武術大会開催前
武術大会当日。
学院生登校後、普段よりも早いペースでホームルームが行われた。エルサレム国王陛下やグリセリア女王が来るということもあって、先生達学院職員は正装している。
学院生達が正装することも検討されたらしいのだけど、あくまで学院で行われる催しの一環としての武術大会ということで学院生はみんな普段通りの格好をしている。王子殿下いわく、国王陛下自ら「普段通りで良い」と言ったとか。
ちなみにリベルト王子殿下と護衛のリィンの二人は、国王陛下方御一行と一緒に宮殿から学園に向かう事になっているため、今は学院にはいない。
それと教壇に立っているナナカ先生の服が子供っぽい。正装しているはずなのにとても子供っぽく見える。
そんなナナカ先生がホームルーム終了時に一言。
「私の服が子供っぽいとか思わないでね!」
教室内のみんなから子供っぽいと思われていることを察したのか、若干むぅとした顔でそんなことを言ってきた。先生、分かっているならどうしてその服を選んだ?
ホームルームが終わり、会場となる闘技場へ移動。国王陛下方御一行と実況担当が先に入る予定になっているので、みんな入口付近で待機することになっている。
出場しないニコルとステラは他の学院生同様、闘技場入口へ。出場する私とティナとホウとレイジは一旦教室で試合着に着替える。
私の試合着はオレンジ色一色の柔道着のような服。道着から袖を無くした感じ。靴はブーツのような形状の靴で、この大会のためにリースタイン家御用達の靴屋に特注で作ってもらった。色もオレンジ色で揃えている。何故オレンジ色なのかは、気分。ちなみに髪型は普段通り。
ティナの試合着は、上は長袖ワイシャツ、下は普段よりも若干丈が短いスカートにいつもの靴。勝負事だからと言って、あまり服装を変えるつもりはないらしい。
ホウなのだけど、一向に着替える様子がない。
「ホウ、どうしたの?着替えないの?」
「もう試合着ですわ」
「え?でもそれ、普段着てる服そのままだよね?」
「ええ、わたくしはいつでも戦闘着なのですわ」
ホウは普段の和服そのままで出場するみたい。動きづらくないのかな…?
着替えを済ませ、別教室で着替えたレイジと合流。レイジは銀色一色の頑丈で重たそうな鎧を纏っていた。レイジが動くたびにガシャンガシャンうるさい。そして暑そう。
会場前まで行くと、既に待機しているニコルとステラ、そして一緒にシャロルがいた。
どうしてシャロルがここにいるかというと、大会で『セコンド』をやってもらうため。『セコンド』とは、出場者に順番や他の試合状況を伝える出場者のサポート役の事。学院関係者以外でも問題ないらしく、シャロルに頼んで付いてもらった。
ただセコンドはあくまで出場者が試合に集中しやすくするために付くのが目的なので、いなくても良いと思う人は別に付けなくても問題ない。出場者の自由となる。
今回、一学年の出場者の中ではセコンドを付けているのは私だけ。……なんか恥ずかしい。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「ん?あ~、はいはい。ありがと」
シャロルから渡されたのは、今日のトーナメント表。大会の対戦相手組み合わせは先生達が会議で適当に決めているらしい上、理由は知らないけど当日まで誰にも公表しない。
トーナメント表を見ていると、ホウが周りをキョロキョロし始めた。何かを探してる様子。
「ホウ、どうかしたの?」
「わたくしの一回戦の対戦相手がどこかにいないか探しているのですわ」
「どうして?」
「試合が始まる前に対戦相手を潰しておこうかとドグフ!!」
なにやら物騒なことを企んでいるホウの腹部にティナのグーが入った。
「ちょ、ティナさん…、試合前…」
「ホウが変なこと企むからですよ」
苦しそうにティナに訴え、その場にうずくまるホウ。それに対し笑顔で返すティナ。もうおなじみのやりとり。ホント仲良いな~。
そんな感じでトーナメント表を見ながらみんなと会話していると、学院に到着したリベルト王子殿下と護衛のリィンがやってきた。二人とも少し疲れが見える。
「やぁ、おまたせ」
「はぁ~、やっと落ち着ける~」
「お二人ともお疲れ様です。何かあったのですか?少しお疲れ気味に見えますが?」
ティナも二人が疲れているように見えたらしい。
「いやまぁ、何かあったわけではないんだけどね…」
「女王がなぁ…」
「女王ってグレイシア王国のグリセリア女王ですわよね?女王陛下がどうかされたのですの?」
いつの間にか復活していたホウが問いかけると、二人は少し困った顔をした。
「うーん…、なんて言ったら良いか…」
「すげー怖かったな」
「怖かったって、見た目が?」
見た目が怖かったのかとステラは思ったらしいけど、二人は首を横に振った。
「僕は今日初めて会ったのだけれど、容姿は美しい方だったよ。でもね、雰囲気が異質だった。すごく威圧的と言うか、女王陛下を見た瞬間から身体の底から恐怖のような感覚が込み上げてきたんだよ。恐怖の震えが止まらないと言うか…」
「独裁的なのも納得だな。どんな意見も黙殺するぞ、あれ。人によっちゃあ、少しでも気抜いたら倒れるぞ」
「父上も今まで経験した事無い雰囲気だって言っていたよ」
王子殿下とその護衛、ましてや国王陛下が味わった事のない程の恐ろしい雰囲気を纏った女王…か。神楽ったら、前世の頃より威圧感上がってるわね?
二人の話を聞いて、いつものメンバーの中に重たい空気が流れる。
直後、ナナカ先生から王子殿下とリィンが会場へと呼ばれたため、二人とはここで別れる。
「じゃあ、応援しているよ」
「頑張れよ~」
そうして二人が解説のために実況席へ向かった後、私達がいる入口付近の空気が変わったように感じた。その異質な空気を感じた方向を見ると、リベルト王子殿下の父親でありアストラント王国国王、エルサレム・アストラント国王陛下と、王子殿下の母親であり、王妃殿下のシトラス・アストラント王妃殿下がいた。
そして、その二人のすぐ後ろにいるかなりの数の護衛に守られている女性。私と同い年くらいの見た目で、黒髪を腰辺りまで伸ばしている美しい容姿。おそらく彼女がグレイシア王国女王、グリセリア・グレイシア女王陛下、つまりは神楽だ。
王子殿下とリィンが言っていたように、確かにかなりの威圧感と異質な雰囲気を彼女から感じた。そして同時に、その威圧感の中に私は懐かしさを感じていた。
(この感覚は間違いなく神楽だわ。けっこう綺麗な見た目してるじゃない)
彼女が私達の近くを通った瞬間、彼女と目が合った。それはほんの一瞬だっただろう。でも私にはその一瞬が何十秒にも感じられた。
国王陛下方御一行が会場へ入って行った後、みんながどっと疲れた表情を見せた。
「はぁ、かなり緊張した」
「あ~、私、王子殿下以外の王族を見るの初めてなのよね」
「はぁ~」
レイジ、ステラ、ニコルの三人はかなり緊張していたらしく、ため息ばかりついている。
「殿下がおっしゃっていた通りでしたね。あんな雰囲気は感じた事ありません」
「なんですの、あれは。一体、なんなんですの…」
ティナは真剣な表情で、ホウは困惑した表情で入口を見ている。私も御一行が入って行った入口の方を見ているのだけど、みんなとは違う感情を持っていた。
(まぁ、顔が見れただけでも良かったかな)
そう思いながら、みんなにバレないように少しだけ微笑んだ。
グリセリア女王、神楽の現在の姿を見れて、私は嬉しさでいっぱいだった。