アングリアを別館へ
城へと戻った私達は一旦客室へ赴き、アンを待機させた。
アンを怪しんでいた兵士達や目撃者へは私から「彼女は知り合いで私に用事があって来てたみたい」と説明して納得させた。
念のためアルテとシャロルをアンと一緒に客室に残して、私はアテーナと一緒にセリアが仕事してる政務室へ向かったんだけど…。
「そう何度も同じ手に引っかかると思わないでくださいよ~!子供じゃないんですからぁ~!」
「お戻りください~!アイラ殿に怒られますよぉ~!」
「い~や~だ~!私は自分の好きな事するんだぁ~!このまま戻されてたまるかぁ~!」
政務室のドアがある真ん前。そこではセリアが仕事から逃げようとして、それをリリアちゃんとアリスが必死に食い止めている最中だった。
セリアを政務室へ力づくで戻そうと、セリアの上半身に背中からしがみつくアリスと、セリアの前から下半身へしがみつくリリアちゃん。そして二人に負けじと前方へ無理やり進もうとするセリア。
「……」
「あはは…。グリセリア様も懲りないですねぇ」
細い目で状況を見つめる私。隣にいたアテーナは苦笑いしてた。
アンの事を伝えに来たつもりだったけど、こりゃそれ以前の内容を言わないといけないようね。
「セ~リ~ア~?」
「げ…。アイラ…」
私の存在に気付いたセリアは急速に顔色が悪くなっていく。私は怒りの表情で指をパキパキ鳴らしながらセリアに近づく。
「再三説教してもまだ懲りないのねぇ?あんたは。これはもっとお灸を据えないとダメかしらぁ?」
「ア、アイラ…。あの…、その…」
「リリアちゃん、アリス。セリアを止めてくれてありがとね。後は私が対処するから、少し休憩してて良いわよ」
「ありがとうございます。もう徹底的にお仕置きお願いします!」
「少し休憩をいただきます」
私に震えるセリアを気にもせず、リリアちゃんとアリスは政務室へ戻って行った。
「ここじゃ他の目もあるし、政務室でお話しましょうか?戻ってちょうだい」
「あー…、えっとですね…」
「戻れ」
「はいぃ!すいません!」
私の一言で慌てて政務室へ入るセリア。私とアテーナも続いて政務室へ入った。
その後私はセリアにゲンコツを食らわせ、しばらくの間説教した。リリアちゃんとアリスとアテーナは私がセリアに説教する光景を眺めてたけど、オルシズさんは関係ないと言わんばかりに黙々と仕事してた。もういつもの事と思っちゃってるらしい。一国の女王が仕事サボる事がいつもの事なのはだいぶ問題だと思うんだけど…。
説教を終わらせた後は政務室へ来た目的だったアンの事を話して、別館への入館許可を貰った。別に私の独自判断でも問題ない事にはなってるんだけど、一応念のためね。
客室に待機させてた三人と合流した後はそのまま別館へ直行。アンを別館へと案内した。
別館のリビングに着いた後は、別館で留守をしてたジーナと爺や、オルトロスやザッハーク、カラス丸とファルコを紹介。夕方にはセリアが戻って来たんだけど、アンに興味を持ってたのか、セリアと一緒にオルシズさんとリリアちゃんとアリスの女王側近三人組もやって来た。そして続くように何故かノワールまで来た。
「私の場合は久しぶりになるのかな?ぶっちゃけ前世じゃほとんど関わりなかったけど」
「僅かにですがお話はした事ありますし、クラスメイトだったのですから久しぶりで間違いないと思います。改めましてお久しぶりです。宮本さん。今はグリセリア女王陛下、ですか」
「親しい人はセリアって呼ぶよ。改めてよろしく」
セリアとアンは久々の再会というかたちで挨拶し合った。セリアもアンも前世じゃ全然友達いなかったのよねぇ…。
「あの、今後もこんな感じでアイラさんや女王陛下の前世の頃のお知り合いが増えていくんですかね?」
「まぁ、そうだろうとは思うけど。なんで?」
「いや…、お二人の知り合いってなると、もっとド派手な登場の仕方をするのかなって思っていましたので…」
「どういう想像してんの…?」
もっと派手な登場があると思っていた様子のリリアちゃん。セリアは呆れ気味にツッコんでる。そもそも派手な登場ってなに?何かの爆発とともに登場とか?
「で?アングリアはアイラの配下になるの?何となくそうなるだろうとは思ってるけど」
「はい。アイラ様にお仕えする所存でございます」
「ふ~ん。アイラもオッケーなんだね?」
「うん、まぁ、これからみっちり修行させるつもりだけど」
「え?修行ですか?」
セリアの確認に対して私が発した「修行」という言葉にアンが反応した。
「そう、修行よ。あんた城に戻る時、私達の速さに追い付くだけで精一杯だったでしょ?私がとっ捕まえた時だって私以外の人の気配に気付けてなかった」
「はい…。城へ向かう時の速さはあれが私の全速力なので…。皆さんすごいなとは思っていました。気配を感じれなかったのも確かで、現れた時は驚きましたが…」
「動きに関してはあのくらいの速さを普通にしてもらわないと私の傍で活動はできないわよ?気配だってあれに気付けないんじゃ魔物に簡単に殺られるわ。
アンには今後しばらくの間、隠密術と暗殺術の向上、基礎体力と忍耐力と気力と精神力とその他諸々の大幅な強化とかをやってもらうわ。まずは身体を休ませがてらここの環境に慣れてもらって、以降はいろんな人から色々教えてもらいなさい。ちょうど今セリアが神力と魔力の制御特訓中だから、ついでに参加して鍛えても良いわ。それからそう遠くないうちに隠密術の専門家を紹介するわね。長く暗殺者として活動してた人だから、見る目と評価の仕方は一流よ」
アンの今後の予定を勝手に決めてつらつら話していく私。けどみんなの許可は一切取ってない。
「なんか知らないうちに色々確定してるんですけど…」
「部屋でゴロゴロはしばらくお預けかなぁ…」
「わたくしめも微力ながら協力致しましょう。何かお役に立てる事があればなんなりと」
「隠密術の専門家って師匠の事ですよね…?お嬢様、周囲の方々を一方的に巻き込んでいきますね…」
アテーナが戸惑い始め、アルテがゴロゴロしたがり、爺やは協力的で、シャロルはギルディスさんまで関わらせようとしてる事に戸惑い気味。私は特に反応しない。したらキリがない。
「解りました。アイラ様に本当の意味で配下として認めていただけるよう、全力で鍛錬に励みます」
アンは戸惑う事なくヤル気になってくれてる。理解が早くて助かる…というか、この子って前世の頃から私の言う事を一切否定しないのよね…。
「無理しない範囲で頑張ってね。勿論私も鍛錬相手になるから。それと。シャロル、ジーナ」
「「はい?」」
「あなた達も行動に支障がない範囲で良いからアンの鍛錬に付き合ってあげて。同じように隠密術と暗殺術を持つ者としての独自の目線もあるだろうし」
「やはり私も巻き込みますか…。承知致しました、お嬢様」
「互いに切磋琢磨できる方がいる事は嬉しい事でございます。喜んでお引き受け致します」
私のメイド二人への協力要請に、シャロルはイヤイヤだけど腹を括ったようで受け入れてくれた。ジーナは積極的。
「あの…、シャロルさんとジーナさんはメイドではないのですか?」
「メイドよ。見て解るでしょ?」
「しかし今、同じように隠密術と暗殺術を持つと…」
「うん、そうよ。シャロルとジーナは表の顔はメイドだけど、暗殺者という裏の顔もあるの」
「ではお二人は、私と同業者…?」
「「そういうことになります」」
アンはシャロルとジーナが暗殺者だとは思ってなかったらしい。普通メイドは戦闘の術を持たないから驚くのも無理ないけど、シャロルの場合は勘づかなかったのかな?
「すいません。少々気になったのですが、アングリア殿はどのような武器をお持ちなのですか?」
会話と会話の間に滑り込むように、今まであんま喋ってなかったアリスがアンへ質問してきた。そういえば武器に関しては私も聞いてなかったわね。
「武器は主に短刀ですが、他にも使う道具はあります。えっと…」
アンは自らの身体中から、そして一時没収していた荷物からいろんな道具を取り出してきた。そんなの一体どこにしまってたんだ?って思うほどの量。
逃げる時に使う『煙玉』
敵に投げる『手裏剣』
地面にばらまく『まきびし』
高い塀や壁を登るために使う『鍵縄』などなど。
シャロルもジーナも武器や道具を多数所持してる。でもアンの持ち物量はメイド二人と比べて多過ぎる気がする。
「シャロル、ジーナ。二人から見てどう?」
「道具それぞれの機能と場合を考えれば、種類的には異論ありません。しかし量が多いと思います」
「確か、鉤縄…でしたっけ?私とシャロルさんであればこれがなくても壁や塀を超えられるので必要ありませんが…」
やっぱりシャロルから見ても量の多さが気になるらしい。ジーナはサラッと非常識範囲の発言。
「一応、量が多い方が対処しやすいかと思っているのですが…」
「それでは重量が影響して素早さが失われてしまいます。ましてや荷物で行動が制限されてしまっては隠密行動に支障が出るでしょう。むしろ今までよくこの状態で行動できたと思いますよ。暗殺者を名乗るのであれば、道具に頼らず実力で全体をカバーできるようにしませんと」
「は、はぁ…。あの、ジーナさん。鍵縄が無くても壁を超えられるって、一体どうやって?」
「壁を走れば良いだけです」
「壁を…、走る?」
「はい。壁等を勢いつけて垂直に走るんです。難しそうに思えて意外と簡単ですよ」
「……」
シャロルの道具に頼るな発言に困惑していたアン。そこにジーナが常識破りな事言ったもんだから、アンは完全に黙ってしまった。そもそも普通の人間は隠密術持ってても壁を垂直には走れないっての。ジーナがそれをできてるのは私の神力や神獣達による特訓の恩恵があるからって本人は解ってるのかしら?
「ま、まぁ、あんたもしっかり鍛錬すれば大丈夫でしょうから。頑張りなさいな」
私は苦笑いしつつ、アンの肩を軽くポンポン叩いて応援を送っておいた。




