やっぱり首相候補は…
視点がアイラへ戻ります。
私が政治権限回収を宣言した翌日から、私のもとには山積みにされた書類が何棟にも並べられ、私はキリカや協力してくれた四人と一緒に書類と格闘しながら、少しずつ組織再編を図っていった。
ルルも私の傍に付いて、一緒にいる五人の分も含めて飲み物や軽食を持って来てくれたり、仕事に関係ない物を片付けてくれたり等、常に動き回ってサポートしてくれた。
指揮系統が崩壊していた政府だが、軍の方は影響を受けておらず、軍の権限に関してはノータッチ。今まで通りに動くよう指示した。
横暴な政策をしていたコアトルも軍には何もしなかったらしい。軍のクーデターを恐れたのかな?
龍帝国の法律は、コアトルがいじくった部分以外は特に変える必要性はないと判断。コアトルが首相に就任する前の状態に戻した上で、それ以上は何もしない事にした。後は民から要望があるかどうか。まぁ、そこはランのお父さんが伝えてくれるはず。
政府内における組織体制、元々の勤務ルールに関しては、特におかしいところは見られず、それぞれの部署の再編成と指揮系統の復活さえ果たせば万事解決と言える状態だった。
私が権限を回収した後も役人達は必死に仕事してくれた。私の考えに協力的な人がある程度いてくれてるらしく、私が宮殿内を歩くと時々良い意味で声をかけられる。
逆に指示していない人達も、反対というわけではなくただ戸惑っているだけのようで、現在のところ私に反旗を翻そうとする者は現れない。
後々ルルからこっそり聞いた話なのだけれど、ルルが言うにはコアトルは切れ者で戦いがめっぽう強い人物として有名だったらしい。私はキレたとはいえ、そのコアトルをコテンパンにしたわけで、その話が宮殿内に伝わって、みんな反対が出来ないんじゃないかとルルは言ってた。
まぁ、それ以前に私は神龍と契約した龍帝だし、その時点で私に対抗するなんて無謀だと思うけどね。自分で言うのも変だけど。
宣言から一週間程経った頃、私の傍で頑張ってくれているうちの一人であるニースさんが、少しでも仕事を早く終わらそうと、休憩返上どころか長時間残業し始めていた。
周囲の面々が何を言おうと聞かないニースさんに見かねた私は、残業をやめるよう指示。しかしそれでも残ろうとしていたため、「仕事よりも自分の身体と家族を大切にしなさい!」と怒鳴って強制的に帰宅させた。今度正当な理由なく残業した場合は給料を減給すると脅しておいたので、もう残業はしないだろう。
…まぁ、家族から離れちゃった私が言えることじゃないんだけどね。
そうして仕事をこなすうちに、気が付けば二週間が経過していた。
…ここに来てから一ヵ月経っちゃった。グレイシアにいるみんな、心配してるかなぁ?
この二週間、私は組織再編に重点を置いて仕事を進め、ほとんどの役人を昇進および昇格させた。
私が思っていたよりも遥かにスムーズに決まっていき、政府内の混乱は急速に落ち着いていった。
ほとんどの部署は代役として指揮をとっていた役人を、新たに正式な指揮役として確定させた。けど代役指揮していた役人の一部に「指揮役を降りたい」と言ってきた役人もいたので、その部署は別の役人から指揮役になってくれる人を模索。希望者を募ったところ、我こそはという人が割と多くて、その中から有能そうな人を選んで任命した。
それが全て済んだ頃にキリカから「たった二週間で混乱を鎮めてしまうとは、大変御見それしました」と言われた。私ってそんなスゴイ事した?
こうして私は各部署の権限を返して行き、組織再編のためのパズルはいよいよ最後の1ピースを残すのみとなった。
最後の最後まで空席のままの椅子、それは首相。誰かが首相の座に就けば、私は全ての権限を返すことができる。でもこれが難航した。
龍帝国の法律上、役人でも兵士でも民でも首相への立候補が可能であり、選挙を行って支持を集められれば首相になれる。
ただ驚いたのが、首相が龍帝からの任命だった場合は選挙をせずとも無条件で就任できる事になっているという事だ。龍帝って政治に直接関わんないはずなのに、なんでそんな権限持ってんのよ…。
「現在誰からも立候補なし。いかがしましょう?」
キリカは難しい表情で言葉を発した。
「私やりたー…」
「お前はやめろ。ややこしくなる」
「ダーナさん立候補案は即否決ですね」
キリカの発言の後、ダーナが立候補しようとするが、オリガに即行で止められた。
そんな二人の横でサララはニコニコしてる。この三人はいつも変わらない。
「いっそのこと龍帝陛下がこのまま首相を兼任されてはいかがでしょう?今日までの手腕、実にお見事でございました。陛下であれば反対する者などおりませんでしょう」
「いや、それは…」
「ニース殿、陛下には元々のお住まいと職務があります。陛下を帰れなくさせるおつもりですか?」
ニースさんは私の事を褒めつつ、私が首相を兼任する案を出してきた。
私が拒否しようとしたら、先にキリカが潰してくれた。
私はまだ、ランが首相に相応しいとは言っていない。他に相応しい人がいる可能性があったからだ。
でも現時点で相応しそうな人は出てきていない。ダーナもなかなか首相に相応しそうな子だけど、ちょっと自由過ぎるところがある。
ダーナは気が付かないうちに買い物に出ていたり、寄り道して遅刻ギリギリで出勤してきたり、休憩時間過ぎても居眠りしてたり、オリガが言うには家でよく分からない実験までしてるとか。仕事は有能だし、相手に屈しない発言力もあるし、メンタル強そうだし、行動力や発想力あるし、リーダーシップもありそうだから首相にはもってこいなんだけど、ちょっとね…。
ということでランのままの考えだった私は、意を決して一緒にいるみんなに伝える事にした。
「ねぇ、みんな。実は私、一人だけ首相に相応しいと思った人がいるの」
私の発言にみんなが一斉に私を見た。
「陛下が相応しいと感じた者ですか?それは…」
「私!?」
「それはない」
「オリガさん、もうちょっと歯に衣着せてあげましょう?」
「……。陛下、それは一体誰なのでしょうか?」
キリカが首を傾げながら反応するが、言葉を言いきる前にダーナが自分なんじゃないかと自分で自分を指差して反応。それをオリガが即行で否定した。
サララはオリガにもうちょっと優しいツッコミを入れるよう言っている。
そんな三人のやりとりをヤレヤレとした感じで見ていたニースさんが、改めて聞いてきた。
「えっとね、その人は政府の役人じゃなくて、民なんだけど…」
「え!?」
私が説明し出すと、キリカが突然驚きの声を上げた。
「ちょっとお待ちください。陛下はまだこの国の民と交流をされていないはずです。一体どうやって…」
「キリカ、よく思い出してみて?私これまでにたった一人だけ、ある民と交流を果たしてる。その人物こそ、私が首相に相応しいと思った人物よ」
戸惑うキリカに、私は今までを思い出すよう促した。
「一人だけ、交流…。そんな者がいたか?………まさか。いや、まさかそんな…」
「思い当たるのですか?キリカ補佐」
「誰なの?キリカちゃん」
キリカはピーンと来たようだけど、信じがたい表情を浮かべている。
そんなキリカの反応に、ニースさんとダーナが興味深々で問いかける。
「陛下、まさかランを首相に任命するおつもりですか!?」
「ご名答。その通りよ」
確認してきたキリカに私は頷く。キリカは驚きの表情になっていた。
「ラン?ランって、あのランちゃん?」
「俺は知らない名だな…」
ダーナは思い当たるものの当ってるか分からず首を傾げる。
ニースさんは知らないって言ってるし、オリガとサララも知らないみたいで首を傾げている。
族長の娘で生贄にまでされてたのに知らないのか。それよりも政府内の混乱の方が大きかったんだな。きっと。
「ダーナの言うランは多分あってる。知らない人には教えておく。ランは私が妹のように接している子で、竜族族長であるヤマタさんの娘。今回龍帝陛下が神龍様と契約なさる際、コアトルの謀略で生贄にされた人物でもある」
キリカはダーナの疑問を肯定した上で、みんなにランが何者なのか説明。聞いていたみんなは驚きの表情を見せた。
「やっぱそうか!ランちゃんの事だったんだ。ヤマタさん伝いで会った事があるよ」
「そういえばコアトルの被害者を陛下が面倒見ていると聞いた事がありましたが、それが…」
「ランさんというわけですね」
「しかしまあ、陛下の目に間違いはないでしょう。自分は異論ありません」
ダーナは族長と関わりがあるらしい。ダーナって顔広そうだよね。
オリガとサララは私が療養していたという点から納得してるけど、面識はないようだ。
ニースさんは特に意見はないらしく、すんなり賛成してくれた。
「陛下…、一体いつからランを首相にとお考えされていたので?」
「ランが療養を終えて帰るちょっと前」
「そんな時から考えていたのですか!?…はっ!まさか、ランを見送った時に陛下が言いかけてお止めになった発言は…!」
「うっかりランに首相になるようお願いしそうになったわ。あの時はまだ確定じゃなかったからギリギリで言い留まったけど」
キリカはあ然とした表情になってる。結局のところキリカは賛成反対どっちなのかしら?
「あの子が療養していた時から次の事を考えていたのか…?宣言をするのも全部その間に…。いや、もしかすると龍の間から宮殿に戻った時点で…。本当にこのお方の頭の中はどうなっているのだ…?」
なんかキリカがボソボソ言ってるけどよく聞こえない。まあいいや。放っておこう。
「なお、ランには私が直接彼女のもとへ行って話をします。意見のある者はいますか?」
「「「「異議なし!」」」」
唯一キリカだけ返事がない。なんか思考が止まったような顔してる。
「キリカ、あなたも良い?言いたい事はない?」
「……反対ではありませんが、しかし…」
「しかし?」
「あの子は普段少々…、いや、だいぶヤンチャでして、あれでも他のヤンチャ者を率いたりしています。そのランに付いてきてる者共がどう思うか…」
「だったらその子達も含めて説得すれば良いだけよ。この事は仮として政府内に回し、後日予定が整い次第、ランのもとへ向かいます。その間皆さんは私の代役をお願いします。良いですね?」
「「「「御意!」」」」
「ぎょ、御意」
私の確認に、キリカだけみんなから遅れて戸惑い気味に返事した。
今日はそのまま解散となり、その後キリカからランの私生活について思い出せる限り聞き出すのだった。
私の計画もいよいよ大詰めだ。




