朝の時間
私は屋敷の庭の一画で特訓を始める。
ただ特訓と言っても精神統一や技の空振り等をしているだけで、周りから見ればただの変な人状態。
さらに空手や柔道の技も独学で取り入れているため、もはや太極拳ではなくなってしまっている。
でも身体を鍛えるには良いかな~と思って、今日も私は庭で暴れまわっている。
たまに使用人や兵士が通りかかるけど、特に気にもせず通り過ぎていく。私が特訓をやり始めた頃は使用人達から戸惑われたけど、時が経って今はそういった事はなくなっている。
特訓を終えて近くで待機していたシャロルと一緒に浴室へ向かう。特訓でかなり身体を動かすので、終わる頃には汗だくになっている。なのでシャワーを浴びないと汗と臭いがヤバい。
ひと通りシャワーを浴び終えてバスタオルで身体を拭く時、必ずシャロルが背中と髪の毛を拭いてくれる。
「お嬢様、背中の方拭きますね」
「うん、ありがとう」
「しかし、相変わらずお嬢様の肌はお美しいですねぇ。羨ましい限りです」
「そうかなぁ?あまり意識したことないけど」
と言いつつ、実は割と意識している。
前世の頃の私は、細身で胸も慎ましかった。
でも今世では割とスタイルが良いし、胸の膨らみも結構ある。…と思っている。巨乳ってやつ?
そこに加えて、屋敷内のメイド達から私の肌質の良さには定評がある。これを意識するなという方が無理。だからといって、何かをしてるわけでもないけど。
再び着替えを済ませ、自室で髪を整えてもらい、朝食をとりにリビングへ向かう。
向かう途中、すれ違う使用人達が挨拶してくるけど、前世では一般人でありお嬢様生活に憧れていた私にとって、こんな些細なやりとりをしただけでもウキウキ気分になって楽しい。ただ挨拶されてるだけなんだけどね。
リビングに到着すると、私の両親が既に座っていた。
「おはようございます。お父様、お母様」
「うむ、おはようアイラ。また武術特訓をしていたのか?武術など覚えんでも、護衛ならいくらでもつけるぞ?」
私の挨拶に先に反応したのが、私の父親でリースタイン子爵家当主、ガウス・リースタイン。
がたいが良く、濃い茶色の短髪。恐面で髭を生やした迫力まんてんな見た目をしているけど、私やお母様には優しい。でも仕事先では厳しいらしい。
「おはよう、アイラ。あなた、そんなに多く護衛をつけたら生活しにくいではありませんか。それに夢中になれる事や日課がある事は良いことですよ」
お父様の発言に対し微笑みながら私をフォローしてくれたのが、私の母親であり、リースタイン子爵夫人のマリア・リースタインだ。
黒髪を腰辺りまで伸ばした、常に微笑んでいる優雅で包容力のある女性。そしてどんな服を着ていてもスタイルの良さが覗える。多分私の見た目はお母様から継いでいる点が多いと思う。
「あはは、護衛は大丈夫ですよ。武術特訓は好きでやっているだけですし、そう危険な所になんて行きませんから」
シャロル以外は私の前世の事は知らないので、当然両親も知らない。両親や使用人達は運動のために思いついた事をしているだけ、という認識になっている。
「そうか、まぁ、好きでやっているなら構わんが。そこまで武闘派なのは歴代の家系でも珍しいな」
「そうなのですか?なんだか意外です」
このリースタイン家はアストラント王国建国時から続く歴史のある由緒正しい家系らしい。
ちなみに聞いた話によると、初代当主はうっかり屋さんでいじられ役で、周りから振り回されていた人物だったらしい。て、どんな人なのよ。そこまで酷いとむしろ会ってみたいわ。
朝食をひと通り終えると、お母様が話し始める。
「今日は聖堂へ行くのよね?ちゃんと神様にご挨拶してきなさいな」
「はい、お母様」
そう、今日は王都の宮殿近くにある大聖堂へ向かう日。
目的は『これから良い学院生活が送れますようにー』みたいな感じで水晶に魔力を僅かに送るだけ。例えるなら、神社のお賽銭にお金を入れて神様にお祈りするのと同じ。
「水晶の色は何色になるか、気になるな。おそらくアイラは赤色だと思うが」
「私も何色になるか楽しみです」
水晶に魔力を送ると透明から色づくらしく、その人がどういう系の仕事に向いているか、色で表してくれるそうだ。赤色であれば武闘系、青色なら魔法系で緑色なら事務系や文官系、紫色なら商人系でオレンジ色ならその他となる。
たまに自分が目指しているものと違う色が出て、ショックを受ける人がいるとか、いないとか。
「青色は絶対にないわね。アイラは魔法を使えないわけだし」
「そうですね。使ってみたいんですけどね。魔法」
この世界には魔法があって、多かれ少なかれ必ず全ての人々が魔力を持っている。
ただ個人差があって、火を起こしたり光を灯したりという生活に必要な程度の魔力はみんな持ってるけど、攻撃や防御、治癒などの魔法は魔力のある人じゃないと使えない。
そして残念ながら、私は魔力が少ない。魔法が使える世界で魔法が使えないのは個人的に悔しい。炎とか氷とかバンバン撃ちたかった…。
ちなみに両親も魔法は使えない。というか、リースタイン家は代々魔法が使えないらしい。遺伝かな?あとシャロルも魔法は使えない。
朝食後、自室でシンプルなドレスへ着替え、外出の準備をする。とは言ってもほとんど持ち物無いし、準備全般シャロル任せだけど。
貴族令嬢なのだからメイドに任せるのは当然なんだろうし、お嬢様生活に憧れていた私も最初のうちは当たり前にしていたけど、よく考えるとなんか申し訳ない気持ちになってくる。自分の事は自分でやれってね。
以前、一度だけ自分でやろうとしてみたけど、シャロルに止められて結局何もできなかった。
準備完了までの間毎回のようにそして今回も、申し訳なさと動けない状況の中で私は暇を持て余していた。