メイドも成長希望
視点がシャロルへ移ります。
私はノーバイン城別館のロビーに立つ。隣にはトンジットさんもいる。
現在この別館は静寂に包まれている。普段は必ずアイラお嬢様や女王陛下がいて、いつも誰かしらの声が聞こえていた。
しかし、アイラお嬢様もノワールさんもそれぞれの目的を果たすため、その場所へと向かわれた。
夕刻を過ぎれば女王陛下がお戻りになられるけど、今の時間は私とトンジットさんしかいない。
「何とも静かですな」
「ええ、そうですね…」
トンジットさんの発言に私は反応する。この時私はロビーを見渡しながら、ある考えを浮かべていた。
(お嬢様もノワールさんもお帰りになられるまで月日がかかる。
アイラお嬢様は今まで以上に強く美しくなって帰って来られるだろうし、ノワールさんも何やら強い決意を持っているのを感じた以上、帰る頃には一皮むけてくるだろう。……じゃあ、私は?)
私だけ何も動きがないし、何も変わらない。
別に私はメイドだし、周囲から見れば変わる必要なんてないんだろうけど、私としてはそれは嫌だ。
メイドの能力にもっと磨きをかけたいし、隠密術と暗殺術の力も上げたい。
お嬢様が不在の間の空いた時間を利用して何か良い方法はないものか…。
「シャロルさん、トンジットさん。お疲れ様です」
「お二人揃ってどうしたんですか?」
「少し立ち話を…」
「別館が静かになったと話しておりました」
私が思考をめぐらせていると、アイラお嬢様の専属護衛のアテーナさんとアルテミスさんがやって来た。
二人に声をかけられ、そのまま立ち話が始まった。その瞬間、私の中で一つの案が浮かんだ。
「あの、アテーナさん、アルテミスさん。お二人はアイラお嬢様不在の間、ご予定はありますか?」
「予定ですか?いいえ?」
「私も特には。護衛対象であるアイラ様がおりませんので」
お嬢様がいない間の予定は白紙のようだ。今度はトンジットさんの方を向く。
「トンジットさん。トンジットさんは執事としてのお仕事は長いのですか?」
「ええ、古くからこの姿になって様々な方にお仕えしてきました。わたくしめの本来の職務は神獣として海王生物をまとめる事ですが、この仕事も中々楽しいですな~。はっはっはっ」
やはりトンジットさんは往年の執事らしい。
だったらこの機会を逃すわけにはいかない!
「アテーナさん、アルテミスさん、トンジットさん。唐突で申し訳ありませんが、お三方にお願いがございます」
「お願いですか?」
「私達に?」
「何ですかな?」
私の発言に三人は首を傾げる。
「アテーナさん、アルテミスさん。私に戦闘の指導をしていただけませんか?難しいのであれば模擬戦だけでも結構です。隠密術と暗殺術の精度を上げたいのです」
「そういえば、暗殺者の一面も持ってらっしゃるんでしたね」
「私達で良ければ」
アテーナさんとアルテミスさんは快く了承してくれた。
「トンジットさん。私のメイドとしての行動や立ち振る舞いを見て、改善点等がありましたらお教えいただけませんか?もっとメイドとしての動きに磨きをかけたいのです」
「よろしいですぞ。戦闘の鍛錬の方と予定を合わせなくてはいけませんな」
トンジットさんもアッサリ承諾してくれた。
神の使いであるアテーナさんとアルテミスさん。
神獣でありながら、長年執事や使用人としての経験を積んできたトンジットさん。
こんな伝説級の三人に指導を願えば、能力向上間違いなしだろう。
「にしてもどうして急に?今まででも十分だと思えますが…」
アルテミスさんは私が修行を願い出た理由を聞いてきた。
私は理由を語る。
「単なるメイドとしては十分なのかもしれません。しかしそれでは私は満足出来ません。
アイラお嬢様は精霊様方や神獣様方と契約なされ、今度は神龍様と契約して龍帝に就任されようとしています。
私とともにここへ移住したノワールさんも伝説の装備を手にするため、強い覚悟を持って精霊窟へ向かわれました。
お二人はそれぞれ目的を果たされるため、前へと歩まれています。しかし私には特に行動がありません。アストラントからともに移住した中でお二人が変わろうとなさっているのに、自分だけ何もしないのは嫌なのです。
メイドとして今までよりもさらに磨きのかかった奉仕をするため、暗殺者としての能力を極めて主の命令に迅速に対応し、いざという時に主を守れるようになるため。
我が主人とそのご友人に置いていかれないよう、強くなりたいのです!」
「シャロルさん…」
「素晴らしいお考えだと思います」
「良い決意だと思いますぞ。では早速、今後の予定を考えますかな?」
こうして私は三人と今後の予定を組み立てることになった。
リビングはお嬢様か女王陛下の許可が下りないと使用出来ないので、私の部屋で会議を行うことになった。
ちなみにこの時私は、リビングにオルトロス様やザッハークちゃんがいることを完全に忘れ、放置していることに全く気付かなかった。
そして後々、二匹に必死で謝罪した。




