神龍と、改めて
桃の木がある場所から再び移動を開始した私達は、渓谷の奥へと向かう。
進めば進むほど渓谷は峡谷へと変化していき、山は高くなって険しさを増していく。…あくまで上空からの感想だけど。
フェニックスは基本的に飛行中はずっと高度を一定に保っている。平地にいる時はそれなりに高く感じていたけど、今は地面が近くまで迫っているから、標高がかなり高くなってきていることが良く分かる。
「ん…」
なんかシャロルの様子が若干おかしい。
「シャロル?どうしたの?」
「いえ…。何だか先程より呼吸がしづらい気がしまして」
「あぁ、この辺りまで来ると地上に降りても標高が高い場所になるから、酸素が薄くなってるのよ。今よりも少しでも苦しくなったら言ってちょうだい。じゃないと命の危険すら出てくるから」
「解りました」
平地にいた時は上空を飛んでいても地上に降りれば問題はなかった。でもこの辺は地上でも標高が高い。常に酸素が薄い状況に晒される。
私は神体だから酸素が薄かろうが平気だし、他の同行者達も酸素が薄くても大丈夫な身体になってる。でもシャロルは人間。いくら鍛えていて私の神気を浴びてると言っても、人間である事に変わりはない。酸素が薄くなれば呼吸が苦しくなるのも当然のこと。
シャロルの事気にしておかないと。高山病にでもなったら大変だし。
「アイラ様。正面に見えている岩場に着陸致します」
「あ、はいはい。了解」
フェニックスは峡谷の一部、着陸が出来るくらいの広さの場所に着陸。周辺は手付かずの大自然のみで、特にこれと言ったものはない。
「アイラ様。ここから先はさらに標高が高くなります。飛行高度も上昇せざるを得ません。シャロルさんの現状態を見るに、この先へ同行させる事は危険と判断します」
フェニックスはこれ以上先にシャロルを連れてく事を危険視してきた。
確かにこれ以上標高が高くなって酸素がさらに薄くなったら、低酸素でも行動出来るメンバーじゃないと厳しいよね。
「そうね。今回はこれ以上先へ進むのは止めましょうか。アンプルデス山脈も目の前だし、これ以上進んでも今のところの大きな収穫はないでしょう」
「あの…、私のせいで…。申し訳ありません」
シャロルは責任を感じたのか、頭を下げて謝ってきた。
「シャロル。別にあなたは何も悪くないわ。標高が高くなれば酸素が薄くなって呼吸がしづらくなるのは当たり前なの。私や他のみんなはいろんな意味で平気だけど、人間なら今のシャロルのような状態が普通なのよ。だからあなたが責任を感じる必要なんてないのよ」
私は改めてシャロルに酸素について説明した上で、責任はない事を強調した。
「ちょっと良いか?」
ここで突然私の身体の中から神龍が出てきた。だから予告なしに出てくんなっつーの。
「この辺にちと見覚えがある気がしてな。軽く周囲を巡りたいのだが…」
どうやら神龍はこの辺りを巡りたいらしい。でもここから先へはシャロルを連れて行けない。
「それなら一旦私と神龍だけで周囲を飛びましょう。みんなはここで少し待ってて。シャロル、少しでも異変を感じたらみんなにすぐ申し出てね」
「解りました。お気を付けて」
私はみんなをその場に残して、神龍と一緒に浮遊して飛び立った。
神龍が向かおうとしている方向は峡谷の奥の方。もうアンプルデス山脈との境界線まで来た。
「どう?なにか見覚えある?」
「う~む…。見た感じ覚えはあるのだが…、もう少し標高が低かったような…」
「ちなみにどの程度前の記憶?」
「オリジンと契約していた頃だな」
「二千年前の記憶!?だったら全く同じ場所なんてほぼないわよ!あったとしても地殻変動とか気候の変化で見た目変わってるわよ!」
二千年前の場所を記憶だけで探そうとか、無茶にも程があるわ。
「にしてもなんで急に確かめようと思ったの?」
「二千年前、当時のオリジンと契約して龍帝国を出た後に、オリジンと改めて協力を誓い合った場所があってな。それがこの辺と似ているような気がしたのだ」
「なるほどね…」
神龍にとって、そしてオリジン様にとって二千年前の思い出の場所ってわけか。…それなら。
「だったら二千年ぶりに、今度は私と誓い合う?当時のオリジン様と同じような間柄になるんだし」
「ほう…、それは良いな。ならば一旦お主が降りれる場所を探すか」
ふと周囲を見渡すと、一ヶ所だけ何故か槍のように縦長に突き出てる岩場を発見した。先が細い。
他にあれ以上高い場所もないし、立てる範囲は小さいけどあそこで良いでしょ。
「あそこは?周囲開けてて中々良いと思うけど」
「なるほどな。あそこへ行くか」
神龍もオッケーしてくれたので、私は岩場に降りる。神龍はミニサイズから本来のサイズに戻り、私の周囲を飛び回る。
「それで、何をどうすんの?」
「特に儀式的なものはない。言葉での約束だからな」
「そう…」
私は少しの間目を閉じたあと、ゆっくりと口を開ける。
「…二千年前。この世界は各地で戦が多発し、大地は荒れ果て、人間も他の生物も皆苦しんだ。私はそう聞いてるわ」
「そうだな。我も惨状は見ている。間違いではない」
「時が経って今は、国家間対立や小競り合いがあっても本格的な戦争には至ってない。全てではないけど、ある程度の人々や生物はちゃんと暮らせているわ。
でもだからといって安心して良いわけじゃない。もしもどこかで戦が起きてしまったら、もしもどこかで悪行を働くような輩がいたら、私は神の眷属として、この世界に生きる一人として、悪なる連中に鉄槌を下さなきゃならない。
私はそのためなら手を血で染める事も躊躇わないし、悪い連中に絶望を味あわせ続けさせる事もする。そして追い詰められた者達に手を差し伸べ、自分が持つ最大限の力で救う努力をするわ。
それでも状況によっては、私一人の力では解決できない事がたくさんある。仲間の力が必要になるの。その中には精霊達も神獣達も、当然神龍、あなたの力も…」
私は一呼吸置いて、身体中に神気を纏い、真剣な目で神龍を見つめる。
「神龍。この世の伝説の一角を担う存在よ。私の身体が限界に達し力尽き、この世での役目を終えるその時まで、私に宿り、この世の自然界のために、この世の全ての命ある者のために、この世界そのもののために。その力と知恵の全て、契約主たる私に貸し与えよ!」
「承知仕った。我が神龍の名に懸け、そなたの決意を受け入れ、そなたのために、世のために、己の力を思う存分振るわん!」
誓いの直後、神龍は金色の何かをまき散らしながら飛び回った。おかげで私の周囲には金色の瘴気みたいなのが舞ってる。
「…さて、戻りましょうか。ていうか神龍、結局ここはあなたにとって覚えのある場所だったの?」
「うむ…、結局分からなんだ…」
分かんなかったのかーい。
「しかしその事に固執するつもりはない。二千年前に誓いを果たしたオリジンは、その役目を終えて今は精霊の女王だからな。
それに今この時に、使命を持ったお主とこうして契約し、誓いをしたのだからな。それで良いだろう」
「フフ…、そうね」
神龍は私の中へと戻って行き、私は再び浮遊して同行メンバーのもとに戻った。
その後私達は峡谷、そして渓谷を後にし、洞窟へ戻るのだった。ちょうど昼食時。
で、いざ洞窟へ戻ったら…。
「ジーナ!しっかり~!ジーナ!」
「ふえぇぇぇぇ…」
ジーナが目を回してのびていた。午前中でこの状態とか、一体どんなスパルタしたのよ…。




