友人の亀裂、後輩の呆れ
視点がシャロルから外れます。
アイラはグレイシアへ移住後、グリセリアに引き取られたのちに精霊や神獣と契約。今度は神龍と契約を果たさんとし、シュバルラング龍帝国龍帝の座を目の前にするところまで来ている。
ともにグレイシアへ渡ったノワールは精霊達の導きで伝説の洞窟である精霊窟を目指し、そして伝説の装備を手に入れんと自らの意志で歩く。
メイドとして付いてきたシャロルもアイラとノワールが不在の間に、神の使いと神獣から教えを乞い、メイドとして、暗殺者としてスキルアップを図ろうとしている。
アストラントからグレイシアへ渡った三人は、移住からたった一ヶ月程度の短い期間で自分自身の立ち位置を固め、己自身の成長を求めて動き始めていた。
そんな動きを見せる三人とは対照的に、未だ前を向いて踏み出せずにいる者達がいた。
アストラント王国、サブエル学院に通うアイラの友人達である。
「あれからまもなく一か月ですか…」
「未だに昨日の事のようですわ。アイラさんが最後に笑顔を見せて学院から去って行ったあの時が」
「お姉ちゃん、アイラ様と一緒にいるかなぁ…」
「何してるのかしらね。アイラもシャロルさんもノワールも」
「あの女王が気に入っていたわけだし、酷い扱いはされていないとは思うが…」
「「心配ですね…」」
「そもそもよ、王国が引率して出国する予定だったのを蹴って出て行ったんだろ?無事にグレイシアの王都に到着出来てるのかよ?」
「無事だと思うよ。そう信じるしかないよ」
「……」
最初に思い返しているのはティナ。その発言にホウが続く。
ニコルは自分の姉の事も含めて心配している。
ステラは友人がグレイシアでどうしているのかを気にして、レイジが推測を語る。
イルマとエルマの双子姉妹は相変わらず同時に同じ発言。
リィンは三人がグレイシア王都のフェルゼンにたどり着けているのかを疑問視。
そんなリィンの発言に返答したのが、アイラとノワールの担任だった学院会顧問のナナカだ。
そして黙ったまま一切の反応を見せないのがリベルト王子である。
アイラ達がアストラントを去った直後に精神崩壊寸前だったニコルは、現在通常の生活を送れるまで復活した。
シャロルがアイラとともに出国した知らせはバレスタイン姉妹の両親のもとにも伝わり、同時にニコルが精神に異常をきたしている事も知った両親はすぐに学院へ駆け付け、しばらくの間ニコルの介抱をしていた。
そんな両親の支えのおかげでニコルの精神状態は徐々に落ち着きを取り戻した。
そんなニコルが復帰した学院会幹部と顧問であるこの面々は、現在幹部のみの会議を開いている。
議題内容は、学院会後継選挙について。
アイラが発案した通り、学院会は次期学院会幹部を決めるための選挙が近づいていた。
しかし決定しているのは、ノワールが学院を退学する前に特殊調査部の部長に後継指名した二学年の役員が、正式に特殊調査部次期部長として立候補しているだけ。
それ以外の幹部候補や部長候補に関しては、誰一人立候補されていない状態になっていた。
このような事態が起こってしまっては学院会の未来はない。会長であるリベルト王子や各部長が率先して立候補を呼びかけ、それぞれの椅子を埋めなくてはならない事態のはずだった。
各部長はそれぞれに所属する下級生に立候補をするよう説得をしていた。しかしリベルト王子は動かなかった。否、動けなかった。
アイラがアストラントから去って以降、リベルト王子のニコニコ顔は消え、周囲との会話も必要最低限になっていた。
これにはアイラがアストラントから去った事と、アイラの策略で借金隠蔽が露呈した事が原因となっていた。
政府の借金隠蔽に対する国民の不満は当然リベルト王子にも向いた。
そこに追加されるように、天才令嬢の呼び名を持ち、将来有望だったはずのアイラをグレイシアに行かせてしまった事に対する学院生達からの不信感を、リベルト王子は全て買い取るかたちになってしまった。
結果、王子の発言に耳を傾ける者はいなくなり、学院会における王子の会長としての立場も、もはやお飾り状態になっていた。
ティナ、ホウ、ナナカ、学院長の四人はその状況に危機感を感じてはいるものの、解消策が見つからず悩んでいた。
リベルト王子本人もその状況を理解しており、アイラを庇わなかった理由も含め全ての想いを心の奥底に沈めて、発言をしなくなったどころか会議の進行すらしなくなった。
会議は会長補佐であるティナと副会長であるホウが代行して進めているものの、学院会には重い空気が流れていた。
その重たい空気は学院全体に伝染しており、アイラが去った事をきっかけに学院の活気はほとんどなくなっていた。
さらには幹部の中でも王子と部長達の間に亀裂が発生し、状況は泥沼化していた。
学院会を見守ってきたナナカにとって、今の学院会の状況は辛いものだった。
(国民の政府や一部貴族に対する不満は国全体にあるからしょうがないだろうけど、学院内の状態は何とか出来ないかなぁ…。
今の学院会の状態をアイラちゃんが見たら相当怒るだろうなぁ…。自分の造った組織が崩壊しかかってるんだもん。アイラちゃんはみんなを信頼して学院会を託したでしょうに…)
ナナカはアイラの事を友人を大切にする優しい人物として見ていた。そんなアイラが親しかった者を巻き込み組み立てた組織。当時のナナカはそんな新しい風に心躍っていた。
アイラは大きな行事以外ほとんど発言をしていない。常に一歩引いて見守り、友人達や学院生が自身の力で組織造りに励んでいた。
だからこそアイラ自身が危機に瀕した時、これからの学院会を友人達に託せると判断した。と、ナナカは思っていた。
実際はナナカの知らないところでアイラはシャルロッテとともに放置され、普段から誰も頼って来てくれない寂しさと暇な時間に浸っていただけなのだが、当然それをナナカが知るはずもない。
(せめて学院会に今までの活気が戻れば学院全体も復活するはず。方法があるとすれば…)
ナナカは会議を眺めながら一枚の紙を取り出して眺める。
それはアイラが学院を去るより少し前にナナカへ提出した物。シャルロッテを会長に推薦した推薦書だ。
(シャルロッテちゃん…。あの子が会長になれば、学院会は変わると思うんだけど…)
「おい、王子!お前もいい加減なんか言えよ!何のための会議だと思ってんだ!」
「アイラが残したこの組織を引き継ぐ気ないわけ?学院会潰したいの?あんた」
「……」
「殿下、失礼ながら黙秘は良くないかと。一言でも何か答えるべきでは?」
「アイラ様もきっとそのような態度をとる殿下なんて望んでないはずです。殿下の中でアイラ様の事を思う時がもしあるなら、どうか行動を見せてください」
「皆さん落ち着いて。言い争っても解決には至りません」
「会議も難航していますし、ここは一旦休憩しましょうか?」
「「賛成です。休憩しましょう!」」
リィンとステラがリベルト王子を責め立て、それに対し王子は黙秘を貫く。
そんな黙ったままの王子の対応をレイジが指摘。ニコルも強い口調でそれに続く。
そこをティナとホウが治め、イルマとエルマもアシストする。
これがアイラと親しかった友人達の現在の仲だった。そして最近はずっとこの調子である。
(はぁ、アイラちゃん…。学院会がこんなでごめんね…。
あの状態は私が何とかしなきゃだね…。シャルロッテちゃんへの会長立候補の打診も私がしなきゃいけないかなぁ…)
学院会幹部の仲間割れに、ナナカはますます頭を抱えるのだった。
しかし。
「あー!イライラするぜ!」
「そうイラついてばかりではいけませんわよ?リィンさん。あまりイライラが続くとそれこそティナさんのように暴力的になりまぐえぇぇ…!」
「誰が暴力的ですか」
「ちょうど…、今が…、暴力ぼふぅ!」
「お前はお前でいい加減学習しろって…」
イライラするリィンに対しティナを暴力的と例えて治めようとするホウ。
当然ティナが聞き逃すわけもなく、すぐさまホウの横っ腹にチョップが入る。
さらにもう一度ホウが暴力的と発言したため、ティナはグーパンチをホウの腹部に入れた。
リィンはイライラするよりも未だ学習しないホウに呆れかえっていた。
こんな重たい空気の中でも、ティナとホウのこのやりとりだけは変わらなかった。
(あのやりとりは良いのか悪いのかよく分かんないなぁ)
ナナカはそんな場面を見て、苦笑いだけ浮かべていた。
*************************************
学院会室前の廊下。ここで学院会幹部の会議を立ち聞きしている人物がいた。
学院の二学年で、アイラと活動をともにしていたシャルロッテである。
彼女は呆れた表情で学院会幹部会議を聞いていた。
(まったく先輩方は…。アイラ先輩とノワール先輩がいなくなっただけでこの有様か。結局学院会はアイラ先輩によって成り立っていたようなものね)
アイラがいなくなった事をきっかけに話を進ませずにいる学院会幹部メンバーに対して、シャルロッテは心底呆れかえっていた。
特にリベルト王子のほぼ黙秘という意味不明な対応に関しては、シャルロッテにとって論外に等しかった。
それがゆえにシャルロッテはアイラがナナカ伝いでお願いしていた誰かの補佐をする事を完全拒否。学院会の業務も全て放棄した。
(今のままだときっと学院会は完全崩壊する。それをアイラ先輩が知ったら悲しむだろうな)
シャルロッテは学院会室から離れ、庭へと向かった。
(ここで先輩と話したんだっけ…。そして先輩が殺戮を繰り広げた場所。
あれはとてもすごかったけど、でも普段は優しくて常に前向きだった。私も頑張れば先輩みたいになれるかな?)
アイラが庭で暴れまわり半殺しにされた者達は、未だに入院生活を送っている。それだけアイラの一撃は重いものだったのだ。
(ずっと様子を見てきたけど、もう今の先輩達じゃ学院会はもたない。早急に幹部を一新する必要がある。でも幹部に立候補してる人は未だいないし、先輩方が誰かを擁立すると思ってたけどその気配もない。
まぁ、私も準備は進めてきたし、アイラ先輩の功績を引き継がなきゃ。やっぱ会長職が一番思い通りに出来るかな~)
シャルロッテは歩き出す。彼女はアイラが残した功績を見直し続け、自身が思い付く限りの新たな政策や行事を考え出していた。誰にも言わず、一人で黙々と幹部立候補の準備を進めていたのである。
(アイラ先輩。先輩は今何をしていますか?きっと俯く事なく歩き続けているんでしょうね。
私はあなたの後継者として学院会を継ごうと思っています。いつかまた会えた時、先輩に感謝してもらえるよう、精一杯頑張りますから!)
シャルロッテは空を見上げてグレイシアへ届くように決意を送った。
しかしその時アイラが竜の背に乗って龍帝国へ向かっている事など、彼女は当然ながら知る由もなかった。