ラン、宮殿入り
ランが首相就任を受け入れた翌日。龍帝国政府の役人や兵士、使用人はみんな超早出勤。
昨日ランが首相就任を受け入れた事を受け、その事の民への発表とランの受け入れ態勢を盤石にするために、政府関係者やそれに関わる者達が緊急で早朝から仕事を始めたのだ。通常より三時間も早い…。みんなちゃんと寝たの?
午前中、ランは大量の荷物を抱えて宮殿入りした。
生活に関わる日用品やその他諸々は日数をかけて運び入れる予定になっているけど、ランはひとまず数日分の荷物を持ってきたらしい。
首相が住む部屋は龍帝居住区の隣に位置していて、荷物を入れた後すぐに私のもとへやってきた。
「重い荷物背負ってご苦労様。今日からあなたも宮殿入りね」
「まだ自覚出来てないんですけどね。今自分がここにいる事に違和感を感じています」
「そのうち慣れるわよ。それこそ首相の仕事を始めたらすぐ馴染むと思うわ」
「そうですね。もう既にここに来るまでにすれ違った人から首相と呼ばれて…。なんだかその度に私って首相なんだ~って思います」
既にすれ違った人から首相扱いされてるのか。ていうか大荷物持って来てるんだから、呼ぶならまず手伝ってあげろよ。気遣いないな。
「私が首相へ誘った事に対して反対する人とかいなかった?それがちょっと気になったんだけど…」
「私が知る限りではいませんでしたよ。両親もご近所さんも賛成だったみたいですし」
「なら良かったわ。ところで今まで一緒だった仲間との集会はどうなるの?中心人物を失った事になるでしょ?」
「私がまとめていた集まりは完全解散になりました。もうあの場所にみんなが集う事はありません」
完全解散か…。そう思うとちょっと申し訳なくなる。
「それはみんなと話し合って決めたの?」
「いえ、実は私も仲間の事を思って迷うところがあったんですけど、龍帝陛下が私を誘った翌日に仲間が全員私の家に来て、『首相になってくれ』て言ってきたんです」
「みんなランが首相になる事に賛成だったって事?」
「みたいです。なんか私以外で今後を話し合ってたらしくて、『いつかは解散するのはみんな解ってたし、何より自分達を引っ張ってくれた人が首相として国全体を引っ張ってくれるなら、これほど信頼できる人はいない』て。みんなもこれからそれぞれの道を歩むそうです」
ランとつるんでいた不良達はみんなランを首相へと推したみたいだ。もしかしたらそれがランの決定打だったかも。
不良でもちゃんと将来考えてるみたいだし、ランも含めてみんな根は真面目なのかもしれない。
「何人かは役人とか兵士を目指す仲間もいるみたいなので、そいつらがいずれ宮殿に来れたら今度は宮殿内でつるむかもしれませんね」
「あはは。それはそれで良いんじゃない?その方が意見とか聞きやすいだろうし、上下関係を気にせず話しやすいってもんよ」
この先不良達が本当に宮殿勤めになったら、ランがすぐに重役登用しそう。
「あの、陛下とキリお姉ちゃんはいつ頃出発なんですか?」
ランは今まで私の事を様付けで呼んでたけど、今は立場を気にしてか陛下呼ばわりになってる。別に呼び方自由なのに。
「今日から数えて五日後よ。本当はあなたが仕事に慣れるまで居てあげたいんだけど、キリカがダメだって言うのよ」
私はそう言いつつ隣にいるキリカを見る。
「これ以上留まっていては陛下のグレイシアでの生活に支障をきたす恐れがあります。現時点でも予定より大幅に延長してここにいるわけですから、これ以上の引き延ばしはできません」
「てなわけ」
お仕事モードでキッパリ言い切ったキリカ。私は視線をランに戻す。
「そうですか…。ちょっと寂しいです」
ランはちょっと寂しそうな表情でコメントした。
今日から五日後、私は龍帝国を去ってグレイシアへ戻る。もちろんキリカも一緒。
当初の予定では私の滞在期間は一か月も経たない程度だったらしいのだけれど、主にコアトルのせいで滞在日数は大幅に延長され、現時点で龍帝国に来てから一か月半近く経とうとしていた。
グレイシアにいるみんなは待ちくたびれてるかな?ノワールもそろそろ戻るかもしれないし。
「次はいつ来れるか分かんないけど、今度は一緒に街を視察しましょう?まだ島の案内してもらってないし」
「はい!必ずご案内します!あと、式典とかも考えておきますから!」
「気持ちは嬉しいけど、まずはあなたの首相就任式典をやりなさいな。私の企画よりもまずは首相としての信頼と地盤を強固なものにしないと」
「それはそうですけど、でも龍帝就任式とか何もしてないじゃないですか」
コアトルせいによる混乱の影響で、私の龍帝就任式等そういった式典や催しものは一切行われていない。後々ダーナから聞いた話だと、企画はされていたんだそうな。
「私なんて式典とかなくても問題ないわよ。私の龍帝国での役目はあくまで神龍が安心していられる龍帝国と世の中を維持する事なんだから」
「それはそうですけど~」
ランはどうしても私の就任式をやりたいようだ。今度ここに来たら絶対強制的に式典やりそう…。
とここで、首相補佐のニースさんがやってきた。
「失礼致します。首相閣下、そろそろお時間ですよ」
「あ、はい。では陛下、キリカ補佐。失礼します」
ランは私達の呼び方を完全に仕事的な呼び方に切り替えて、一礼してニースさんとともに龍帝居住区から出て行った。
彼女はこの後、午後から首相就任式を行う。いきなり強行的過密スケジュールだけど、政府関係者はさっさとやって早く落ち着きを取り戻したいらしく、ラン本人の許可も得て行うらしい。
こうして聞いてると、新政府もまだ計画性を習得できてない…。
「ところでキリカ。今度ここに来る時、龍帝国民ではない人を連れてくる事って可能?」
「問題ありませんよ。特に規定もありませんし。誰かご一緒したい方が?」
「うん。ルルに私の専属メイドを長年務めてるシャロルを紹介出来たらなって思って」
「え!?」
ルルは急に振られた事にビックリしている。どうやら完全に他人事として聞いていたらしい。
「ルルはここでの私の専属使用人だし、専属同士知り合っておいた方が良いかなって思ったんだけど」
「そういうことですか」
「あ、会わせていただけるなら、是非」
私はルルに理由を説明して、キリカは納得、ルルも是非と言ってくれた。
「あと、帰るまでにいくつか揃えたい物があるんだけど」
「すぐにご用意できる物であれば」
私はお土産にいくつか持って帰りたい物があったので、キリカにお願いして揃えてもらう事にした。
もうすぐここを去るのかと思うと、なんだかちょっと名残惜しい。でも今後はいつでも行けるし。
今の私にとってシュバルラング龍帝国は、アストラント王国、グレイシア王国に続いて第三の故郷だ。