龍の間へ出発
視点がアイラへ戻ります。
キリカの案内で宮殿正門へ向かう。ルルは同行しないので、部屋の前で見送ってくれた。
宮殿正門の馬車の前に到着すると、コアトル首相と、同行人と思われる人達、そして一人の少女がいた。
「おはようございます。まずは昨日の昼食失念の件、今朝の支度の件、こちらの不手際をお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」
コアトル首相は私と会うなり謝罪してきた。首相にまで話が行ってたのか。
「頭を上げてください。昨日の昼食の事は別に気にしてませんし、今朝の支度も私が勝手にした事ですから。そちらに非があるとは思ってません」
私が気にしていない事を伝えると、首相は頭を上げた。
「寛大な処置を感謝致します。
では早速でございますが、こちらの馬車に乗っていただいて、龍の間がある洞窟までご案内致します。私とキリカ補佐、数人の部下も同行致します」
別に寛大でもなんでもないんだけど…、まぁ、いっか。
同行する人達はみんな若い。でも妙に緊迫しているのは何故?同行する人同士で警戒し合ってるような…。
「それと、彼女が今回の生贄、ラン・クラッセンです」
コアトル首相が紹介した少女が、やはり生贄らしい。
ランと紹介された少女は、ピンク色のストレートヘアーの髪で、見た目的に私とほとんど年の差はないんじゃないかなって思う。
彼女は俯いていて、よく見ると目の下に濃いクマが出来ていてだいぶやつれている。
服装はまるで囚人服のような服。両手足ともに錠をかけられている。
その姿はまるで大罪を犯した犯罪者だ。
その直後、コアトル首相が他の役人に声をかけられたため、首相は一旦その場を離れた。
その隙にキリカに小声で生贄の事を訪ねてみる。
「ねぇ、キリカ。あの子は何か罪でも犯したの?」
「いいえ。生贄にされるまで普通の民として暮らしていた子です。少々ヤンチャではありましたが、大きな罪など一切犯していません。
コアトル首相によれば、生贄に選ばれた際に激しく抵抗したため錠を付けたと聞いています」
キリカはすんなり答えた。ていうか、キリカ変にあの子の事詳しくない?
しかしそれにしても、いくら激しく抵抗したとは言えあの扱いは酷い。彼女の精神状態は見るからに酷いものだろう。
生贄というだけでこの扱い。マジで生贄の誤解は解かなくちゃならない。
「陛下、今のうちに少々良いでしょうか?」
今度は逆にキリカが小声で話かけてきた。険しい表情で。
「何?」
「実は今回生贄にされたランは、民のまとめ役でもある竜族の族長の娘です。先程首相は『生贄に選ばれた』と言っていましたが、実際にランを生贄にしたのは首相なのです。
これはコアトル首相の陰謀です。族長と不仲であるのを理由に見せしめとして娘を殺そうとしているのです」
「何ですって?」
「民は皆、ランが生贄になった事にも、そもそもコアトル首相の政治にも不満を持っています。このままだと国内で紛争が発生する可能性があります」
「……」
「どうかランを助けてください。コアトル首相に関しては私が何とかします。ですから、どうかお願いします」
「キリカ…」
キリカはそれ以上何も言わなかった。
…なんだかエライ話を聞いてしまった。キリカが嘘を言っているようには思えない。
もし今の話が本当なら、コアトル首相は神龍との契約に生贄が必要だと思い込んでいて、それを利用して対立関係にある竜族族長に見せしめとして娘を葬ろうと考えているということか。
確かにそれなら今のランの状態も解る。
神龍と契約次第、彼女からも話を聞いた方が良いだろう。事実確認とその対策を考えなくちゃ。
「お待たせ致しました。すいません、執務室にある書類を放置したままでして、部下に呼ばれて片付けていました」
「それはそれは…。もう片付け終わりましたか?」
「ええ。大変お待たせしてしまいました。では、出発致しましょう」
(なんか幼稚な理由。本当にただの片付けかしら?)
そんな疑問を抱きつつ全員馬車に乗り込み、神龍が待つ龍の間へ出発した。
馬車に乗っている間は特に何かの説明があるわけではなく、誰かが話すわけでもなく、ただ無言だけが続いていた。
私は外の景色を眺めながら、時々ランの様子を窺っていた。
彼女の目は完全に虚ろだ。まるで全てに絶望したかのような。
そりゃあ、今まで普通に暮らしてたのに突然理由もなく生贄として死が確定されたら、当然抵抗するし、今みたいな状態にもなるわな。
神龍と会ったらこの子をどうやって保護するか考えないと。
場合によってはオリジン様がアテーナにしたように、私がこの子をグレイシアに連れてく可能性もあるし、それが出来なければ私の手で力尽くで対処する可能性もある。
とにかくいろんな構えをしておかないと。私が神龍と契約する事より、あの子を救う事の方が重要だ。
結局みんな言葉を発することなく、馬車は龍の間がある洞窟の入口に到着した。
洞窟の入口はとても大きい。この奥に龍の間があり、神龍がいるらしい。
と、ここでランの錠が外された。
「ここから先には我々は同行出来ません。アイラ様とランのみとなります」
コアトル首相がこの先は同行不可と語るが、まるで事務仕事をこなすかのように淡々としている。感情が感じられない。
そんなコアトル首相の隣では、キリカが強い視線を私に送っていた。多分「絶対助けろ」ていうメッセージだろう。
「それじゃあ、行ってきます。ラン、歩ける?」
私はみんなに声をかけ、ランに手を伸ばす。
私の問いかけにランは僅かに頷き、私と手を繋いだ。繋がれたその手はとても弱々しかった。
洞窟へと入っていく私とランを、同行者達はお辞儀で見送る。
ここまではコアトル首相の予定通りというわけだ。
私は私で確認と対策を練るけど、キリカは果たしてどう動く気なのやら。
洞窟から出る時は、念のために気持ちを戦闘モードに切り替えておこう。




