装備継承の説明
視点がアイラへ戻ります。
神獣と契約を交わした翌日。特に何か起こっている様子もなく、いつも通りの朝を迎えた。
ザッハークは昨日寝ていた時と同じ位置で未だ睡眠中。オルトロスは既に起きていて、私にお腹を見せて寝転んでいる。私はオルトロスのお腹を撫でまわす。こうしてると普通の犬だ。
「失礼します。皆さん、おはようございます」
朝食も終えてしばらくしたら各自仕事開始になろうかという時にやってきたのはノワール。
昨日の夜にオリジン様から装備継承の説明を受けるってことだったけど、どうだったのかしら?
「アイラ様…、やはり雰囲気が変わりましたね。よりお美しく見えます。ところでこちらの方とその犬とその……生物は一体?」
ノワールは私を見るなり目を輝かせてコメントしてきた。私から見ればその表情が怖い。
けど神獣が気になったようで、すぐに話を変えて質問してきた。ザッハークを見て数秒止まったけど、多分どう表現して良いか分からなかったんだな。
「ノワールは昨日いなかったし紹介するわ。この人はトンジットさん。私は爺やと呼んでるわ。私の執事兼使用人として働いてくれる事になったの。正体は海の神獣リヴァイアサンよ」
「初めまして。トンジットと申します」
私の紹介を聞いたノワールは驚きの表情を浮かべた。
「し、神獣様でしたか。これは失礼致しました。ノワール・サンドロットと申します」
「そこまで姿勢正しくしなくても平気よ。ここではあくまで私の執事なんだから」
一気に緊張状態になったノワールに楽にするよう私は声をかける。
「はぁ、わかりました。ということは、そちらの二匹もそういった…」
「この子はオルトロス。一見普通の犬だけど、地上生物を束ねる神獣よ。こっちがザッハーク。私の感情と魔力から生まれた神獣よ」
「アイラ様の感情と魔力?」
クエスチョンマークを浮かべるように首を傾げたノワールに、私は昨日の事をざっくり話した。
「そ、そのような神獣をアイラ様が生み出したのですか!?まさに終焉をアイラ様が操れるような状態ではないですか!」
「しー!落ち着いて。ザッハークが起きちゃう」
まだ睡眠中のザッハークを起こさないよう、ノワールを落ち着かせる。
ザッハークは軽く身体を伸縮させただけで、起きてはないようだ。
「も、申し訳ありません。失礼しました」
ノワールもなんとか落ち着いた。
ここで私は気になっている事を聞いてみる。
「ノワール、昨日オリジン様から話はあったの?」
「はい。しばらくすればこちらにオリジン様も来られるかと。その時に改めてオリジン様より説明がございます」
「そっか。継承は大変そうなの?」
「困難ではあるかと。簡単には継がせないようです」
「う~ん…、出来れば私も協力してあげたいけど…」
「さすがに手伝ってもらうわけにはいきません。私が行う事ですので」
まぁ、継承者自身がその物を掴みとらないと意味ないしねぇ…。
そういえば継承までの内容はハルク様は容認してるのかしら?
「それってさ、いつどこに行くの?」
「オリジン様が来られてから説明致します。今話してしまうとオリジン様が来る意味がなくなってしまうので」
セリアの質問にはノワールは答えようとはしなかった。
確かにオリジン様が来る前に言っちゃったら意味ないよね。
エウリア、メリッサが警備を開始。爺やが別館の各場所を掃除し始めた頃にザッハークが起床。
私の膝の上でポヨンポヨンしていると、オリジン様が現れた。
そしてやってきたのはオリジン様だけでなく、精霊全員がやってきた。
「おはようございます。装備継承の説明に参りました」
「おはよう。今日も清々しい朝ね」
「自然も異常なさそうです。今日も良い天気ですね」
「ふあぁぁ…」
「お、お前ら~…、早く、どけ~…。く、苦し~」
オリジン様はいつも通りの挨拶。アグナさんとネロアさんも同じ感じ。
シルフちゃんは眠そうにあくびをして目を擦っている。なんともカワイイ。
ベヒモスは後から現れたルーチェやパリカーに潰されてる。よく見るとマーナもいる。ベヒモスが現れた位置と三精霊が現れた位置が同じだったらしい。
ここ普通のフローリングだから潜れないしね…。
「や、やっとどいた…。あ~、苦しかった…」
「うう~ん…、まだ眠い~。おやすみ…」
「おい!…たくっ、しょうがねえな」
潰されから解放されたベヒモスだったが、直後眠そうにしていたシルフちゃんがフラフラとベヒモスのもとに行って、そのままベヒモスに抱きついて眠り始めた。
抱きつかれたベヒモスは困りながらも引き剥がすのは悪いと思ったのか、そのまま抵抗せずにいた。ベヒモスもけっこう優しいじゃん。
「あらあら、ウフフ…」
「まだ寝たりなかったみたいね」
「まったくもう、シルフは本当に朝に弱いんですから」
ネロアさんはクスクス笑っていて、アグナさんも微笑んでいる。
オリジン様も呆れるようなセリフを言っているものの、表情はほころんでいる。
精霊達もシルフちゃんが可愛くてしょうがないみたいだ。
思えばシルフちゃんだけが精霊の中で子供だよね。何か理由があるのかな?
「オリジン様だけかと思ったら、なんで精霊全員がいんの?」
「それも含めてこれからノワールさんが行うハルクの装備継承の件を説明します」
セリアの質問にオリジン様はそれを含めて説明すると返した。
さっきからノワールもオリジン様もセリアに冷たくない?セリアの質問内容も簡単すぎてどうかと思うけど。
「それではまず、どこへ向かうかお伝えします。場所は精霊窟です」
「せ、精霊窟!?……あ、いえ、失礼しました」
精霊窟という言葉に驚いたのがシャロルだ。シャロルの驚きで場がシラケてしまったため、シャロルは恥ずかしそうに謝罪してキッチンに逃げて行った。
「精霊窟って伝説の洞窟じゃん。マジで存在すんの?」
「ありますよ。この国に」
「はあぁ!?」
精霊窟の存在に興味を持っている様子のセリアだったが、オリジン様がグレイシアにあると言ってセリアは驚愕の声を上げた。
精霊窟。この世界の伝説の一つ。精霊達が管理していると言われる伝説の洞窟。値段が付けられない程の貴重なお宝が眠ると言われている、ロマンを感じる洞窟だ。
セリアが驚くのも無理もない。伝説の洞窟が自分の国にあるなんて言われたらそりゃ驚くわ。
「アイラさん、我々精霊と契約を交わした池を覚えていますか?」
「はい、景色だけは。場所は分からないですけど」
「あの池がある位置からさらに森を進むと、濃い霧に包まれた地域があります。そこに精霊窟はあります」
「あ、もしかしてディゼフォーグ地帯?あんな所に精霊窟あんの?そりゃ誰も発見できないわけだわ」
私はまだ土地勘がないからよく分からないけど、濃霧に包まれた場所があることだけは理解できた。
セリアはどこだか分かったらしい。
「セリア、そのディゼフォーグ地帯って?」
「この国の一部地域にすっごい濃い霧に一年中包まれた所があるんだよ。そこに入ったら二度と帰って来れないって言われてる。
昔のグレイシアは処刑人を公開処刑ぜずそこに放り込んだって聞いてるし、私も王女時代に手前まで視察で行ったけどぶっちゃけ気味悪くて怖かった。方位磁石も狂ってたし。
今まで何人もの勇敢な冒険家や探検家が霧の中に入って行って、それから長い時が経った今も誰一人帰ってきてない」
「何そこ。メッチャこわ…」
まるで前世の頃の日本の各地にあった樹海みたい。
「あの地域はあまりに霧が濃すぎるがために植物以外の生物はいません。あの霧の中で行動可能なのは我々精霊か神獣くらいです」
「まさに神秘の世界ですね…」
オリジン様の説明に私はコメントを残す。動物すら生息しないとか、どんだけ濃いんだか。
「ちなみにアイラさんも同様に行動可能ですよ。我々精霊や神獣と契約した事で、霧の中や暗闇でも活動出来る能力が目覚めているはずですから」
「そうなんですか!?いつの間に!?」
そういうの早く教えてよ~!私何も分かんないのに~!てかハルク様もなんで夢で教えてくれないわけ?
「それと話が逸れますが、何度か霧の中でご遺体を発見しました。おそらくはグリセリアさんがおっしゃった冒険家や探検家の方々と思われます」
「そっか…。その遺体は?」
「私や精霊達が見つけた時は誰もが皆腐敗していたり、白骨化していたりしていましたので、その場で土葬させていただきました」
「ん~、そっか…。解った。ディゼフォーグ地帯に入った者達は全員死亡で処理しておく」
セリアも険しい顔してる。やっぱり入った人は皆息絶えたか…。
でも精霊窟はそのディゼフォーグ地帯とやらにあるわけで、ということは?
「まさか、ノワールをその霧の中に入れさせるつもりじゃ…」
「確かにそうですが、今回はあくまで精霊窟への道のりにディゼフォーグ地帯があるというだけなので、行き帰りともにその所はちゃんとご案内します。その点はご安心を」
「なら良かった…。てっきりノワールを霧の中に放り込むのかと…」
「さすがにしないわよ。そんなこと。それじゃあ死ねって言っているようなものよ」
オリジン様が言うにはディゼフォーグ地帯はあくまで精霊窟への通り道らしい。
私がホッと胸を撫で下ろすと、アグナさんが心外という感じの反応を見せた。
「次に出発日時ですが、我々もノワールさんも特に希望がありませんでしたので、アイラさんが龍帝国へ出発した後という事になりました」
「アイラ様をお見送りしてから出発しようと思います。それまでは準備期間です」
お互い希望日時がなかったのか。私を見送ってから出発ってそんな不定期な。
「次に内容ですが、ハルクの装備は精霊窟最奥にありまして、ノワールさんにはそこを目指していただきます」
「洞窟探検ってことだね」
セリアは他人事のように軽く解釈したけど、これって実はかなりサバイバルじゃない?
「精霊窟内は基本的に舗装してあります。我々が使用しやすいように区画も整っていますしね」
「なんだ探検しようがないじゃん」
オリジン様の説明に何故かセリアはガッカリした。あんた関係ないでしょうが。
「最奥へ向かう途中で、ノワールさんには何度か試練を受けていただきます」
「試練?」
道のりが簡単な分、試練とか用意されてるんだ。戦い…、とかじゃないよね?ノワール戦えないし。
「ノワールさんには我々精霊が各自で生み出した幻影獣という者と戦ってもらいます。戦うための力と武器は我々精霊がノワールさんにお貸しします」
「そんなの危険すぎます!いくら力を与えられたからって、実戦経験がないのにいきなり戦闘なんて…!」
ハッキリ言って自殺行為だ。与える力がどういったものか分かんないけど、ケンカで殴り合いすらした事ないノワールが戦闘なんて…。
ハルク様の装備を継承して、それから鍛錬積んで実戦なら解るけど…。
「怪我を負った場合は精霊達で治癒しますし、命の保証はお約束致します。これはノワールさんも承諾済みです」
「大丈夫なの?ノワール」
「継承する上で必須な事ですから。覚悟は出来ています」
「あぁ、幻影獣とか治癒とかの関係で精霊総出なわけか。納得がいったよ」
いくら精霊達が治癒すると言っても私は心配だ。でもノワールが承諾したなら仕方ないか…。
心配する私の横で、セリアは精霊達が集まってきた理由を読み取ったらしい。一人で納得してる。
「精霊窟滞在期間ですが、およそ一か月から二か月を予定しています」
「そんなに洞窟に潜るんですか!?長過ぎませんか!?そこの精霊モグラ野郎じゃあるまいし!」
「おい、それは単なるあだ名なのか?それともバカにしてんのか?」
「継承にはそれだけ時間がかかるという事です。装備を継承した後の事も考えての滞在期間ですので。これもノワールさんから承諾をいただいております」
むぅ~、ノワールが承諾してちゃあ何も言えない…。ベヒモスの反応は無視で。騒ぐとシルフちゃん起きちゃう。
「なお、深夜のうちに天神界に行きまして、ハルクより承認をいただきました。ハルクも認めた上で行います」
……ハルク様が認めちゃあ、余計何も言えないじゃん。
「大丈夫ですよ、アイラ様。私頑張りますから。必ず装備を継承して帰ってきます。ですからアイラ様も龍帝になってもっとすごい方になってください。帰ってからさらに美しく気高く神々しくなったアイラ様を見るのを楽しみにしてます!」
「ノワール…。分かった。これじゃあ、言い返しようがないわね。頑張りなさい。そして必ず強くなって戻ってきてね」
「はい!アイラ様!」
「ちょっと~。まだお別れじゃないでしょ~。もう旅立ちみたいな雰囲気にならないでよ~」
ノワールは笑顔を見せて頑張ると言った。そして龍帝になった私を見るのが楽しみだと。
これではもう反対は出来ない。だから私もノワールに声援を送っておいた。
直後、セリアから水を差された。
私はノワールが見せてくれた笑顔から、かなりの覚悟を感じ取った。
ノワールは装備継承を気に、自分の足で大きく踏み出そうとしている。自分の力で歩いて行こうとしている。
私はなんとなく、そんな気がしていた。
これにて第六章は以上となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願い致します。




