ラン、頭を抱える
視点がランへ移ります。
ドラゴ宮殿での療養が終わり、私は家に帰った。アイラ様やルルさんとお別れするのは名残惜しかったけど、さすがにこれ以上お世話になるわけにもいかなかった。
再び家に帰って自分の部屋を見た時は、全身から力が抜け落ちるような感覚に襲われた。まさか生きて帰って来れるとは思ってもいなかったから、一気に安心出来たんだと思う。本当に救ってくれたアイラ様には感謝しきれない。
後日、仲間と過ごしていた岩場へ向かうと、そいつらはその場所にいた。でも何故か表情が死んでいた。
声をかけてみると、あいつらは急に驚いた表情に変わり、一斉に抱き付かれて泣きわめいてきた。どうやら私がコアトルに連れて行かれてから意気消沈していたらしい。
それから時が経って生活も今まで通りに戻ってきた頃、アイラ様が龍帝国政府の政治権限全ての掌握を宣言し、誰一人有無言わさず権力を一人で持ったと聞いた。
周囲の人達は驚いて戸惑っていたし、私も素直に驚いてた。
龍帝が政治に突っ込んで権限を全て奪うなんて聞いたことがない。やっぱりアイラ様は根本からして他と考える事が違うんだと改めて認識した。
でも私は不安など感じなかった。アイラ様ならきっと良い方向に導いてくれるって信じてたから。
もし私に何か協力できる事があったら、喜んで協力しよう。それで恩を返す。私はそう思っていた。
そして今日。いつものように仲間と岩場にいたら、突然親と兵士がやってきた。そこにはキリお姉ちゃんとダーナさんもいて、その集団を見た瞬間に私の頭の中で、コアトルが私を連行しようとしてきた時の光景が蘇ってきて、心の中で恐怖が生まれた。
でも私に用があるのは親でもキリお姉ちゃん達でもないらしく、疑問に思ってたら後ろの方にアイラ様がいた。
私は恐怖から一気に喜びへ転換した。嬉しかった、またアイラ様に出会えたって。しかも私にお願いがあるって聞いた時は、頼ってきてくれたと思って喜びを爆発させたいくらいだった。
…でも、まさか次期首相の座を願われるとは思いもしなかった。
龍帝国首相。それはこの国の政治の頂点だ。龍帝国の全てを率いらなければならない。
そんな重役の中の重役を、役人の仕事すらした事のない私が…?
アイラ様の理由はあまりにも簡単なものだった。アイラ様がどういう意図でどういう本心で私を選んだのか分からなかった。
私は驚きと戸惑いでただ棒立ちするしかなくて、別れ際もちゃんとした挨拶すら出来なかった。
最後の出発前、キリお姉ちゃんが寄って来て、私の耳打ちしてきた。
「念のため言っておくけど、いくら龍帝陛下が怒らないとは言え、もし断ってしまったらそれはあなたが受けた恩を返せなくなることを意味するわ。あなたがこのまま今まで通りでいれば、陛下はあなたをただの民としてでしか扱わないだろうし、興味も無くすでしょうね。
あなたは私と同様、龍帝陛下の存在という名の秘密を知ってしまってる。その意味が解るわね?
それと返答の指定期間はないけど、陛下はそう遠くないうちにご自身の国へ戻られる事になるわ。でないと陛下の本来の生活に支障が出てしまうから。
龍帝陛下がどういう意図で選んだかなんて考えないで、ラン自身がどうしたいのかを考えなさい。良いわね?」
そう言ってキリお姉ちゃんは去って行った。
もし断ったら恩を返せなくなる…、アイラ様は私に関心を抱かなくなる…。……嫌だ。恐い。そんなの絶対嫌だ!
それに、アイラ様の秘密…。アイラ様が神の眷属だということ…。…私はとても重い話を軽々しく受け止めていたのかもしれない。
私はどうしたいか。それは即答できるものではなかった。私は放心状態のまま家に帰る事にし、仲間への解散は父さんがやってくれた。
アイラ様はもうあまり長くはいられないとキリお姉ちゃんは言ってた。ということは私は期限がないとはいえ、早く返答をしなきゃいけない。そんな首相なんて重役の有無を早く返答しろなんて無茶苦茶な…。
(アイラ様の意図を考えるんじゃなくて、私自身がどうしたいか、か…)
もし私が首相になれば、生活は一変するだろう。
今まで私はたむろってた奴ら相手に喧嘩ばかりして、それを通して仲良くなった奴と新しいグループを結成して過ごしてきた。時が経って仲間も増えて、今ではかなりの人数になった。
しかしいずれは解散させて、私も他の奴らも働かなければいけない。そういった意味では将来的に私にもあいつら的にも丁度良いのかもしれない。でもその仕事が首相…。
…ダメだ。重圧と不安ばかり感じる…。私なんかが本当に国の政治を動かして良いの?私が首相になったとして、役人や兵士は私を受け入れてくれるの?
「ラン、入るぞ」
考えてたら、部屋の扉がノックされて父さんが入って来た。
「なに?今色々忙しいんだけど」
「その忙しいは龍帝陛下が願い出た首相へのお誘いの事だろう?」
「……」
「父さんと母さんは反対しない。こんな名誉な事はないからな。それに陛下はお前の事を認めて気に入ってくださってるからこそ願い出てきたんだ。わざわざお前のもとまで出向いてな」
「……」
「解っているな?陛下がお前に期待していることを」
「……」
「ひとまずやってみたらどうだ?それでうまく出来なくて精神的に辛いようであれば龍帝陛下やキリカ殿やダーナちゃんに相談してみれば良い。私や母さんでも構わん」
「……」
「ひたすら考えていても仕方ないと思うぞ?そうそう断ることの出来ない方から断りにくいやり方でお願いをされたのだからな。役人達に話を通しているのが事実であれば、お願いという名目でもほとんど任命しているようなものだしな」
「……」
「陛下は完全にお前を首相にする前提で話を進めているようだ。拒否権を作っているように思えて権利を持たさせないやり方をしてるのだから、あの方も中々やり手だな。
決断が出来たら出てこい。後日父さんと一緒に宮殿に行こう」
父さんは言うだけ言って出て行った。
「……私は…」
今までの生活が全て変わる。何もかも。とても不安。不安でしかない。でもアイラ様の期待には応えたい。
私だってこのままで良いとは思ってない。だとしたら…、例え重圧や過剰な負担を背負ってでも、私は首相になるべきなのかな…。
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