ハルクリーゼの屋敷
「それでアイラへの要件なんだけど…」
「こんにちは。話は進んでいますか?」
ハルク様が私への話を始めようとしたらオリジン様がやってきた。
「あら、オリジン。ちょうど良かったわ。今ノエルの紹介をし終わって、アイラに例の話をしようとしたところよ」
「そう。なら本当にちょうど良かったわね」
会話し始めるハルク様とオリジン様。普段誰に対しても敬語を使うオリジン様がハルク様にタメ口で話してる。それだけ二人の仲は深いものなのね。
「さてアイラへの話なんだけど、内容を言う前に一つ確認させてちょうだい。アイラ、自分の領地に建てる自分の家はまだ何も決まってないわよね?」
「はい、何も」
「予定地も決まってないと」
「そうですけど」
自分の家となるハミルトン家屋敷に関しては未だ何も決まってない。ノーバイン城に別館があるのと、王都にハミルトン家王都屋敷があることで私自身住む場所に困ってないから、なんだかんだで後回しにしちゃってる。
王都とユートピア領の行き来は私なら短時間で済むし、開拓状況的に屋敷を立てられるような大きな物資を運べる工程に至ってない。私なら異空間収納に全部入れて持ってきちゃえば良い話なんだけどね。
そもそも三つの市それぞれの中心部となる大規模主要都市開発計画の着工はおろか場所すら定まってない状況で、自分の家を優先する気にはなれない。でもいい加減神獣達の住まいは用意しないと…。
それはともかく、何でハルク様が私の屋敷がない事を訊ねてくるんだろ?もしかして何かのツテで屋敷用意してくれるとか?
「実はね、私がまだ人として地上で生きてた頃に住んでた家が、今もそのままの状態で残ってるのよ。それをアイラにあげようと思って」
「それって…、二千年前に建築された家って事ですか?」
「うん。あ、廃墟になってボロボロだからいらないとかじゃないからね?」
いや廃墟云々以前に疑問点が多数ある。ハルク様が生前に住んでいた家というのなら、ハルク様の当時の実績や影響力からしてもそこそこ大きな屋敷だったはず。となると現存しているのであれば、とっくにどこかの国または機関が歴史的建造物として保存していてもおかしくない。
…いや、それ以前にハルク様の存在は今や神話。どこかに屋敷があったとしてもハルク様自体存在してた証拠がないわけだから、屋敷がハルク様の物だったという証拠もない。
廃墟になってないという点だけは、精霊達が何らかの行動をしたと考えれば納得いくけど。
「きっと今頭の中で色々な疑問が渦巻いてると思うから、簡単に説明するわね。
私は当時の世界情勢が落ち着き始めた時を見計らって、自分の家を建てたの。そこにはオリジンや私の仲間だった多くの者達が一緒に住んだわ。私の死後も屋敷はあったのだけれど、時が経って私を直接知る者達もみんないなくなって、引継ぎ手もいなかった事から屋敷には誰もいなくなって空き家状態になったみたいなの。
私が神になった後、屋敷が廃墟のような状態で残ってる事に気が付いて、その時既に精霊女王になってたオリジンに頼んで、精霊達と神獣達に協力してもらって屋敷を引き取ったの。
私が地上に干渉して屋敷を周囲から見えなくさせて、精霊達と神獣達の力で屋敷を空に浮かせてね」
「そんな事してたんですか…。でも神々が地上に干渉するのはダメだったはずじゃあ…」
「あの時は他の神々に土下座して干渉を許可してもらったわ」
「…たまに思うんですけど、ハルク様って神としてのプライドとかないんですか?」
「あの時は私も一緒に土下座しましたねぇ」
「そんな事で想い出に浸らないでください」
この神とっくに地上に干渉してたよ。しかも土下座までして。オリジン様まで一緒だし。
「それからずっと現在に至るまで、屋敷は姿を見せないまま空を浮遊し続けてるわ。一部改修工事もしたし、劣化しないようにしたから、私が住んでた頃のまま今も姿を保ってる。
壊れて崩れていくのが嫌で回収したけど結局ずっと使ってないし、せっかく私の可愛い眷属が街を造ろうとしてるんだし、この際屋敷の所有権をあなたにあげようと思ったの。家は住んでこそだしね」
「なお屋敷は現在ユートピア領上空で停止させています。地上に降ろしてアイラさんが使い始めてくださればそこから開拓も進むと思いますし、一部の神獣の住処も用意できると思うのですが、いかがでしょう?」
う~ん、確かに屋敷を貰えるのならありがたい。でもこれって無償じゃないよね…?
いくら思い入れがあるとしたって、わざわざ神々のルールを破ってまで屋敷を回収するなんて、何か別の事情を持ってるとしか思えない。それを私にあげようって言うんだから、何かを引き継がせようとも思える。
「話はそこそこ理解できました。でもそれって何か条件付きですよね?何だかタダで貰えるとは思えないんですが…」
「いえ?タダよ。勿体ないから使ってもらおうってだけ」
「しかし地上に降ろす場所が限られますね。山岳地帯や傾斜のある地形の場所は推奨しません」
「そうねぇ、可能な限り広い平地が良いわね」
私の疑いにハルク様は即答で無償と回答。オリジン様も何か隠してる様子はない。ホントに何もないっぽい。…多分。
「よ、お疲れさん」
「あれ?ヘーメス?」
ここで突然ヘーメスがやって来た。
「実はヘーメスに屋敷の案内をお願いしてるの。一旦屋敷をアイラに直に見てもらった方が良いと思って」
「というわけだ。そろそろハルクリーゼ様とオリジン様が説明した頃だろうと思ってな」
「そうだったんだ。でも何でヘーメス?」
ヘーメスは交渉術に長けてるけど、交渉と建物の案内は関係性が感じられない。なんでハルク様はヘーメスに案内を依頼したのかしら?私に近しいアテーナ辺りでも務まりそうだけど…。
「此度の件は地上界が絡むため、天神界のみで活動している方々は関わりません。
ハルクは神として、私も精霊女王としての務めがあるため案内に行けません。となると案内が可能な者は地上に降りている天神界の者達のみとなります。その中でヘーメスは最も屋敷に詳しいのです。なのでハルクと話し合い、ヘーメスに案内を依頼する事となりました」
「そうなんですか。なんだか意外」
「ヘーメスったら屋敷の色々な所を頻繁に歩き回ってたものね」
「交渉人は移動以外座ってる事が多かったからね。健康を考えて」
ヘーメスは生前の頃、しょっちゅう屋敷の中をウォーキングしてたって事か。健康面を考えるとかヘーメスも意外と真面目。見た目そんな風には見えないんだけど。
「ちなみに他は?」
セリアが他の天神界メンバーの当時の状況を訊ねた。確かにヘーメスが歩き回ってた間、他の天神界メンバーの生前はどうしてたんだろう?
「ヘルメールは屋敷にはいたんだけど、一日中毎日庭で過ごしてたからほとんど覚えてないと思う。
アプテとヘーパトスは屋敷には住んでなかったし、ジーメンス三姉妹も自分の家持ってた」
「アテーナは?」
「屋敷を造る前の時点で亡くなってるわ」
「あ…」
そういえばアテーナはアルテと相打ちして戦死したんだっけ…。てことは屋敷が私の管理下になって私が住めば、アテーナとアルテにとっても初めての屋敷になるんだ。
「屋敷を見て回るのも時間がかかるでしょうし、そろそろ屋敷へ転移させようと思うんだけど、良いかしら?」
「あ、はい。私は良いですよ」
ハルク様の問いに私は頷く。
「これって私も一緒なの?」
「あなたも見て知っておいた方が、大切な親友が住む場所に安心を持てるものでしょう?」
「それは確かに。ノエルはどうすんの?」
「私はこのまま天神界に残り、明日そちらへ参ります。今すぐ行ってしまっては地上の皆さんが戸惑われてしまうと思いますので」
「事前に構える時間をくれるって事だね。配慮助かる。ま、私の部下になるならそのくらい出来て当然なんだけどね」
「セリア。女王たる者、部下に叱られずとも仕事が出来て当然なのよ?」
「はい…、すいません…」
なんかセリアが最後にえばっててイラッとしたから、私からセリアを咎めといた。
「じゃあ転移させるわね。ヘーメス、後よろしく」
「はいよ。任せときな」
ハルク様はヘーメスに後を託し、私とセリアとヘーメスは屋敷へと転移した。
およそ二千年前に建築され、‘全能なる聖女’が生涯を過ごした屋敷。一体どんな屋敷なのやら。
当時の世界の英雄であり、今や神話として語られ崇められるハルク様の屋敷となると、従来の貴族屋敷とは何か異なるかもしれない。何か特殊機能が備わってるとか、とんでもなく豪華絢爛な装飾が施されてるとか。
……タダで貰えるのはありがたいけど、これって内容によってはリフォーム必要…?




