前進のリースタイン、停滞のヘルモルト
視点がノワールから外れます。
ある日の夜。アイラとグリセリアは毎日の抱き合い状態で就寝。
それと同じ頃、ノワールはオリジンよりハルクリーゼ愛用の装備一式継承に関する説明を受けていた。
同時刻、アストラント王国リースタイン子爵邸。
「うーむー…」
執務室で一人、書類に向かって考え込んでいる人物がいた。アイラの父、ガウスである。
(やはり無関係ではないだろうな…。アイラ、お前は一体何をしたのだ?)
ガウスが見ていたのはアイラが屋敷を出る前に書き残した置手紙。それとガウス自身で部下に命令して調べさせた調査資料。
アイラがグレイシアへ向かった後錯乱状態だったガウスだが、現在は落ち着きを取り戻して仕事に復帰していた。
そして冷静に事態を見た時、アイラが政府からの罪を受け入れ知らぬ間に国を去ってしまった事と、政府の借金問題が明るみに出た事が繋がっていると感じたのだ。
(アイラは我々だけでなく友人にも危険な思いをさせたくないと話していたようだな…。しかし今思えばそれだけで国を去るのはあまりにもあっさりし過ぎている。
シャロルがともに付いて行くのは解るが、同日にヘルモルト伯爵家のノワール嬢までいなくなったのも不自然だ。置手紙にも彼女を連れていくと書いてあったが、その理由が分からない)
ガウスは当時のアイラが冷静すぎていた事に疑問を感じていた。そしてノワールを連れて行った事にも疑問を持っていた。
(もしアイラが秘密裏に何かをしていたとすれば、ノワール嬢はそれを知っていたか、または協力していたか…。
リーズンログ社は借金問題の情報提供者を公表していない。政府の取り調べにも応じない。しかし仮にアイラが提供したと考えれば話がしっくりくる…。
そうと仮定して、アイラはどうやって政府が持っていた極秘情報を手に入れた?そもそもいつから政府の借金隠しに気付いていた?)
ガウスもシャルロッテ同様、アイラの行動の推測をほとんど当てていた。しかし同じ疑問にあたったまま、それを解けずにいた。
アイラは事前にグリセリアとの密書を破棄していたため、現在は誰一人アイラがグリセリアと密書していた事を知らず、当然そのようなことは一切考えなかった。
(しかし、グレイシア王国が何も言わないのも不自然だな…。いくら極秘の取引とはいえアイラが行った以上、借金問題が明るみに出た事は知っているはず)
グレイシア王国、女王であるグリセリアは実はあえてアイラやノワールの事を公表していなかった。あくまでグレイシア国内に留めていたのである。
グリセリアはまだ公表するタイミングではないと判断していた。アイラやノワールが地位と立場を確立させ、力を手に入れ、国民や他の国々と関われるようになった段階での公表を考えていた。
そうすれば二人がグレイシア王国の手中にある事が公表でき、アストラントが簡単に二人を取り戻せない状況を作り出せる。グリセリアが対アストラントのために練っていた計画である。
だがもちろんガウスがそんな事を知ることもなく、結局同じ疑問を繰り返しながら一人で頭を抱えていたのであった。
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場所を変えて、ヘルモルト伯爵邸。
ノワールと今は亡きレイリーが住んでいたこの屋敷の一室で、力なくグッタリした様子で星空を眺めている女性がいた。
ノワールとレイリーの母親、サッキーナ伯爵夫人である。
「あぁ…、レイリー…、ノワール…」
サッキーナはノワールが国を去って以降、深い悲しみと後悔に苛まれていた。
レイリーが生まれた後、サッキーナは家に誇れる令嬢とするために真面目に愛情を注いでいた。
しかしある程度すると、無意識に長男でありヘルモルト家の後継であるパーマを気にかけるようになり、いつしかレイリーへの愛情は薄れていった。
そんな中生まれたのがノワールだった。ノワール誕生をきっかけに一度は娘への愛情を取り戻したサッキーナだったが、娘に対して何も思っていなかったグラマンに息子の面倒を見るよう強く言われ、さらにはそのグラマンの影響で豪勢な生活をするようになり、結果娘二人は放置される事となった。
それから時が経ち、サッキーナはいつからか娘の事を気にしなくなっていた。使用人が面倒を見てくれるだろう、そう勝手に思い込んで。
レイリーがグラマンの所有物を壊し監獄に投獄された時、サッキーナはあろうことか保身に走り、一切レイリーを庇おうとはしなかった。それが、娘二人から深い恨みと反抗心を生む事となった。
サッキーナはレイリーが病に侵された事を認識していなかった。グラマンがレイリーを監獄から出したのは実は気まぐれであり、病とは一切関係なかったためだ。
使用人達は当然レイリーの病を知っていた。しかし娘二人の面倒を見ようとしない夫婦に呆れかえっていたため、使用人達、病を診ていた医師まで夫婦には病の事を伝えなかった。
結果、サッキーナがレイリーの病を知った時には、既にレイリーは亡くなっていた。
棺桶に収まり、冷たくなった娘の頬を触った瞬間、サッキーナは初めて我が子が自分より早く亡くなってしまった事を認識し、とてつもない衝撃を打けた。
呆然としたままだったサッキーナだったが、せめてもの償いとしてノワールに改めて接する事を決意。
しかしノワールはあの手この手でそれを回避。そうして時が経ったまま、ノワールはアイラとともに国を出た。
レイリーが亡くなり、ノワールが家を捨てたという事態にサッキーナの心は耐え切れず、ショックで意識を失う事態にまで発展した。
それ以降サッキーナは自室で療養状態。豪勢な生活をすることもなく、ひたすら心の中でレイリーとノワールに対して懺悔していた。
二人の娘に見向きもしなかった事。我が身可愛いさに娘を庇わなかった事。娘の死を看取ってあげられなかった事。家を出る事を決意させてしまった事。
「ごめんなさい…。レイリー、ノワール…。本当に…ごめんなさい…!」
サッキーナはどこかへ向かって謝罪を述べながら泣く。
この後悔と言う名の呪縛から逃れられることはなく、毎日この状態を繰り返していた。
自分の娘が精霊の導きで伝説級の物を手に入れんと決意する、この時も。
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ようやく落ち着きを取り戻し、歯車を合わせ始めたリースタイン家。
家族の関係が修復出来ぬまま娘二人を失ったヘルモルト家。
同じ国の貴族で同じように娘を失った家でも、はっきりと明暗が別れ始めていた。




