平民の友達
入学式から二日後、初めての通常登校日。
今日は各クラスのホームルームと学院内施設紹介のみ行われる。食堂もあるということで、どんな学食メニューがあるのか私はとっても楽しみにしている。前世で通ってた高校じゃ学食無かったし。ということをシャロルに伝えてみたら…、
「お嬢様、あまり食べることばかり考えてると太りますよ?」
と言われた。ほっとけこのやろー。体型くらい私だって気にするわ。今の体型が私の理想スタイルそのものなんだから。
朝の支度を終え、馬車で学院へと向かう。支度と言ってもほとんどシャロル任せで私は何もしてないけど。…本当にこんなで良いのか?私。
学院に到着し、学舎へ向かう際にシャロルが一言。
「お嬢様。妹の事、どうかよろしくお願い致します」
妹が入学する事を知ってからというもの、最近のシャロルはずっとこんな発言ばかりしている。心配なのは分かるけど、過度に心配しすぎな気がする。
もしかしてシャロルの両親はシャロルがこうなる事を分かっていて、わざとギリギリまで妹の入学を知らせなかったんじゃないのかしら?
「分かってるって。シャロルは心配しすぎ」
「申し訳ありません。どうしても気になってしまって」
「まぁ、自分の妹だしね」
「はい…」
「大事な家族の一員だし」
「はい…」
「私なんかより大事だもんね」
「はい…」
「そうだよね~。私なんて所詮どうでも良い存在だもんね~」
「はい…。……は!いいえ!違います!お嬢様の事もとっても大事でして、決してどうでも良くありません!いや、お嬢様のメイドである以上お嬢様の事の方が大切でして!でも姉として妹の事も心配でして~!ああぁぁぁ~~、大変申し訳ございませんでしたぁ!!!」
シャロルがめっちゃ慌ててる。こんな彼女は滅多に見ない。そしてかわいい。
「ふふふ、冗談よ。シャロルの気持ちは理解してるつもりよ。ニコルの事は私に任せて。行ってくるわね」
「はぁ…、はぁ…、はい、行ってらっしゃいませ」
慌てた影響で息切れしているシャロルと別れ、学舎へ向かう。私のクラスは『エルス』なので、一学年のエルスの教室を目指す。
教室に到着すると既に何人かいたけど、王子殿下ととりまき御一行はまだいない。
私は次席入学という目立った立場ということもあり、周りの視線が恐くて気配を消しながら一番後ろの一番窓側、つまり後ろの隅っこに座った。ここなら振り向かれない限り見られることはない。席が指定されてなくて良かった。
座ってホッと一息つきながら周囲を見渡すと、気付いた事があった。
この学院に制服はない。基本的にみんな私服を着ている。貴族生徒は入学式の時より落ち着いた服装ではあるものの、明らかな高級素材を使った服を着ている事が分かる。中にはドレスに近い服装の女子もいる。
平民生徒はほとんどが普通のシャツに普通のズボン、女子の一部はスカートと、どこの洋服店でも安価で購入出来る服を着ている。
そして貴族生徒の一人である私の服装だけど、上はワイシャツにジャケット。下はスカートと、日本でいう女子高生が来ている学校制服とほとんど変わらない服装でいる。
つまりどちらかと言うと、平民寄りの服を私は着ている事に気づいた。服の素材も安価な物を使っている。
(私、平民の人とほとんど変わらないなぁ)
そもそもここへは勉強しに来てるんだから、高価な物なんて必要ない。
私の容姿で他と違うとすれば髪の長さくらいか。ホウの方が長いけど。ちなみに今日は後ろで三つ編み一本にまとめたいつものヘアスタイルで来ている。
私が貴族と平民の服装を比べていると、一人の女子が入って来た。格好と雰囲気から見ておそらく平民生徒。ラベンダー色の髪を胸辺りまで伸ばした可愛らしい顔つきの子。私は彼女を見て思った。
(あの子、シャロルに似てる)
雰囲気は全く違うものの髪色は同じだし、どことなく顔が似ている。おそらくあの子がシャロルの妹、ニコルで間違いない。
彼女は入って来た直後は怯えてる感じだったけど、私のすぐ前にいた男女二人組が彼女に声をかけると、彼女は安心したように笑顔を見せ、友人と思われる二人のもとへ向かって行った。
「ドワキュ!!」
そして私の目の前で盛大に転んだ。てか「ドワキュ」って何よ。
「ちょっと、大丈夫?」
彼女が転んだのが私の目の前だったので放っておくわけにもいかず、とりあえず介抱してあげる。
床に顔面強打したようで、おでこから鼻の頭辺りまでが赤くなっている。
「すいましぇん…、大丈夫ですぅ…」
彼女は涙目になりながら、おでこと鼻を擦っている。どうやら出血はしてないみたい。友人と思われる二人もすぐに駆けつけて来た。
「何やってんのよ、あんたは。毎日のように」
「うぅ…、ごめんなさい…」
「大丈夫か?まったく気をつけろよ。あんたも巻き込んで悪かったな」
女子の方が転んだ事を指摘している。毎日転んでるのか…。男子の方が私に悪かったと言ってきた。
「私は別に。たまたま一番近くだったんだし、介抱して当然でしょ?」
「はは、優しいんだな。俺はレイジ・クルーガーだ。よろしくな」
レイジと名乗った彼は、銀色の短髪で頼りがいのありそうな雰囲気の割とイケメン。鎧とか着させたら似合いそう。
「私はステラ・リーズベルトよ。気付いていると思うけど、ケットシーの獣人よ。よろしく」
ステラと名乗った彼女は獣人だった。少しクセっ毛な感じの赤髪を腹部辺りまで伸ばしていて、とても整った顔立ちをしている。これから年齢とともに美人になっていくんだろうなーという印象を受ける。頭には耳があって、腰下辺りからは細い尻尾が出ている。
(うわぁ~、耳とか尻尾とかかわいい~!触ってみた~い!っと、いけないいけない。初対面でそれはマズイわね。落ち着け、私)
獣人を見るのは初めてだった私は思わず興奮してしまったけど、すぐに自分で自分を落ち着かす。ただ表情は一切変えてない。
この世界には獣と人間のハーフである獣人が存在している。どこの国でも普通に生活していて、獣人だからと言って虐げられたり差別の対象になったりする事はない。例外として奴隷が存在しているけど、それは人間も同じ事。
「私はニコル・バレスタインと言います。本当にご迷惑をお掛けしました」
「ふふ、良いのよ。気にしないで。私はアイラ・リースタインよ。よろしく、三人とも」
「え?」
私が名乗るとニコルが少し驚いた表情を浮かべた。それと同時に教室内の空気が一気に変わった気がした。
出入り口の方を見ると、王子殿下御一行が入って来ていた。私と同じく、知り合ったばかりの三人も同じ方を見ている。
「来たわね。王子殿下とその取り巻きが」
「やっぱり他の者とは格が違うな」
「はわわわわわ……」
ステラは他人事のような反応で、レイジは格がどうこう言い出した。ニコルは何故か怯えている。さっき教室に入って来た時も怯えてたけど、シャロルの言う通りやっぱり怖がりなんだなー。
王子殿下御一行は出入り口で止まったまま何かを探すようにキョロキョロしている。はて?何をしているのやら。
王子殿下の服装は、入学式の時とほとんど変わってない。ここでも王子殿下のオーラは眩しい。
リィンの服装は、白色のワイシャツに灰色のジャケットとスラックス。完全に普通のスーツね。ビジネスマンにしか見えない。
ティナは髪をストレートにおろしていた。腰辺りまで髪を伸ばしているとは驚き。入学式の時は上の方に団子ヘアーだったから分からなかった。服装は白色のワイシャツに緑色のカーディガン。下は紺色のロングスカートというシンプルで落ち着いた服装になっている。なのに、貴族令嬢感が強く伝わってくるのはどうして?
ホウは入学式ではストレートヘアーだったけど、今は後ろの下の方で二つにまとめてそのまま流している。
服装はなんと振袖。色は赤色をメインに袖に綺麗な花柄が描かれていて、帯にも花が付いている。とても綺麗ではあるのだけど着方がヤバい。上の方を思いっきり着崩していて、豊満な胸が大胆に露わになっている。首周りや肩周りは肌剥き出しで、もう少し崩れれば確実にポロリだろう。でもって帯から下は赤色のスカートに黒色のロングブーツという良く分からない服装になっている。スカートも短くしていて、少しでもめくれたり、姿勢によっては下着丸見えになる。
(あのホウの格好は、男子は目のやり所に困るだろうなぁ)
自分の中で四人の服装チェックをしていたら、急にリィンがこっちに指差してきた。
「あー!アイラいたー!」
彼の発言に教室内の生徒全員が一斉に私を見る。
(おおい!こらぁ!人を指差すな!いきなり大声出すな!せっかく目立たないようにしてたのに、台無しじゃないのよおぉぉぉ!!)
これまでの気配消しの努力がリィンによって全て無駄になった。畜生。
「本当だ、どうしてだろうね。全く分からなかったよ」
「本当。アイラさん、入学式の時と雰囲気が違いすぎますわ」
王子殿下を筆頭に四人が近づいてくる。私は目立ってしまった悔しさを心にしまいながら四人に挨拶する。
「おはようございます、殿下。おはよう、三人とも」
「おはよう、アイラ。その服、良く似合っているよ」
「いえ、殿下。わたくしとしては正直ダサイイ!!」
「おはようございます、アイラ。ホウの失言をお許しください」
「ホウ…、いい加減学んだらどうだ…」
王子殿下が爽やかに私の服が似合っていると言ってくれたのをホウが否定しようとして、ティナに思いっきりすねを蹴られた。それを見たリィンがホウにいい加減こうなる事を学ぶよう諭している。
そんなやりとりの横で、知り合ったばかりの三人が困惑している。
「え?あ、え?どういうこと?なんでアイラが王子殿下や貴族の人と知り合いなの?」
「まさか、アイラは貴族なのか?」
どうやらステラとレイジは私が平民だと思っていたらしい。
「うん、そうだよ。私はリースタイン子爵家の令嬢なの。言ってなくてごめんね?」
「やっぱり、お姉ちゃんが言ってた…」
「そう。私もシャロル…あなたのお姉さんからあなたの事を聞いてるわ。よろしくね」
「はわわわわ!ここここここちらこそ!お願いします!気付かずに申し訳ございません!」
「大丈夫よ。最初に言っておくべきだったわね」
頭を下げてきたニコルをやさしく撫でる。慌てやすいみたいね、この子。
「もしかして、ニコルが前に話してたニコルのお姉さんがメイドを務める貴族令嬢が…」
「うん、私よ」
「入学式後からちらほら聞く、今年の次席で入学してきた貴族令嬢って…」
「それも私」
レイジとステラの問いに答えると、二人はそろってフリーズした。
てか、私が次席入学の話はどこから知ったの?私の存在そんなに知れ渡ってるの?
「あの、貴族の方とは知らず、無礼な態度と言葉使い、大変申し訳ありませんでした」
しばらくして復活したレイジが、突然丁寧な言葉使いで謝罪してきた。
レイジが頭を下げると、続けてステラも頭を下げてきた。ニコルは何故かアワアワしてる。
「ちょっと二人とも!頭を上げて!別に私は気にしてないし、軽い態度でも言葉使いでも問題ないから!」
私は慌てて二人に頭を上げさせた。
「既に知り合っていたようですが、何かあったのですか?」
私と平民三人のやりとりを見ていたティナが疑問を投げてきた。私はこれまでの経緯を簡単に説明する。
「なるほどね。ニコルは大丈夫だったかい?」
「はははははい!だだだだだ大丈夫です!」
私の説明を聞いた王子殿下がニコルの転倒を心配して、ニコルが盛大に焦りながら返答してる。そりゃあ王族から声かけられたら当然焦るよね。平民からしてみれば王族なんて雲の上の存在なんだし。
「アイラはパーティーの時に話していた目標は達成出来たようですね。何よりです」
「あはは、ここまであっさり達成出来るとは思わなかったけどね」
ティナが言った私の目標とは、ニコルと知り合う事と平民の友達を作る事。ニコル、レイジ、ステラの三人と会話出来た時点で、目標は達成した事となる。
「さて、せっかくですから、みなさんで自己紹介しておきましょう?」
ホウが言い出した自己紹介をみんながしている間、紹介済みだった私は黙って考えていた。
王子殿下や貴族側三人はフレンドリーに接しているけど、平民三人は緊張で完全に固まっている。王子殿下や貴族相手にそうなるのはしょうがないけど、どうしたら手っ取り早く軟化出来るか。
なんて考えていたら、それを知ってか知らずか王子殿下がすごい言葉を一言。
「三人もアイラと同様、気遣い無しで僕達に話して良いからね」
突然の王子殿下の言葉に平民側三人は唖然としている。この王子は心が広いというか、懐が深いというか、単にユルイというか……。
本来、王族としてはありえない言葉。唖然としていた三人は復活すると、戸惑いを見せる。
「殿下、とてもありがたく勿体なきお言葉ではありますが、それはさすがにいささか抵抗があります」
レイジが王子殿下にそう言うと、ニコルとステラも首を縦に振る。その反応を受けた王子殿下は、微笑みながら口を開いた。
「ここは学院。王族も貴族も平民も、みんな将来の夢や目標や目的の為にここへ学びに来る。そして、ともに相談し合い、協力し合い、語り合う場所でもある。ましてや同じ学年で同じクラス。そこに身分や立場なんて関係ないよ」
王子殿下がそう言い返すと、さすがに三人も抵抗出来なくなったようで王子殿下の発案を受け入れた。本当この王子はすごい事言うなぁ。
「アイラもさっきみたいに僕と他の三人で挨拶分けなくて良いからね?出来れば僕と三人の分けではなく、他のみんなと同じくくりで考えてくれると助かる」
「あ、はい。分かりました」
最後に付け加えみたいな感じで、王子殿下にそう言われた。挨拶時に王子殿下とティナ達三人で分けていた挨拶は無駄な気遣いだったらしい。てか気にしてたんかい。