視察初日の就寝後
視点がシャロルへ移ります。
静かな、とても静かな夜。聞こえる音は虫や夜行生物の鳴き声、川のせせらぎ、風が吹いて揺れる草木の音、近くにある海岸の波の音くらい。
今は皆既に眠りについている。お嬢様も同じく。しかし裸で…。
お嬢様は普段から裸でお眠りになられているらしいけど、まさかここでも裸でお休みになろうとは…。
私達は現在、洞窟の中と言えど実質野宿のような状態。いくら木材でベッドを造ったと言っても、私からしてみれば外にいるのと同じ事。私はお嬢様の隣で横になっているけど、未だにお嬢様の裸で寝ている姿に慣れない。
私はお嬢様を見るのを止め、横になっていた身体を仰向けにした。温泉に浸かり過ぎてのぼせた状態からは、すっかり回復したみたい。
(……)
私は洞窟の天井を眺める。そして最近から今日までの事を思い返した。
お嬢様より早くノワールさんが帰って来られた時は、その雰囲気の変わりように少し驚かされた。本人から半精霊化したと聞いた時は、私を含めて誰もが驚愕していた。
しかしアイラお嬢様が帰って来られた時、雰囲気の変わりようはノワールさんの比ではなかった。
今までお嬢様の雰囲気を感じた時は、自分が教会や聖堂にいて、そこにあるハルク神の像を見ているかのような感覚だった。でもお帰りになられたお嬢様を見た時は、まるで神そのものを見ているかのような感覚に襲われた。無論、神をこの目で見た事などない。しかしそう表現する以外に表現のしようがなかった。
しかしまぁ、雰囲気などは時間が経てば慣れるはず。私がそれ以上に気にしているのが、お嬢様自身の容姿感覚だ。
グリセリア陛下がお嬢様へ贈呈したお召し物。どれもこれもけっこうお金をかけたらしいけど、私から見れば布面積が少なすぎる上に生地も薄くて、単純に布を切って作っただけなんじゃないかと思ってしまう。
お嬢様はいつもその中でも特に布面積が少ない服を基本として身に着けている。いや、もはや服と言って良い物なのかどうか…。
城の敷地内を巡った時も、王都の街へ出た時も、お嬢様が歩く度にお嬢様の豊満な胸が大きく揺れ、下腹部は見えてはいけない部分が見えてしまうギリギリの状態を常時連発し続けていた。いくら隠す物を着けているからと言っても、あれはいかがなものか。
アリスさんは下着や水着同然で街中を歩く人もいると言っていた。しかしお嬢様のあの格好は、下着や水着姿の人を見るよりも刺激が強い。あれは慣れるのに時間を要する。
街中にいる際、お嬢様は神力による視線を気になさっていた。けど私はお嬢様の格好で内心ヒヤヒヤし続けていた。正直心臓に悪い。
さらにお嬢様の姿勢や吹いた風の方向や強さによってはお嬢様の…スカート?がめくれ上がって、お尻はほぼ丸見えに等しかった。しかしお嬢様は気にされる様子無し。
街を巡って以降、私が気にし過ぎなのか、お嬢様が無自覚過ぎるのか分からなくなってきた。
しかもあの格好で草むらの中を平然と進むのだから不思議だ。
お嬢様やノワールさんと共にグレイシアへ来たばかりだった頃、私はお嬢様が布面積の少ない服を着る事に強く抵抗した。私の中で拒否反応が起きていた。
あの時よりは見ていられるようにはなったけど、未だに抵抗感は残っている。
でもお嬢様がシュバルラング龍帝国から帰国されて以降、抵抗感はあるはずなのに、お嬢様が身に着けている姿を見ると、何故か抵抗感を言葉にする事が出来なかった。
今までその理由が分からなかったのだけれど、今日温泉に浸かっていて理由が判明した。
どうやら私は無意識のうちにお嬢様に見惚れてしまっているらしい。その見惚れが私の抵抗感を一時的に打ち消しているようだ。…根拠はないけどそう思う事にした。
「ふぅ…。…!!」
なんとなくため息をついてお嬢様がいる方へ身体を向けたら、その直後私は驚きのあまり身体を一瞬震わせた。
さっきまで確かに眠っていたはずのお嬢様が、目をパッチリ開けて私の事をじっと見ていたのだ。
「シャロル、眠れない?」
「いえ…、少々考え事をしておりました。起こしてしまったのであれば申し訳ありません」
どうやら起こしてしまったようだ。…目を開けたまま寝ているわけではないならある意味良かった。
「別にたまたま目が覚めただけよ。あんたも考え事は明日にまわして寝なさいな。じゃないと明日ずっと眠気に襲われるわよ?悩み事があるなら聞くから」
「お気遣いありがとうございます。大した事ではありませんのでご安心ください」
私とした事が、起こしてしまった上に気まで遣わせてしまった。これは失態。
「ねぇ、シャロル…」
お嬢様は突然私の頬に手を置いて、優しく撫でてきた。
「お嬢様…?」
「グレイシアに来てから困惑させてばかりでゴメンね?多分これからの私は、少しずつ変わっていくと思う。シャロルの知らない私が出てくると思う。
だからきっとこれからもシャロルを困惑させたり、負担をかけちゃったりするかもしれないけど、どうか許してちょうだい。
ずっと私に付いて来てくれて、私の事支え続けてくれて、シャロルには本当に感謝してる。いつかこの恩は必ず返すから…。だからどうか、これからも私と一緒にいて?賑やかな仲間達と、一緒に…」
「お嬢様…」
お嬢様は言葉の途中で再びお眠りに入られた。
私は、返す言葉が見つからなかった。感激のあまり泣きそうになった。
感謝しているのは、恩を感じているのは私の方だ。こんな私を頼り続けてくれて、私が暗殺者だと知っても変わらないでいてくれて、たくさんの笑顔を見せてくれて…、いつも気遣いしてくれて…。
この方と出会えて、この方に仕える事が出来て、本当に良かった。心からそう思う。
そして私はこれからもこの方について行くべきなんだと思う。もはや私にとって、この方以外に仕える事など考えられない。
改めて、生涯をかけてこの方にお仕えしよう。そう思った。
私は自分へ伸ばされていたお嬢様の手を握った。
「これからもどこへでもどんな時でもお供致します。全身全霊でお支え致します。あなた様がどのような存在になろうと、どのような立場にいようと、私のあなた様への忠義は永遠に変わる事はありません」
「この身朽ち果てる時までお仕えし続けると、心よりお誓い申し上げます。アイラ・ハミルトン様」
誓いを立ててお嬢様の手の温もりを感じていたら、なんだか眠くなってきた…。同時にさっきまでお嬢様の服装がどうとか考えていた自分が馬鹿馬鹿しく感じた。
きっとお嬢様の服装も、雰囲気と同じで時が経てば慣れる。今は寝よう。明日また、精一杯お仕えできるように…。




