神獣登場
城を出て平原へ向かうため、私とアテーナとアルテの三人で王都フェルゼンの街を歩く。
「けっこう賑やかね~。時間的にはまだお店は開店準備中ってところかしらね」
「開いていたら立ち寄った、とか言いませんよね?」
「さすがにないわよ。オリジン様と神獣を待たせてるわけだし」
「アテーナ。勝手に主を疑うのは失礼な行為よ」
「別に疑ったわけじゃないわよ。ちょっと思った事言っただけ」
「どっちだろうと、私はそんな事で怒ったりしないわよ」
これが普通に街中散策だったらいろんなお店寄ったんだけどなぁ。セリアやシャロルとショッピングしたいなぁ。
以前から思っていたけど、アテーナとアルテは上下関係がない同じ立場にいるようだ。会社でいう同期みたいな。
「二人っていつも一緒にいるし、対等な関係よね。生前から知り合いなの?」
「生前から知り合いなのは確かですが…」
「今とは違う関係なんですよねぇ…」
「今と違う?」
生前は現在みたいな付き合い方じゃなかったってこと?
「話すと長くなりますが、生前は敵同士でした」
「て、敵同士!?」
「今度お話しますね。今は神獣の事に集中しましょう」
アテーナの告白に驚く私だったけど、アルテに話を打ち切られてしまった。
めっちゃ気になる。敵同士だったってことはマジで殺し合いしてたってことだよね?すっごく気になる!
しばらく歩くと建物や人も少なくなり、街の出口も見えてきた。
そこで待っていたオリジン様とも合流。半月前にセリアが迎え入れてくれた平原へと向かう。
シャロルとノワールを連れてアストラントを去り、セリアの迎えでグレイシアに入ってからもう半月。…いや、まだ半月か。
でもこの半月で私は立場と仕事を貰い、周囲からサポートまで貰っている。
この短い間に私は立場を変え、自らの存在まで変えようとしている。おかげで思い出に浸る事すら出来ない。落ち着けるのはしばらく先になりそう。
アストラントにいる人達は今どうしてるかしら?お父様、お母様。リベルト王子、ティナ、ホウ、リィン、レイジ、ステラ、ニコル、ナナカ先生、そしてシャルロッテ。
みんな仲良くやっているかしら?少なくともホウは絶対ティナにぶっ飛ばされてるな。
「アイラさん、あちらです」
オリジン様が案内した先には、小型から大型まで様々な生物が集まっていた。
通常見かける生き物とは明らかに違うことが雰囲気で分かる。
「皆さん、お待たせしました。彼女がアイラさんです。アイラさん、この者達が神獣。あなたの契約相手です。あと彼女も」
オリジン様はお互いを紹介してくれた後、神獣達の傍にスクリーンのような物を表した。スクリーンの中には女性が映っていた。
「初めまして。アイラ・ハミルトンです」
私は初対面なので丁寧に挨拶する。
挨拶し終わってふと気が付くと、アテーナとアルテが私から距離をとって後ろの方に待機していた。多分邪魔しないように配慮しているんだろう。
「代表でわたくしめが最初にご挨拶させていただきます。わたくしは大型の海洋生物をまとめております。リヴァイアサンと申します。
わたくしは人間の姿で生活する事も可能でして、人間時はトンジットと名乗っております。なにとぞ、よろしくお願い致します」
「はい、よろしくお願いします」
リヴァイアサン、またの名をトンジットと名乗った白髪頭の老人は深々と頭を下げる。
黒色のタキシードを着ていて、見た感じは完全に執事だ。もとの姿はどんな感じなのかしら?
「他の者が紹介を始める前に言っておきますが、我々には丁寧な言葉使いは不要でございます。これから我々の上に立たれるのですから、もっと大きな態度で構いませんよ」
「は、はぁ」
神獣も随分謙虚だな。良いのかタメ口で。
「私急ぎだから先に言わせて。画面越しでごめんなさい。私はスキュラ。小型と中型の海洋生物をまとめてて、人魚族の長でもあるわ。
私はリヴァイアサンみたいに陸地にいることは出来なくてね、オリジンさんに頼んでこの形でご挨拶させてもらうわ。よろしくね、主様」
「え、ええ。よろしくお願いします。あの、人魚ってホントに存在するんですか?」
「いるわよ。浅瀬に行く事がないから人間にとっては伝説扱いになってるけどね」
(マジで人魚いるんだ…!スゴーイ!)
この世界では前世の頃と同様、人魚は空想や伝説上の生物として語り継がれている。
私も幼い頃にそれを知ったし、まさか本当に実在してるとは思わなかった。
スキュラさんは画面で見る限り、上半身は女性の身体で髪は緑色のロングヘアー。顔は美人。それ以外は画面の外なので分からない。
こうして見る限りは、芯の強そうな頼れるお姉さんって感じだ。
「悪いけど私色々忙しくてね。ここで失礼させてもらうわ。オリジンさん、画面協力ありがとうございました」
スキュラさんがそう言った後、スクリーンは消えた。よく分かんないけど、忙しいらしい。
「では次は私が。鳥類をまとめています。フェニックスと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく」
丁寧な口調で女性の声のフェニックスと名乗る鳥は、私に深々と頭を下げた。
口調や動作から礼儀正しく高貴な印象を受ける。
赤色をメインに虹色の柄が翼や足の方にある。とても美しい容姿で、まさに鳳凰かのよう。
「私はエキドナ。爬虫類や昆虫をまとめているわ。よろしく」
「は、はい。どうも」
エキドナさんは紫色のウェーブのかかったロングヘアーの女性。
上半身は女性の身体だけど、下半身は蛇だ。かなり長いぞ。
気が強そうな感じで、私への挨拶も冷たい。もしかしたらちょっと苦手なタイプかも?
「わしはケルベロス。狼をまとめておる。よろしく頼む」
「ええ。よろしく」
ケルベロスは灰色の大きな狼だ。喋り方が老練。見た目はカッコイイ。
「ぼくは~、馬をまとめてる~、スレイプニルっていうんだ~。よろしく~」
「う、うん。よろしく」
スレイプニルは馬なのだが、通常見かける馬よりも大型でなんと足が八本もある。
迫力のある見た目とは裏腹に、喋り方がメッチャのびのび。ここまでゆっくりだと逆に聞き取りにくい。
「ワン!ワンワン!」
「えっと?」
コイツが謎なんだな~。だって犬なんだもん。ポメラニアンなんだもん。
カワイイけど、この子も神獣なの?
「アイラ様、通訳致しましょう」
「あ、じゃあお願い」
トンジットさんが通訳してくれるらしいのでお願いする。
「ワンワン!」
「移動して気候が変わったから」
「ワンワン!」
「毛を衣替えしたけど」
「ワン!」
「まだ暑い」
「いや知らんわー!何の話よ!」
何やらくだらない発言にツッコむ私。
多分トンジットさんは真面目に通訳している。この犬は何を言ってるわけ?
「ワン!」
「僕はオルトロス」
「ワンワン!」
「地上の生物をまとめてる」
「ワン!」
「よろしくね」
「はいはい、よろしく。トンジットさん、通訳ありがと」
ようやく名乗ったオルトロスは、地上の生物をまとめているらしい。肉食獣とかゾウとかか。
こうやって私に撫でられてる姿からはとてもそうは見えないけど。
「生物を配下に置く神獣は以上となります。残りの者は配下はいませんが、強い力を保持している者達です」
神獣はまだいる。オリジン様が言うには、リヴァイアサン、スキュラさん、フェニックス、エキドナさん、ケルベロス、スレイプニル、オルトロスが配下を持つ神獣。
それ以外のまだ自己紹介していない神獣は、配下こそいないものの強大な力を持っている存在らしい。
「アイラ様。わたくしめのことは『爺や』とお呼びくださいませ。それと残りの者を紹介する前にこちらを」
ここで突然、トンジットさんが自分のことを何故か爺やと呼ぶように言ってきて、同時にひし形で鋭い突起が付いた物を渡してきた。
「えっと…?これは?」
「髪留めでございます。突起部分を使って敵を傷付ける事も出来ます。神獣との契約を記念してお渡し致します」
「え?でも契約の儀式とか何もしてないよ?」
今のところ精霊の時のような儀式は一切やってない。まだ自己紹介しかしてないのに、なんでもう渡すんだろう?
私が疑問の顔を浮かべていると、オリジン様が答えてくれた。
「アイラさん。精霊と違って神獣は神獣側がその人を主と認めた段階で契約完了なのです。既にアイラさんの神力と魔力が上昇してますよ」
「あ、そうなんだ……え?」
契約の儀式が無い事は解ったけど、今オリジン様気になる事を言ったぞ?
「えっと…、上昇してるって事は、精霊契約時よりも神力が強まってるってことですか?」
「そういうことです。神力を解放してみてください」
「は、はい…」
私はオリジン様に言われるまま神力を全開放する。その瞬間身体の中から膨大な量のエネルギーが溢れるのを感じた。
そして開放を止めたのに神力は溢れたまま止まらない。まさかこれが…。
「無事に神力ダダ漏れ状態ですね。今まで以上に神気を感じる者が多くなるでしょう」
「神力、魔力ともに上昇しているのを感じます。制御訓練をしなくてはなりませんね!」
「頑張って制御しましょう!」
あぁ~…、いよいよハルク様が言ってたダダ漏れ状態になったんだ~…。
ていうか無事にってどういうことよ?オリジン様。
そんでもってアテーナとアルテはなんでそんなに嬉しそうなの?
はぁ~…、今後の生活がキツくなる…。