キリカの困惑
視点がキリカに移ります。
今日、私は一つの計画を実行する予定でいた。それは龍帝陛下がランとともに龍の間に行っている間に、コアトルとその仲間を始末しようというもの。
ランを本当の意味で助けるためにも、今後の龍帝国と竜族の将来のためにも、協力して同行してくれている仲間とともに、私はコアトルを本気で殺すつもりでいた。
けど、そんな計画は実行直後に吹っ飛んだ。
いきなりいろんな事が起きすぎて整理が追いつかない。少なくともすごいものを色々見てしまった事は確かだ。
まさか伝説の神龍様をこの目で見る時が来ようとは思いもしなかった。私の心はまだ興奮している。
現在、この馬車の中では誰一人会話をしていない。
龍の間に向かう時も誰も会話をしなかったので不思議な事ではないが、今は空気がまるで違う。
コアトルやその配下は皆丸焦げでグッタリしている。生きてはいるようだが。
私の仲間も混乱しているのか、単に声を出しづらいだけなのか、言葉を発さない。
ランは疲れてしまったのだろうか?うつらうつらとしている。死に直面し続けていた極限状態から戻ったのだ。一気に疲れが来てもおかしくない。
そして最も気になるのが龍帝陛下。
陛下は無表情のまま外を眺めている。行動としては別に不自然な事ではない。
でも龍の間に向かわれる前と明らかに纏う雰囲気が違う。瞳の色まで変わっている。
初めてお会いした時よりも何故か緊張する…。なんだかとても神聖的ななにかを目の前にしているかのような…。
神龍様と契約されたことで何か変わられた事は間違いないだろう。でもそれだけでここまで変わるものだろうか?一体、龍の間で何があったのだろう?ランなら知っているだろうか?
「…ん?」
「…!」
陛下を見続けてたら目が合った。その瞬間、心臓の鼓動が強くなった。
陛下は私を見ると、ゆっくり微笑んだ。その微笑みはまるで全てを見透かすかのような。なんだか私の心の中を覗かれているかのよう…。
「なぁに?キリカ。私、何かおかしいかしら?そんなにずっと私の事見続けて」
「い、いいえ!なんでもありません。失礼しました」
私は慌てて陛下から目線を逸らした。
陛下の事が怖いわけではない。でも表現ができないあの雰囲気は何なのだろうか?
それに洞窟の入口でのやりとりもおかしい事ばかりだ。
私達が上空に上がって戦闘していた時に陛下が大声で叫んできた時は、最初誰が叫んだのか分からなかった。陛下が戻って来ていて叫んだんだと分かった時、何故か身体が震えた。
コアトルを追求し、突然態度と口調を変えられた時は恐ろしかった。
あの殺気は二度と感じたくない。恐怖等の言葉で表現できるものではなかった。コアトルが言葉を発せなかったのも解る気がする。
コアトルが逃走を図った時も、陛下は自らコアトルを追いかけた。
浮遊魔法であれば、まだ発動出来る事に理解できる。でも追う時のあの速さは訳が分からなかった。
コアトルは飛行速度が早い方だ。でもそんなコアトルが止まっているかのような速度で陛下は飛んで行った。
竜族の中でどれだけ飛行速度に自信を持っている者がいても、陛下のあの速さには絶対敵わないだろう。
コアトルが陛下の攻撃を受けるかたちで戻って来た時には、既に私の思考は追いつかなかった。
しかも人型に戻ったコアトルに追い打ちをかけるとは…。陛下も中々残酷だ。
極めつけが陛下の魔法。あんな魔法は見た事がない。私は割と魔法の本を読んではいたが、あのような強力性の高い魔法など聞いた事すらない。
爆風が起こって気が付けば、コアトルは丸焦げ。そしてコアトルの部下どもは膝から下が氷漬け。さらに間を置かずに同じ魔法をいくつも一斉照射。
どんな優れた魔法師でもあんな魔法の使い方は出来ない。あまりに魔法と魔法の発動時間が短すぎる。
表現できない神々しい雰囲気、突然変わった瞳の色、恐怖を超える強さの殺気、異常な移動速度、竜を殴れる程の怪力、常識を壊した魔法。
……分からない。だんだん陛下の事が分からなくなってきた。この方は本当に何者なのだろうか?
そういえば、神龍様との会話に「ハルクリーゼ」という言葉が出てきていたような…。
ハルクリーゼと聞いて浮かぶのは、他国が信仰しているハルク教の神のハルクリーゼだけだ。
どうして陛下と神龍様の会話に神の名が出てきた?しかもまるで知り合いかのような口ぶりだった。
……ああ、ダメだ。考えるだけ分からないばかりで頭が痛くなってきた。
「ねぇ、キリカ」
「あ、はい。なんでしょうか?」
急に陛下が話をかけてきた。表情は微笑んでいる。
「あんた、さっきから私が何者なのかとか、異常な動きは何なのかとか考えてるでしょ?」
「!!」
私は驚愕した。どうして?なんで分かった?
「どうやら図星みたいね。一応言っておくけど私は人間。それだけよ」
「は、はい。分かっております。悪いように見ているわけではありませんので。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
一応謝っておこう。もしあの殺気を向けられたらたまったものではない。
「……。キリカ。宮殿に到着したら私は元々いた客室で待機させてもらうわ。コアトルのせいで発生するであろう混乱の収拾はキリカに一任します。私が必要であれば、呼んでくれれば喜んで協力するわ。それと、ランも私の客室で一緒に待機させるから」
「御意。事態収拾はお任せを」
「それと物事がひと段落して気持ちが落ち着いたら私の所に来て。いつでも構わないから」
「…?はい?仰せのままに」
陛下は私の謝罪を受け入れるわけでもなく、突然宮殿到着後の指示を出されて、最後に私が陛下のもとに後々向かうよう言ってきた。
良く分からないけど、なんだか怒られそうな予感…。