出立後
一旦視点がアイラから外れ、後半でアイラに戻ります。
アイラ達を見送ったフィクスとリアンヌ。二人は彼女達の姿が見えなくなるまで玄関に立ち続けていた。
「行ってしまいましたね」
「ああ…」
「しかし本当に良かったのですか?ジーナを共に行かせてしまって」
「おそらく大丈夫だろう。あの子は簡単に根を上げるような子ではない」
「そうはそうかと思いますが…。アイラ様も、シャロルさんや他のお付きの方々も相当な強者かと思います。ましてや神獣様をお連れになられていた点を踏まえると、アイラ様は何やら大きな秘密を抱えているような気がしてなりません」
「なんだ?心配か?」
「ええ、あの子の母親ですから」
フィリスとリアンヌは、アイラやシャロル、他のお付きを見て、常人ではない雰囲気を感じ取っていた。そしてアイラが神獣を使役させていた点から、他にも公にしていない何かがあるのではと考えていた。
ゆえにリアンヌは、まだまだ様々な点で未熟なジーナをアイラ達の中に放り込んで良かったのか、心の底では疑問に思っていた。
「私が感じ取った全てを理解した上でジーナを同行させたつもりだ。アイラ様やお付き達の傍にいさせれば、自然と強さの基準値が変わってくるだろう。確実に強くなるはずだ。実力も精神も。ここではあの子に戦闘の術しか教えてやれんかった。世間的な他の仕事や営みは、言葉でしか教えられんかった。だがこれからはアイラ様が直にいろんなものを見せてくれるだろう。そうすれば、ジーナに新たな目標が出来るかもしれん。
それにお前の言う通り、アイラ様は何らかの秘密を隠し持っているだろう。ジーナは同行することによってそれを知るかもしれん。知ればアイラ様はジーナを離さないはず。あの子が帰ってくる事は容易に出来なくなる。ジーナを引き返させないようにするにはうってつけだ」
「なるほど…。そういうことですか」
リアンヌの疑問にフィクスは至って冷静。そんなフィクスを見たリアンヌは、それ以上の事は言わなかった。
「にしても、まさかアイラ様と再会できようとは…。運命とはやはり分からぬものだな」
「そうですね。あんなにお美しくなられて…。なにより元気そうで良かったです」
「そうだな。しかしアストラントはいよいよ地の底まで堕ちたな。ガウスも苦しかろうに…」
「第二子が生まれる予定だとシャロルさんはおっしゃってましたよね。アイラ様は生まれてくるその子を見る事なく家と決別しなければいけなかったわけですから、ご本人もガウス様もマリア様もお辛いでしょうに。特にマリア様のお身体に負担がかかってなければ良いのですが…」
「それは確かにそうだが、ガウスが暴走していないかも心配だな…」
「ヘルモルト伯爵家のノワール嬢も一緒にグレイシアに連れてきたと言っていましたね。あのグラマン伯爵の…」
「リアンヌ。グラマンの名は出すな。聞くだけで虫唾が走る」
「これは…、失礼致しました」
「……。劣悪な家庭環境か…。あのクズは自身の子供達や使用人に対しても何も思わんのか。物欲に満ちた傲慢貴族め…。昔よりますます醜さを増してるようだな…」
「レイリー嬢死去の話をアイラ様から聞いた時は驚きでしたが…。あまり聞くに堪えるものではありませんでしたね」
「監禁された挙句に病に侵されて息を引き取るとは…。あまりに悲惨で不運としか言いようがないな。…アイラ様は話していなかったが、もしかするとアイラ様はノワール嬢がレイリー嬢と同じような道を辿る事を恐れてグレイシア移住に誘ったのかもしれんな」
「確かにそれはあり得そうですね。丁度良い時だったのかもしれません。しかしそれでノワール嬢が誘いを承諾したのですから、それほどヘルモルト家は酷かったという事なのでしょうね」
「娘が逃げ出すほどの環境とは、もはや酷過ぎて表現しきれんな。グレイシアでアイラ様と同様に領地を持つようだからな。アイラ様とともに良い領主になってほしいものだ」
「そうですね。それは切に願います」
アイラはフィクスとリアンヌにノワールの事も説明していた。それを聞いた二人は、王城でノワール本人から話を聞いていたクレセント大公妃と同様に、深く心を痛めていた。
「学友にリベルト王子がいたというのに、ヘルモルト家の内情は把握していなかったようだとアイラ様は話されていた。そして貴族令嬢が二人同時にグレイシアへ移住する事態…。そしてそれを止めなかったか止められなかったかは知らんが実行させたアストラント政府と王族…。政府のグレイシアへの多額の借金…」
「…?あなた?」
フィクスは突然黙り込み、何かを考える。そんなフィクスにリアンヌは首を傾げる。
「…リアンヌ。私は近い将来、アストラントは貧困国になると予想している」
「貧困国…ですか?」
「アイラ様やシャロル殿の話から、現在のアストラントは昔よりも遥かに政治体制が悪くなっていると予想できる。そしてそれがもし、あの醜い傲慢伯爵が中心となって起きている現象だとすれば、今後アストラント政府や軍は国民の事を顧みなくなる可能性がある。
そうして国民から信用を無くしかけた時、それを取り戻すために行う行動とすれば、偽りの大義名分でグレイシアに矛先を向ける事だ。今までの歴史がそれを物語っている」
「…なるほど。戦争になる可能性が高くなっているという事ですか…」
フィクスの話をリアンヌもすぐに解釈した。
二人は知っていた。過去に行われたアストラントとグレイシアの戦争のほとんどが、アストラント側からの攻撃であり、アストラントの一方的な理由で行われていたことを。ゆえに二人は、また両国の戦がアストラントの攻撃で行われる可能性を感じ取っていた。
「悲しいものだな。時代が変わると必ず戦争は繰り返される。どこかで終止符を打ちたいものだ」
「それなのですが…、アイラ様であれば終止符を打たせる事が出来そうな気がするのです。深い理由はないのですが…」
「そうだな…。アイラ様のあの雰囲気と常時発せられている覇気…。何か相当な力を持っているような気がしてならん。おそらく本気にさせれば、敵に対抗するどころでは収まらない実力を出してくるように思えるな」
フィクスは軽く深呼吸をした。
「リアンヌ。私達も山を下りる準備をしておくぞ。いつでも出立出来るようにしておけ」
「承知致しました」
フィクスはリアンヌに出立準備を指示。アイラが再びやってきて、いつでも山を下りる時が来ても良いようにするための準備。騎士団長の座に就く事を約束した以上、もう長くは山にいられないというフィクスの判断である。
「…ジーナ。少なくともこの国では新世代による新時代の風が吹きつつある。そしてアイラ様もその風を吹かす者の一人となるだろう。だからお前は必ずその風に乗れ。それこそが新時代を生き残るための、唯一の道だ」
フィクスは既に姿が見えなくなった娘に向かって、静かにメッセージを送っていた。
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「アイラ様~。とっても今更なんですが、高いのはともかくここまで揺れる状態初めてなんですけど~。こんなに揺れてるのにこんなに高くまで上がって大丈夫なんですか?というか一体どこまで上昇するんですか?」
「もうちょいもうちょい。ダイジョブよ~。私に掴まっていれば問題ナイナイ」
洞窟に向かって飛行を続けるフェニックス。フェニックスは鳥だし、飛行中揺れて当然。でもジーナはそんな揺れの中、高度を上げて飛行している事に怖がっている。どうも感覚が安定しない事が不安らしい。私は彼女を腕でしっかり支えてあげた。
「不安がるよりももっと今を楽しみましょう?あなたは今、伝説の神獣に乗って空を飛んでるという貴重過ぎる体験をしてるのよ?」
「そ、そいうえば!私今スゴイ経験をしてるんですよね?あー、そう考えたら平気になってきました」
「そうでしょ?そうやって瞬時に物事を前向きに考えるのも大切よ」
「はい!勉強になります!」
それからしばらく飛行し、星空が少しずつ見え始めていた頃。
「アイラ様、皆さん。目的地上空です。降下体勢に入ります」
「解ったわ。総員落とされないように」
洞窟周辺に到着したようで、フェニックスは降下体勢に入った。
…さて、夕飯はジーナの歓迎として豪華にしなきゃね~。




