話し出したリベルト王子
重たい空気が流れる学院会室。黙り続けるリベルト王子に何か言わせようとしたシャルロッテだが、リベルトは未だ黙ったまま。
シャルロッテは呆れた様子で口を開く。
「殿下は黙ったままですか。ならば仕方ありません。代わりに私が仮説を語りましょう」
「仮説?」
「ええ。アイラ先輩が今まで話してくださった事や殿下の行動、世間で発生していた出来事等をもとに私が独自に立てた仮説です。まぁ、根拠も証拠もない話ですけど」
仮説を語ると言うシャルロッテに、ティナは首を傾げた。そんなティナにシャルロッテは、あくまで証拠がない事を事前に伝えた。
「王子殿下、あなたはアストラント王国王子という立場におられます。その立場を持って学院に入学したあなたは、当然在学中に何かしらの実績または功績を残さなくてはいけませんでした。
学業面は王族である以上、最高の教育を受けてきた事でしょう。そして国王という立場にいる父君や他の側近方を見続けてきたあなたには、次期国王としての指導力も持っていました。ゆえに殿下にとって、学院で功績を残す事など造作もないことと思ったでしょう。
しかしいざ入学すると、そこには自分が今まで認知していなかった存在がいた。それがアイラ先輩。
アイラ先輩は以前、学院に入学するまでは他の貴族と関わらなかったと言っていました。そのため殿下も、周囲の者もアイラ先輩がどういった人物なのか分からなかった。
そんなアイラ先輩は殿下に次ぐ次席として入学し、学業のみならず武術の才能も見せつけ、そこから発想力や行動力を次々発揮。そして判断力や指導力に至るまで様々な才能を見せつけ、殿下に迫る力を持った予想外の人物の出現に、あなたは圧倒されたのではありませんか?」
「……」
リベルトは依然黙ったまま。しかし表情は僅かに険しくなり始めていた。
「最初はアイラ先輩の功績に感心していたでしょう。しかし時が経つにつれ、実績も信頼も人脈も次々食らっていくアイラ先輩に対して嫉妬心が生まれ始めた。
学院会に入りたてだった当時の私をうっかり放置してしまったり、予期せぬトラブルに指示が空回りしていたあなたは、私を拾い上げ、さらにどんな時も冷静を貫くアイラ先輩を見て悔しくてたまらなかったでしょう。そして功績を残す事に危機感をつのらせていった。
そうして嫉妬心と危機感が蓄積されていった時、政府が借金隠蔽のためにアイラ先輩をグレイシアへ飛ばそうとしている計画を知った。
本来なら殿下にとってもアイラ先輩は自分の部下になる可能性を持った存在。守るべきなのが普通でしょう。でも当時のあなたは己の嫉妬心を優先し、自らその計画に乗った。これで自分にとっての脅威を排除できると思って」
「……」
リベルトはさっきよりもさらに険しい表情になり、僅かに震え始めていた。
「しかし心のどこかで迷いもあった。本当にこれで合っているのかと。
そうやって迷っているうちに計画は実行されました。しかしこの計画が借金隠蔽の発覚と混乱、そしてアイラ先輩とノワール先輩とシャロルさんの行方不明という予想だにしなかった結果を招き、殿下の心には後悔だけが残った。
借金問題とアイラ先輩の行方不明で責められていたあなたは、後悔はしていても周囲に正直に計画に乗ったと打ち明ける事が出来ず、かといって他に対処法が浮かばず、結局黙秘するしかなかった。
そうして何も言い出せぬままズルズルと引きずって今日まで来てしまった。違いますか?殿下!」
「……」
「そうやって黙っている内面は、アイラ先輩にひたすら懺悔しているのではありませんか?そうして勝手に許しを乞おうとしている!」
「…やめろ……」
「そして同時にアイラ先輩が自分へ牙を向けてきたらと考え、その事に怯えている!」
「…やめろ」
「急成長を遂げていたノワール先輩も同時に失い、二人がグリセリア女王の下に着く事を今あなたはとても恐れ、しかし先輩方が今どうしているのか分からないために動けぬまま、結局後悔だけ繰り返している!そうやって今も一人で抱え込もうとしている!」
「もうやめてくれ!」
仮説から追及へと切り替えたシャルロッテの追及に、リベルトは頭を抱えながら叫んだ。急に叫んだ王子に、他の面々は一斉に驚く。
「やめてくれ…。もう…、それ以上…言わないでくれ…」
リベルトは椅子から滑り落ちるように床へ膝を付け、うずくまって泣き始める。この光景に、シャルロッテ以外の面々は皆あ然としていた。
「そう…だよ…。全部…、シャルロッテの言う通りだよ…。僕は…、僕はアイラが憎かったんだ…!僕よりも実績と信頼を取って、みんなから慕われていく彼女が…、憎くてしょうがなかった…」
「まさか本当に、アイラちゃんのこと…」
シャルロッテの仮説を事実と認めたリベルトに、ナナカは信じられない気持ちでいた。
「政府の閣僚達の計画を知った時、最初は確かに喜んだよ…。愚かにも喜んでしまったんだ…。でも迷いがあったのも確かだったんだ…。
借金の事が世間にバレたって聞いた時は、計画が無しになるんじゃないかと思って…、内心安心したよ…。アイラに会ったら全部話して、ちゃんと謝って、いつか自分に仕えてくれるよう頼んでみようって思ったんだ…。でも…!」
リベルトは拳を強く握り、歯を食いしばった。
「でも気付いた時には全て手遅れだった!彼女がノワールとシャロルさんを連れていなくなったって聞いて…、取り返しのつかない事態になった事を…、しっかりと認識したよ…。
それからはもう、自分がどうすれば良いのか分からなくなって…。何も出来なくなって…」
「殿下…」
本心を涙ながらに打ち明けるリベルトに、ティナはどう言葉をかえたら良いのか分からず戸惑う。
「本当馬鹿だよね、僕…。自分の嫉妬を解消するために友人売って…、後悔しても怖くて正直に話せなくて…、結局一人で抱えてさ…。本当…、馬鹿で愚かだよ…!
みんなごめん…。今まで黙っててごめん…。アイラに…、将来のあった彼女にとんでもない事をしてしまった…。本当に、本当に…、ごめん…!」
懺悔し、うずくまって泣き出すリベルト王子。彼の今の姿に対し、学院室にいる面々は誰一人言葉を発する事ができなかった。
唯一落ち着いていたシャルロッテは、学院室の窓辺へ移動し、空を見上げる。
(アイラ先輩、元気良く過ごせてるかな…)
アイラの事を思い浮かべるシャルロッテ。この時アイラはグリセリアとゆっくりお花見中。しかし当然ながら、ここにいる者達はそのような事を知る筈もなかった。




