新たな機能と、おにぎり
エウリアが要求してきた道具は爺やが用意してくれた。捨てる予定の使用済みゴミ袋。
「それで?これをなにしてどうするの?」
「眼色魔法での瞳の色を変える力を出していただければと。ただし発動の仕方を変えて。
通常はご自身で変えたい瞳の色を想像すれば瞳の色は変わりますが、想像するものを色ではなく物体にしてください。例えば石や岩、金属、鉄、土、砂、コベト等です」
「色じゃなくて物体ね…」
私はエウリアの説明を聞いてピーンときた。この能力は、もしかすると前世の頃にファンタジーでよく聞いた『石化』を意味するんじゃなかろうかと。
てなわけで私は石を思い浮かべながら、袋を見つつ眼色魔法を発動させた。すると…。
「え!?ふ、袋が…!」
「みるみる石に…、変わっていく…」
シャロルとジーナのダブルメイドが驚きの声を上げる傍で、私は予想が的中したので納得していた。
袋は元々の形を一切変えることなく、そのままの状態で石に変化した。一瞬で変化するんじゃなくて、少しずつゆっくり変化する点も思った通り。
触ってみると手触りは本物の石そのままだし、持ってみても石の重さ。
「もしかしてとは思ったけど、やっぱり予想通りの結果ね」
「あら?アイラ様は結果を予想されていたのですね。しかも当てるだなんて、さすがです」
笑顔で私を評価するエウリアの隣で、メリッサは無言無表情。
「ちなみにもとに戻す場合はどうするの?」
「戻す方法…、ない…」
「ない!?変化させたらさせたっきり!?」
「ん…。永遠に…、そのまま…」
メリッサいわく戻す方法はないらしい。なら使い方を慎重にしないと…。
「私から補足させていただきますと、人間や動物、植物にも有効ですが、魔物には通用しません。理由は分かりませんが…。
なおメリッサが言いました通り、一度何らかの物体へと姿を変えられた生物は二度ともとの姿に戻ることはなく、身体は壊されるかまたは永遠にそのままとなり、その生物の魂は天へと向かいます。つまり、姿を物に変えられることは、その者の死を意味します」
エウリアの補足を聞けば聞くほど危険で恐ろしい能力。牽制には使えないわね。でも使い勝手は広そう。
何か素材が必要な時に、別の素材を必要な素材に変えられたりできるでしょうから、領地開拓や緊急で物が必要な時に役立ちそう。
「ちなみにメリッサは一度に約二十人以上の人間を僅か数秒で物体に変えたことがあるんですよ」
「ん…、得意…」
「そ、そう…」
エウリアは急にメリッサの能力自慢をしてきて、メリッサも何故かピースしてる。無表情だけど。
「アイラ様なら…、多分、一度に百人以上は変えられるはず…」
「「百人!?」」
メリッサの発言に驚きの声を上げたのは、シャロルとジーナのダブルメイド。何気なく息ピッタリな二人。
「まぁ、自分なりに研究して制御するわ。何かあったら相談するわね。ありがと。エウリア、メリッサ」
「いえいえ、お礼など勿体ないです。私達は警備に戻りますので、これで…」
失礼します。と、エウリアが言いかけたけど止まった。何故かというと、メリッサが全く動かないから。
「……」
てかメリッサが何かメッチャ訴えるような目で私を見てる。
「どうしたの?メリッサ。仕事に戻るわよ」
「……」
エウリアが声をかけてもメリッサは動かない。その直後。
ぐううぅぅぅぅ…。
お腹が鳴った。鳴ったお腹の主はメリッサ。もしかしてお腹が空いてるから動かないんじゃ…。
「お腹空いた…」
案の定メリッサは空腹を訴えてきた。しかも何故か私に向かって。
「メリッサ、朝ごはん食べたでしょう?もうお腹空いたの?」
「お腹空いた…」
お昼にはまだ遠い時間。メリッサは今日の朝もしっかり朝食を摂っていた。しかも食べ過ぎなんじゃないかと思うほどの量を。なのにもうお腹空くなんて、消費エネルギーどうなってんのよ。燃費の悪い大排気量車じゃあるまいし。
「お腹空いた…」
メリッサは同じ発言を繰り返す。まるで私に「何か作れ」と言わんばかりに。
「メリッサ。それをアイラ様に言っても何もならないでしょう?お昼ごはんまで我慢なさい」
「お腹空いた…」
姉のエウリアの注意も相手にせず、同じ姿勢を崩さないメリッサ。こりゃ梃子でも動かないつもりね?
「わかったわよ…。魔法教えてくれたお礼も兼ねて何か作ってあげるわ。ちょっとした軽食だからね?お昼ごはんもちゃんと食べるのよ?」
「ん…、ありがと…。アイラ様…」
私がキッチンへ向かうと、メリッサはなんとなく嬉しそうな表情をしていた。無表情ではあるんだけど、僅かにほころんでる感じ。
そんなメリッサの隣でエウリアは額を抑えてため息を付いていた。そんなに普段から食い意地張ってるのかしら?
(そういえばジオの家の総菜屋さんで大量に惣菜を購入したってアテーナとアルテが言ってたわよね。よく考えるとメリッサって一食の食事量かなり多いし、実はけっこう大食い?)
メリッサ大食い説を自分の中で勝手に立てつつ、炊いたお米が多くあったから『おにぎり』を作ってあげることにした。…そういえばこの世界には『梅干し』がないのよねぇ…。どこかに梅の木自生してないかな?ていうか漬物も作りたいな…。
「お嬢様、お米を握って何を作るのですか?」
「おにぎり」
「おにぎり?」
「私とセリアが前世で生活してた国で大昔から食べられてた料理よ。手のひらに塩を馴染ませて、炊いた白米を握るの。中に具材を入れたり、お米に混ぜ込んだりしても良いんだけど、今回は急こしらえだから何もなしね」
この世界にはおにぎりはない。だからなのか、シャロルを始めみんなして興味津々でキッチンに集まっている。
特にメリッサは私がおにぎりを握る光景を食い入るように見ていて、無表情ではあるものの目が輝いてるように見える。食への執着すごいな…。
握り潰さないよう空気を含みつつ三角に握った後、包むのにちょうど良いサイズの海苔があったから、それを使ってそっとおにぎりを包む。…海苔はあるのよ、この世界…。
「はい出来上がり。メリッサ、どうぞ」
「ん…、いただきます…」
メリッサは一口食べると、その後は夢中になっている様子で黙々と食べていた。
「ごちそうさまでした…。美味しかった…。ありがとう…、アイラ様…」
「お粗末様でした。お口に合ったようで何よりだわ」
メリッサは相変わらず無表情ではあるものの、満足してる様子。
「お仕事…、戻る…」
「食べた分きっちり働いてよ?」
「ありがとうございました、アイラ様。それと…、もしご面倒でなければ、今度私にも作ってはいただけませんでしょうか?おにぎり。何だか妹の食べる様子を見ていたら食べたくなっちゃって…」
「良いわよ。今度はちゃんと具材揃えてから作ってあげる」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね。では」
お腹が満たされたのか満足そうなメリッサと、おにぎりを予約してきたエウリアは、別館警備の仕事へと戻って行った。
「あの、アイラ様。我儘を言うようで申し訳ないのですが、私もおにぎりを…」
「ちょっとジーナさん。主に対して我欲を出さないでください」
「わたくしめも食べてみたいですな~」
「トンジットさんもですか!?」
「私も食べたいです」
「アテーナに同じく」
ジーナをきっかけにしてみんな私の作るおにぎりが食べたいと言い出した。
メイド視点を常に重視するシャロルは、最初はジーナを注意したものの、みんなが食べたいと言い始めたために孤立してしまった。
「フフッ。みんな食べたいみたいよ?シャロル。今後の予定が整ったら大丈夫そうな時にみんなの分も作ってあげるわね。シャロルの分も。
そもそもこうして別館にいる時も、領地視察してた時の野外炊事でも私だって料理してるんだから、今更気を遣う必要なんてないのよ?」
「そ、そうですか…?では、お言葉に甘えて…」
私の言葉でシャロルは折れた。なんだかんだでシャロルも食べたかったんじゃないの?




