紅き宝玉
「あなたが条件を揃えている物、それは『紅き宝玉』という物よ」
「紅き宝玉?なにその冒険家が求めそうな物」
天神界で始まったハルクリーゼによる説明。しかし二人とも地面に寝そべりながら会話していた。オリジンが見たら確実に注意してくる体勢である。
「紅き宝玉はメッチャすごい魔力が凝縮されて出来た玉でね、現在では伝説の宝具の一つになってるわ」
この世界で伝説として伝えられる物は多くあり、それらは『伝説の宝具』という呼称でまとめられている。
ハルクリーゼが生前愛用し、ノワールが手に入れようとしているアリアンソードもその一つ。
「伝説の宝具か~。そういえば紅き宝玉って聞いた事があるような~、ないような~」
グリセリアはむむ~と首を傾げて記憶を掘り返す。
「この紅き宝玉は偶然出来た物なんだけど、実はけっこう危険な物でもあってね、二千年前は私が管理してたの」
「危険って?どう危険なの?」
「この紅き宝玉を条件を満たさぬ者が体内に取り込んだ場合、その者は正気を失い、破壊衝動だけを持って破壊や虐殺だけを繰り返す極悪大罪人と化すわ。最悪の場合、魔物化する可能性もあるわね。
実際二千年前には、私から奪って取り込もうとした奴が数秒で魔物化した事があったわ」
「普通の奴だったら完全に最終的に殺されるじゃん。超こえ~」
「でもあなたならばそれは起きない。宝玉を取り込む事が出来るはずよ」
「私が壊れない条件が私には揃ってるって事だよね?んで、その条件って?」
グリセリアは紅き宝玉の説明を理解した上で、自分にある条件を聞き出す。
「紅き宝玉を取り込める条件は一つ。善と悪を超越していることよ」
「いや…、そう言われても全く理解に至れないんだけど…。私、自分が善とか悪とか気にした事ないし。私は日頃からやりたい事とか思った事実践してるだけだよ?強いて言うなら、やりたい事を妨害してくる奴とかムカつく奴は殺すぐらいしか考えてないし」
「そこなのよ」
「どこなのよ?」
否定的なグリセリアの言葉に、ハルクリーゼは着目するように反応した。
「あなたはこれまで正義感や人のためを思った行動をしていないの。そういう風に見えても結局は自己満足。それだけ考えると悪だけど、あなたの場合は見返りを求めたりしない。そこで善が出てるの。あなたは無意識のうちに、善悪をカバーし合ってるのよ」
「でも私、アイラのために行動したり、アイラの事想って何か造ったりしてるよ?」
グリセリアの行動を自己満足と称し、善悪を無意識に超越させている事を説明するハルクリーゼ。それに対しグリセリアは否定的な意見を述べる。
過去を見れば、グリセリアはアイラのためにノーバイン城別館を造ったり、アイラのために新たな政府組織を設けたり等、常にアイラを想って行動している。
グリセリアは、そうやってアイラのために動いている時点で、善ではないかと思ったのだ。
「確かにそうね。でもあなたの心境は『アイラに喜んでもらいたい』じゃなくて『これならアイラは喜ぶだろう』ていう上目線的な考えじゃなくて?」
「あはは~。さすが神。分かってるね」
ハルクリーゼに心を読まれて苦笑いするグリセリア。
アイラに対して絶対の信頼と友情を置くグリセリアだが、一途な思いは甘える時のみ。何かを作る時はアイラの性格を考え、アイラが喜ぶ方向に操るように仕向ける。それがグリセリアという存在の本質であった。
もちろん、アイラも彼女の本質を理解している。
「総合的に言うと、あなたは過去に王族としての権限を使って自身の邪魔者を始末してきた。それ以外の者達の事も威圧して独裁をしている。これは悪ね。
でもあなたが今まで行ってきた事に国民が不利益となる行為は一切ない。あなたが国王になってからはどんなことでもちゃんと詳しく説明して広めて、国民の負担を最小限に抑えてるでしょう?それは善よ。
そしてアイラが関わる事に関しては、彼女の事は大切でもやっぱりあくまで自己満足。善でも悪でもない。
ね?あなたは常に善も悪もない行動パターンで動いてるのよ」
グリセリアは頭を抱えながら唸る。彼女は途中からハルクリーゼの説明を理解しきれなくなっていた。
「なんか難しくて理解出来ないけど、もうメンドイからいいや。で、その紅き宝玉とやらはどこ行けば手に入れられんの?」
結局考える事を止めたグリセリアは、紅き宝玉の場所を聞いた。
「まぁ、善悪の境界線や概念はオリジンすら理解出来ていない事だからね。難しいのも無理ないわ。
では善悪の説明はここまでにして、次の話に行きましょう。場所を言う前に、取り込む方法とその後の変化を教えておくわ」
「あー、それ重要」
「方法は至って簡単よ。宝玉が置かれている場所の前に立つだけ。以上」
「そんだけ!?」
取り込み方法に関してあまりにざっくりなハルクリーゼの説明に、グリセリアは驚きの反応をする。
「もうちょっと詳しく出来ないの?簡潔過ぎて理解に至れないんだけど」
「まぁ、前に立ったら分かるわよ。私もこれ以上は何て説明したら良いか分からないの」
「えぇー…」
説明を求めるも拒否られたグリセリアは、がっくりと肩を落とす。
「それで取り込み後の変化なんだけど」
「そうそう、それ重要」
「まずあなたの瞳の色に若干変化が出ると思うわ。と言ってもあなたの瞳の色は赤色だから、周囲の人が見ても分かるかどうか程度だけど」
「ふーん、ならどうでも良いや。別に視力に影響が出るわけじゃないんでしょ?」
「そうね。色の変化のみね。それから神気の色が変わるわ。本来、神気を色で表すと金色と白色。あなたとアイラはまだ色を出す事は出来ないけど、一応赤色と黒色に変わるという事は伝えておくわ。
「色だけ~?しかもまだ出せないんじゃ実質何も変わんないじゃん。つまんな」
「同時に魔力が底上げされて魔法を使えるようになるわよ。アイラみたいに超強力な」
「マジで~?メッチャ変わるわ~」
あまり生活に直結しない内容に興味をなくしていたグリセリアだが、ハルクリーゼが魔法を内容に出すとコロッと興味ありの態度に切り替えた。
「でも魔法の色まで変わるけどね」
「魔法の色って?」
「例えば火を起こしたら、多くの場合火の色は赤色、黄色、オレンジ色で構成されるわ。それが赤色、紫色、黒色に変化するわ。水の場合は透明が濁った赤紫色みたいな?」
「毒々しい色に変わるって事かな?性質に変化はあんの?」
「実はその辺が私にも分からないの。生前に色々研究はしたんだけど、当時は紅き宝玉を制御出来た人物がいなかったし、私もそこまで研究出来ぬまま寿命を迎えてしまったから」
「そっか。でもハルク神様死後によく悪用されなかったね?」
「私が死ぬ前に隠したからね。今もそこにあるわ」
色まで変化する事は、ハルクリーゼも分かっていた。だが性質までは調べる事が出来なかった。
そんな事よりもその後に悪用されなかった事に感心したグリセリアだが、ハルクリーゼは自分で隠したと言う。それを聞いたグリセリアは一回頷いて納得の表情を浮かべる。
「じゃあ、その隠した場所に行けば良いんだね!で、どこ?」
結局グリセリアはどんな説明よりも、紅き宝玉の場所だけが気になっていた。ぶっちゃけそれ以外どうでも良かったのだ。
「場所なんだけど、偶然にもあなたが精霊達に紹介した池付近の真下にあるのよね」
「はあぁぁぁ!?」
グリセリアは精霊達に寝床を紹介した際、城近くの小さな池のある場所を紹介していた。その真下に紅き宝玉があると言うハルクリーゼの発言にグリセリアは驚愕する。
「詳しく説明すると、あの場所の真下には小さな遺跡があって、その中に紅き宝玉はあるわ。入口はあなたがよく登り降りしていた急斜面の辺り、草をどかしていけばそのうち見つかると思うわ。仕掛けはないから簡単に入れると思う」
「あんな所に遺跡あったの?でもオリジン様一切何も言ってなかったけど…」
「だってオリジンはそこに宝玉があるって知らないもの」
「そうなの!?え?ハルク神様とオリジン様って親友の仲でしょ?なのに教えてないの?」
「私が遺跡に隠す頃には既にオリジンは生涯に幕を閉じてたわ。今の存在になってから言ってないって今気が付いたわ…」
「…絶対なんで教えなかったんだって怒られるよ?また説教時間だね」
話の流れでオリジンに紅き宝玉の事を伝えていなかった事を思い出したハルクリーゼは、「あちゃ~」と言いながら頭を抱えた。グリセリアは「あらら~」と客観的な反応。
「とりあえず説明は以上よ。無事に取り込める事を期待してるわ」
「取り込んだらアイラが帰るまで一日中寝てても良い?」
「いけません。王族がニートでどうするの」
「ちぇ~」
こうしてグリセリアの意識は天神界から離れた。
グリセリアは目を覚まし、ベッドから起き上がる。寝室の窓へ移動すると、空を見上げた。
時間帯はまだ深夜。夜空にはプラネタリウム級の満天星空が輝いていた。
「紅き宝玉を取り込めば、ようやくアイラの力に近づけるかな。アイラと一緒に暴れ回りたいな~」
背伸びをしながら呟くグリセリア。それから一分後。
「この窓もうちょっと大きくして、外にバルコニー作れないかな?構造的に可能だと思うんだよな~」
それから二分後。
「あ、ハルク神様に神力解放のやり方教わるんだった。……ま、いっか。そのうち出来んでしょ」
さらに三分後。
「もうちょい寝るか。寝れるか分からんけど」
再びベッドに入るグリセリア。アイラが不在の間不眠症状態だった彼女だが、何故かこの日だけは深い眠りに付くのだった。




