入学式と記念パーティー
二人の令嬢の喜劇的なやりとりに苦笑いしたままでいると、会場の入り口から今までとは明らかに違う空気を感じた。会場内の人々もそれが分かったのか入り口の方を見ている。ティナ嬢とホウ嬢も同様。
会場に入ってきたのは、男性二人組。一人は金髪の髪を首の上辺りまで伸ばし、白色をメインに金色の装飾で派手に彩られたスーツのような、軍服にも見える服を纏った美少年。
もう一人は茶色の短髪で、こっちも同じような服装だけど割と地味なデザイン。となりにいる金髪美少年ほどではないけど、それなりにイケメンね。
二人は会話をしながら、こっちへ近づいてくる。
(この雰囲気からして、間違いないわね)
イケメン二人組はティナ嬢とホウ嬢の前で立ち止まる。令嬢二人は既に席から立っていて、何者なのか察している私も席から立ち上がる。
「おはようございます。殿下、リィン」
「おはようございます、殿下。良くお似合いですわ」
「おはよう、二人とも。二人も良く似合っているよ」
「オーッス。ていうか、ホウ。俺には挨拶無しか?」
「あら?いましたの?殿下が眩しすぎて気づきませんでしたわ」
「ホウ。本当の事を言ってしまっては、リィンが可哀想ですよ」
「本当の事ってなんだよ!?俺、そんなに目立たないか!?」
「あはははは…」
四人はペラペラとその場で喋りだした。おそらく普段から会ってるんでしょうね。仲が良い。けど第一声『オーッス』てなんだよ。
私は一人かやの外状態になっていて座り直そうかと考えた時、金髪美少年と目が合った。
「君とは、初めましてかな?」
「はい。リースタイン子爵家令嬢、アイラ・リースタインと申します」
「アストラント王国王子、リベルト・アストラントだよ。これからよろしく」
「よろしくお願い致します」
私に眩しい笑顔を向けている金髪美少年こそ、アストラント王国王子、リベルト・アストラント王子殿下。今年の入学生の主席。私は入学試験で危うく彼を超えるところだった。あぁ、恐い。
「俺はファフナー伯爵家のリィン・ファフナー。王子の護衛をやってる。まぁ、俺あんまり身分とか気にしないから呼び捨てで構わないぜ。畏まる必要もないからな」
「そう?それで良いならお言葉に甘えて。リースタイン子爵家のアイラ・リースタインよ。よろしく、リィン」
王子に続いて私に声をかけてきた茶髪イケメンの彼が、ファフナー伯爵家のリィン伯爵子息。王子殿下の護衛を務めている。そしてノリが軽い。
畏まる必要がないと言われたので、さっそく気安くする。
と、ここで鐘がなった。まもなく入学式開始となる。私や会場内にいる人々も席へ座る。
私の周囲には王子とその護衛にアストラント貴族令嬢達のトップという、次代の国家中枢クラスが座っている。その事を席に座った後に再認識した私は、入学式開始後も緊張で学院長の話すら耳に入らなかった。が、式中にとなりでぐっすり寝ているリィンを見て、緊張は一瞬で飛んでった。
(オイ、お前王子の護衛だろ。いや、護衛じゃなくても寝たらイカンだろ)
軽く叩いたり、少し揺さぶったりしても起きる様子がなかったので、途中で諦めてそのままにしておいた。
で、入学式終了と同時にリィンが起きた。
「ふあぁぁぁぁ…、良く寝た。入学式終わった?」
起きてあくびをした後のリィンの第一声がこのセリフ。コイツけっこうダラけるタイプか?
「もう式は終わったけど寝たらダメでしょ。そもそもよくもあんな堂々と寝てられるわね。起こしても起きないし」
「いいんですよアイラ嬢。彼いつもこんな感じですから」
私がリィンに居眠りを注意すると、ティナ嬢がそんな事を言ってきた。いつもこんななのか。昔からダラけてるんだな、こいつ。
「ふあぁぁぁぁ…、まだ寝む」
周囲の事などお構いなしに再びあくびをするリィン。これがなければ割とカッコイイんだけどなぁ。
入学式終了後、記念パーティーがあるので、会場となっている武闘館へ向かう。武闘館は日本の学校でいう体育館。
パーティー会場までは入学式で一緒だった王子と仲良し御一行と向かったけど、パーティーが始まるやいなやその四人に貴族生徒と思われる人達が次から次へとやって来るので、私はこっそりその場から退散した。
この学院は全ての建物から庭へ出られるようになっていて、四人から逃げてきた私は、一人庭の武闘館近くで涼んでいた。
(あんな環境の中にはとてもじゃないけどいられないわ。他の令嬢や子息達から何を言われるか分かったもんじゃない)
ある程度涼んだ後、私は気持ちを切り替えてシャロルの妹探しに行こうと思ったんだけど、ここで私は気付いた。
(私、シャロルから妹について何も教えてもらってないわ…)
シャロルは妹話をよく語っていたけど、常に『妹が』というふうに言っていた。なので私は妹の特徴はおろか名前すら知らない。分かっている事とすれば、ドジらしいということくらい。
「あ、いましたよ。ホウ」
「本当ですわ。こんな所にいらしたの?」
妹探しを諦めてどうしようかと悩んでいると、聞き覚えのある声がした。振り向くとティナ嬢とホウ嬢がいた。
「あれ?お二人ともどうされたのですか?他の方々とお話しされていたはずでは?」
「ひと通り話し終えました。そしたら、いつの間にかアイラ嬢がいなくなっていたので」
「二人で探していたのですのよ」
探してた?私を?あー、勝手にいなくなったのがマズかったかな~。
「何故私の事を探されたのですか?私に何か御用でもありました?あ、勝手に離れたのは、お二人や王子殿下や他の方々のお邪魔になるかと思いまして…」
「お邪魔になると考えてましたの?そんなことはありませんわよ。アイラ嬢も貴族なのですから、あの場にいたところで何も問題ありませんわ」
邪魔になるという思いつきの適当な理由を言ったら、ホウ嬢がフォローしてくれた。なんだか申し訳ないけど、あの場が嫌で逃げたなんて絶対言えない。
「私たちがどうして探しにきたのか、疑問に思うのも無理ないでしょう。私達も特に用があったわけではないですし、ましてや今日初対面の間柄なわけですから」
「でもわたくし達、アイラ嬢の事が気になりましてよ?あなたはあまりにも不思議ですから」
「不思議…ですか?私が?」
不思議がられるような事をした覚えはない。そんな発言をした覚えもない。そもそもどういう意味の『不思議』なんだろう?
(あ、もしかして神力の波動を感じたとか……ありえないか)
「実はアイラ嬢の事を知ろうと、他の令嬢や子息にあなたの事を聞いてみたのです。そしたら…」
「誰一人、アイラ嬢の事を知りませんでしたわ。話した事のある人はおろか関わった事のある人すらいませんでしたわ」
「そこまで知られていないあなたが学院に突如姿を現し、王子殿下に次ぐ次席として入学してきた。そんな突然表舞台に現れる令嬢、今までいませんよ?不思議に思って興味を惹くのも当然ではないですか」
不思議ってそういう事か~。今まで茶会や食事会とかをサボってきたのが裏目に出たみたい。そりゃあ、私の事を知ってる人なんているはずないよね。引きこもり同然だったんだから。
「あー、私現在友人と呼べる人がいないんですよ。茶会や食事会の催しはあったんですけど、体調不良や急用で参加出来なくてですね、はい…」
さすがに面倒臭さと勝手な偏見で誘いを拒否ってたなんて言えるわけないので、適当に理由を考えた私だけど、言ってるうちになんだか自分が惨めに感じてきて途中で言葉が止まってしまう。
黙ったまま私を見ていたティナ嬢とホウ嬢だけど、しばらくするとティナ嬢が微笑んで口を開く。
「アイラ嬢。これからアイラとお呼びしても良いですか?」
「…え?」
「これから色々と一緒に活動する機会も多いでしょうし、リィンが入学式であなたに言ったのと同様、私も気遣い無用で話させていただきます。それでも良いですか?私の事も呼び捨てで構いませんので」
「え、えぇ。別に構いません…けど?」
急に気遣い無用と言い出してきた彼女に私は困惑する。これまでの話から何故こうなったかが分からない。急展開すぎる。
私は戸惑いながらも了承すると、ティナは満足そうな表情を浮かべた。
「では、アイラ嬢。わたくしもアイラさんと呼ばせてくださいな。勿論、わたくしの事も呼び捨てで構いませんわよ」
「えぇ、分かったわ。でも、急にどうして?」
ティナに続いてホウも同じことを言ってきた。一応了承したものの、やっぱり何故なのか分からない。思い切って聞いてみると、ティナが答えた。
「アイラ、あなたは今まで誰とも関わってきませんでした。でもそれは、あなた自身の何かの事情があったからなのでしょう?体調不良や急用以外に何があったとは聞きません。でもこれからは多くの方々とふれあいます。なので、その第一歩として私達と仲良くなりましょう」
ティナの話を聞いて、私はようやく理解した。私多分、可哀想な人と思われてる。でも誤解を解かせる雰囲気じゃないし、そういった言葉が一切浮かんでこない。
「そういう事なら。改めてよろしく。ティナ、ホウ」
「お願いしますね。アイラ」
「お願いしますわ。アイラさん」
結局私は受け入れる事しか出来なかった。
(なんでだろう…心が痛い…)
内心は罪悪感で心を痛めつつ、二人に笑顔で接しながら私は会場へと戻った。
その後リベルト王子殿下やリィンと合流し、パーティー終了まで談笑するのだった。
結局、シャロルの妹には会えなかった。
全ての行事が終わり、屋敷に帰ってきた。
帰宅直後、次席入学だった事を両親に伝えると喜んで褒めてくれた。やっぱ褒められると嬉しいものだよね~。
その後、自室でくつろぐ私の周りでせっせと私の荷物等を片付けてくれているシャロルに妹に会えなかった事を伝えた。するとシャロルは苦笑いの表情を浮かべた。
「実はお嬢様と合流する前にあの子と会ったのですが、あの子ったら貴族の方々を一方的に怖がって、パーティー中も会場の隅でひっそり過ごしていたそうです。結局、寮で知り合った平民の生徒さん以外とは話していないとか」
そうだったのか~。ティナやホウみたいな人だったら仲良くなれると思うけどなぁ。まぁ、怖がりさんでも既に知り合いがいるなら十分結果オーライでしょ。
それはともかく、妹さんの名を聞かなくては。
「シャロルの妹さんって、名前なんて言うの?私、知らなかった事に気が付いたんだけど」
「そういえば言ってませんでしたね。申し訳ございません。妹の名はニコルと言います。ニコル・バレスタイン」
「ニコルは私の事知ってるの?」
「お嬢様の事は私が軽く教えてあります。お嬢様にまで警戒されては困りますから」
姉が仕えている人にまで警戒って、どれだけ怖がりなのよ…。
「ところでお嬢様、ご友人は出来ましたか?」
「まぁ、出来たは出来たんだけどね…」
「…?」
シャロルの問いに私は微妙な反応で返す。私の反応の意図が分からなかったのだろう。シャロルは疑問の表情を浮かべながら首を傾げる。
私は次席入学発覚からパーティー終了に至るまでの全てをシャロルに話した。
「王子殿下とその取り巻きの方々は貴族界ではかなり有名ですよ。お嬢様、そこに突っ込んで行かれたのですか?」
「別に突っ込んでなんかないわよ。一方的に気に入られちゃっただけ…」
あの四人が話している間は、周りの人は誰一人割り込む事はなかった。そんな事出来る人はおそらくいないのだろう。いたら称えたい。
「しかし困りました…。そうなるとあの子はますますお嬢様と会いづらく…」
「ニコルには、私から声かけるわよ」
名前しか知らないけどね。