神の領域から帰還
しばらくして目を開けると、見慣れた天井があった。
私は横になっているようで、起き上がって周りを見わたすと、普段過ごしている私の部屋の光景があった。どうやら私はベッドで眠っていたらしい。
(あれー?確か私、メリック大聖堂にいたはずだよね?神様と話してる間に、屋敷に運ばれたのかな?)
そんな事を思いながらボーっとしていると、部屋の扉が開いてシャロルが入ってきた。
「あ。シャロル、おはよー」
私は陽気に手を挙げながらシャロルに声をかける。
シャロルは驚いた顔をしたまま固まっていたけど、しばらくして泣きそうな顔をしながら駆け寄ってきた。
「アイラお嬢様!大丈夫ですか!どこか痛い所や違和感のある所はありませんか!?」
「う、うん。別に何ともないけど…」
勢いよくこちらへ迫ってきたシャロルに若干引き気味になりつつ、何もないと言うとシャロルは安堵した表情になった。
「あぁ、良かった…。心配しましたよ」
「ねぇ、私どうなってたの?どうしてここにいるの?」
「ええと…、そうですね…。聖堂でお嬢様が呼ばれたところから説明致しますと…」
そう言いながら、シャロルはコップに水を汲んでくれた。私はもらった水を口にする。身体の中に水が入っていく感覚を感じとると、自分の身体に自分の意識がある事が分かる。
「まず、お嬢様が水晶の前へ行かれた後、私は動かずに待機していました。聖堂内にも特に変わりありませんでした。しかし、しばらくするとお嬢様の前で水晶が強く光り出しました」
「うん、それは覚えてる」
「水晶から発せられた光はどんどん強くなっていって、聖堂全体を包むかのようでした。私はただ事ではないと思い、すぐにお嬢様のもとへ向かおうとしましたが、光に視界を遮られて動けなくなりました」
周囲の人達すら動けなくなるほどの光が全体を包むように光ったってことは、聖堂の外にいた人も目撃してるって事だよね?けっこう大きな騒ぎになったんじゃ…。
「しばらくして光が収まり、お嬢様の方を見ると、お嬢様が水晶の前で倒れてらっしゃいました。呼びかけても反応されず、救護室へお運びした後、しばらくして駆けつけた旦那様の判断で屋敷へ帰りました。そして、お医者様をお呼びするかどうか検討していたところが現在になります」
なるほどね~。やっぱりけっこうな騒ぎだなー。でも、お父様が介入したなら大丈夫かな?
「とにかく、旦那様と奥様を呼んできます。少々お待ちください」
シャロルが部屋を出て行って、私は再び一人になった。
(さて、どういう風に説明しようか…)
両親は私が転生者であることを知らない。なので余計説明が難しい。ましてや、神様に会っていたなどと言えるはずもない。
(覚えてないってことで良いか…)
なんて考えていると、勢いよく扉が開いた。
「アイラ!大丈夫…」
「アイラ!」
両親が慌てた様子で部屋に入ってきて、お父様が駆け寄ってきたんだけど、途中でお母様がお父様を追い抜いて私を強く抱きしめてきた。抜かされたお父様は『あれ?』みたいな微妙な表情をしている。
「アイラ…良かった…。意識のないあなたを見た時は頭の中が真っ白になったけど…、本当に目が覚めてくれて良かった。身体は大丈夫なの?」
「はい、お母様。特に何ともありません。ご心配をおかけしました」
お母様は涙目になっている。だいぶ心配かけたな、こりゃ。
「アイラ、一体何があった?聖堂の関係者もあんな事は始めてだと言っていたぞ」
「えっと、すいませんがお父様、覚えてないんです。水晶が光り出したと思ったら周りが見えなくなって、気が付いたらここにいた、としか…」
とりあえず、覚えてない事にしておく。他には何も思いつかなかった。
「うむ、そうか…。わかった、後の事は私が対応しておく。お前はもう少し休んでいなさい」
「なにか変に感じたら、すぐに誰かを呼ぶのよ」
「はい。お父様、お母様」
難しい顔をしていたお父様だったけど、すぐに納得した様子で休むよう言ってきた。お母様はまだ心配そうな表情。
「シャロル、アイラを頼むぞ」
「お願いね、シャロル」
「はい、畏まりました」
一歩引いて待機していたシャロルに声をかけ、両親は部屋を出て行った。
二人きりになると、シャロルが私を見てにっこり微笑んだ。
「では、お嬢様。本当の事を話してくださいな」
「さすがシャロルね。覚えてないわけないってわかっていたのね」
「伊達に長い間お仕えしているわけではありませんから」
「あはは…。えっとね、私ずっと知らない場所で会話をしていたの」
「会話…ですか?誰と?」
「神と名乗る女性…いや、おそらく本物の神様ね」
「はい?か、神ですか?」
シャロルがポカンとしてる。それもそうか。
私は天神界の事、神様の容姿、会話の内容をシャロルに話した。
「なるほど。つまりお嬢様の前世の記憶が蘇ったのは神様が原因で、お嬢様自身の身体にも人中を超える強い力が宿っている、と」
「まぁ、そういうことね」
「ケガや病気の事に関しては私も少し不自然に思っていましたが、これで謎が解けました。しかしお嬢様、これは大変な事ですよ」
「え?なにが?」
「この先、お嬢様の前世の記憶が完全に蘇り、なおかつ精霊様や神獣様と契約し、お嬢様が力を使いこなした場合…」
「使いこなした場合?」
「お嬢様はこの世界において最強となり、右に出るものはいなくなります。国家征服…いや、この世界そのものの征服も可能となるかと」
確かにシャロルの言う通りなんだけど、世界征服などするつもりは当然微塵もない。そもそも、そんな事をしたら神様が許さないと思う。
「私、普通の生活を送りたいだけなんだけど…」
「とにかく今は、この事を隠す事を重視しましょう。誰かに知られたら精神障害を疑われかねませんから」
「そ、そうね…」
私の話を信じて協力してくれるシャロルの存在は本当に大きい。これから学院生活も始まるわけだし、万が一の対処の仕方も考えないと。
(いずれ、精霊や神獣と出会うのかな…)
シャロルが部屋を出て行った後、私はそんな事を思いながら再び眠りに就くのだった。