キリカの報告とランの異変
窓から差し込んでいた夕日の光がだんだん弱くなっていく。陽は落ち始め、間もなく星空輝く夜を迎える。
私がシュバルラング龍帝国に来てからまだ二日。なのにいろんな事があり過ぎて、私はもう一週間くらい経った気分。
異空間収納を収得して満足していた私だけど、その後ある事に私は気付いた。
……仮眠から起きてから異空間収納を収得する時までずっと全裸だった。
どうりで身体の感覚がスッキリしてると思ったんだよね~。別に見られても平気だけど、もしランが起きてたりルルが戻ってきてたりキリカが来てたりしたら驚かれただろうな。
「ふぁ…、アイラ様…」
「あら?おはよう、ラン」
窓から景色を眺めていたらランが起きてきた。小さくあくびをして目を擦っている。
……明らかに動きが重い。龍の間にいた時のような軽快さがない。こりゃかなりストレスの反動が強いかも。
「おはようございます。て、今もしかして夜ですか?」
「そうね。陽が落ちて暗くなり始めたところよ。もう星空が眺められる頃ね」
「そうですか…」
ランは外を見たままボーっとしてる。相当深い眠りについてたのかしら?まだ覚醒してないみたい。
「失礼します!すいません!長く離れてしまって申し訳ありませんでしたぁ!!」
突然勢い良くドアが開けられ、すごい勢いでルルが入ってきた。そしてスライディング土下座してきた。
いきなり入ってきたから私もランもビックリだよ。
「急にビックリするじゃない。あなた随分部屋を出ていたようだけど、何かあったの?」
ルルには客室に出来る限り居てほしいとお願いしていた。けど私が仮眠している間に部屋を出たみたいで、異空間収納収得に励んでいる間も帰って来る気配がなかった。
何かあったんじゃないかとルルに尋ねるが、ルルは何故か苦い表情を浮かべた。
「あの、えと~、何かあったわけではなくってですね…」
ルルはそう言うと、深く息を吸い込み、
「一度自室に戻ってすぐここに戻ろうとしたらうっかり居眠りしてしまってしまいました!本当に申し訳ありませんでした!」
とほぼ一息で言いきった。どうやら自分の部屋で居眠りしてたらしい。
「……あんた私に風邪ひくとか言っておきながら自分が風邪ひくような事してんじゃない」
何と言ったら良いか分からず、とりあえずツッコんでおいた。
「はい…。本当に申し訳ありませんでした…」
「もう良いわよ。別に怒ってないから。ランも起きた事だし、飲み物淹れてくれる?」
「はい!少々お待ちを!」
ルルに烏龍茶を入れてもらい、私とランはソファに座った。やっぱランの動きが重たそう。
「ここ入ってから誰か来ました?それに混乱はどうなったんでしょう?」
「私が知る限り誰も来てないわ。周囲の状況も何も分からない。というか食事もしてないし。ルルは何か聞いてる?」
「いえ、私がこちらにいる間も誰も来てませんし、何も情報は伝わってません。実は私も昼食抜きなんですけどね」
ルルも何も知らないらしい。ていうかなんでルルまで昼食抜きにしてるの?
「なんであんた昼食摂ってないの?」
「忘れてました」
てへぺろ!みたいな仕草で昼食を忘れていた事を自白するルル。この子色々抜け過ぎ。
「思えば時間的に食事抜いてますね」
「ランはお腹すいた?」
「いえ…、私もう五日間以上は水以外口にしていないので、既に何も感じません」
「「はいぃぃぃぃ!?」」
私とルルは揃って驚愕した。
「あんたそれを早く言いなさいよ!栄養失調で倒れるわよ!?」
「何か口にされますか!?すぐにお持ちします!」
「あ、あの、落ち着いて…」
私とルルは声を上げるが、ランは至って冷静。
結局ランは私と食事の時間を合わせることを希望してきて、今は烏龍茶を飲むだけになった。
思えばこの子は生贄として牢屋に閉じ込められていた上、死の恐怖に直面し続けていたわけだから、食事が用意されていたとしても口に出来なかったんだ。絶望と恐怖で精神がグチャグチャになって。
すっかり夜になって街の灯りが見える頃、ドアがノックされキリカが入って来た。
「失礼致します。長時間待機させてしまい申し訳ありません。近況報告に参りました」
「ご苦労様。別に退屈じゃなかったから大丈夫よ。ランもずっと寝ていたし。逆にキリカが大丈夫?なんだか疲れた顔してるわよ?」
礼儀正しく入って来た彼女だけど、明らかに顔が疲れているように見える。コアトルが捕まった事態の収拾は簡単な事じゃないはずだから、疲れるのも分からなくないけど。
「お気遣いありがとうございます。私は問題ありません。この程度の疲労など過去に何度もしてきましたから」
「だったらそれは問題よ?キリカ。疲労や負担や苦痛は頻度を重ねて時が経つほど身体に出てくるの。このままだとあなた絶対倒れるわよ?
この件がある程度落ち着いたらあなたはしばらく休養しなさい。龍帝として命令します」
「陛下…。ご心配くださりありがとうございます。命令されてしまっては背くことはできませんね。ありがたくお休みをいただきます」
明らかに無理を重ねようとしている様子のキリカに、私は注意した上で休養を命令した。
助言ではなく命令というかたちにしておかないとなんだかんだで無理しそうな気がしたので、龍帝としての権力を活用しといた。
「では現在の状況を報告させていただきます。ランも一緒に聞いておいて」
「うん、わかった」
「それでは私は一時退室を…」
「ルル、念のためあなたも聞いておいて。一応龍帝陛下のお付きということで」
「あ、はい。畏まりました」
ルルは使用人として気を使って退室しようとしたけど、キリカはルルにも聞いてほしかったようで引き止めた。
「ではまず、コアトルとその一味に関するその後ですが、とりあえず牢屋に投獄しました。暴れないよう檻の中で鎖でグルグル巻きにしましたのでご安心ください。なお、舌を噛んで自害しないようくつわもしましたので」
手錠くらいなら解るけど、鎖グルグル巻きってすごいね。ちょっと見てみたい。
「その後政府関係者や民の中心部の方々を集めて私の方から事情を説明しました。ランの父君であられる族長のヤマタ氏もおりまして、ランとの面会をご希望されていましたが、ランへの危険が無くなったわけではないと説明しましてお断りさせていただきました。
最初は面会拒否に納得していただけませんでしたが、神龍様と契約された龍帝陛下が傍に付き続けていると説明しましたら納得いただけました。
また、集まった方々との話し合いでコアトル達の罪状言い渡しと刑執行は保留となりました。現状況の回復が最優先だと」
なるほどなるほど。
ランのお父さんも自分の娘が無事だと聞いて会いに来たんだろうけど、面会拒否されたらそりゃ納得いかないよね。私が一緒だと聞いて納得したのは、多分神龍の名の影響力だろうな。
「その後しばらくして怪しい行動をしていた者達が数名おりまして、事情聴取をしようとしたら逃げ出しました」
「逃げたってことはそいつらはコアトルと繋がってた連中ね」
「はい。逃げた者達は全員確保しまして牢屋に入れましたのでご安心を。事情聴取の結果コアトルに協力していた事を認めました。
しかしながらこの者達は皆政府の指令役に就いていた面々ばかりで、そのため現在龍帝国政府は統率機能が消滅している状態となっております」
うわ~…、組織形態ズタズタだ…。政府組織崩壊しかかってる…。
「ひとまず彼らの下にいた役人が何とか頑張ってはくれていますが、いつまで持つかどうか…。
とにかくこれでランへの危険性はなくなったと思われますが、確証が持てませんので今後のランの行動判断は陛下にお任せします。本来は我々が守るべきなのですが、指揮系統がほぼ消滅しているために本来出来る事が出来なくなってしまっております。申し訳ありませんがもう少しだけランの事をお願いします」
ランへの危険性はだいぶ減少したみたい。けど指揮系統が乱れてるから確証が得られない状態なんだ。
このまま指揮系統が乱れ続ければ、時期に民から不満の声が上がりそう。
「結局今日はどうなったの?」
「私が臨時で首相代行になりました。民へから出てくるであろう不満等に関しては、説得力の大きい族長のヤマタ氏に頼んで抑えてもらってます」
民の事はともかく、龍帝補佐が首相代行とかキリカマジで倒れるぞ?
「私からの報告は以上です。一部省略した部分もございますが、その部分は後日ご報告させていただきます」
「分かったわ。本当にご苦労様」
「父なら民は言う事を聞くと思います。かなり信頼されているみたいなので」
「なんだかすごい事になっちゃってますね…」
ランが言うにはお父さんはかなり信用を受けているみたいだ。なら安心か。
ルルは事態が想像以上だったのか、驚きの表情を見せている。
「あのそれで、馬車の中でこちらへ来るよう指示されていましたが…」
「その前にキリカ。あなたは食事は摂った?」
「はい?混乱がある程度落ち着いたところで間を見て摂りましたが、それが何か?」
「そう、なら良いのよ。忙しさあまりに何も食べてないんじゃないかと思ってね」
「あぁ、そういうことでしたか。でしたらご心配いりませ…」
ギュウゥゥゥゥ……。
お腹が鳴った。鳴ったのはランのお腹だ。やっぱり五日間も食べてないんじゃあね…。
「あの、もしかして陛下もランも朝以降食事を摂られていない…」
「正確に言うと私が朝以降、ランが五日間以上食事してないわ。ちなみにルルも昼食忘れたらしいわよ」
「あははは…」
私がそれぞれの食事近況報告をしてルルが苦笑いをすると、キリカはワタワタし始めた。
「大変申し訳ありません!すぐに食事の手配を致します!ルル!あなたも何をしているの!すぐに準備に動きなさい!準備が整い次第お呼びしますのでお待ちください!」
「ちょっと待って」
メッチャ焦った様子で謝罪してルルを叱り、部屋から出て行こうとするキリカ。そんな彼女を私は呼び止めた。
実は私は、こうして会話をしているうちにある事に気付いていた。
「あ、あの、お叱りでしたら後程いくらでも…」
キリカは怒られると思っているようだけど、私は首を横に振った。
「違うわ。ねぇ、ラン。ちょっと立ってみて」
「え?はい、分かりました…。……あれ?どうして?」
私の指示通りランはソファから立ち上がろうとしたけど、立とうとしない。やっぱり思った通りだ。
「ラン、どうしたの?」
「立てない…。身体に力が入らない…」
「「え!?」」
キリカの質問にランは困惑気味に答える。キリカとルルはランの回答に驚きの声を上げた。
「思ってた通りね。ラン、あなたの身体は療養が必要な程ボロボロみたいよ」
「どういうことですか?」
「今までの状況下における精神的疲労と肉体的疲労、長期の空腹と栄養失調。おそらくそういった事が原因で身体がとっくに活動限界を超えていたんじゃないかしら?
今まで動けていたのはきっとラン自身が気を強く張っていたために強引に身体を動かす事が出来たんだと思うわ。でもその状況から解放されて、反動が今になって出てきた。時間とともにあなたの身体の動きが重くなっていたのを気にしてたんだけど、いよいよ重くなりきったみたいね。
私も医学知識があるわけじゃないから確実にそうとは言えないけど、私としては今なお意識を保ち続けてるあなたがすごいわよ。多分さっきの睡眠じゃあ寝足りないんじゃなくて?」
「……眠いのは確かですけど…。そっか…、そんなに酷い状態なんだ…、私」
実はキリカから状況報告を受けている間、ランの身体がほとんど動いていない事に私は気付いていた。
私は医学を学んだ事はないから確実ではないけど、ひとまず予想は伝えた。
「キリカ、この国にも当然医者はいるわよね?」
「はい!宮殿専属の医師がおります!」
「すぐにランの診察を。ランが動けない以上ここに呼んで。食事云々はそれからよ」
「御意!すぐに呼んできます!」
キリカはバタバタと大慌てで部屋から出て行った。
「ルル。お医者さんが診察できるよう部屋を整えといて」
「わ、分かりました!」
「ラン。あなたはベッドへ」
「でも動けないんですけど…」
「よっと」
「きゃっ!」
私は動けないランをお姫様抱っこしてソファからベッドへ運んだ。
まったくキリカといい、ランといい、宮殿で働く他のみんなも含めて過労で倒れないか心配だよ。私は。
これは今後私が出て、現状の早期打破を目指さないとダメかな?
活動報告にてちょっとしたお知らせがございます。