トパーズ 1
アルヴィン・ステル様。
ステル辺境伯の嫡男。辺境伯は重要な国境防衛の為、辺境伯に限っては、爵位だけでなくその役職も世襲することが多い。なので、次期ステル辺境伯になると決まっている。
年は、ヒュー兄様と同じく、私より三歳年上の二十歳。二人は学友で、今も親友同士である。
薄い茶色の髪に、同じく薄茶の瞳で常に微笑んでいることが多いからか、どことなく繊細な印象がある方。私が本人から教えて頂いたことは、妹が一人いること、冒険物の物語をよく読んでいたこと、紅茶にはミルクをたっぷり入れるのを好むこと、ナディシアの花が好きなこと。
アルヴィン様。私の初恋の方。そして、私の婚約者となった方。
「お嬢様、もう少しでステル家のお屋敷に着くようです」
馬車に揺られながら、ぼうっと景色を眺めていた私はミナの声にはっと振り向いた。
「ミナ……夢じゃないわよね?私、確かにアルヴィン様と婚約したのよね?」
「何度でも言いますけど、お嬢様は確かにアルヴィン様と正式にご婚約なされました。そしてステル家に着いたら式の準備です」
不安げな私にミナが力強く頷く。
あれからー、父に唐突にアルヴィン様と結婚するように言われてから半年が経っていた。
あの日、父の突然な言葉に頭を占めたのは、何故?ということだけだった。クロエ義姉様には、アルヴィン様を好きなのがバレバレだと言われたが、政務で忙しい父までそれを知っているとは思えないし、例え知っていたとしても娘の色恋で結婚を決めることは絶対にしないと断言できる。上位貴族としての責任をしっかりと持つ父は、国の政略上かサイ家に利益がある相手としか婚姻を結ばせないだろう。
何故?どうして?と矢継早に聞く私に、父は淡々と語った。
ー今、特には外交上の問題はない。お前の姉たちは全員他国へ嫁いだので、お前は国内の貴族と結婚して、国内での結びつきを強くしたい。ステル辺境伯爵家とは家格も釣り合うし、嫡男のアルヴィン・ステルとお前は年齢も釣り合う。ー
父の言葉は筋が通っていて納得できた。次いで私の胸はどうしようもない喜びで溢れた。アルヴィン様と結婚できる!すごい!嘘みたい!嬉しい!嬉しい!!いっしょに父からの話を聞いていたクロエ義姉様から、おめでとう良かったわね、と言われた時は嬉しさのあまり、近くにいたヒュー兄様に抱きついてしまった。
それから数日後、現ステル辺境伯、アルヴィン様のお父様が我が家を訪れて、正式に私とアルヴィン様の婚約が結ばれた。その場にアルヴィン様が来なかったことがひどく気にかかったが、どうやらアルヴィン様のお母様が体調を崩して倒れてしまい、急ぎ領地に戻ったらしい。そんな大変な時に婚約なんて…と慌てたら、むしろアルヴィン様のお母様を安心させる為にも早く婚約を結びたいと言われてしまった。アルヴィン様からも、来られなかった謝罪の手紙が送られてきた。私も、お見舞いの品と、どうか気になさらないで下さいとしたためた手紙を送り、お互いの手紙のやり取りは半月経った今でも続いている。
そう、アルヴィン様はお母様が倒れられてからずっと領地に居るのだ。
アルヴィン様のお母様はその後もなかなか体調が回復せず、ベッドから起き上がれないらしい。
私は、アルヴィン様のお母様の回復を祈りながら、少しずつ結婚の為の準備を進めていた。婚約してから、大体一〜二年ほど結婚準備をして、それから嫁ぐのが一般的だからだ。
しかし、しばらくして、父とステル辺境伯は私とアルヴィン様との結婚を半年後と決めてしまった。アルヴィン様のお母様の体調が優れないことと、北方にあるステル領地は雪が降ると雪深くなり、領地に入るのも出るのも難しくなるから、ということだった。もちろん私に異論はなかった。大好きな人と早く結婚できるなんて。ただただ夢のようで、何度も何度もミナに確認してしまう。
慌ただしい結婚準備の為、兄様たちが言っていたベティ嬢のことは私の頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
馬車の中でミナと話していると、馬の声と共に馬車の揺れが止まった。ステル家のお屋敷についたみたい。先にミナが馬車から降りていき、次いで手を貸してもらいながら私も外へと踏み出す。
目の前に広がるのは、どこまでも広がっているかのような深い森林と、その奥にそびえ立つ山脈。ガルリアド王国との間にたつモカ山脈だ。今は秋なので木々が色とりどりに紅葉していてとても綺麗。その美しい風景に目を奪われていると
「オリアーナ様」
と男性の声に呼びかけられた。
間違えるはずはない。
声のした方に向き直ると、優しい笑みをたたえた、私が恋する方。アルヴィン様がそこに立っていた。




