後輩との出会い
学院会発足宣言から一週間後。新たに二学年から五人、一学年から15人。合計20人の学院生が学院会入りした。
これで総勢50人の学院生が学院会役員として活動することになった。30人集まれば良い方かと考えていた私にとっては驚きの結果となった。
今回も講堂を借りて会議が行われる。新たに入った学院生達を各部署に振り分け、今回は各部署ごとにミーティングが行われることになっている。
王子殿下は会長として会を総まとめして、存分に腕を振るっている。その横でリィンがうたた寝している。こいつ寝てばっかね。
ホウは何があったか知らないけど、講堂の隅でティナから説教を受けている。また何をやらかしたんだか…。
私に無理やり経理部部長にされたステラもなんだかんだで役員をまとめている。
引っ込み思案なニコルも懸命に前に立って話している。これをシャロルが見たら喜ぶだろうな…。今日帰ったらシャロルに話しておこう。
レイジはかなり張り切って熱意を持って警備部のメンバーを鼓舞していて、警備部のメンバーも盛り上がりを見せている。やる気があるのは結構だけど、ぶっちゃけ暑苦しい。
特殊調査部のノワールだけど、他の部署より遥かにスムーズに話が進んでるみたい。こっそり聞いていてもノワールの説明は解りやすい。あれだけ人との関わりを避けていたノワールが役員達に時より笑顔を見せながら話している。でもどこかクール感もあって、なんだかキャリアウーマンみたい。
みんながそれぞれ頑張っている中、私は前回同様出入口付近の席で傍観中。とは言ってもただ傍観しているわけでなく、ある一人の動きを見ていた。
ショートヘアーの活発そうな感じの女の子。その子はずっとあっちへこっちへとウロウロし続けている。表情も困惑しているような感じの表情。動きからすると、どこに行ったら良いか分からないというところか。
推測するなら、王子殿下が役員を各部署に回した際に一人省かれてしまった。といったところね。このへん王子殿下もまだまだだな。これが国政だったら大変だぞ?
しばらく観察しても動きが変わらなかったので、私は彼女に声をかけてみることにした。
「大丈夫?仲間外れにされちゃった?」
「え?あ、はい…。名前も呼ばれず、どこに行ったら良いか分からなくて…」
「どこの部署に行きたいとか、何かやりたい事とかある?」
「いえ…、ありません…。役員をやってみたい気持ちはあったんですけど、実際来てみたら何が出来るのか分からなくて…」
随分正直に話すなぁこの子。素直で根の良い子なんだろうな~。見た感じ一学年だろうな。二学年では見た事ない。
「あなたは一学年?」
「はい。一学年のマルスにいます」
「名前を教えてくれる?」
「シャルロッテ・ミストルートって言います」
やっぱり一学年か。入学したてでこれじゃあ動けなくなるよね。可哀想に。
「始まってからだいぶ時間が経ってしまってるし、今からどこかの部署に入るのは難しそうね…。解散の時間になったら一緒に会長の所に行きましょう。それまで少し離れて一緒にお話ししない?」
「え?は、はい…」
戸惑いながら返事をするシャルロッテを連れて、私はもとの席へ戻った。シャルロッテも私のとなりに座る。
「そういえば私がまだ名乗ってなかったわね。二学年のマルスにいる、アイラ・リースタインよ。学院会特別顧問をしているわ」
「も、もしかして…、学院会を発案した…!」
「ああ、先生から聞いたのね。そうよ。私が発案したの」
するとシャルロッテは急に表情を明るくさせた。
「去年の武術大会優勝者で、爆弾所持して暴れた人を単独で懲らしめた、頭の良いすごい方だって先生から聞いてました!『才色兼備で武術最強の天才令嬢』って呼ばれてるって!お会いできるなんて嬉しいです!」
止めて~!間違ってはないけど止めて~!めっちゃ恥ずかしい~!
「ま、まぁ、喜んでもらえて何よりだわ…」
私は恥ずかしさのあまり言葉が出てこない。
「あの、この学院会って初めての試みなんですよね?」
「ええ、そうね」
「その、なんて言うか、各部署の輪は出来上がりつつある感じなんですけど、全体を見るとバラつきがある感じなのはしょうがないんですかね?」
いきなり厳しい事言うなぁ、この子は。
「最初の幹部会議から一か月も経ってないしね。みんなまだ手探りなのよ。これから部署同士で少しずつ繋がっていくわよ」
「それって会長の仕事ですよね?」
「そうね?」
「会長、あれで良いのかなって…」
シャルロッテが指差す方には会長である王子殿下がいる。よく見るとティナとホウに挟まれる状態で楽しそうにお話している。リィンは完全に熟睡してるし、とても学院会の事を話しているとは思えない。他のみんなが真面目に部署をまとめている中で、あれはマズイ。
「あれは確かに良くないわね…。後で私が注意しておくわ。教えてくれてありがとう」
王子殿下もティナもホウも、いい加減将来人の上に立つ事を自覚してほしい。既にその自覚はあると思ったけど、私の見当違いだったかな?
例えばこれがもし国政に関わる事だとしたら笑える事ではない。リィンに関してはもう知らない。
「あまり堅い考えもダメですけど、ああいうのもどうかと………はっ!わ、私ったら何言っているんだろ!しかも発案者に向かって!ごごごごごめんなさい!」
堂々と厳しい発言をしていたシャルロッテだったけど、急に言葉を止めたと思ったら顔を青くして謝罪してきた。多分この子は、無意識のうちに思った事を言ってしまうタイプなんだろう。災いを寄せ付けやすいタイプかも。でも正直に話しているんだから悪いことではない。
それよりこの子は指摘している人物がこの国の王子である事を解っているのかしら?解ってて言っているんであればスゴイ。
「フフ、素直に思った事を言えるのは良いことよ。でも言い方や周囲の状況に気を付けてね」
「はい…、すいません…。昔から構わず思った事を口にするのが癖でして…」
珍しい癖だな~。まぁ、ここで過ごすうちに空気読めるようになるでしょ。
ここで時間的に帰らなくてはいけない人がチラホラ出始めたので今日は解散となったのだけど、残れる人達はそのまま各部署ごとで話している。
「シャルロッテはまだ時間平気かしら?場所を変えて話さない?会長もまだ何かやってるみたいだし」
「大丈夫ですよ!ぜひ!」
私はシャルロッテを連れて講堂を出て、学院中心部の庭へと向かった。
「ここの庭は本当、居心地が良いわね~」
「私も同じです。入学してからずっとお気に入りです」
「シャルロッテも?気が合うわね」
庭へと着いた私とシャルロッテは、設置されているベンチに腰掛ける。
この時既に学院生のほとんどが下校しているため、庭には誰もいない。とても静か。
「私の事はシャルで良いですよ。両親や友達からもそう呼ばれているので」
「そう、分かったわ。シャルは寮暮らし?」
「いいえ、学院の近くに住んでます。両親と私の三人暮らしです。平民家庭なのでこれと言った特徴もないですけど。アイラ先輩…じゃなかった、アイラ様は貴族のご令嬢なんですよね?」
「先輩で良いわよ。確かに私はリースタイン子爵家という貴族の家の令嬢よ」
シャルは慌てて訂正したけど、私としては先輩呼ばわりされる方が良い。後輩からそう呼ばれるのが嬉しい。
「でしたらお言葉に甘えて。アイラ先輩って他の貴族の方々と少し違いますよね?」
「と、言うと?」
「私、同級生の貴族学生もそうなんですけど、なんか関わりにくいって言うか…、見えない壁があるって言うか…。
申し訳ないですけど、会長や副会長にもそんな感じがあったんですよね。でもアイラ先輩にはそういうのが無いなって思って…。て、何言ってんでしょうね。私。ごめんなさい」
「フフフ、良いのよ。そう言ってもらえると嬉しいわ」
私はシャルの頭をやさしく撫でる。
シャルの言いたい事も良く分かる。確かにこの世界の貴族には『自分は高位な立場だ!』みたいなオーラを無意識に出している人も少なくない。中にはそういう事を主張する馬鹿もいるけど、ほとんどが自覚がない。
王子殿下は眩しい王族オーラを常に放ってるし、ティナやホウも話せば良い人だけど近寄りがたい雰囲気なのも確か。そんな中で貴族と平民の間の壁を取り除きたいと思っている私としては、接しやすい風に言ってもらえると嬉しい。
悪く言えば貴族らしくないということだけど、私は正直そんなことどうでも良い。
「シャルはどうして学院に入ったの?」
「私、やりたい事がまだ見つからなくて、それを見つけるために入りました。両親の薦めもありましたけど」
親の薦めがあって目標探しというパターンはステラと同じね。おそらく平民の学院生の中ではこの理由で入学する人が一番多い。
「あの、アイラ先輩は普段どんな生活をされているんですか?貴族のお嬢様の生活ってちょっと興味あるんです!」
「う~ん、私の場合ちょっと特殊だからなぁ~」
「特殊?」
「普通の貴族令嬢だとお茶会や夜会を開いたり、優雅にドレス買ったりしてるみたいだけど、私は催しには全くという程参加しないし、ドレスも親のお下がりだし、毎朝身体鍛えるために庭で運動してるし、生活に必要な物は揃ってるから買い物とかしないし。今友人として関わりを持ってる人達だって、学院に入学してからの付き合いよ」
「そうなんですか!?随分違いますね…。でも周りにメイドさんとかはいるんですよね?」
「ええ、いるわよ。私に専属としてずっと仕えてくれてるメイドがいるんだけど、そのメイドの妹が資料管理部部長のニコルよ」
「えっと?アイラ先輩と資料管理部長が同級生で、部長のお姉さんがアイラ先輩の専属メイドって事ですか?」
「そういうこと」
「なんか複雑な関係ですね…。混乱しそうです」
「その専属のメイドが私の身の周りの事を全部やっちゃうから、屋敷に帰ると基本暇なのよねぇ」
「それ、なんだか羨ましいです」
こんな感じでシャルと話し続けている中で、私は頭の中である案を浮かべていた。
「ねぇ、シャル。あなた私の補佐役にならない?」
「補佐…ですか?」
「そう。学院会特別顧問補佐。どう?」
「ええっと…、良いんですか?私が…」
「文句言う奴がいたら私が対応するわよ。良かったら考えておいて」
「わ、分かりました。検討させていただきます」
シャルが補佐になってくれれば私一人よりも各部署の情報を入手しやすい。それに講堂で全体を見渡していたり王子殿下の指摘をした点から見ると、彼女は物事の見る力と分析能力が優れているかもしれない。癖が直れば有能な逸材かも。今更どっかの部署にまわすのは勿体ない。
「こちらにおられましたか。アイラ様」
私とシャルの前に現れたのはノワール。私を見た後にシャルを見ている。
ノワールはシャルに微笑みを見せたけど、シャルは貴族の何たらが見えているのか、少し緊張気味になっている。
「ノワール、各部署の事は終わったの?」
「はい。各部署全て今日は解散となりました。他の皆さんも帰り支度をしています。その際にアイラ様がいない事に気付きまして、幹部の方々がアイラ様を探してらっしゃいます」
ありゃ~。長く離れすぎたか。一声かけておくんだった。
「となりの彼女はいかがされたのです?お二人きりで話されていたようですが」
「うん、この子はね…」
私は現在に至る経緯をざっくり説明した。
「そういう事でしたか。シャルロッテさん、アイラ様は大変お優しい方ではありますが、くれぐれも失礼の無いようにしてくださいね。アイラ様が本気で怒れば…いや、止めておきましょう。アイラ様の言う事をしっかり聞くようにするのですよ」
「は、はい!分かりました!」
ノワールは何か言いかけて止めた。おそらくストーカー行為の時の事を思い出したんだろう。
あの時ノワールはシャロルの殺気に完全に負けていた。その過去がある上に、ノワールは勘が鋭くて頭が良い。多分私がマジギレしたらどうなるか想像がついてるんだろう。
その後講堂に戻っていつものメンバーと合流。シャルが省かれた事を殿下に言うと、殿下は申し訳ないと頭を下げていた。一国の王子が平民に頭を下げる事態にシャルは大慌てしていた。
私の補佐の件はシャル本人が良ければ良いとみんなは言ってくれた。いつの間にか会議に参加していたナナカ先生も承諾してくれた。
返答を催促するのは良くないので、シャルには家でゆっくり考えるように言っておいた。
そして夕日が沈み始める中、みんなと別れてシャロルと合流して下校した。後輩が出来て、私にとっては嬉しい日となった。
なお、シャルが指摘した会長周辺の四人のぐうたらの件は、後日私とシャルが見ていたと真剣に叱ったら真面目に反省していた。今度同じことしたら本気で怒ると言っておいたので、もう大丈夫だろう。




