入城後の事
廃村出発後。私は馬車の中でひたすらザッハークを撫でまわしてた。
今回一緒にいたザッハークだけど、この子を外で自由にさせられる時が全然なくて、結局ほとんどを私の異空間収納の中で過ごさせてしまった。だから今そのお詫びとしてたくさん甘えさせてる。
ザッハークは「異空間収納の中たくさん物があって楽しかった~!」って言ってくれたけど、私としてはやっぱり申し訳ない気持ち。この子の母親としてもね。
そうこうしているうちに調査団の馬車列は王都フェルゼンに到着。無事にノーバイン城に入った。村に向かってる時みたいに魔物が出なくて良かった。
城に到着した段階で私が調査団員全員に声をかけ、この時点を持って調査団は解散となった。
兵士達はこの後数日間休暇に入るそう。軍としての活動報告は代表してゴンゾさんが軍の上層部に行うらしい。それが終わり次第ゴンゾさんも休暇に入るそうな。
役人達はこれから村人達へ行った聴取の記録と活動記録をある程度整理する作業に取り掛かるらしい。それが終わって別に役人達に引き継ぎを行ったらようやく休暇に入れるんだそう。
こちらは国務省上層部への報告が必要だそうで、トウロさんが代表でリナリアさんのもとに行くらしい。リナリアさんなら私が面識持ってるし、調査団員達の疲れも考慮して私が行こうかとも思ったんだけど、
「アイラは調査団の総合代表として私に報告する義務があるでしょ?他は他で任せておけば良いんだよ。仕事なんだから」
ってセリアに言われた。まぁ何でもかんでも首を突っ込むのは良くないものね。
単独危険行動の罪で拘束していたサウルスは、拘束されたままの状態で警備省のルーフェスさんと、サウルスと不仲であるドイル将軍に迎えられて牢屋に移送された。これから聴取という表向きの尋問拷問が行われるとか。
セリアも今回のサウルスの行動に関してはカンカンみたいで、オルシズさんや他の閣僚達と会議の上、かなり重い処罰を下すつもりらしい。サウルスは今まで評判悪かったわけだし、爵位剥奪と貴族界追放は間違いないでしょうね。
私はいつものメンバーと別館に戻って、一旦休憩を入れた。
シャロルとジーナは別館に着いて早々仕事に取り掛かろうとしたけど、爺やが二人を止めて休むよう指示していた。
アテーナとアルテは早々にグウタラタイム。村にいる間調査団員達に何を語っていたのか問いただしたんだけど、二人は頑として教えてくれなかった。
キリカは疲れたのか、自室で休んでる。
ファルコはカラス丸と、ザッハークはオルトロスやエスモスと合流。ファルコは止まり木で休んでるけど、他の三匹は合流直後からドタバタ騒がしい。その三匹を注意し続けるカラス丸もぶっちゃけうるさい。元気なのは良いんだけどね。
なお、どうして今日の朝になってファルコがサウルスを襲撃したのか。という謎に関しては、カラス丸に事情を話すとファルコに聞いてくれた。
「ファルコはアイラの言う事を聞かない人がいる事を認識してたみたいで、それが許せなかったらしいわよん。それで今朝になってその人の姿が分かって、報復として攻撃したってファルコは言ってるわよん」
つまりファルコは状況を何らかをきっかけに理解し、偶然か必然か状況を生み出した人がサウルスである事を認識したために、ファルコにとって主である私の言葉を聞かなかった報復を行ったってことか。
すごい賢い。そして私の事を思ってとった行動である点に感動。ファルコは優秀な鷹ね。
「私のために攻撃したのね。ありがとう」
「ピー」
ファルコにお礼を言いつつ撫でてあげると、ファルコは一声だけ鳴いて大人しく私に撫でられてた。
その後しばらくすると、ノワールが別館にやって来た。
「アイラ様。調査お疲れ様でした」
「ただいまノワール。お疲れっていうほどの事はしてないわよ。ほとんど同行してた兵士や役人に任せてたから。そっちはどう?領地開拓は進んでる?」
「……」
あ、全く進んでないな。これ。完全に目逸らされたし。
「進んでないのね?」
「……不甲斐ない限りです…」
「不甲斐なくなんてないのよ。誰でも最初は悪戦苦闘するもの。人件費とか材料費とか輸送費とかで悩んでるんでしょ?」
「…!?何故分かるのですか!?私は何も言っておりませんでしたのに…!」
「大体開拓で悩むとすればこの三つなのよ。今のノワールを見てる限り精神的にまいってる感じでもないようだし、だとすれば他に開拓が進まない理由がないのよ」
「…さすがアイラ様ですね。開拓で悩む点まで既に予想済みですか…。そうなるとアイラ様は費用面に関して解決策をお持ちのようですね」
「うん、解決策はあるわよ。それはね…」
「お待ちください。教えていただかずとも大丈夫です」
「どうして?」
「もう少しの間、自分で解決策を模索したいのです。一人前の領主となるための第一歩として」
「そう…。なら言わないでおくわ。でも本当に限界だったら遠慮なく言ってちょうだいね。友人として力になるから」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
どうやらノワールは自分の力で領地を造って早く立派な領主として腰を据えたいみたいね。これは多分ヘルモルト家の事が影響してるんだろうな…。父親のような領主にはなるまいと必死なんだ。
しばらくの休憩の後、私はノーバイン城内のとある客室へ移動した。この客室はフィクスさんとリアンヌさんが滞在するために用意された部屋。二人は城に到着した直後からここにいる。
そんで私が何でここに来たかというと、他の何人かと話をするため。その面々も既に同じ部屋にいる。
私、シャロル、セリア、リリアちゃん、アリス、オルシズさん、キリカ、ジーナ、ノワール、フィクスさん、リアンヌさん、ドイル将軍、クラナッハ大臣が今集まっているメンツ。
私はレキシントン夫妻を連れてきた立場だからここにいる。シャロルは単に私の奉仕のために付いてきただけ。ただし他の面々の奉仕も兼ねてる。…城のメイドは?
セリアは女王なのでいて当然。セリアの側近三人は理由まで知らないけどいる。
ジーナは表向きはシャロルの手伝いでいるけど、ホントはレキシントン家の娘だからって理由で私が連れてきた。
キリカは単に私の補佐だからという現在状況に全く関係ない理由。ノワールも元アストラント貴族だったからという理由でセリアに呼ばれたそう。キリカとノワールこの場に必要?
ドイル将軍とクラナッハ大臣は何かとアストラントと関わってきた過去がある事から今回話し合いに参加するらしい。
「遅くなってしまい申し訳ない」
そして軽く遅れて入って来た二人の人物。この二人こそが今回こうして何人もの要人級が集まった事の発端。
ゆっくり客室に入って来たキーズクリフ大公殿下とクレセント大公妃殿下は、レキシントン夫妻の正面に座る。二人が来た事で総立ちしていた面々も、二人が座ったと同時に座る。勿論私もね。
「そなたとは、随分久しくなるな。フィクス殿」
「ええ。お久しぶりでございます。こく…失礼、大公殿下、大公妃殿下」
フィクスさんは大公殿下の事をうっかり国王陛下って言いそうになった。フィクスさんがまだ現役騎士だった頃はキーズクリフ大公殿下が国王だったから仕方ないんだけどね。
グレイシア大公夫妻とレキシントン夫妻。この二組は過去にグレイシア王国とアストラント王国で行われた国王同士の対談で会っているため、顔見知りなんだそう。
「しかし家族揃って十年以上も前か我が国に移り住んでいたとは…。行方不明だとは軽く聞いた事があったが…」
「はい。アストラント政府との関係にすれ違いが生じておりまして、諸事情でやむ負えずこちらへ移住させていただきました。許可なく住み着いた点に関しましては私が罰をお受け致します。妻や娘にはどうか…」
「待て待て。別に罰を与えるとは言っておらぬ。そなたら家族と、今回調査団を派遣した廃村に住んでいる者達への処遇に関しては、アイラ殿より話があるとグリセリアから聞いていてな。して、その件だが…」
大公殿下は私とセリアの方へ視線を向けてきた。
ジーナを私の専属メイドとして迎えた事、フィクスさんをユートピア騎士団団長に任命した事、廃村にいる人達を領民として受け入れ、キオサさんをヘイジョウキョウ市市長に任命している事、有名な暗殺者であるギルディスさんがいる事。これらはセリアや側近三人などの近しい人達には既に話したけど、大公殿下や政府閣僚等には一切話していない。
だから今回、「レキシントン夫妻と話をしたい」と言い出した大公殿下の要望を利用して、これらを話す流れを作る手筈をセリアに頼んでおいていた。
「私は既に内容を把握してるし、反対意見もない。私からは特に何もないよ」
セリアは身を引いた上で私がメインになる流れを作ってくれた。
「大公殿下、大公妃殿下、ドイル将軍閣下、クラナッハ大臣閣下。このアイラ・ハミルトンよりお話がございます。発言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ、申してみよ」
大公殿下が発言を許可してくれたから、私は早速話し始める。
「まずこちらにおりますレキシントン夫妻ですが、実は勝手ながらユートピア領の領民として受け入れる態勢を私の方で整えておりまして、ゆくゆく編成する予定でありますユートピア騎士団の騎士団長にフィクス殿を任命しております」
「ふむ…」
「なんと!」
「ほほう…」
私の言葉に大公殿下は頷くだけ。対してドイル将軍は驚きの反応。クラナッハ大臣は顎を指でなぞってるだけで感情が分からない。
「私もお話を既に受け入れておりまして、ユートピア騎士団団長に着任する決意でございます」
「ということは、フィクス殿が我らグレイシア軍に!?」
フィクスさんの決意報告を聞いたドイル将軍は、フィクスさんがグレイシア軍に属することになる点に驚いてる。
オルシズさんから聞いた事なんだけど、過去にグレイシアとアストラントが小競り合いをした関係でフィクスさんとドイル将軍は一戦交えた事があるらしい。つまりドイル将軍の中ではフィクスさんは敵という感覚が残ってるわけね。それが急に仲間になろうとしてるんだから、ドイル将軍の驚きも理解できる。
「ドイル将軍閣下。過去の敵が我々の仲間になる事に不服でございますか?」
「い、いや…、そんなつもりでは…。その…、アイラ殿の手回しが早い事に驚いたと言いますか…」
ドイル将軍はただ驚いた的な事言ってるけど、内心絶対拒否反応起きてるわね。
「レキシントン一家は今日に至るまで十年以上もの間、グレイシアの山奥でひっそりと暮らしておりました。今回もしも私や事前調査を行った方々が気付かなければ、今も山奥に籠ったままだったでしょう。その時点でグレイシアへの攻撃意識はないと断定できます。そもそも男性一人と女性二人だけで国を相手に何か仕掛けると思いますか?」
「な、なるほど…。それは確かに…」
納得してる時点で「警戒してました」って言ってるようなものなのよ。ドイル将軍…。
「ドイル?まるでアイラの判断が信用ならないような態度だけど?」
「い、いえ!滅相もございません!断じてそんなつもりでは…!」
落ち着かない様子のドイル将軍をセリアが睨む。ドイル将軍はめっちゃ焦り出した。
「セリア。そうやって誰構わず圧力をかけるのを止めなさいと言っているでしょう?周囲の者を困らすのではありません」
「へいへい」
セリアはクレセント大公妃殿下に注意された事で睨みを止めた。私だけじゃなくてセリアの母親であるクレセント殿下でもセリアは止まるのか…。セリアへのお仕置きとか、行動制御とか、今度からクレセント殿下と一緒に考えようかな…。
「ドイル殿。…いや、ドイル将軍。これまで我々は敵同士として戦場で刃を交えてきた。しかし今となっては私はどこの組織にも属さぬ騎士でもない男だ。そしてそんな私にアイラ様がグレイシア王国軍騎士としての道を作ってくださった。
騎士団長と将軍とでは立場も考える事も異なるやもしれんが、国の盾や鉾になる点は同じだ。これまでの事は全て水に流し、改めて仲間として、共に歩んではくれないだろうか?」
「フィクス殿…」
フィクスさんはドイル将軍に対して自分がオープンである事をアピールした。
「…解った。これからは敵ではなく同志だ。よろしく頼む。フィクス騎士団長」
「うむ、よろしく頼む。ドイル将軍閣下」
フィクスさんとドイル将軍はガッチリ握手を交わした。
「他の皆様から異論や意見はありますでしょうか?」
「異論なーし」
「私も特にありません」
「逆にどのような反対意見が浮かびますでしょうか?」
私の確認にセリア、クレセント殿下、クラナッハ大臣が賛成を表明してくれた。
言葉を発してない面々も首を横に振って異論がない事を教えてくれた。けどキーズクリフ大公殿下だけ反応を示さない。
「大公殿下。問題はございませんでしょうか?」
「……」
大公殿下は私の問いかけに反応せず固まったまま。目は開いてるけど動いてない。これってもしかして…。
「おとーさーん。居眠りしないでよー」
「…うむ?」
うん、やっぱり寝てた。ホントどこでもいつでも銅像のように居眠りするのね。この人。
セリアが起こして何とか起きたけど、他のみんなは苦笑いしてるし、クレセント殿下に至っては「はぁ…」ってため息つきながら額を抑えてる。
セリアにサボり癖があるように、大公殿下には居眠り癖があるんだろうな…。きっと…。




