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世の中の恋してる方々って、一体どうやって好きな人と接しているんだろう?
アルヴィン様とお話しすると顔が赤くなるのが自分でもわかる。少しでも良く見られたくて、自分の髪型や服装がひどく気になる。お話しが終わった後は、アルヴィン様が話して下さったことを何度も反芻しては自分の受け答えに後悔する。もっと可愛く見られたい。もっと上手に話して会話が楽しかったと思ってもらいたい。今までは考えないようにしていたことだけれど…
できれば、私を好きになってもらいたい。
「オリアーナ様」
薄茶の瞳を優しく細めて、アルヴィン様が私たちに向かって礼をした。
私も淑女の礼を返す。
どんなに緊張していても徹底的に教育された礼儀作法は、意識せずとも自然とでてくる。
「お迎え、どうもありがとうございます。あの、これからどうかよろしくお願いいたします」
「ようこそ、ステル領へ。こちらこそよろしくお願いします。さあ、道中疲れたでしょう、屋敷に行きましょう」
スッとごくごく自然な動作でアルヴィン様が私の手を取った。そしてそのままステル家のお屋敷までエスコートしてくれる。あくまで紳士的で礼儀正しい態度。いつも通りの素敵な姿に、つい赤くなって俯いてしまう。
アルヴィン様、優しい、素敵。
ステル家のお屋敷に入ると、中ではアルヴィン様のお父様であるステル辺境伯と、明るい茶髪に青い目をしたとびきりの美少女、そして背筋をピンッと伸ばした壮年の男性が出迎えてくれた。
「ようこそ、ステル家へ。よく来てくれたね。こちらは娘のリリー、リリー挨拶なさい」
ステル辺境伯が、隣に立つ美少女を紹介する。
この子がアルヴィン様の妹。確か十四歳と聞いていたけど、こんなに可愛い子だったなんて。私は末っ子だったので、妹ができることを密かに楽しみにしていたのだ。
仲良くなりたいなぁ。
けれど、挨拶を促されたリリーさんは固い表情で黙ったままだった。
「……」
「リリー」
ステル辺境伯が先ほどよりも幾分か強めの口調で、再度名前を呼ぶ。
すると、渋々といった口調で
「リリー・ステルです」
ポツリと一言だけ言って、口元を固くひき結んでしまった。でも、自己紹介をしてくれたことにホッとした私は、笑顔で自分も自己紹介する。
「オリアーナ・サイです。どうか仲良くしてね」
「……」
「リリー、失礼な態度をとるな」
無言のままのリリーさんに、私の隣にいたアルヴィン様が咎める。
しかし、アルヴィン様の言葉に傷ついたような表情を浮かべたリリーさんは、とうとうそっぽを向いてしまった。
(ど、どうしよう!?)
この状況にどういった対応をすればいいかわからなくて、内心慌てていると
「オリアーナ嬢、娘が失礼をして申し訳ない。」
とステル辺境伯が困りきった顔で謝罪してくれた。
私も慌てて
「いいえ、お気になさらずに。あの、それと、どうか私のことはオリアーナと呼び捨ててくださいませ。」
「ありがとう、ではオリアーナと呼ばせてもらうね。しかし娘の態度は酷いので、後できちんと叱っておくよ。今は拗ねて意固地になっているようだし…。紹介が遅くなってしまったが、隣にいるのが、我が家の執事のサイモンだ。」
「サイモンです。ようこそおいで下さいました。どうかよろしくお願い致します。」
ステル家の執事だという、壮年の男性は背筋を伸ばしたまま完璧に美しい礼をした。
さすが、辺境伯爵の執事。サイ家の執事もそうだが、佇まいも隙がない。
「こちらこそよろしくね。いろいろ教えてくれたら嬉しいわ」
笑顔で答える。ただでさえつり目で、キツイ見た目なのだから、アルヴィン様のご家族、そして使用人の皆に少しでも愛想が良く見えるように。
「妻はまだ調子が良くなくて出迎えられなかったが、休んだら顔を見せてやってくれないだろうか。君に挨拶したがっていたし喜ぶ」
アルヴィン様のお母様のことは聞いていたので、うなづいて
「まぁ、もちろんですわ。ぜひお体の調子がよろしい時にご挨拶に伺わせてください」
「ありがとう。では、長旅で疲れただろう。部屋に案内させるからゆっくり休んで」
ステル辺境伯が労わるように言ってくれた。それを受けて、サイモンが案内する為に足を踏み出したが、止めたのはアルヴィン様だった。
「僕がオリアーナ様を部屋に案内するよ。サイモンはオリアーナ様といっしょに来た侍女たちや荷物の指示を頼む」
「承知致しました」
アルヴィン様に指示をされたサイモンは足早に外に向かうと、外に待機していた馬車になにやら指示している声が聞こえた。素早いし的確だ。
アルヴィン様はそのまま私をエスコートして部屋まで連れて行ってくれるらしい。私もステル辺境伯とリリーさんにお辞儀をしてアルヴィン様について行く。
「妹が酷い態度でごめんね」
アルヴィン様が足を止めないまま、ポツリと言った。俯きかげんで言われたので表情がよく見えない。まったく怒ってはいないのでそれを伝えようと口を開こうとしたところで
「ここがオリアーナ様の部屋です。今日はすごく疲れたでしょうから、後はゆっくり休んで下さい。
湯浴みの準備をさせてあるし、食事も部屋に運ばせます。それでは、また、明日に」
と言われて、部屋の扉を開けてくれた。
アルヴィン様の言う通り、長時間馬車に乗っていた体はひどく疲れていたのも確かだったので、私も素直に返した。
「はい。ありがとうございます。お言葉に甘えて休ませていただきますね。また、明日に」
扉がパタンと閉まる。
私はふらふらと部屋の中のソファに座りこんだ。