ランからの相談
チェンハ業務長のお願いをシャロルが承諾した後、チェンハ業務長は仕事に戻らないといけないということで退室。直後に入れ違いでランがやって来た。
「あら?ラン一人?他に同行してる人はいないの?」
「えぇ、一人です。他のみんなはまだ書類仕事が残ってまして。アイラ様への報告や相談は私が代表して行くだけでも十分なので…」
「それ大丈夫なの?他のみんながそんなに仕事残ってんなら、ランだってまだ仕事あるんじゃ…」
「ダーナさんに代わりをお願いしましたので大丈夫です」
「ホントに大丈夫!?」
ダーナは根は真面目だけど、なんかどこかでふざけそうな気が…。
そもそも宮殿の中とはいえ一国の首相が護衛も無しに一人で歩き回って良いの?
「じゃあさっそく内容良いですか?」
「どっから『じゃあ』が出てきたのか分かんないけど良いわよ」
「良いのですか…」
話を本題へと進めるランにツッコミを入れつつも受け入れる私。戸惑ってるのはキリカ。
「えーっと、まずこちらがアイラ様が龍帝として署名していただく書類ですね。署名さえしていただければ完了です。内容は現状の法律等の決まり事に関する継続許可のような事ばかりですので、特に難しい事ではないかと」
ランが出してきた書類は10枚もなかった。もっと山積みの書類を覚悟してたからホッとした。
「次に、アイラ様とキリお姉ちゃんが龍帝国を出た後の事を報告します」
私とキリカが龍帝国を出た後の事。つまりグレイシアへ戻って、今日再びここに来るまでの事か。
「キリお姉ちゃんとは?」
「ラン首相閣下はキリカ補佐官の事をそう呼ぶんです。なんでも首相閣下とキリカ補佐官は幼い頃から姉妹のような関係だそうで…。
首相閣下は公衆の面前であれば『龍帝陛下』と『キリカ補佐』という呼び方をしますが、現在のように馴染みある方々だけになると『アイラ様』と『キリお姉ちゃん』に変わるんです」
なんかシャロルとルルが小声でぼそぼそ話してる。多分ルルが何か説明してるんだろうけど、あんまよく聞こえないや。
「前政権の中心であり、私の殺害計画および国家独裁を企てておりましたコアトルおよびその一味ですが、アイラ様とキリお姉ちゃんが龍帝国を出た後間もなくして処刑しました」
「そう…。じゃあもうコアトルはいないのね?」
「うん、キリお姉ちゃん。今はもう地獄じゃないかな?」
ランの話を聞いてキリカはなんだかホッとした様子を見せた。きっとコアトルが処刑されて安心したんだろうけど、それを表に出して喜ぶのは不謹慎だから何も言わないのね。
「ちなみに処刑方法ですが、広場に簡易の処刑台を建て、龍帝国民の前で公開処刑を行いました」
うわぁ…。じゃあコアトル一味は公衆の面前で首を斬られたんだ…。
「処刑執行後、遺体は焼き切った後に海に沈めました。墓もありません」
しかも海の藻屑か…。いくら内容が内容とはいえ中々残酷…。
「まぁ、コアトル本人に限っては自分が生きているのか死んでいるのかすら分からなかったと思いますが」
「どゆこと?」
「コアトルはアイラ様とキリお姉ちゃんが国を出た後も毎日のように牢屋で暴力や拷問を受けていました。多くの者から怒り恨みを買っていましたから、当然の結果だと思いますが。
その結果コアトルの身体はボロボロでして、アイラ様が元々重傷にしていた事もあり、私が見た時は吐き気がしたくらい酷い状態でしたよ」
吐き気がするほど酷い状態…。皮膚が剥がれてたりとか、骨が粉砕骨折してて身体のどっかがありえない方向に曲がってたりとか?あぁ…、考えるだけで痛い…。
「処刑を行う少し前、医師がコアトルを診たそうなのですが、その時点で既に視覚と聴覚と声帯は機能していない状態だったそうです。おそらく身体の感覚も麻痺していたでしょうね」
なるほどね。既に五感が機能していない状態だったから、自分の生死が分からない状態だったろうってわけね。
「ちなみに私は直接処刑を見ていないのですが、コアトルの首に剣を振り下ろしたのはラン様だそうですよ」
「「え!?」」
ルルの説明に私とキリカは揃って驚く。
「僭越ながら私がコアトルの処刑執行役を務めました。今までの報復と、これからの決意を込めて」
「そう…。それは驚きだわ」
「ラン、あなた…。中々大胆な事をするわね」
「えへへ~」
「「褒めてないよ!?」」
私とキリカの戸惑いの発言に何故か照れるラン。私とキリカは同時にツッコんでしまった。
「以降は新政府体制も軌道に乗り始めまして、国全体の動きも落ち着いてきました。なのでそろそろアイラ様を盛大に歓迎し直す計画を立てようかと思った矢先、一部の国民からある要望が持ち上がりました」
なんか私を盛大に歓迎し直すとか聞こえたんですけど。歓迎しなくていい。メッチャいらない。やらなくて良い。恥ずかしい。超やめて。要望上げてくれた人ナイス。
「その上がってきた要望が、実はアイラ様への相談事になります。どうしても解決できなくて…」
おっと、それが今の問題なのね。果たしてどんな内容なのやら。
「実はこの国の島には、ここから山を挟んで向こう側に…」
「パンゲアっていう旧都市があるんでしょ?キリカから聞いたわ」
「既にご存知でしたか。でしたら話が早いです。実は国民の高齢層を中心に、パンゲア復活を望む声が上がっていまして…」
「パンゲア復活ですって?」
ランの話に反応したのは私じゃなくてキリカ。
「視察や調査程度ならともかく、あんな巨獣の巣窟になっている土地にどうしてわざわざ都市機能を戻さないといけないのよ。私は反対だわ。せっかく安定してきた龍帝国の生活が揺らぎかねない」
キリカは真っ向反対姿勢。確か巨獣による損害が大きいから移住したんだっけ。そんで今になって高齢層がそっちへ戻りたいと。確か高齢の竜族はパンゲアに住んでた記憶があるのよね?故郷が恋しくなったってことかな…。
「キリお姉ちゃんの言う通り、この要望を受け入れようものなら巨獣対策に巨額の投資と大量の人員をかけないといけない。現実的じゃないし、この件には若年層を中心に反対意見が上がってる。
陛下に話を戻しますが、現在の状況としましてはパンゲア復活を望む高齢層と、それに反対する若年層とで対立が発生しております。何とかお父さん…、ヤマタ族長が間に入って抑えていますが、一触即発の状況が続いております。
政府としましても今回の件には難色を示しておりまして、だからといって拒否してしまえば高齢層が怒って暴走しかねません。万が一そうなってしまった場合、軍を動員させて力で抑えてしまって良いのかどうか…」
「それで丸く収められる良い案がないかと私に聞きたいわけね」
「はい。コアトルの悪事を懲らしめ、自ら実権を握って新政府体制を作り上げ、国を安定させた実績をお持ちの龍帝陛下であれば、国民もきっと耳を傾けて聞いてくれる事と思います」
今わざと龍帝陛下って言ったでしょ?絶対ヨイショしたわよね?
「ご負担をかけてしまう事は承知の上ではありますが、どうかお力をお貸しいただけませんでしょうか?お願いします」
「うん、良いよ」
「え!?即答!?」
ランのお願いに対して、私はランが頭を下げようとする前にオッケーを出した。ランはビックリしてる。
「ラン。龍帝陛下にとってこの件はおそらく好都合なのよ。陛下は私がパンゲアの話をしてから、行きたいっておっしゃってたから…」
「あ、そうなんだ…」
キリカはランに私が好都合であると説明した。けどなんでキリカは若干呆れ顔なの?
「お嬢様、今絶対ウキウキしていますよね?」
「エー?ソンナコトナイヨー?」
「表情に出てますよ」
「あははは…」
シャロルが細目で見てきたから誤魔化したけど、やっぱシャロル相手じゃ誤魔化せない…。私がウキウキ気分でいる事をアッサリ見抜いてしまった。
ルルはそんな私とシャロルを見て、なんでか苦笑いを浮かべていた。




