ストーカー
セリアと密書を交わし始めてからも、私の生活は変わらない。
学院では現在も周囲の視線を感じまくる落ち着かない状態。みんな声をかけてくるわけではなく、私を見てはヒソヒソと話しているので、私自身対応が出来ない。
そんな環境の中、周囲の学院生達とは違う視線を感じる時がある。他の人の視線よりも遥かに強く、かといって敵意等は感じられない。その視線の方向を向くと、必ずある人物がいる。
ヘルモルト伯爵家令嬢、ノワール・ヘルモルト嬢。
金髪のストレートヘアーで、いつも黒一色の服装をしたちょっと変わった雰囲気の美人な令嬢。学院ではクラスメイトでもある。会話した事ないけど。
彼女は周囲のように噂するわけでもなく、チラ見するわけでもなく、一点集中するかのように無表情のままずっと私を見ている。ようするにガン見。
しかも学院にいる間、私一人で行動する時も、いつものメンバーと行動する時も、行く所どこだろうと彼女がいる。どうも私の後をつけているらしい。
というわけで、私最近クラスメイトからストーカーされてます。
王子殿下やリィン、ティナやホウの話によると、ノワール嬢は令嬢達の中でも目立たないらしく、他の令嬢や子息、それ以外の誰かと話しているところを見た事がないらしい。どこで見かけてもずっと一人でいるんだそう。
彼女のストーカー行為はいつものメンバーも当然気付いていて、誰かが注意および理由を聞こうとすると早い段階でそれを察知するらしく、近づこうとする頃にはいなくなっている。
そして少し時間が経つと何事もなかったように近くにいて、再び私の事を見ている。
「私何かしたかなぁ?覚えがないんだけど…」
「僕の方から彼女の父君に相談しておこうか」
「殿下。案としては良いですが、確実な証拠がありません」
王子殿下が親を通しての注意を発案したが、ティナがそれを証拠不十分として却下した。私としても、親がらみになるのは気分が良くない。
しかしこのままではらちが明かないので、私は彼女に接触するための計画を立てた。
私はその計画をいつものメンバーに公表し、帰る前にナナカ先生にも話しておいた。
ナナカ先生もノワール嬢の行動に不自然さを感じていたらしく、後々注意すると言っていた。学院長にも話は通してくれるらしいので、お願いしておいた。
そしてこの計画の実行には絶対に欠かせない存在がいる。私のメイド、シャロルだ。
シャロルは隠密行動が出来るので、その力を生かしてもらう。
帰りの馬車の中で、早速シャロルにストーカーの事とその計画を話した。
「お嬢様を付け回すとは…。これは許されない行為ですね。重い罰が必要となるでしょう…。良いですよ。喜んで協力致します」
シャロルは普段よりも細く、しかし恐怖を感じる声で承諾してくれた。
微笑んでるんだけど、その微笑みもメッチャ怖い。
「シャロル、怖いよ?間違っても殺さないでよ?隠密よりも暗殺の方しないでよ?」
「それはさすがにしませんよ。そこまで殺戮的じゃありませんよ、私」
そう言われても…、心配。
計画の内容は、まずシャロルには特定の場所で気配を消して潜んでもらい、私がその位置までノワール嬢を誘導する。
誘導が成功次第、シャロルが自前の糸を使ってノワール嬢を拘束する。そうすれば逃げる事は出来ないし、理由も聞きだせる。
ただ、拘束後は職員室や学院長室に連行するのではなく、その場で一度私が話を聞く事にしている。先生達やみんなの前では黙秘する可能性があるから。
そして次の日、計画を実行する時が来た。
今日最後の授業が終わった後、私は一人で庭へ向かった。庭の中でも草陰になる人の寄り付かない位置へ向かう。
後ろには思った通りノワール嬢が付いてきている。本人は隠れているつもりなのだろうけど、バレッバレ。
庭に到着し、周囲に人の気配がない事を確認してから、シャロルが潜む場所に向かった。
「っ!?」
そしてその部分に到着した瞬間、私とノワール嬢が歩いた方向とは真逆の方からシャロルの糸が飛び、ノワール嬢を捕えた。
私は気配でシャロルの位置と動きを予測していたため驚くことはない。振り向いてノワール嬢の状態を確認する。
捕えられたノワール嬢は立ったまま身動きがとれなくなっていて、私がいる側に回りこんだシャロルに驚いている。彼女はシャロルの気配に一切気付かなかったんだろう。
対するシャロルは糸を持ったまま凍てつく表情でノワール嬢を睨んでいる。その顔はメイドの顔ではなく完全に暗殺者の顔だ。シャロルは普段温厚な分、こういう時にもの凄く恐い。もしかしてシャロルって、誰かを暗殺した事があるんじゃ…。
私は拘束状態のノワールへ声をかける。
「ごきげんよう、ノワール嬢。突然捕えられて驚きましたか?」
「……」
「ここ最近ずっと私の事を尾行されていたようで、その理由が知りたくてこのような手段をとらせていただきました」
「……」
丁寧な言葉使いで語りかけるけど、ノワール嬢は黙ったまま。
「黙ったままでは拘束状態からの解放はされませんよ?何かおっしゃって下さらないと」
「いい加減何か言ったらどうです?」
「ぐぅ!」
私が何か話すように言うと、シャロルも同調して糸の縛りを強くした。さらにキツく縛られたノワール嬢は、苦痛の声を上げる。
シャロルが使っている糸だけど、特殊な構造をしているらしくかなり頑丈で縛られるとけっこう痛い。
私も興味本位指で触らせてもらった事があったけど、まるで有刺鉄線に触れているかのような感覚だった。見た目は完全に細い糸なのに。
「この事は学院、王子殿下、ティナ嬢やホウ嬢も承知しています。このままでは追いつめられるだけですよ?」
「……」
学院や王子殿下やティナやホウといった影響力のある名を出して圧力をかける。けどノワール嬢はやはり黙ったまま。
「……はぁ」
「ぐっ、あああ!!」
「ちょっとシャロル!?」
沈黙の中、シャロルが突然ため息をついたと思ったら、無言のまま思いっきり縛りを強くした。ノワール嬢は声を上げてそのまま地面に倒れこむ。私は慌ててノワール嬢を抱えた。
「シャロル、縛りすぎ。もうちょっと緩めて」
「このくらいしないと話さないかと思いまして」
「はぁ…、はぁ…、私、は…」
ここでようやくノワール嬢が口を開いた。
「私は、アイラ様、あなたと話がしたかったのです」
「……は?」
「でも私、友人と呼べる人がいなくて、いつもアイラ様の周りには他の者がおりますし、お一人の時もどうお声をかけたら良いか分からず…」
「だからずっと私を見て尾行していた、と?」
「…はい。ぐっ!」
「デタラメを言わないでください」
私と話がしたかったと言うノワール嬢にシャロルが冷たい視線でさらに縛りを強くした。さすがにこれ以上強く縛ったら意識失うよ?
「そのようなお話を信じるとお思いですか?適当にも程があります」
「う、嘘ではありません。私、人との接し方が良く分からなくて…」
「それ以上適当な事を言うと殺しま…」
「シャロル、それ以上はいけないわ。殺気を止めなさい。殺す発言も撤回しなさい。あなたは誰に向かって言っているのか分かってるの?」
「…失礼しました。申し訳ありません」
シャロルが本格的に暗殺モードになっていたので、さすがにマズイと思って軽く叱った。相手は伯爵家の令嬢。この状況といえど、メイドが言って良いセリフではない。
「うちの者が失礼な事言いましたね。ごめんなさい。
それで、あなたは私と話したかったと言いましたけれど、だったらどうして王子殿下や他の方々との接触を避けるのです?直接私でなくとも、誰かと通じてその人経由で私と知り合える可能性だってあるのですよ?接し方が分からないのであれば、先生なら相談に乗ったでしょうし」
シャロルの発言を謝罪しつつ、他の人達との接触を避けていた理由を聞いてみる。
「他の方々とは関わる気はありません。私はアイラ様とのみ知り合いたかったのです」
「どうして私とだけ?」
「それは……くだらないと思われるでしょうが、聞いてくださいますか?」
私が首を縦に振ると、ノワール嬢は語り始めた。
「私は屋敷にいる時も外にいる時も、基本的に一人でした。そんな私を気にかけてくださったのは私のお姉様だけでした。そんなお姉様もある日突然罪をかけられ、現在も牢屋の中です」
彼女の姉とは、ヘルモルト伯爵家の長女、レイリー・ヘルモルト嬢の事だろう。
私は会ったことはないけど、確か器物破損とかだったかの罪で数年前から監獄送りになっているはず。
「もともと私は人見知りの激しい性格でしたが、お姉様がいなくなってから家族の事も他の貴族の事も誰も信用できなくなりました。お姉様が牢屋に行った事が納得できず、全てに不信感を抱くようになりました。誰もが敵、全てが敵。ずっとそう思い続けてきました。
学院に入ってからも同じでしたが、初めてアイラ様をお見かけした時、他の方々に向けていた敵意が、何故かアイラ様にだけ向ける事が出来なかったのです。
そして武術大会でのアイラ様のご活躍。それを見た時、この方と接すれば自分を変える事が出来るのではないか、と直感的に思ったのです。
しかし先程も申し上げました通り人との接し方が良く分からず、どうお声をかけたら良いのかも分からず、結果、現状に至るというわけです」
なるほどね。つまり彼女は周囲に対して一方的に敵意を持っているけど、私に対してのみ敵意がない。で、友達になりたいけど接し方が分からない。だからといって他の人とは関わりたくない。結果、知り合う方法が見つからず、ストーカー行為に及んだと。
「お話は解りました。もう一つ聞かせてください。あなたは先程お姉様が牢屋に行った事に納得出来ないと言いました。それは何故ですか?」
「お姉様は何も悪い事などしていません。あれは冤罪です!何者かの陰謀です!お姉様はハメられたのです!」
ノワール嬢は淡々と話していた時の表情から一変、険しい表情になっていた。レイリー嬢の事は何やら闇がありそうだ。
とにかく今は目の前の事を解決しよう。
「シャロル、拘束を解いて」
「よろしいのですか?」
「ええ。解いてあげて」
「かしこまりました」
シャロルが拘束を解くと、ノワール嬢は力なくグッタリとした状態になった。長時間の拘束で動けなかったのと、糸の激痛でほとんどの体力を奪われたんだろう。
私は彼女の身体を少し起こして、腕で支えてあげた。
「アイラ様…」
「ノワール嬢。先程からどうして下からの目線で話しているのですか?身分はあなたの方が上でしょう?」
グッタリした状態で私を見るノワール嬢に、話し出した時から思っていた疑問を聞いてみた。
私の家は子爵。ノワール嬢の家は伯爵。身分はノワール嬢の方が上のはずなのに、彼女は何故か私に対して下に出ている。
「身分なんて形だけ。お姉様はよくそう言っておりました。相手が上か下かは、その人が纏う覇気と雰囲気で決まると。私は自分よりアイラ様の方が上と判断しています。なので、私がアイラ様に対して上目線など無礼極まりありません」
理解出来るような、出来ないような…。変わった考え方。
「とにかく、だいたいは理解しました。今回の尾行行為は罪には問いません」
「え?」
「お嬢様!?」
ノワール嬢もシャロルも驚いた反応を見せる。私が何らかの罰を与えると思っていたらしい。
「ノワール嬢自身に人との接し方が分からなかった点と、過去の事情がある事を配慮した上で今回は見逃します。それに糸の痛みで十分罰でしょう?」
「アイラ様…」
「うーん…。まぁ、そういうことでしたら…」
ノワール嬢はホッとした表情を見せている。シャロルも納得したようだ。
私はもう一つ考えていた事を口に出す。
「では、ノワール嬢。改めて私と友人になりましょう」
「え!」
「お嬢様ぁ!?」
私の発言に今度はノワール嬢は以外性のある表情を浮かべ、シャロルは驚愕の声を上げる。
そりゃまあストーカーしてた相手とお友達になろうとしてるんだから、驚きなのも解るけどね。彼女、悪い人とは思えないし…。
「…良いのですか?私などが友人になって…」
「あなたが友人になりたいと言ったのではありませんか。これから仲良くしましょう?そうすれば、いつか他の人とも知り合えると思いますよ」
「信じて下さるのですか?私の話を」
「ええ、信じます」
「…では、私の事は呼び捨てで構いません。丁寧な言葉でなくとも大丈夫です。よろしくお願いします」
ノワール嬢は少しだけ微笑み、私の手を握った。
シャロルは何も言ってはいないものの、私に呆れたような表情を見せていた。
この後はノワール嬢を連れて学院長室へ向かう予定だったんだけど、ノワール嬢が糸に縛られていた反動がまだ残っていて動けないようなので、しばらくの間その場で休んでいた。
こうしてまた一人、新たな友達が出来た。彼女のコミュニケーション能力を上げさせないと…。




