現状と葛藤するアンゴラ
前半がアイラ視点、後半はアンゴラ視点になります。
アンゴラさんの兵士階級特進の話と、同時に私の専属護衛着任の話は、アンゴラさんが半泣きで嫌がってくるのをキリカとランが完全無視で推し進め、政務室にいる面々に話が運ばれた後、瞬く間に宮殿内に広まった。
アンゴラさんと前世ぶりの再会を果たしたのが午前。そんで今は午後のおやつ時。となるとこのままのペースで話が広まれば、今日の夜から明日の朝、遅くても昼頃にはこの話題が龍帝国内を駆け巡ると思う。
というか決定から話が広まるペースが早すぎんのよ。龍帝国の人達はどんだけの情報網を持ってるわけ?
私は時々龍帝居住区を出て宮殿内を歩いてたんだけど、使用人達も兵士達も役人達もみんな既にアンゴラさんの話題してた。しかもたまたま来たヤマタさんにもランが教えたから、今頃ヤマタさんが発信元になって街中に広まってるんだろうな…。
でもキリカが言うには、長い間不在だった龍帝の専属護衛となり、さらには同じく不在だったエースの座となっている竜大将に就任するというのは龍帝国の人々にとってとんでもないビッグニュースなんだそう。だから広まるスピードが早いのも当然なんだそうな。まぁ、名誉な事だろうし、悪い噂じゃないから問題はないかな。
ちなみに私は今、龍帝居住区内でルルが出してくれたお菓子をつまんでティータイムなう。そして私の向かい側でアンゴラさんもティータイムなう。
……と言いたいところなんだけど、アンゴラさんはお菓子を口に運ぶことなく頭を下げたまま沈んでる。そこまで現状が受け入れられないんだ…。
「アンゴラさん?お菓子食べないんですか?」
「…食欲ない」
「え~?せっかくルルが出してくれたお菓子ですよ?甘くて美味しいですよ~。悩むということは頭を使うんですから、糖分取りませんと」
「誰のせいで悩んでると思ってるんだ!だ・れ・の!嫌がる本人を無視して話進めるなんて酷過ぎだぞ!」
「それはキリカとランに言ってくださいよ。それに新しい龍帝国のエースが誕生なんて良い事じゃないですか。お祝いですよ~」
「良くない!というか龍帝ならキリカ補佐官とラン首相の動きを止められたろう!?何で何もしてくれなかったんだよ!」
「いや、別に私反対じゃなかったし。むしろ賛成でしたし」
「……」
怒った後に再び落ち込むアンゴラさん。さっきからこの繰り返し。
「アンゴラさん。突然重責が圧し掛かる気持ちは解ります。私も事前に分かっていたとはいえこの龍帝という座とグレイシアでの侯爵で領地を持つという事には重みを感じています。それこそ以前にこの国が傾きかけて私が立て直しを図った時は、相応の覚悟が必要でしたし、失敗への恐怖もありました。
今首相をやってるランだって、遊びまくる生活をして仕事経験がない状態から一国の政治のトップに就任しました。使命した私が言うのも変かもしれませんが、あの子が感じてる重責は半端じゃないものだと思います。元々は普通の役人で、現在は首相補佐をしているニースさんも同様なはずです。
アンゴラさんだって受け入れられないからってそこまで嫌がる人ではないはずです。だから分からないんです。アンゴラさん、今一体何を受け止めきれてないんですか?」
私は真面目にアンゴラさんに問いかけた。
グレイシアで侯爵として広大な領地を賜り、龍帝として竜族に信仰される立場となっている私。
不良として生活していたところを突然死にかけ、その後さらに突然首相となったラン。
普通の役人業務から首相補佐官へと一気に登り詰めたニースさん。
他にも幾人もの人が重たい責任を感じながらも、その重みに潰されないよう必死に頑張ってくれてる。私が知ってるアンゴラさん、優先輩は、例え嫌な事でも受け入れて進む事が出来る人だった。それは今も変わらないはずなのに。
だから分からない。アンゴラさんが今、何を受け入れきれずに悩んでいるのか。
「…立場的な事なら、君やラン首相と関わった以上仕方がないと思う。前の大会で準優勝という成績も残してしまったしな。だがそれが同時に悩みになっているんだよ」
「どういうことです?」
「私は大会で不特定多数の者達に自分がそれなりに戦える人だと思わせてしまった。それは騎士としては当然の成果だろうし、普段から鍛えていたから納得の行く結果だ。
でも竜大将となると話が変わる。竜大将は軍の中でも最強でないといけない。つまり私はこの先一戦たりとも負ける事が許されなくなってしまったということだ。
百人力…いや、一騎当千の猛者であり、軍略を練られる軍師のような知略を持ち合わせた、いわゆる文武両道な人物でなければならない。そんな力、私なんかが持てるわけ…」
肩をがっくり落として俯くアンゴラさん。なるほどね。アンゴラさんは立場的に人徳と実力において竜族最強でないといけないって考えてるわけか。
「アンゴラさん。何のために私がいると思ってるんですか?」
「え?」
「私は龍帝です。龍帝国の政治に直接関わらないといえど絶対的権力は保持しています。その龍帝たる私が政治のトップである首相にあなたを新たな立場に立たせる事を許可したんです。それは同時に私がアンゴラさんのこれからの生活と立場のほぼ全ての責任を持つという事を意味します。
今のアンゴラさんは完全に自分一人と考えています。周りにこうして仲間がいるのに。前世であなたの後輩で、今世であなたが就く立場よりも権力を持つ私が目の前にいるのに」
アンゴラさんはこの先の事を自分一人という前提で考えてしまっている。それじゃあいくら悩んだところで解決はしないし、重圧に潰されて終わるだけ。
この人が軍のナンバー3に立つ事を許可したのは私。だから私には任命責任と、これから守ってもらう側として彼女の生活や将来を保証する義務がある。彼女の責任は私の責任。だからこそ今のアンゴラさんの沈みようは意味のない事。
今私に仕えてくれてる他の面々だってそう。シャロルだってジーナだってルルだって、天神界から降りて来たアテーナやアルテだって、仲間として、部下として、私が全責任を持ってみんなの生活を保障していかなければならない。私がグレイシアに来て以降ずっと私とノワールの生活を保障し続けてくれてるセリアのようにね。
「それに戦闘力を気にするんでしたら、尚更私の護衛として動きましょう。私で良ければ模擬戦の相手になりますし、私の周囲にいる人達もメッチャ強いですから鍛えられますよ。
精霊達や神獣達や神の使い達と交流すれば知識的な事とか人徳的な事とか聞けるかもしれませんよ?」
そもそもアンゴラさんはランと互角で戦ったみたいだし、平均的に戦闘力はあるんだろうけど。
日々鍛錬し続けてるアリスとか、半精霊のノワールとか、無茶苦茶な鍛錬されられたジーナとかが相手になれば、アンゴラさんもかなりの強者になれるはず。今もきっとアンが懸命に修行してるんだろうなぁ…。
「とにかく悩んだって仕方ない事です。私だっていつも重圧でお腹痛い時あるんですから、アンゴラさんもそろそろ腹括ってください」
「君も重圧に負けてるじゃないか…」
「お腹が痛くなるだけです。今のアンゴラさんみたいにがっくししてません」
「がっくししてて悪かったな…」
むぅ…とした表情を浮かべるアンゴラさん。良かった、さっきより感情が戻ってきてる。
「そういえばアンゴラさんって今実家住まいですか?」
「実家だよ」
「急で申し訳ないんですけど、生活拠点をご実家から移していただけますか?そのための休暇は用意しますんで」
「家を出ろと?それでどこに移れと?」
「そりゃあここですよ。私の護衛になるんですから、私の傍にいてもらわないと。ね?ルル」
「はい。龍帝居住区出入口傍にちょうど現在使用されていない空き部屋がございます。一人暮らしが可能であろう程度の広さはありますので、そこをアンゴラさんの住まいとしてご用意致します。先程ラン首相閣下からチェンハ業務長へ指示が飛びまして、現在複数の使用人で部屋の徹底的な掃除に取り掛かっております」
私が視線を向けたのを合図につらつらと説明し始めたルル。でも私は部屋を掃除しとけとは言ってない。多分ランの独断でチェンハ業務長に依頼したんだろうけど、掃除早すぎない?アンゴラさんが引っ越す前にまた埃たまるよ?
「ということらしいですよ?アンゴラ竜大将?」
「…ニヤニヤしながら階級で呼ばないでくれるか?」
「別にニヤニヤしてないですよぉ~。それに今後は階級で呼ばれる事もあるでしょうから、今からでも慣れていただかないと」
「とか言いつつ絶対楽しんでるな…?」
ニヤニヤな私をジト目で見るアンゴラさん。別に悪い方向に進む話じゃないんだし、周囲からも祝福されるんだから良いじゃん。ホント嫌がり過ぎじゃない?
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ラン首相に突然呼ばれ、春華と前世ぶりの再会を果たした日の夜。私は仕事を終えて家に帰った後、自分の部屋に籠っていた。
私を呼び出した人物がラン首相ではなく、龍帝である可能性は途中から感じ始めていた。だからそれまではまだ心構えは出来たけど、そこから先は予想も出来ず理解も付かない事ばかり起き続けてもうクタクタだ。龍帝居住区から仕事場へ戻った後もまともに仕事に集中できなかった。
以前見た美女が登場した不思議な夢。まさか神が本当に存在していて、夢の中に現れた美女が神だったとは…。そしてまさか前世の頃の高校の後輩とこの世界で再会できるなんて、それこそ思ってもいなかった。
前世の頃、一つ下の学年に在籍していた後輩、春華。かなりの多くの者達とパイプを持っていたコミュニケーション能力抜群の可愛らしかった子。
不慮の事故で亡くなってしまったあの子がまさかこの世界に転生していて、しかも神の眷属とかいう特殊性大ありな存在でいるなんて、いつそんな想像ができるだろうか?さらには龍帝として君臨している…。
しかしこれで一つ納得が行った事がある。功績や役人としての職務経験が一切なかったラン首相を首相に任命した事だ。
春華はコミュ力以外に人を見る目にとても優れていた。前世の頃、彼女のおかげで物事が成功したという声をいくつか聞いた事があったな。
話によると春…今はアイラか。彼女と同様に神の眷属としてグレイシアに宮本神楽さんがあるとか。宮本さんといえば前世の頃のいつ頃からか、アイラの腕にしがみつきながら周囲へ警戒剥き出しにしていた子だったな。お騒がせ者として有名だったはずだが。私はほとんど関わりなかったけど。
…とにかく今は自分の事を考えなければ…。ずっと下級兵士として生きて行くつもりだったし、いずれ引退したら若手指導とかも良いかなと思っていたところに、突然竜大将任命…。軍の実質ナンバー3…。しかも龍帝であるアイラの専属護衛…。ああ…、私が思い描いていた生活はどこへ…。
ドラゴ宮殿内には思った通りの早さで今回の話が伝わっていたし、私が自宅に帰った頃には近所に住む同僚や巡回中だった兵士達が私の話を広めてしまっていた。おかげで私が帰るやいなや両親は泣いて喜んできて、ご近所さんまで集まってくる始末。もう疲労が蓄積され過ぎて身体も精神もヘトヘトだ。
しかしラン首相やキリカ補佐官のあの状況理解力と連携能力は何なのだろうか?アイラの言う事に簡単に即時対応して見せるとは…。
…それにしても、転生に神に神龍に精霊に神獣か…。前世なら空想や妄想と一蹴されるような事がこの世界なら本当にある事なのだから不思議だ。そもそも私自身が人の姿から竜の姿になれる事自体、前世ではありえなかった事なのだから。
だから今日聞かされた神の話も疑問には思わなかった。冗談半分で神龍の存在を疑っては見たけど。
前世のような高度なコンピューター技術がない世界。その分魔法が存在する世界。だからこそこの世界はあらゆる可能性に溢れている。
この先、私はきっとアイラの下でもっとたくさんの経験を重ねて、あらゆる可能性を見るだろう。本来ならあり得ないと断言してしまう事ですら…。
思えばアイラを最初に見た時に感じ取った彼女の雰囲気は、他の者達とは明らかに違かった。見た目は美人でスタイルの良いきれいな子なのに。
状況が状況だったために触れる事はなかったが、おそらく神との繋がりであのような雰囲気になっているんだろう。そしてそれがきっと、周囲を従わせる能力の一つになっている。
龍帝居住区にいたアイラの側近やお付き達は、みんな充実しているように見えた。やっぱりあの子は人を上手く使う事が出来ている。さすがだと思うし、尊敬する。
私もあの輪の中に入れるのかな…。……いや、入るのか…。
とにかくこれからの立ち振る舞い方を考えて、後は実家を出て宮殿に引っ越す準備と…。……お腹痛いなぁ…。




