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異世界で最強 ~転生と神の力~  作者: 富岡大二郎
第十二章 舞台の下準備
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一家の山下り

前回後半に引き続き、視点はアイラから外れています。

 ユートピア領内。とある山中。


「母上。この辺りは傾斜がある上、石に躓きやすいのでご注意を。よろしければ手をお貸しします」

「ええ、ありがとう」

「父上。草花が自生している箇所を無理やり進まないでください。踏み潰してしまいます」

「ジーナ。草花程度でそんな気にせんでも…」

「草花にも命があります。それにここはまだ開拓されていない森の中。野生動物も多くおります。少しでも踏んだり荒らしてしまえば、野生動物達から精霊様や神獣様にその事が伝わり、そのままアイラ様に情報が伝わる場合もあります。そうなりますと後々怒られますので」

「そ、そうか…。すまない…」


 山下りをしているのは、アイラ達が停泊している廃村へと向かっている真っ最中のレキシントン一家。

 ジーナは先導で歩き、母親のリアンヌをサポートしつつ、父親のフィクスにも注意を払っている。

 対するフィクスとリアンヌの夫妻は、自分達の娘の成長ぶりに戸惑う状況が昨日から続いていた。


 昨日、ジーナは自分の両親としばらくぶりに食事をして、アイラ達との今までのやりとりや自身の修行について語っていた。その語り方も山奥に住んでいた頃のガンガン明るい言い方ではなく、丁寧で淡々とした静かな話し方であった。

 特訓最中に感情表現が変わり、現在のようなクールな立ち振る舞いになった事もジーナは説明したが、フィクスとリアンヌにとってはそれが戸惑いのもとになっていた。

 今朝にしても、今まで家族の中で最も起床時刻が遅かったジーナが最も早く起床し、フィクスやリアンヌが起きる頃には既に朝食準備が整えられている状態だった。これにはフィクスもリアンヌも夫婦揃って唖然となっていた。

 今現在でもジーナはメイド服に汚れを一切付けることなく、さらにはメイドとしての姿勢や動きを崩すことなくスイスイ歩いて行く。

 もはや別人と化してしまったと言っても過言でないほどに変わった娘に、フィクスもリアンヌもどう受け入れれば良いのか分からなくなっていた。


(アストラントにいた頃、催し事に参加した際に仕事をするメイドを見た事があったが…、ジーナの動きはそれと比較しても完全にメイドだな…。アイラ様はメイドとして雇ってくださったようだが、これはもう一流と呼べる範囲ではないか?本当に一体この一ヶ月程度で何をしてきたのだ?)


 過去にアルクザー宮殿で働くメイドの動きを見た事があったフィクスは、当時の光景を思い出して脳内でジーナと照らし合わせていた。そして現在のジーナが一流と呼ぶに相応しいほどの動きを見せていると断定し、さらに困惑を強めていた。


「…!父上、母上。一旦止まってください」


 ジーナは突然、密かに困惑状態の両親へ進行の停止を指示。その理由はフィクスもリアンヌもすぐに理解した。彼女ら家族の前には、大きな熊がいたからである。


「グアアアアア!!」


 熊はジーナ達を威嚇。いつ襲い掛かってきてもおかしくない状態であった。


「やれやれ、熊か…」


 フィクスは先頭にいたジーナの隣に出て剣を抜こうとした。しかしそれをジーナが無言で手を出して制止させた。


「ジーナ?」

「武器は構えずとも大丈夫です。そのままお待ちくださいませ」


 ジーナは特に理由を述べることなく、フィクスに待機だけ指示した。


「どうするのだ?」

「……」


 フィクスの問いにジーナは答えない。


「グアアアアア!!」


 そうこうしているうちに熊はジーナ達目掛けて突撃を開始しようとした。その直後、ジーナは熊を強く睨みつけた。


「…!グアア…!」

「…!」


 ジーナの睨みに熊は怯み、突撃を止めて少しずつ後ずさりし始めた。同時にフィクスはジーナから発せられる強い闘気を感じ取り、その迫力に驚いていた。


「……」

「グア…」

「……」


 ジーナの睨みが数分間続いた後、熊は怯えた様子でジーナ達に背を向けて走り去って行った。


「問題は解決しました。行きましょう」

「ジーナ、今のは…」

「…?なにか?」

「今の圧力も、特訓で覚えたのか?」

「ええ。まあ、そうですね。それがどうかしましたか?有名であられた父上ならば、今の程度の睨みなど見た事くらいありますでしょう?」

「ま、まぁ…な…。その…、お前がここまで出来るとは思わなかったからな。少し驚いただけだ」

「お褒めいただき光栄です」


 そして再び歩き始めたレキシントン一家。フィクスは平然とした素振りを見せているが、内心は汗だくになっていた。


(思わず強がって誤魔化してしまったが…、あんなにも迫力のある睨みは見た事がない…。これまで幾人もの強者と戦ってきたつもりだが、あそこまでの闘気を持つ者はいなかった…。

 今まで何度も死地をくぐり抜けてきたつもりだが、そのどの時よりも今のジーナに恐怖を感じた。まさかジーナがここまでのものを出してくるとは…。あれなら熊も逃げ出して当然だ。

 しかしジーナはまるでそれが当たり前と思っているような素振りだな…。となると本気は出していないということか…。

 これほどの力を睨むだけで引き出せるのならば、戦闘も既に私を上回っているのだろうな…。いや、上回るどころか私が到達できていない次元にいるかもしれん。なんだか娘の存在が遠く感じてしまうな…。もしかすると、これが親離れというものか…)


 言葉には出さずともジーナの睨みに恐怖していたフィクス。娘に対する恐怖感と同時に、フィクスは複雑な思いを感じていた。

 フィクスは娘が今後社会で生きていけるようにさせるため、そして人として立派になってもらうため、無理やりアイラに同行させた。そうして自分で娘を突き放したフィクスだが、この一ヶ月程度で既に独り立ちしている娘の姿に寂しさを感じていたのだ。


「ジーナ。お前はアイラ様方と過ごして、強い闘気や覇気、もしくは圧のようなものを感じた者や事はあったか?」

「そうですね…。覇気や圧力という点では、グリセリア女王陛下はとてもお強かったです。しかし女王陛下含め、周囲の方々が口を揃えてその点はアイラ様が最も強いとおっしゃっていました」

「アイラ様が?」

「はい。私は話を聞いただけで実際に見た事はありませんが、アイラ様ならば相手を一瞬睨むだけで意識を失わせることができるとか…」

「とんでもないな…」

「アイラ様は精霊様方や神獣様方、神龍様と契約されてらっしゃるわけですから、その程度は可能でも不思議ではありませんが」


 ここで家族間の会話は途切れ、その後は静かに山を下り、森の中を歩き続けた。

 そしてフィクスとリアンヌの体力がそろそろ目に見えて厳しくなってきた頃、ジーナが正面を指差した。


「見えてきましたよ。前方が目的地です」

「やっと着いたのね~。少し疲れちゃった」

「大丈夫ですか?母上。おぶりましょうか?」

「大丈夫よ。怪我してるわけじゃないもの」


 ジーナの気遣いに笑顔を見せるリアンヌ。


「なぁ、ジーナ。今更なんだが…、ここまでどうやって道のりを覚えたのだ?あの獣道と森林の中を磁石もなくどうやって方角を…」

「ああ、勘で歩いてました」

「か、勘…?」

「ええ。方角の分からない場所でも勘で動けるよう何度も訓練しましたので」


 ジーナはアイラ達が領地視察中だった頃、神獣達の指導のもと、方角が明確でなくとも目的地に辿り着くための方法と訓練を受けていた。これにはシャロルも参加し、メイド二人で訓練に励んでは頭痛に悩まされる時間を繰り返していた。

 幾度かの訓練の結果、シャロルとジーナは深い森の中や山奥でも直感で正しい方向に移動できる能力を備えることに成功していた。ただしこの能力はディゼフォーグ地帯では通用しない。

 なおアイラは方角が分からずとも他の能力で十分カバーできるため、訓練は見物していただけで参加はしていない。


「到着しましたら、まずはアイラ様のもとへご案内致します。その後はしばらく身体を休めていただきまして、時を見て調査団から聴取を受けていただきます」

「承知した。お前のアイラ様の下での働き、親としてしっかり見させてもらうぞ」

「父上。その時間があるのであれば、騎士団長として誰か有能そうな人物を見極めてくださいませ。もしかすると調査団の中にユートピア騎士団入りする者がいるかもしれませんよ?」

「ほう、父に言い返すようになるとは。ところでユートピアとはなんだ?」

「あ、言ってませんでしたね。ユートピアとはアイラ様が治める領地の名です」

「ほほう、ユートピアというのか。良い名だな」

「そうね。アイラ様がどういう街づくりをしていくのか、楽しみだわ」


 レキシントン一家はその後も雑談を続けながら、アイラ率いる調査団がいる廃村へと入っていくのであった。


 そんなレキシントン一家の様子を離れた場所で窺っていた存在がいた。


「ふぅ…、何事もなくアイラ様と合流できそうですね。私も合流するとしましょう」


 こっそりジーナを尾行して見守っていたネロアは、レキシントン一家が廃村へ入っていく姿を見届けた後、オリジン達のもとへと戻って行った。

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