海の巨獣ガブガ襲来
後半は視点がアイラから外れます。
玄関ロビーへ向かっている途中、私の中にいる神龍が声をかけてきた。
(アイラよ、聞いているか?)
(はいはい、どうしたの?)
(ガブガとの戦闘、我も参戦しよう)
(え!?神龍、海の中平気なの!?)
(我は精霊と同じくどこでも状態は変わらん。海の中でも地上や上空と同じ動きが可能だ)
(そうなんだ。じゃあよろしく)
(応。それと今回、スルトが力を与えるそうだ。ガブガという巨大な破壊対象がいるからな)
どうやら私に宿る‘破壊を司る精霊’スルトが力を与えてくれるらしい。今まで条件に当てはまる事がなかったからお世話になる事がなかったけど、いよいよどんなものか体感できる時がきたみたいね。
(解った。スルトによろしく伝えておいて)
(うむ。城から出て次第、力を与えるとのことだ)
ここで一旦神龍からの念話は切れた。
「アイラ様?どうしましたかな?」
「神龍と話してた。神龍も私の外に出て戦うつもりみたいよ。スルトも力を与えてくれるって」
「ほ~」
「神龍様が?嬉しいわねぇ!心強いわ!」
神獣にとっても神龍は大きな力のある存在みたい。二人の反応を見てると良く分かる。そういえば神龍がまともに戦う姿、今まで見たことないわね。
「とにかく急がないと…。犠牲者が出てからじゃ遅いわ」
「そうですな。一刻も早く救援しませんと」
私達は泳ぐスピードを上げて玄関ロビーへと急いだ。
でもって急ぐのは良いんだけど、泳ぐペースは私よりもスキュラさんと爺やの方が速い。私はどうしても置いて行かれる。私は超久々に泳いでるし、二人は泳げて当然の存在だし…。そりゃそうよね。
ホントはやろうと思えば魔法とか使って勢い任せに突撃式で泳ぐ方法もあるんだけど、それだと猛スピードにはなるけどまっすぐにしか進めないから城の壁をぶっ壊す可能性がある。
もう一つの方法として精霊達みたいに一瞬で現場に行ける方法も覚えてはいるけど、いかんせん初めて来た場所だからそれを使って良いのかどうか…。
なんて考えてるうちに玄関ロビーが見えてきた。あそこを通れば外に出る。
「スキュラさん、爺や。先に行っててください。私は後から追いかけます」
「え?でも…」
「スキュラさん、行きましょう。アイラ様は大丈夫でございます」
私の言葉に戸惑うスキュラさんだったけど、爺やが理解してくれた。
「ゴメン、先に出るわね。どうか無事で!」
「先に参りますぞ。ご武運を」
「ええ、二人もどうか無事で!」
スキュラさんと爺やは猛スピードで玄関から外へ出て行った。あそこまでのスピードをずっと出さなかったのは、もしかして私に速度を合わせてたから?緊急事態に…。
「……」
無人となり静寂に包まれている城内を、私はポツンと一人でペースを下げて泳ぐ。一応念のための体力温存のために…。体力は尽きないと思うけど。
(おい、早くしろ。さっさと戦わせろ)
(うっさいわ。ペースってもんがあんのよ)
神龍が私のペースに苦情出してきたけど、言い返して放っておいた。
ようやく城の外に出ると、正面に見える里は何ともない。まだ里自体に被害はないみたい。でも上の方を見上げると、異様な光景が広がっていた。
里の真上には唖然としてしまうサイズのサメが大量にウヨウヨしていて、隙間がないくらいの数がいた。って、あれ絶対メガロドンじゃん!前世の頃にネットで見たやつそのまんまだよ!前世の世界じゃ存在が否定されてたメガロドンだけど、この世界の方で存在してたよ。ビックリ~。
「…ん?」
ふと、上から落ちてくる人魚がいた。多分男性。しかも真っ逆さま。
よく見ると血を流しながら落ちて来ていて、私の傍に墜落した。
「大丈夫!?しっかり………っ!」
私はその男性人魚に急いで近寄ったけど、既に息絶えていた。
直後、また人魚が落ちてきた。同じように息絶えた状態で。
上を広く眺めてみると、ガブガに応戦している人魚達がいる。そしてまた一人、血を流して落ちてきた。
人魚達は苦戦している。ガブガを見ていると、まるで人魚達をあざ笑うかのように攻撃の隙を見せて動いているのが分かった。
「あ……」
私は衝撃の光景を見てしまった。人魚が…、ガブガに食われた…。巨大サメに人魚が捕食された。
弱肉強食の世界として考えれば、それはもしかすると大自然の流れなのかもしれない。でも私の心はとてもそれを受け入れる気にはなれなかった。
この人魚の里はとても美しい場所。人魚達もみんな美男美女で羨ましい。
総指揮をとるスキュラさんも族長として立派だと思うし、ミンスマンさんも緊張しちゃってたけど良い人魚なんだと思う。
カリーナだって使用人として一生懸命だったし、ゲルダみたいな嫌な奴もいたけど、きっとそんなのは少数で、みんな優しいんだって私は勝手に思ってる。
そんな人魚達が殺された。そして食われた。しかもあざ笑うかのように。
私の心の中で、何かが沸騰し始めているような、そんな気がした。
「よく頑張りました。この無念は必ず晴らします。人魚族の未来は、他のみんなが背負ってくれますから…」
私はそう言いながら、一番近くにいた絶望の表情をしたまま亡くなっている人魚の目蓋をそっと閉ざした。
再び上を見上げると、人魚達とガブガで激戦が繰り広げられている。ある方面ではスキュラさんが大きなモリを持って戦っている姿が見えた。それとはまたズレた位置では、爺やが本来の姿で雄叫びを上げながら破壊光線っぽいものをガブガに食らわせている。
しかしそれでもガブガの個体数は減っている気がしない。それだけガブガの個体数が多いってことか。
「フフフ…。だったら余計に力を発揮できるというものだな…」
もう私の口調は普通じゃなくなっていた。私の心の中で沸騰し始めていた感覚は、すでに沸騰しすぎて溢れかえっていた。
直後、体内から異常な程の力が出てきているのを感じた。多分スルトだ。
精霊達の説明によると、スルトは特殊な能力を与えるわけではなく、元々ある力を総合的に異常なまでに引き上げてくれるらしい。つまり体力とか筋力とか魔力とか…。
例えるなら、殴ってもビクともしない岩が、小指でコツッと当てただけで粉々になる。みたいな。
(神龍。出番)
(応!我はそのまま突撃するぞ!)
神龍は轟音とともに私から出てくると、そのままガブガへ突撃して行った。
「さて…」
私は片手の指をバキバキと鳴らし、高速で上へと上がった。そして人魚を仕留めようとしていた一頭のガブガめがけて、一切の容赦なしに思いっきり拳を振った。
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アイラが突撃を開始する数分前。
「クソッ!なんだ今回の数は!多すぎるにもほどがあるだろ!」
「こんな数対応できねぇぞ!」
「弱音を吐くんじゃねぇ!俺達が守らないと里は壊滅!避難してるみんなも殺されちまうぞ!」
「んなこたぁ解ってんだよ!」
ガブガ襲来に迎撃をしている里の人魚達は、ガブガの個体数に困惑し、苦戦を強いられていた。
ガブガ一頭に対し人魚達は十名以上がかりで時間をかけて応戦してやっと倒せる。過去に現れたガブガは一頭から二頭程度であり、犠牲者を出しながらも応戦出来ていた。
しかし今回ガブガは群れとなって襲来しており、その数はおよそ数十頭。人魚達がまともに応戦出来る状況ではなかった。
「てやああぁぁぁぁ!!」
そこにスキュラが参戦。大型のモリを使って一頭のガブガに大きなダメージを与える事に成功した。
「ス、スキュラ族長…!」
「お待たせ。というか何なのこの数!」
「奴ら群れで襲い掛かって来ています!これだと応戦しきれるかどうか…」
「しきれるかどうかじゃなくてするのよ!うりゃあああああ!」
「グオオオオオオ!!!」
今度は雄叫びのような声が響き渡り、大きな振動が周辺に伝わる。本来の姿に戻ったリヴァイアサンが、ガブガとの戦闘に介入したのだ。
リヴァイアサンは口から水色の光線らしきものを発射。ガブガ一頭を一撃で沈黙させた。
「ありがとう、リヴァイアサンさん!助かるわ!」
「お礼はまだ早いですぞ。まだ敵はおりますゆえ」
「ええ、そうね。みんな!この後続いてアイラ様と、彼女と契約している神龍様が来てくれるわ!勝機はある!奮起しなさい!」
<<<う、うおおぉぉぉぉ!!>>>
スキュラの言葉に奮起の声が上がる。だが…。
「神龍様は伝説として有名って聞いた事があるから解るけどよ、あの地上の少女は頼りになるのか?」
「分からねぇけど普通じゃないのは確かだぞ。俺たまたま近くで見かけたけど、異様な雰囲気放ってた」
「なんか族長とか他の神獣様とか、精霊様とか神龍様の契約者だとは聞いてるけどよ、本人戦力になるのかよ?雰囲気も契約してるからじゃねえのか?」
一部の者は、アイラが戦力になるのか疑問視していた。
「ん?っ!おい!」
「ん?どうした…、っ!お前!逃げろ!」
「え…?わ…!…ぁ…」
一頭のガブガが一人の人魚に襲い掛かろうとしている事に他の人魚が気付き、慌てて逃げるよう叫んだ。人魚は直前に気付いたが間に合わず。ガブガの攻撃を食らった後、そのまま里へ沈んで行った。
「…畜生!」
「クッソオォォォォ!てめえらあぁぁぁ!」
人魚達は仲間が殺られた怒りで奮起。しかしその直後。
「あ…!」
「ち、畜生!あいつら…!」
違う位置で一人の人魚がガブガに捕食された。ちょうどこの瞬間を、アイラも里から見ていた。
それから少しして、人魚達の耳に轟音が鳴り響いた。
「おい!何の音だ!」
「見ろ!下だ!」
人魚達の下、里の方から金色に輝く巨大な龍が出現。神龍が戦闘に加わったのだ。
「我は神龍。支援するぞ。勇敢なる人魚族の戦士達よ」
神龍は名乗った後、金色とオレンジ色が混じった巨大光線を発射。ガブガ三頭を一気に沈黙させた。
「おお!なんという力!」
「すごい…!これなら勝機はある!」
神龍の力を見た人魚達は、一斉に奮起した。
「…ん?」
別位置で戦闘をしていたスキュラは、どこからか得体の知れない異常な力を感じ取っていた。
「どうやら相当な神気を放出させているようですな」
「神気?リヴァイアサンさん、この感覚って…」
「間違いなくアイラ様ですな。わたくしめもここまで強い神気を感知したのは初めてです」
リヴァイアサンは力の正体がアイラだと直感的に分かっており、スキュラに教えた。
「アイラ様の力か…。…っ!あんた危ない!」
「…え?」
スキュラは近くにいた人魚がガブガの餌食になろうとしている事に気付き、その人魚に向かって叫んだ。
しかし時すでに遅し。人魚がガブガの攻撃を食らう寸前だった。スキュラが慌てて向かおうとするが間に合わない。
「うわああああああ!!」
人魚は絶望に満ちた叫びを上げた。誰もがその人魚に終わったと感じた。
だが、襲い掛かりに来ていたそのガブガは、人魚の前から一瞬でいなくなった。のではなく、下にある里から上がってきた人物によって殴り飛ばされた。
ガブガを殴り飛ばした人物。神力を解放し神気として放ち、圧倒的な力を保持する存在。そして人魚達を殺された悲しみによって怒りマックスになり、雰囲気も人格も目つきも変わったアイラが参戦した瞬間だった。




