アグナとネロアの生前の立場
川の流れを再開させた後、流れを監視するために川辺にテントを張って待機する私達。こうしてみると何だかキャンプしてるみたい。
でもこんな中で、私は一言心に叫びたい言葉がある。それは…。
(暇だあぁぁぁぁぁ!!!)
メッチャヒマ!とにかく暇すぎる!暇で暇でしょうがない!
「ぐぅ…」
フェニックスはテント近くで小型化した状態でうたた寝してる。
「そういえばアルテ。トイレは平気なの?」
「別に今のところ行きたくはなってないけど」
「じゃあ行きたくなるようにお腹擦るわよ」
「なんでよ。必要ないでしょ。どうして排泄を促されなくちゃいけないのよ。何故にそんなトイレに行きたがらせるのよ」
「だって今あたりでしておかないと、またどっかのタイミングでトイレに籠ったきり出て来なくなるじゃない。なら今のうちに…」
「だからって無理やり排泄を促すのはどうかと思うわよ」
「じゃあいいわよ。今度からアルテの食事にだけ下剤混ぜるから」
「私を常時下痢にさせるつもりか」
アテーナとアルテはまた二人っきりで漫才やってる。話しかけにくい…。
「……」
ネロアさんは静かに川を眺めてる。何だか考え事をしてるようにも見える。よし、話しかけてみよう。
「ネロアさん、考え事ですか?」
「あ、いえ。なんとなく昔の事を思い出していました」
「昔の事?」
「ええ。自分がまだ精霊ではなく、魔族として生活していた頃の事です」
「ネロアさんの生前の頃ってことですか?」
「そうですね」
そういえばネロアさんとアグナさんは元々魔族だったんだっけ。今でこそ精霊という伝説の存在である二人だけど、生前はどんな生活を送ってたんだろう?
「ネロアさんって生前はどこでどんな立場にいたんですか?」
「クロコダイル魔王国の政府中枢にいました。これでも元魔王国宰相の地位にいました」
「え!?てことはネロアさんは当時の魔王国の国王側近…」
「はい、そうです。現在の魔王の祖父にあたる方が国を治めていた頃ですね」
「そうだったんですか…。けっこう高い地位にいたんですね」
普段おしとやかで割と控え目で物忘れがやや激しいネロアさんが一国の宰相を務めてたなんて想像付かない。けっこう以外。
クロコダイル魔王国は非常に長い歴史を持つ魔族が治める国。ハルク様の神話が語られている二千年前には既に国が存在していたとされていて、実際にハルク様の神話の中にも国の名前が登場してる。
シュバルラング龍帝国と同様に他国へは不干渉を貫く国で、世界各国も魔王国には接触しない。
国の統治は王族が行ってるけど、政府としての政治的役職に就いてる者はみんな平民で、貴族制度は存在していない。いわゆる民主主義国家ね。日本も政治家とかは一般の国民から出てるし、その辺と似てるかな?
ちなみに『魔族』という括りの中にも種族が別れていて、『ヴァンパイア』とか『サキュバス』とか『オーク』とか『リザードマン』とか『ゴブリン』とか、ファンタジーで語られるような種族もこの世界には存在してる。
それと、普段は人の姿をしていて戦闘時に本気になれば変身してパワーアップできると言われている『ハイワンズ』という種族もいる。
魔族の中では『ヴァンパイア』と『ハイワンズ』が戦闘能力、身体能力、知力、魔力全てにおいてトップクラスで、そして人間と容姿は変わらない。聞いた話だとヴァンパイアもハイワンズもみんな美男美女なんだとか。ちなみに魔王国の王族の種族は吸血鬼。
あ、それから魔族は種族問わず角があるとかないとか?でもネロアさんもアグナさんも角ない。
「ネロアさんって魔族の中で何の種族だったんですか?」
「ハイワンズです」
「そうなんですね。ハイワンズって戦闘力とかスゴイって聞きますけど、実際やっぱり強かったり?」
「ええ、私自身精霊になった後に気が付きましたが、人間と比べると圧倒的に違うようです。保持できる魔力の基礎量も全然違いましたし、体力の持続力もハイワンズが圧倒的ですね。ただ全力を出した時の力量だと竜族より劣るようです。人間と同じで魔法の種類に得意不得意もありますし。ちなみに私は水や氷に関係する魔法が得意でした」
人間には圧倒的に勝る力はあるけど、竜族には敵わないんだ。そう思うと竜族ってすごいな。
「当時から水系魔法得意だったんですね。だから水の精霊に?」
「う~ん、自分が水の精霊になった理由はちゃんと聞いていないんですよね…。現在の精霊一同を選別した先代の神は、別の世界の構築のために異動してしまったので簡単に会えませんし…」
自分が精霊になった理由を知らないのか。オリジン様は知ってるのかしら?
「ネロアさんやアグナさんが精霊になっている事は、現在生きてるご子孫の方々は知っているんですか?」
「私に子孫はいません。私は生涯独身を貫きましたし、当時の私の親戚の家も、私が調べた限り後継がいなかったようで現在消滅しています」
「あ、そうだったんですね。すいません…」
「いえいえ。あ、でも現在の王族は私とアグナさんの事を精霊として理解していますよ」
ネロアさん、生涯ずっと独り身だったんだ…。結婚して子供いそうなイメージだったんだけどなぁ。
「アグナさんも同じ魔族ですけど、生前から付き合いとかあったりしたんですか?」
「そうですね。彼女とは私が宰相になる少し前の頃からの友人です。彼女も私と同様にハイワンズでした」
「じゃあもうかなり長い付き合いですね。ちなみにアグナさんはどんな地位に?」
「彼女は魔王国軍に属していた兵士でしたよ。当時は‘業炎の戦士’という通り名を持つ有名人だったんですよ。当時の魔王国において最強を誇った戦士でした」
「そうだったんですか!?戦闘に長けてたんですね、アグナさん」
アグナさんと初めて出会った頃、少し気が強そうな印象を感じたのはもしかしてアグナさんが戦士だったからってのもあるのかな?
にしても当時の魔王国で最強の戦士か…。もしかすると今もハルク様のように神話となって魔王国の中だけでアグナさんの事もネロアさんの事も語り継がれてる可能性は高いわね。王族は知ってるみたいだし。
「宰相を務めていた頃は毎日が非常に激務でしたが、僅かな時間を見つけてはこうして川の水の音を聞いていたものです。
精霊になった今も、時々こうして川の音を聞いて当時の事を思い出しています。大変でしたが、なんだかんだで楽しかったので」
「へぇ~、良いですね。ちなみにどんな暮らしをしてたんですか?」
「そうですね…。宰相としては、当時のアグナさんや部下達から上がって来た情報をもとに政策を練ったり、仕事を放棄して逃げ出した当時の魔王陛下を追いかけてお仕置きしたり…」
真面目な仕事ぶりだと思いきや、魔王様がサボり魔だった。ネロアさん実はけっこう苦労人?
「私生活では大半の時間を川や湖といった水辺で過ごしていましたね。特に何かするわけでもなく、ただぼんやりし続けていました。普段の仕事が忙しい分ゆっくり過ごそうと思ったら、自然とそんな日々になっていました」
水辺でゆっくりというのは一見優雅に聞こえるけど、丸一日水辺から動かなかったのであれば、仕事が激務だった事を考えると、うつ病状態だったのかもしれない。
ちなみにクロコダイル魔王国は周辺が山々に囲まれているため海がない。それと晴れの日も少ないと言われている。
「アイラ様のご友人だった方々の中に、確か魔王国の方もいらっしゃるんですよね?」
「はい、いますね」
「魔王国は基本的に不干渉を貫きます。探し出して再会するのは容易ではないかもしれませんが、私は全面的に協力しますので、必要になったら何でもお聞きくださいね。アグナさんにも伝えておきます」
ネロアさんは微笑みながら協力を申し出てくれた。元魔族だったネロアさんとアグナさんには、魔王国と関わりを持とうとした時に必ずお世話になるだろう。お願いせずとも協力的になってくれてるのはとても助かる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私も笑みを浮かべて頭を下げ、協力に感謝をした。




