早朝のノワールとアリス
視点がアイラから外れます。
精霊窟から王都フェルゼンへ向かっていたノワールと精霊一行。
予定ではその日のうちに到着予定だったが、途中でベヒモスがギブアップ。完全にのびてしまったため、仕方なく途中で野宿を決行。翌日、ようやく王都フェルゼンの前へ到着した。
現在一行は王都の街の入口が見える位置にいる。時刻はまだ空が明るくなり始めたばかり。
「それでは我々はここで姿を消します」
「はい、解りました」
オリジンの宣言で精霊達は一斉に姿と気配を消し、ノワールは一人で歩き始める。
もちろん精霊達は傍にいるものの、他の人々からはノワール以外いないように見えている。
ノワールは街の中へ入り、ノーバイン城に向かって足を進める。時間的に街には人がいない。
やがてノワールはノーバイン城の城門前に到着。そこで城を見上げた。
「やっと着いた…。帰って来れた」
一度ため息をついて帰って来れた事に安堵するノワール。しかしここで問題が発生した。
今の時間帯、まだ早朝で城の門は閉門されている。門番もいない。つまり入れないのだ。
半精霊化したとはいえ、ノワールは浮遊魔法を持っていない。なのでアイラのように城壁を乗り越えて中に入る事は不可能で、彼女が中に入る手段は、開門時刻まで待つか、城門をぶち破るしか方法がない。
(…開門まで待つか。しょうがない)
開かない物はしょうがないと諦めて、城の周囲を回ろうと動き出すと、気配を消しているオリジンから念話が入る。
(ノワールさん、城の裏手から人の気配があります)
(気配…。分かりました。ありがとうございます)
半精霊化したノワールは精霊窟にいる間、精霊達から様々な能力を学び、こうして精霊達との念話も可能としていた。
実はアイラやグリセリアも念話を収得可能としているが教わっていないため、彼女ら二人はまだ念話を使えない。
ノワールは城壁を辿って城の裏側へ向かう。オリジンからの気配報告に、彼女は警戒心を抱いた。
(城門も閉まっているような時間帯に、一体何の用があって城の裏手にいるのかしら?)
「…!…っ…!」
城の裏側へ近づくにつれ、ノワールは近くの林の中から微な声を聴いた。その声の方へ彼女は足を進める。
「せいっ!はあっ!」
林の中には声を上げて剣を振る金髪の少女が一人。その正体はアリスだった。
ノワールは警戒を解き、微笑みつつアリスの声をかける。
「声が聞こえると思えば、アリスさんでしたか」
「え?」
声をかけたノワールの方を見たアリスだったが、アリスは声をかけてきたのが誰なのか認識しきれていない様子だった。
「お久しぶりですね。一か月ぶりくらいになりますか」
「………ノワール殿?」
「はい、そうです」
ようやくノワールであることを認識したアリスは、驚きの表情を見せる。
「誰だか分かりませんでしたよ。随分と高貴な雰囲気を纏うようになりましたね」
「そうですか?高貴な雰囲気を纏った覚えはないのですが…」
アリスは率直に気持ちを述べるが、ノワールはピンとこない様子。
「何はともあれ、お帰りなさい。ノワール殿」
「はい。ただいま戻りました」
ノワールとアリスは、お互いに微笑みながら挨拶を交わした。
「それにしても…、こんな朝早くから鍛錬ですか?」
「はい。今まで以上に精進しなければと思いまして…」
「…?今まで以上に鍛錬を重ねなければいけない理由でも?」
アリスは騎士である。なので貪欲に強さを求めるのはノワールでも理解できる。しかしこれまで以上に鍛錬量を増やす理由がノワールには分からなかった。
理由を問うノワールに、アリスは苦笑いを浮かべる。
「実は…、最近シャロル殿と模擬戦を行いまして…」
「シャロルさんとですか?どうしてまた…?」
アリスの発言にノワールはさらに疑問を強くさせた。
シャロルはアイラの専属メイドである。いくら高度な隠密術と暗殺術を持っているからとはいえ、メイドと騎士が模擬戦をするなど、従来では考えられない事だからだ。
ハルクリーゼはオリジンにこの事を伝えていたが、ノワールには伝わっていなかったため、彼女にとってこの事は初耳となる。
「アイラ殿やノワール殿が城を出た後、シャロル殿はアテーナ殿やアルテミス殿に戦闘における指導を願い出ていたらしいのです。
それで私はシャロル殿がどの程度の実力を付けたのか興味を持ちまして、私の方からシャロル殿に模擬戦を依頼しました」
「そうだったのですか…。それで、結果は?」
「私の完全敗北でした。シャロル殿の方が圧倒的で…」
「え!?アリスさんが、負けたんですか!?」
「はい…。全く歯が立ちませんでした。私もまだまだ未熟なようです」
騎士であり女王の護衛が負けた事に驚いて固まるノワール。
しかしすぐに復活して、アリスに言葉をかける。
「なるほど。だから朝から鍛錬しているのですね。でもあまり根を詰め過ぎず、無理のない程度にしてください。それとたまには寝過ごす程寝てしまうのも良いと思いますよ?」
「はははは!さすがに寝過ごすのはダメですよ。おそらく家族に怒られます」
ノワールの発言に笑うアリスを見て、ノワールに笑みがこぼれる。
アリスはシャロルに負けたことによって、悔しさのあまり暴走しているのではないかと、ノワールは心配していた。
しかし今のアリスからその様子は感じられず、ノワールは内心安堵していた。
「ところで、精霊窟での試練は乗り越えられましたか?」
「ええ。無事、継承する事ができました」
「そうですか。それは良かった。詳しいお話は女王陛下がご一緒の時に。…あの、それで、ちょっとお願いなのですが…」
「なんでしょう?」
「その装備とやらをお見せいただく事って出来ませんか?騎士としてそういった物が気になりまして…」
「構いませんよ。お見せ致しましょう」
直後、ノワールは全身に精霊の気を纏わせ、自身の身体に精霊窟で着た装備一式を浮かび上がらせる。
これも精霊達から教えてもらっていた能力で、わざわざ服を着たり脱いだりしなくとも異空間収納に入れてある服であれば、その服を思い出すだけで勝手に着替えが完了するという便利な能力である。
もちろんアイラとグリセリアも使えるだけの力を持っているが、教えてもらっていないため使用できない。
そして僅か五秒程度で着替えが完了し、ノワールは鎧姿となった。
「まず鎧はこんな感じで、後ろにはマントがあって、それで…、……アリスさん?」
ごく普通に説明を始めようとしたノワールだったが、アリスが完全に固まっていたのを見て説明を止めた。
「アリスさーん?大丈夫ですかー?」
ノワールはアリスの前に立って、声をかけながら手を振る。
「あ、あの…。今、何が起こったんですか?」
フリーズ状態から復活したアリスは、目の前で起きた事に理解が追い付かず、混乱状態になっていた。
「あ、そこを説明しないとダメでしたね。精霊様方から教えていただいた能力で短時間でどこでも簡単に着替えを済ませられる能力なんです。異空間収納に入っている服であればどんな服でも、もちろんこのような鎧でもササッとできます」
ノワールの説明にアリスは驚きつつも首を傾げる。
「私も多少の魔法知識は知っていますが、そのような魔法ありましたっけ?いやそもそもノワール殿、魔法使えましたっけ?」
「元々使えませんでしたが、今は使えます。あと、着替えの能力は魔法ではありません。精霊や精霊に近い存在だけが使用できる特殊能力なんです。多分、アイラ様やグリセリア女王陛下も使えるんではないでしょうか?精霊女王のオリジン様は『まだ教えてない』て言ってましたけど」
ノワールの説明にアリスは何度か頷く。
「なるほど。魔法ではない特殊能力ですか…。確かに女王陛下やアイラ殿はハルク神の眷属だそうですし、使えて不自然ではありませんが…」
アリスはここまで言って、言葉を止めた。
「ちょっと待ってください。何故そのような特殊能力をノワールさんが使用できているのですか?」
「私、半精霊化したので」
「え?……ええええええ!?」
ノワールの発言にアリスは驚愕する。
「は、半精霊化…。半分人ではなくなったって事ですか…?」
「ええ、まぁ。ところで装備お見せしましたけど?」
「あ。そ、そうでしたね…。随分重厚感のある鎧ですね。重さはどの程度なのですか?」
ノワールが半精霊化した事に驚くアリスだったが、ノワールは気にすることなく話を鎧の事に戻した。
アリスもそんなノワールに流されるかたちで、目線を鎧に移す。
「どの程度重いのか私には分からないのです。半精霊化した影響で鎧程度だと重みを感じなくなってしまって」
「そうなのですか…。それで、武器は…?」
「異空間収納に収納してあります。今、出しますね」
ノワールは異空間収納からアリアンソードを取り出す。
伝説として語り継がれる武器を目にしたアリスは、その迫力にあ然としていた。
「こ、これが、伝説の武器…、アリアンソード…」
「私今これを片手で持ってますけど、普通だったら力持ちの人が二人程いないと持てない重さだそうです。かのハルク神ですら両手でやっと持てたとか」
軽々しくアリアンソードを振り回すノワール。精霊窟での修行のおかげで、アリアンソードはすっかりノワールの手に馴染んでいた。
「アリアンソードは持った人を判断できるみたいで、どうやら私以外の者が持つことはできないようです。触る程度は可能なようですが」
「……」
ノワールの説明を聞きながらまじまじとアリアンソードを見つめるアリス。
しばらく黙ったまま見つめた後、目線をノワールに移し、ある頼み事をした。
「ノワール殿、ひとつ手合わせ願えませんでしょうか?」
「良いですよ。この力と武器を手にしてから、一度騎士様と勝負がしてみたかったので丁度良かったです」
アリスの依頼をノワールは承諾。早朝の林の中で、伝説の装備を受け継いだ少女と、一国の王の守り人の模擬戦が開始された。
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