シャロルの師匠と姉妹弟子
「あの、こういった機会なので、私からもお話よろしいでしょうか?」
私とセリアの前世の話が終わり、アテーナとアルテがオルトロスやザッハークの遊び相手をし始めていた頃、シャロルが急に挙手をしてきた。
「シャロル?何か話したい事があるの?」
「はい。今まで誰にも、アイラお嬢様にすら言ってこなかった事です」
シャロルが今まで私にすら言わずにいた事?あー、もしかして…。
「もしかして、シャロルの師匠の事?」
「はい、そうです。今まで誤魔化し続けてきましたが、そろそろお話しようと思いまして」
シャロルは私に仕えてから今日に至るまで、彼女に隠密術と暗殺術を教えた人に関して私に一切口を開こうとしなかった。私がしつこく聞いても決して語ろうとしなかったのだ。
「そういえばまだグレイシアに来たばかりの時にも話せないと言っていましたね」
アリスも師匠に関して質問していたようだ。そんでもって話さなかったと。
「シャロルの師匠って事は、シャロルに隠密術と暗殺術を教えた人の事ってことか」
セリアも話が読めたみたいだ。正しい解釈をしてる。
「私が今まで話さなかった理由は後程お伝え致します。先に内容から」
シャロルは一息置いてから、再び口を開く。
「私の師匠の名は、ギルディス・ゴリアンと言います。暗殺者として世界的に有名な方です」
「えぇー!あのギルディスですか!?」
「世界中で『正義の暗殺者』として知られるあの人物ですか…」
「へぇ~。こりゃまた有名な人が出てきたね~」
リリアちゃんは驚愕し、オルシズさんは考えるそぶりを見せ、セリアは他人事みたいな反応。
私は特に驚く事なく、黙ったままでいる。
正義の暗殺者。ギルディス・ゴリアン。
世界的に有名な暗殺者で、年代問わず知らぬ者はいない。
彼は様々な国で富裕層の屋敷へ侵入を繰り返し、金品財宝を奪い、屋敷の主や側近を殺したとされる犯罪者。
しかし彼が狙った屋敷の者は、後に必ず不正や何らかの違法が発覚しており、その被害者からは英雄視されている。時には彼のおかげで国の内乱回避に繋がった件もあったことも。
そのため彼の行いを罪に問う者は少なく、ほぼ全ての国が指名手配どころか罪人扱いすらしていない。
そう、ほぼ全ての国が。私はここで何故シャロルが今になって彼の話をする気になったのか察しがついた。
他国と同様、グレイシア王国もギルディスを罪人扱いにはしていない。しかしアストラントは違う。理由までは分からないけど、アストラント政府はギルディスを大罪人として指名手配している。
つまりシャロルは自分の師匠が指名手配犯であるがために、どうあっても言う事が出来なかったという事だ。
「私も当時はまだ子供でしたので、師匠がどういった方なのか全く知りませんでした。有名な暗殺者という事を知ったのは、師匠と出会ってからまもなくの事でした。
ただ私や、当時一緒に修行していた仲間が師匠の正体を知った時、まだ両親や周囲の大人達は師匠の正体に気付いてませんでした。
師匠がどこかへ去ってしまった後仲間と話し合った結果、お世話になった師匠が少しでも遠くへ逃げやすくなるように、周囲には絶対に隠そうと約束し合いました」
子供ながらにそういった決断を下すって事は、シャロルや他の仲間にとってギルディスは良い人だったんだろうな。
「それから間もなくして私はメイドになるための道を歩み始め、共に修行した仲間とは疎遠になりました」
つまり今は師匠のギルディスも修行仲間もどこで何をしてるのか分からないんだ。
「今まで誰にも言わなかったのは…」
「アストラントで師匠が指名手配されていたから、でしょ?」
「はい。お嬢様のおっしゃる通りです。さすがはお嬢様。察しが良いですね」
私がシャロルの言葉に割り込むと、シャロルは私が分かっていた事に感心していた。
「なるほど。アストラントでは言えなかったものの、グレイシアでは手配されていない事が確認できたために話す事を決意された。という事ですか」
アリスが頷きながら納得していた。他のみんなも納得しているみたい。
「ねぇ、シャロル以外にギルディスの弟子って何人いたの?」
「私以外だと二人です。全員女子でした」
セリアの素朴な質問に答えるシャロル。てか全員女の子だったんだ。なんで男の子一人もいなかったんだろう?
「他の二人とは、もう完全に関わりないのですか?」
「ええ、ありません。どこで何をしているのかも…」
ノワールの質問にシャロルは首を横に振る。シャロルはメイドの道を目指した時点で独立してる状態だったんだ。
「あぁ。ただ一人だけ、お嬢様が学院にご入学される前に名を耳にしました」
「え!?」
私がサブエル学院に入学する前?てことはハルク様と会う前?
「お嬢様も耳にした事がありませんか?シャーリィ・オルランドという名を」
「!!」
シャロルから出てきた名に私は驚く。
「シャ、シャーリィ・オルランド!?」
「またまた有名人だね~」
「あのシャーリィと同門なのですか…」
リリアちゃんは驚愕し、セリアはまた他人事。アリスも静かに驚いてる。
オルシズさんやノワールも声には出さないけど、表情は驚いてる。
シャーリィ・オルランド。
彼女は最近になってアストラントや周辺諸国で有名になった暗殺者。通称、死神。
今はまだアストラント以外の国で事件は起こしていないものの、いつどこで動き出すか分からないということで、複数の国々は警戒している。
彼女はギルディス同様、住居侵入、金品強奪、殺人を繰り返していて、富裕層の連中からはもの凄く警戒されている。ただギルディスと決定的に違うのが、殺された者達からは不正や違法な事は一切出ないという事だ。つまり正義でもなんでもないマジの殺し。これまでアストラント国内の貴族に仕える家の人や、大きな商会の長や幹部が殺されている。
彼女の姿を目撃した者も多数いて、目撃証言から共通して出てくる内容が、黒色のフードを深く被り、黒色のマントを羽織っていて、大きな鎌を持っていた、というものだ。
まさに死神を彷彿とする姿を連想させる事から、いつの日か『死神』と呼ばれるようになった。
さらにアストラント政府を悩ませるのが、彼女の強さらしい。
過去に軍は彼女を追い込む事に成功している。しかし多勢の兵士にすら動じず、逆に返り討ちにしていく圧倒的な強さを見せたという。鍛えられたはずの兵士が次々倒され、全く歯が立たなかったらしい。しかも倒した兵士を一人ひとり丁寧に息の根を止めるという残虐よう。
この出来事は周辺諸国にも伝わり、当然グレイシア王国でも有名になっている。
「彼女に何があったのか分かりませんが、あまり無茶はしないでほしいです…」
シャロルの心配そこなんだ。殺しを止めてほしいとかじゃなくて、彼女が無茶をしてないかの心配なんだ。
「もしかして、もう一人の仲間も有名だったり?」
「いえ、全く聞いた事ありません。ナタリア・マッチレスという子なのですが…」
「う~ん、確かに聞いた事ないね」
セリアの言った通り、私も聞いた事のない名だった。
「まぁ、ナタリアはとても大人しくて控え目な子だったので、名を轟かすような表立った行為は無理でしょうね」
「そんなんでよく隠密と暗殺の術を収得できたね。その子」
シャロルの発言にセリアが疑問を呈す。確かに大人しい上に控え目な子が人殺しなんて、よっぽどの事がないと出来ない。
「ナタリアは普段は大人しく控え目な子だったのですが、一度隠密体勢に入ると、急に人格が変わるという特殊な子だったんです。あれには師匠も引いてましたよ」
人格が変わる…ね。スイッチが入ると変わる感じだったのかな?ていうか、正義の暗殺者が引くとかちょっと面白い。
「人格が変わるって、どのようにですか?」
ノワールが人格面の質問をする。
「とても冷酷になるんです。目つきも表情もとても冷たいものになって、普段は柔らかい口調も一気に冷めた口調へと急変するんです。師匠も一番暗殺者向きだって言ってましたね。
でも普段の状態に戻った後に師匠が引いたままだったりすると、引かないでくださいよ~!とか言って半泣きしてましたけどね」
私がマジギレした時のようなもんか。その子の対応に困るギルディスが想像できて面白い。
「普段は愛想も良く、頭の回転も良い子だったので、きっとどこかで目立たず過ごしてると思います。もしかするとまだ知られていないだけで、シャーリィのように誰かを暗殺しているかもしれませんね」
シャロルの言う通り、その子が暗殺者として暗躍してる可能性は十分ある。逆にシャロルみたいに真面目に働いてる可能性もあるわけだけど。
「あのさ、シャロル。もし将来師匠や当時の仲間と敵対する事になったら、どうする?」
「その時は私も躊躇いありません。全力でお相手しますよ。むしろ望むところです」
セリアの質問にシャロルは即答した。例え子供の頃の仲間だとしても、一切の躊躇いはないらしい。
……私ももしアストラントにいたままだったら、セリアと敵対していた可能性があったわけで…。もしそうなっていたら、私はどう判断しただろう?
「アイラ、どした?」
「ん?ううん。もし私とあんたが敵対してしまっていたら、私はどうしたかなって思って」
「おっそろしい事考えないでよ!それは絶対ないから!100パーセントないから!仮にそうなったとしても私ソッコーで土下座するから!私は常にアイラの味方だから~!!」
「解った、解ったから落ち着いて…。ゴメンて…」
思った事を言ってみたら、セリアはもの凄い形相で私に抱き着いてきた。そしてメッチャ必死になってた。
私とセリアのやり取りに、周囲の面々はみんな苦笑いしてた。
それから少しして、みんなのスケジュール的に時間となり、お花見はお開きとなった。
精霊達はもう少しここに居たいと言っていたので、ここで別れて桜地帯を出た。
その後みんなはそれぞれの仕事に戻って行き、仕事するのを嫌がっていたセリアはリリアちゃんとアリスに両腕を抱えられ、引きずられながら仕事場へと戻って行った。
私はそんなセリア達を見送り、別館へと戻ったのだった。




