視察二日目
前半はアイラ視点。中盤からはアイラの視点から外れます。
視察二日目の朝。私は朝早く起床し、朝食前に散歩がてら近くの川へ行って身体を伸ばしていた。
「う~ん…!良い天気!」
今現在の天候は快晴。雲一つない青空が広がっていた。そこに川を流れる水の音があるので、私は大自然満喫気分に思いっきり浸っていた。
(昨日の夜はなんだか恥ずかしい事言っちゃったわね…。でも気持ちは伝えられたし、いっか。言い切る前に寝ちゃったけど…)
昨日の夜。みんな寝静まる中で、気付くとシャロルは起きていた。考え事をしていたらしい彼女に、私は本心を伝えた。
シャロルが考え事するなんて珍しいし、洞窟の天井を見たまま険しい表情をしてる彼女を見た時は、少し不安になった。
もしかしたらグレイシアに来てからの私に戸惑っているのかもしれない。そう思って自分の本心を伝えた。グレイシアに来てからの私は、サブエル学院に通っていた頃とは徐々に変わり始めているから。
睡魔に負けて言葉を言い切る前に寝ちゃったから、私の言葉を聞いてシャロルがどう思ったかは分かんないけど…。
「お嬢様」
噂をすれば(一人だけど)なんとやら。シャロルがやって来た。
「おはよう、シャロル。今日も良い天気ね~」
「おはようございます。朝からご機嫌がよろしいようで大変嬉しゅうございますが、一言だけ発言よろしいでしょうか?」
「良いわよ。なに?」
「服を着てください。嫌なのであればせめて下着を身に着けてください」
「えぇ~…」
現在のシャロルの服装は、いつものメイド服ではなく、レジャーを意識して全身迷彩柄の長袖長ズボンの服。見た目完全に前世の世界の自衛隊とか国軍の格好だよ…。
対する私は一切服を着ていない。そう、私は今すっぽんぽんで川にいる。朝起きてからずっとこの状態。誰にも何も言われなかったし。
「まだ視察開始じゃないし、周辺に人里ないし、そもそもこの一団以外の人に会わないんだから良いでしょ?」
「良くありません。貴族の当主ともあろうお方が、そのように裸で動き回るなど大問題です。今からでもそのような行為はおやめください」
「はいはい、解ったわよ」
シャロルは何を言ってもダメそうだったので、私はイヤイヤ受け入れた。
私は昨日覚えたばかりの早着替え能力を使って服を着る。今日私が着る服は、セリアがレジャー等での動きやすさをテーマに作ったと語っていた一着。
上半身はオレンジ色で薄地の布が胸の正面から背中の端までを覆い、背中で布が紐で結ばれている。ただ布自体は透けているタイプの生地で、透けてはいるけどギリギリ見えないという造りになっている。
下は伸縮性のある青い生地で出来たショートパンツ。生地の見た目はデニムに近い。でもショート過ぎてもはや下着と変わらない。
結果的に全身の肌九割露出という、布面積がいつもとほぼ変わらないこの服が今日の私の服装。髪型と髪色、瞳の色は変える予定なし。これ教えてもらったは良いものの、使う機会がない。
「はい、着たわよ。これで良いでしょ?」
「相変わらず肌の露出が多いですが結構です。着替えを終えていただいたところで朝食のお時間です」
「分かったわ。ところでシャロル、最近私の服装にあれこれ言わなくなったわね?前はすごい否定的だったのに」
「慣れです。慣れ」
グレイシアに移住したばかりの頃、特にセリアから服を貰った頃は、シャロルは肌露出の高い服に非常に否定的で、しばらくは目を背けていたくらいだった。それから比べると、シャロルも変わってきてるのかな?
「じゃ、戻りましょう。お腹空いたわ」
「はい、お嬢様」
シャロルと一緒に洞窟近くの野外炊事場所になっている広場に戻り、用意されていた朝食を頬張った。ちなみに朝食を作ったのはアテーナとアルテ。二人の料理も中々美味。
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精霊、神獣、神龍、アテーナとアルテミスがアイラに教える魔法や特殊能力。アイラは教えられる度に、スポンジが水を吸収していくような凄まじいスピードで能力を習得していく。
そんな光景を、自分達の出番がない時だったアテーナとアルテミスが見ていた。
「私達が教えていた時もそうだったけど、アイラ様の技の習得力は凄まじいわよね。難しい内容も簡単に覚えてしまって…」
「おそらく私達とは根本的な解釈や捉え方が違うんだと思うわ。アイラ様やグリセリア様が前世で生きていた世界は、この世界より遥かに文明が発達してたってこの前アイラ様が言ってたし、きっと得ている情報量が多いのよ。だから何通りもの解釈や捉え方が出来る。どれが習得力に繋がっているんだわ」
「でも魔法は存在しなかったって言ってたわよね?」
「そういえば言ってたわね…。う~ん…」
アテーナの疑問に考え込むアルテミス。
アイラ、グリセリアが前世で生きた世界に魔法は存在していない。しかし魔法に変わる機械技術、電子工学、情報技術等の発達のおかげで、魔法発動に必要となる自然原理等の知識はこの世界よりも遥かに研究が進み、人々に情報として発信され続けていた。
そういった技術のおかげで、アイラは能力を教えられた時に聞いた内容に前世の頃の記憶を照らし合わせ、独自に解釈する事で簡単に能力に習得に成功していた。
アイラとグリセリアは、周囲にそういった知識の違いが大きくある事を詳しくは話しておらず、二人はアイラの習得力の解明に至れずにいた。
ノーバイン城敷地内にあるセレスティアが指揮する工場を思い出せば簡単に答えが出るはずなのだが、結局答えが出なかったアテーナとアルテミスは沈黙し、アルテミスから若干話題を変える事になった。
「この世界も私達が争ってた頃と比べればだいぶ発展したし、いろんな事が進歩して世間の物事の考え方も変わったけど、それでもアイラ様やグリセリア様が前世で生きた世界には追い付かないのかしらね?」
「う~ん…。あ、そういえば、アイラ様と一緒に街へ出た時、私達の争いをアイラ様に話したじゃない?あの後アルテがトイレ行ってる間にアイラ様が少しだけ語ったのよ。発展した分良くない事もたくさんあったし、戦争に使う兵器だって危険すぎる物ばかりだったって」
「へぇ~、具体的には?」
「人種差別とか、宗教対立とか、激しいイジメとか、偏見的批判とか、私欲で乱を起こす過激派組織とか色々あったらしいわ」
「もしかすると争いが絶えない世界だったのかもしれないわね。そんなに色々あると」
「でもアイラ様は、少なくとも自分がいた国は豊かで平和な方だったって言ってたわ」
「でしょうね。今のアイラ様やグリセリア様を見る限り、貧しくて厳しい環境ではなかった事は察し付いてたわ」
二人は会話を止め、特訓に励むアイラを見る。
「これからのこの世界は、アイラ様とグリセリア様が変えていくのかしらね。二千年前のハルクリーゼ様とオリジン様のように」
「きっとね。アイラ様とグリセリア様が作り出す新しい風の渦は、近いうち多くの人や物を巻き込んで大きくなっていくでしょうね。そしてそれは確実に世界規模へと発達していく」
「その渦の中へ飛び込み、うまく動きを合わせられた者は飛躍し、合わせられなかった者は絶望へと堕ちていく、か…」
「まぁ、その辺の解釈は二千年前と同じね。あとは渦が広がり始めた時に、未だこの世界で生き続ける二千年前を知る連中がどう動くか…」
「その辺は天神界でハルクリーゼ様が動くと思うわ。この先何が起きようと、私達に課せられた使命はただ一つ」
二人はお互いの顔を見合わせ、その後アイラを見て同時に言葉を発した。
「「いつどこでも如何なる時でもお守り致します。神皇帝候補、アイラ・ハミルトン様」」
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その頃。グリセリア、ノワール視察団一行。
「うぇ~い…。ここ居心地良い…」
「女王陛下」
「なぁに?アリス~」
「休憩の仕方は個々の自由ですので文句はありませんが、そこで休憩されるのはいかがなものかと思います」
「そもそもいつの間にどうやって登ったのですか…?全く気が付きませんでした…」
くつろぐグリセリアに注意を促すアリスと、戸惑い気味に疑問視するノワール。
二人がグリセリアへ声をかけるのも当然。グリセリアがくつろいでいる場所は、馬車の屋根の上だからである。
「ここ陽射し当たってて気持ち良いんだもん。このまま寝れるかも~…」
「眠らないでください。他の兵士達もいるのですから、女王としてもっとしっかりしてください」
「え~…、アリスの意地悪~」
「何とでもおっしゃってください。陛下の悪口には言われ慣れていますので」
言われ慣れてるという事は今まで同じようなやりとりが何度も繰り返されてきたのか。と思ったノワールだったが、口に出すのは控えた。
ノワール領を視察する一行は、現在小休憩のため停止中。一部の兵士は周辺の警戒に徹し、他の者達は各々休憩を取る中で、グリセリアは馬車の屋根へよじ登り、屋根の上でくつろぐという女王らしからぬ休憩の仕方をしていた。
「ノ、ノワールさん」
「ジオさん、どうかされました?」
ノワールに声をかけたのは、同行していた兵士のジオ。王都に店を構える惣菜店の息子であり、ノワールがグレイシアに来てから初めてアイラを通さずに知り合った人物。そしてノワールに対し密かに恋心を抱いている若者である。
「アリス、こっち」
「え?」
ジオがノワールに声をかけた瞬間、グリセリアは馬車の屋根から飛び降り、見事に着地。間髪入れずアリスの腕を引っ張ってそそくさと馬車の中へ入った。
「陛下?突然どうされたのです?」
「あのままノワールの近くにいたら、せっかくの良い雰囲気が台無しになっちゃうじゃん。ここは二人きりにさせないと」
「そう言いつつ覗き見しているではありませんか…」
「だって気になるじゃん!」
馬車の扉越しから、ノワールとジオを覗き見するグリセリア。彼女はアイラからノワールとジオの関係を聞いていた。今回ジオが同行する事をグリセリアは当然把握しており、ずっと二人の事を気にしていたのだ。もちろん、アリスも知っている。
そんなグリセリアに覗き見されているとは知らず、ノワールとジオは会話を始める。
「その…、長い事馬車に揺られて、お疲れではないかと思いまして…」
「別に大丈夫ですよ。そうおっしゃるジオさんこそ大丈夫ですか?私以上に大変かと思いますが…」
「いえ!自分は護衛として同行しているだけですから!ノワールさん、…失礼しました。ノワール閣下は様々な所を見ながら開拓の事を考えなくてはいけないでしょうから、その方が大変ではないですか?お休みされる間もないでしょうに」
「フフ…、心配してくださってるのですか?ありがとうございます。それとわざわざ閣下付けでなくて良いですよ。今まで通りで呼んでください」
ジオは声をかけたまでは良かったものの、緊張で話題が見つからずに苦戦。
ノワールはそんなジオの心境を知ってか知らずか、にこやかに気を遣っていた。
「ノワールに気を遣わせてどうすんだよ!もっとガッツリ行け!攻めろ攻めろ!」
「陛下…、楽しみ過ぎです…」
馬車の扉越しに様子を窺うグリセリアは、まるでスポーツ観戦のように一人で盛り上がっていた。
アリスもグリセリアの傍で様子を窺っていたものの、グリセリアの熱狂ぶりにドン引きしていた。
「今はまだほとんど見回っていませんが、ノワールさんは既に何かお考えは持ってらっしゃるのですか?」
「アストラント王国方面のどこかに大型要塞の建設を考えています。それ以外はまだ何も」
「そうですか…。何か売りにするものも決まってはいないんですよね?」
「ええ、まだほとんど見てませんから。そういった事は何も」
この世界では世界各国どこの国でも、各領地は収益を得るために何かしらの印象付けとなる項目を作る。内容としては何らかの名産地だったり、自然遺産的な場所があったり、観光名所となる物があったり、ベッドタウンだったり等。
「まだ視察二日目なんだから何も考えられてないの当然だろ!アホか!アイツは!」
「ジオ殿…。まずは会話の鍛錬を行った方が良いのでは…?」
様子を見ていたグリセリアは、ジオのコミュニケージョン能力の低さにイライラをつのらせる。
アリスもさすがにグリセリアに近い感想を持ったようで、会話の鍛錬を積むべきと意見を出した。
「たくさんの民がここへ来てくれると良いですね。自分はノワールさんのような方なら必ず良い領主になれると思っています」
「ありがとうございます。頑張りますね」
ジオの言葉にノワールは笑顔を見せて礼を述べた。結局会話はここで止まった。
「そこは『良い領主として立っていられるように自分が全力でお支えしお守りします!』て言うべきだろうが!何が思っていますだ!ヘタレの意気地なしが!」
「結局のところジオ殿は何をしたかったのか分かりませんね…。あれではノワール殿の気を引くのはまだ先ですね」
グリセリアとアリスはジオの不甲斐なさに呆れ、特にグリセリアはワクワクな気持ちから一気に冷めたのだった。




