忍びや暗殺が出来るとか超カッコイイじゃん。アイラ、すごい従者持ったね」
「自慢のメイドよ」
セリアの関心に私は誇らしげにする。シャロルはちょっと照れくさそうにしていた。
「そんで、ノワールだっけ?君が唯一完全に初対面だよね?」
「はい、よろしくお願いします。アイラ様との関わりは短い方ですが、絶対の忠義を奉げています」
いや絶対の忠義って。戦国時代の武士じゃないんだから。
「あらよいしょっと」
「ちょっと急になによ!」
「この体勢が一番楽~」
「あんたはまったくもう…」
セリアは再び体制を変え、寄り付きから抱きつきに変わった。
今まで私の横に座っていたセリアだが、今度は私の正面に移り、私に抱きつく形で座っている。
当然私はそれを受け入れ、セリアの腰に手を回してセリアを固定している。
「しかし驚きました。このような陛下の甘えるお姿を見るのは初めてです。普段はいつでも凛としてらっしゃって、誰にでも威圧的で、部下の方々に仕事丸投げしている陛下のお姿しか見ないもので。
アイラ殿を信用されてらっしゃる事が良く分かります」
アリスの感想は良いとして、気になる発言をしたぞ?
「セリアが部下に仕事丸投げってどういう事?」
「はい。女王陛下はですね…」
「わあーーー!言わないで!言っちゃダメー!」
アリスに気になった部分を聞き出そうとした途端、セリアが急に騒ぎだして話を止めた。
私はセリアを強く抱きしめ、彼女の顔面を自分の胸にうずめて身動きと発言を封じた。
「もごもご!もごもごもご!」
「良いわよ。教えて」
「はい。女王陛下はご自身の仕事の補佐をしている者に、日常的に仕事を丸投げして自由行動しているのです。丸投げされた側はかなりの負担を背負っている状況です。たまに宰相閣下にまで仕事を投げている時もあります」
「セ~リ~ア~?」
「ぷへ~。あははは…」
丁寧に教えてくれたアリスの暴露話に私がセリアを胸から解放して睨みつけると、セリアは「やべぇ」みたいな表情をして私から目を逸らしていた。
「あんたまさか仕事サボって私の服作りとかしてたんじゃないでしょうねぇ?」
「いや~、それは~、その~…」
「部下に負担かけてまで、一体何をしていたのかしら~?」
「えっとぉ~、自由な時間が欲しくて~…。イテテテテテ!!分かった!もうしないから!ちゃんと働くからぁ~!」
汗をダラダラ流しながら歯切れの悪い反応をし続けるセリアの首の後ろを私は強く掴んで、そのままギリギリと握力を強くして締め付けた。
セリアは痛がりながら反省してきた。
「王都に着いたら補佐官や宰相にも謝っておかなくちゃね。今後セリアがこういった行為をしたら教えて。私から叱っておくわ」
「ありがとうございます。基本的に陛下に意見を述べる事が出来る者がおりませんので、非常に助かります。アイラ殿に来ていただいて良かったです。皆も喜ぶことでしょう」
「ちょっとアリス。私をまるで悪者扱いする発言だねぇ。それ」
「部下に負担かけてる時点で悪者でしょうが。反省しなさい」
「は~い…」
感謝を述べるアリスに、セリアが不服と言わんばかりに威圧をかける。
しかし私が注意すると、すぐにシュンとした。
「あ、そーだ。着いた時のために少し報告させてもらうよ」
相変わらず私に抱きついたままのセリアが、その体勢のまま報告を行う。
「私とアイラが前世の記憶持ちだって知ってる人なんだけど、アイラ側はシャロルとノワールのみだよね?」
「ええ、そうよ」
「こっちはアリスと補佐のリリアと宰相のオルシズだけだから、そのつもりで」
「解ったわ。二人も良いわね?」
シャロルとノワールも確認すると頷いていた。
てか、補佐と宰相ってセリアの仕事丸投げの被害者じゃん。
「それと、アイラがグレイシアに来て私の側近になる事は、グレイシア国中の人々が知ってるからそのつもりで」
「……はぁ!?側近になる事はなんとなく察しが付いてたから良いけど、国中の人々が知ってるってどういう事よ?」
「女王陛下はアストラント訪問から帰られた直後から、部下たちを強引に説得してアイラ殿を受け入れる体制を整えました。その一環として、貴族から平民全ての国民にアイラ殿の名を伝わせておりました」
セリアの代わりに答えてくれたアリスの説明に、私は一時的に言葉を失う。
「そうした方がアイラも気が楽でしょ?知らない人が突然やってきたって警戒されるよりも」
「そうだけど…。そうなんだけどさ…、私と再会して帰った直後って早すぎない?その時って確か私がまだグレイシア移住を断ってた時だよね?」
「そだね。だから去り際に言ったじゃん。逃がさないからねって」
「あんた…。あの時から企ててたのね…」
喜ぶべきなのか良く分からない。セリアの気遣いも含んではいるんだろうけど。
「これからの色んな説明はその都度で。ほら、もう王都フェルゼンだよ」
セリアに言われて窓を見ると、既に街の中だった。
「高台にあるノーバイン城へと向かうよ。そこがアイラの新しい居場所だよ」
「私の新しい居場所…」
「そだよ。一緒にいようね!アイラ!」
「うん!でも仕事はしてよ?」
「うっ!………へ~い」
新しい居場所と言う言葉が、なんとなく心に沁みる。
私はここで、新しい生活を迎えるのだ。
グレイシア王国という国で、前世の頃からの大切な親友と一緒に、新しい物語の始まりだ。




