現地の精霊と神獣、そしてサウルスの回想
前半の視点がアイラから外れます。
後半からはサウルス視点となります。
アイラ達が魔物迎撃のため廃村を出た頃。魔物がいる現場では、木の上で気配を消して様子を窺っているセイレーンのもとにオリジン、アグナ、ネロアの精霊三体が到着した。
「セイレーンさん、お疲れ様です。状況は…。…何しているのですか?」
「え~?見て解りますでしょ?癒されてるんですよ~。ウフフ、カワイイ」
「真面目にしてください。早く状況を報告してください」
「はいはい、解りましたよ」
セイレーンが身を隠している木のちょうどセイレーンがいる部分の傍には小型種の鳥の巣があり、雛鳥を親鳥が育てていた。
鳥の家族を見て癒されているセイレーンにオリジンは呆れた様子で注意した。
「現在の状況は、見ての通りあんな感じです」
セイレーンは木の下を指差す。木の下では複数の魔物、そして勝手に村を抜け出したサウルスがいた。
サウルスと魔物は既に遭遇しており、現在はサウルス対魔物の戦いが行われていた。
「どうも魔物は老人をもてあそんでるみたいです。魔物なら速攻で殺せるはずなのに、殺そうとはしないんですよね」
「そうですか。魔物は一体どういう知性でそんな能力を…」
「あの男、アイラ様の調査団にいたサウルスとかいう奴で間違いなさそうね」
「既に怪我も負っていますね。軽傷のようですが」
セイレーンはオリジンに現状報告。オリジンは魔物の知性について考え始めた。
アグナは男がサウルスである事を確認し、ネロアはサウルスの怪我の有無を確認した。
サウルスは既に腕を負傷しており、さらに魔物達に囲まれているという絶体絶命の状況であった。
魔物達はサウルスをすぐに殺そうとはせず、まるでサウルスで遊ぶような戦い方をしていた。
サウルスはそんな魔物のやり方を察せないわけではなく、さらにジワジワと少しずつ追い詰められている事で、屈辱と焦りから思うような動きが取れず一層自分を不利にさせていた。
「どうします?救援しますか?」
「いえ、もう少し待ってみましょう。ここは我々がわざわざ出るよりも、アイラさんに対処させた方が良いかと。別に彼が窮地に陥ったところで、アイラさんにとって損にはなりませんでしょうしね」
「まぁ、アイラ様の指示も死にそうになったら助けろっていうものでしたし、今は放っておいて良いですもんね。あ~、雛鳥カワイイ」
「……」
「あはは…」
「ふぁ…」
ネロアの救援判断有無にオリジンは救援しない方針をとる。セイレーンもまだアイラに指示された内容にはなっていないと判断し、引き続き雛鳥に癒されていた。
セイレーンの状況に対する集中力の無さにオリジンは呆れた表情でセイレーンを見るも、これ以上の注意は無駄と判断して何も言わなかった。
その状況を同じ場所で見ているネロアは苦笑い。アグナは自分は関係なしと言わんばかりにあくびをしていた。
目の前でアイラが知る人物が魔物によって殺されようとしている。そんな状況下でも動かない四体の精霊と神獣。これはサウルスという存在がアイラにとってそこまで重要ではない事が理由で、さらにアイラに直接対処させることでアイラの経験値や周囲からの株を上げさせる狙いがあった。
自分達が契約している主のためならば、主にとって重要な人物でない限り他の犠牲は気にしない。主にとってマイナスにならないのであれば特に問題はない。それが精霊達や神獣達の心の根源にある冷たい概念なのだった。
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クソ…、クソ…。どうしてこんなことになった…。まさか本当に魔物に遭遇するとは…。アイラ侯爵が言っていた事は本当だったのか…。
可能な限り抵抗はしているが、正直生きて帰れそうにない…。一体だけならまだしも、これだけの魔物囲まれてしまってはなす術がない。
ただ何故奴らは総攻撃をして来ない?奴らならば私程度簡単に殺せるはずだ。まさかそれを解っていてわざと遊んでいるというのか…!だとしたら屈辱でしかない。何故…、どうして私ばかりが屈辱を味わい続けなければならない!
そもそも私にとっての歯車が狂い始めたのは、グリセリア女王陛下が王女から女王へと上がった後からだった。キーズクリフ大公殿下が国王だった頃は、まだ物事が思い通りに進んでいた。
当時はまだ私も様々な所で部下に命令できた。私の正しさや素晴らしさを知らない愚か共に鉄槌を下す事ができたのだ!
なのにグリセリア王女が王位を継承した直後、あの女王は私にそれまで就いていた役職から退くよう言ってきて、さらには領主権限を無理やり剥奪してきた。
【お前の評判が非常に悪い事は私の耳にも届いている。それどころかお前を役職から降ろすべきだとの声も上がっている。何故このような状況が起きているのか、心当たりがないはずがないよな?
それとお前は未婚で子供いなければ跡継ぎもいないだろう?養子すらいない状況ではそのままにする事はできない。悪いが領地は没収させてもらう。周囲の他領が分け合って統治するから安心しろ。
しかし長年グレイシア王国に仕えてきた点もある。それを踏まえて子爵位だけは残しておいてやろう。余生を過ごすだけの資金はあるだろう?屋敷等もそのままにしておくから、そこでゆっくりすると良い。今までご苦労だったな。せいぜい自分の過去と向き合って余生を過ごすが良い】
謁見の間で玉座に座る女王陛下から言われた言葉は今も覚えている…。まだ人生の半分も生きていない小娘に何故あのような事を言われなければならない!私は今まで素晴らしい功績を立ててきた!私を悪く言う連中など、所詮仕事もまともにできない愚か者ばかりだろう!?
だから私はあのまま引き下がる気はなかった。もっと広範囲で動き回って、私の行いが正しい事を知らしめてやろうと思った。しかし女王陛下は常に独走状態で周囲への圧力も凄まじく、とても同格に対抗はできなかった。さらにドイル将軍から人との接し方まで指摘される始末…。都合よく発生してくれた反乱も頼りないほど早く鎮圧。私の不満と怒りは日に日に溜まっていった。
そんな中、女王陛下がアストラントからアイラという娘を引き抜いた話を耳にした。あの時は小娘一人に何ができるのかと思っていた。重役登用するとも聞いていたが、あんな女王よりもこの私に仕えた方がよほど良いのではと思っていた。
だから私は様子を見計らって接触し、彼女に私の正当性と素晴らしさを伝えるつもりでいた。しかしいざ彼女の行動を知ってみれば、いつの間にか女王陛下から侯爵位と役職を貰い、間もなくして全種族において最強と称される竜族の頂点の座に呼ばれ、帰って来たと思ったら彼女が発案または主導の言い返しができない政策が次々生み出され、女王陛下の独走に並走してみせるというとんでもない事を次から次へとこなし始めた。挙句の果てには精霊や神獣と契約していたという本当か嘘かも分からない情報が届く始末。
私の考えはもろくも崩れ去ったが、そんな時に彼女が統率をとる調査団に同行する機会を得られた。私は彼女の正体を掴むため、そして改めて私の素晴らしさを教えるために同行を決意した。
しかしいざ同行してみれば、どうして私だけずっと空回り続ける?何故常にあの小娘が上手になる?あの小娘は一体なんだというのだ!
私は認めない。私は何も悪くない。だから今日の朝突然言い出した魔物の出現情報も否定したのだ。証拠がなかったから押し通せると思っていたのに、阿呆な兵士共と役人共が邪魔をしてきた。
私は剣術にはそれなりに長けているつもりだ。だから一人で森へ出て、魔物などおらず安全である事、小娘が言った事がデタラメであると自ら証明してやろうと思ったのに…!
…あの小娘の言う事には信憑性や確実な証拠がいつも何も存在していない。しかし女王陛下のような言い返せぬ圧や覇気、相手の意見を容易く論破できる知能を備え付けている。そしてやたら人心を引き付けるのがうまい。本来ならば貴族を怖がる幼い子供をあっさり懐かせていたくらいだ。
あの小娘は一体なんなのだ?本当にただのアストラントの貴族令嬢だったのか?どうして広範囲に及ぶ多くの能力や知識に長けている?何故短期間で自分の周りの者達を味方に引き込める?
もうわけが分からん…。今回の魔物の情報にしたって、どうやって情報を持ってきた?精霊や神獣からの情報だとは言っていたが、どこかで会っている様子はなかった。本当にどうやって?
「くっ…」
考えているうちに魔物との距離が狭まってきている。いつどこから飛び掛かられるか分からない。常に神経を尖らしているが、奴らは気味が悪いだけで行動が読めない。
(ここではさすがに救援も来ないだろうな…)
私が現在いる場所は森の中だ。廃村からはそう遠くはないが、近いかと言えばそうでもない。救援は絶望的だろうし、私を助けようとする存在がいるとも思えない。
(今更だが、アイラ侯爵の人望が羨ましいな…)
情けないことに私はアイラ侯爵の事が少し羨ましくなってしまっていた。それだけ私はもう弱っているということか…。
「…!」
ここで一体の魔物が攻撃を仕掛けてきた。私はすぐに対処するが、別の方向からも魔物が攻撃を仕掛けて来ている。もう私でも対処しきれない。
(ここまでか…)
私は目を瞑った。まさか自分がこのような所で、一人孤独に死ぬとは思いもしなかった。
「悲しいものだな…、まったく…」
私は一言呟いて、全てを諦めた。その時だった。
「勝手に人生諦めてんじゃないわよ!大馬鹿者っ!」
突然女性の声が聞こえ、目を開けると目の前に女性が立っていた。私に攻撃しようとしていた複数の魔物は、四方八方に吹き飛んでいた。
「勝手な発言に勝手な行動。勝手に魔物に襲われて勝手に人生諦めようだなんて、随分勝手が過ぎるじゃない?サウルス子爵?」
目の前に立つ女性、アイラ侯爵は、あの女王陛下とも比べものにならない程の威圧感と、強い殺気を放ちながら私の事を睨んでいた。




